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44.自信は後からついてくる


かちり、と時計の秒針が動く音がいやに響く。


ベルフィーナさんはただじっと魔王さまを見ていて、その瞳も動く事はない。睨み合うように立ち尽くした二人に何か口を挟む事も、視線を外す事すらもできず、私はただぎゅっと手を握り締めて見続けるしかできなかった。

そんな私に、ベルフィーナさんの視線が突き刺さる。


「リリシアさん、貴女は、この子を置いてひとりだけ老いる事に耐えられるの?」


そう冷たく、だけど本心から私を心配しているように問われた言葉に、私は即答する事ができなかった。

考えなしに即答できるほど、私は若くなく、萩野由理として生きた26年が重く足枷となって私を引き止める。

生きる時間が違うという事は、老いていくスピードも違うという事。私は、美しいままの魔王さまと共にありながら自身の老いに耐えられるのだろうか。


正直、自信がなかった。


押し黙る私の言葉を待つように、ベルフィーナさんも、アーデルベルト氏も、魔王さまも、皆口を開かない。


自信がない。きっとものすごく苦しいだろう。耐えられる気がしない。そんなマイナスの感情が私に襲い掛かる。

それでも、ここで素直に諦められるくらいの物分かりの良さを持てるようになるには、私はまだ若すぎた。

萩野由理は26だし、リリシア・カテリンにいたっては16歳なのだ。前世の記憶があるからと言って純粋な足し算になると思ったら大間違い。

私は、いつの間にか落ちてしまった視線を、再びゆっくりと持ち上げた。


「……きっと、耐えられないくらい苦しむと思います」

「……そう。それなら、」

「だとしても、もう戻れません」


私を救い上げたあたたかな金色を思い出す。そして背筋を伸ばし、ベルフィーナさんの目を見据えて言い切る。


「どんなに苦しもうと、ジークハルトさまを好きになった事を後悔する事はないというのは断言できます」


ベルフィーナさんは黙ってただ私の目を見続けた。人の目を見続けるのは私の脆弱な精神力では大変な力がいる事だったが、ここで逸らしたら負けだと思って薄氷のような瞳を見つめ続けた。

そして、不意にベルフィーナさんは目を閉じる。


「若いわね」


と、それだけ言うとくるりと踵を返してソファに戻った。

果たして、これは勝ったのだろうか、それとも呆れて何も言えなくなられたのだろうか。判断に困って肩の力を抜くに抜けずにいると、事の成り行きをじっと見ていたアーデルベルト氏がにかりと笑って私の頭をがしがしと撫でてくる。


「いやぁ、よく言ったなあ!でもフィーナさんを悪く思わないでくれな、誰か一人くらい言ってあげないとって頑張って悪役になってくれたんだ」

「え、え?」

「やっぱり異種族間の事だからな、ちゃんとわかってるか聞いておかないと」


混乱と、頭を撫でまわされるその力の強さに振り回されながら、しみじみと、ああ、この人たちは良い人なんだなあと思った。……でも、そろそろ頭がぐわぐわしてきたからその力で頭を撫でるのはやめてほしい。

さらっとネタばらしをするアーデルベルト氏に、座ってお茶を飲んでいたベルフィーナさんが無表情のまま顔を上げる。


「アーデルベルトさん、それを言っては私が良い人みたいよ」

「フィーナさんはいつでも素敵だよ」

「私はいじわるな姑なんだからだめよ。そこまでしなくてもってくらいいじめないとこんなにかわいい子なんだもの他の人がいじめちゃうわ」


息を吸うように賛辞の言葉を吐くアーデルベルト氏に血を感じつつ、表情を変えずにそんな事を言うベルフィーナさんに(それ、私の前で言っちゃだめでは?)と思っていると私の横で魔王さまが崩れ落ちた。


慌てて助け起こそうとした時、魔王さまが耐えられず漏らした言葉