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46.言葉にするということ

「名残惜しいが、そろそろ帰らねば。まあどうせもうすぐ慶倖陵に参りにくるんだろう。その時は家に泊まるといい」


お二人は結構無理をしてやって来ていたらしく、昼食の後少ししてもう帰るとの事だった。聞くところによると慶倖陵までは馬車だと三日はかかる距離だそうなので、昨日の夜に来て今日の昼には帰るとなると体も休まっていないだろうし心配になったが、“飛んで”帰るから半日もあれば着くし大丈夫、との事だった。

自分が人間故につい人間の定規で考えてしまうけれど、それも改めないといけないなあと感じる。


「リリシアさん、種族が違えば考え方も違うでしょう。その分、ちゃんと話をするんですよ」

「はい、色々とありがとうございました。道中お気をつけて」


笑みを浮かべていたのが嘘のように静かに凪いだ表情で、それでもその瞳の奥に優しさを湛えてベルフィーナさんが私の頬をそっと撫でた。

二人は魔王城のバルコニーでリントヴルムの黒龍の姿に転じるとほんのりと冷たい春の空気を纏うように東の方へ飛び去ってゆく。魔王さまと二人でその姿が見えなくなるまで見送って、そして私はひとつ大きく息を吸うのだった。


「ジークハルトさま。お話があります」


ベルフィーナさんの言う通り、ちゃんと話をしなくては。

そう意気込んで魔王さまを見上げたが、少しばかり意気込みすぎたせいで表情筋が仕事をしなかったのと、何のどういう話をという事を省略したせいで魔王さまは何か勘違いしたらしく途端に青褪め慌て始めた。


「嫌だ聞きたくない!」

「え、何でですか聞いてください!」

「そんなに改まって言う事なんて、親と上手くやっていけないとかやっぱり種族が違うとちょっととかで婚約を解消したいという話だろう」


これまでの流れでどうしてそういう考えになるのだろうと唖然としてしまう。が、唖然としてしまってすぐに否定できなかったせいで魔王さまの妄想は加速して一人お通夜のような雰囲気を漂わせてしまっていた。

きのこでも生えそうな魔王さまを前にしてみて、ちゃんと言葉にするという事の大事さを深く深く感じる。言葉が足りないとこうなってしまうんだなあ。

言葉の大切さを深く感じたところで、それならば実際に言葉にしていかなくてはと口を開く。


「違いますよ、少なくとも私はジークハルトさまと結婚したいですもの。種族なんて飛び越えてあなたと二人で生きていきたいと思う程度には、私はジークハルトさまの事が好きなんです」


ひとつ声を発するたびに恥ずかしくて死にそうになるが、なんとか言い切った。

すると、魔王さまは私の言葉を咀嚼するように何度か瞬きをすると、暗く沈んだ顔を一転、その金の目をきらきらと宝石のように輝かせた。


「リリシア……!私も同じ気持ちだ」

「……でも、私悩んでたんです。私は人間だから、どうしてもジークハルトさまを置いて逝くことになるでしょう?私がいなくなった後の事を思うと怖くて、それなら私じゃなくてもっと同じ時間を歩める人の方がジークハルトさまにふさわしいんじゃないかって」


嬉しそうに目を細めていた魔王さまが、私の言葉を聞くたびにその色を薄めていく。やっぱり怖くて魔王さまの目を見れずに俯いてしまったからどんな表情でこの話を聞いていたのかはわからなかったが、魔王さまは私が口を閉じるまで黙って聞いていてくれた。


「それは、私も思っていたことだよリリシア。私はどうしても君と同じに老いていくことはできないし、種が違えば文化も価値観も違う、そんなところで一人生きていくのはきっと苦しい事だろう。君を苦しめるくらいなら、この手を放してやらなければと何度も、何度も思った」

「そんな……っ!」

「なんだ、二人とも同じ事を考えていたんだな」


魔王さまの言葉を慌てて否定しようとして顔を上げると、私の目に映る魔王さまはなんだか嬉しそうな、優しい目をしていた。私の手を魔王さまの私よりずっと大きな手がふわりと柔らかに包み込んだ。


「やだ、真似しないでくださいよ」

「おや、私はリリシアがこの国に来たばかりの時から思っていたのだから、真似をしたのはそっちではないか?」


手を包む暖かさについにやけてしまいそうになるのを誤魔化すように言えば、心外だとばかりに魔王さまはむっとして、そしてすぐに幸せそうに笑うのだった。


「つまりだ、この手はもう放してやらなくていいという事だな?」

「そうですね、私が先におさらばするまでちゃんと捕まえといてください」


「望むところだ」と目を細めた魔王さまの、その蜂蜜のような、太陽を透かした宝石のような、その美しい瞳の色を私はずっと忘れないだろう。










「……シア、……リ…シア、リリシア、着いたよ」


なんだか妙にいい匂いのするまどろみの中、私を呼ぶ声に目を開けた。

寝起きでぼんやりする頭は自分がどこにいて何をしていたのかを中々取り戻してくれずそのまま何かいい匂いのするものに頭を預けたまま暫くぼんやりして、はて、このいい匂いのするものはなんだろうと思ったところで、ようやくクリアになってきた頭はその答えを私に無慈悲に突きつけるのだった。


私は今、魔王さまと共に慶倖陵に向かっている道中で、しきたり上馬車で向かう車内で魔王さまの肩を勝手に借りてうたたねをしてしまっていたという事を。


柔らかく髪を梳く手から逃れるように体を起こして、勢いをつけすぎて壁に頭をぶつけて悶絶する。色んな理由で恥ずかしくて死にそうだし後頭部は痛いが、下手に心配されてもまた恥ずかしいだけなので心配そうにする声を手を振って大丈夫だとアピールする。


「本当に大丈夫か?何か冷やすものを持ってこさせよう」

「いや、本当に大丈夫なので、お気遣いなく……」


重ねて大丈夫だと主張すると「気分が悪くなったらすぐに言うように」と言い含めて、その目はまだ心配そうにしていたがやっと引いてくれた。



寒く暗く雪深く身動きの取りにくい冬を避けているのではという推測通り、暖かくなってきてからの私達は多忙を極めていた。

王妃に相応しい知識を持たねばならないし、王妃に相応しい力も持たないといけないので勉強にも鍛錬にも休みはなく、その合間に色々な儀式が入ってくる。

私はもう、毎日ほとんど泥のようだった。

そうだとしても、あろうことか隣に座る魔王さまに思い切りもたれ掛かって寝ていただなんて。涎を垂らしてないか慌ててチェックしたが、かろうじてその恥を上乗せする事はなかったようで胸を撫で下ろした。


「あの、すみませんジークハルトさま、完全に寝てました……」

「いや気にするな。毎日何かと忙しいからな、休める時に休まねば。それに、可愛いリリシアの寝顔を堪能できたんだ、私にとってはご褒美のようなものだよ」


涎は垂らしていなかったようだけど寝癖がついていたみたいで、魔王さまが私の髪を優しく整えてくれた。

色々と恥ずかしさに俯いていると馬車の扉が開かれ、潮風が流れ込んでくる。

馬車の窓にはカーテンが掛かっていなかったので気が付かなかったが、扉の向こうには海が広がっていた。


「わ、海だ……!」


思わず身を乗り出すと、魔王さまにくすくすと笑われてしまって恥ずかしい。

だってしょうがないじゃない、海って見たらテンション上がるじゃない!


「リリシアは海が好きなのか?それなら海辺に別邸を建てるのもいいかもしれないな」

「そ、そんなことにお金を使ってはいけません!」

「別邸が建てば仕入れのために近くの街が栄えるし、そこの物は魔王御用達になって街にはまた金が入る。概ねいい事しかないが?」

「そう、なんですか?」


それならば、海辺の別荘なんて素敵!というお花畑脳を出しても構わないのだろうか。と考えてしまう自分の単純な頭がいやになる。そうだとしても魔王さまが使う別邸を建てるなんて事になったら幾らかかると思っているのだ、まったく想像できないが相当な額になるだろう。私のお花畑妄想のためにそんな多額の税金を使うなんて駄目に決まってる!

首を縦に振らない私に魔王さまは首を傾げていたが、王妃(仮)としてそんな浪費癖を自分に植え付けたくはないので鋼の意志で私は首を横に振るのだった。


考えを振り切るように馬車を降りると髪の間を潮風が通り抜けていく。

風を追うように振り返ると、天まで届くのではと思うような塔が建っているのが見えた。



「あれが、慶倖陵……」

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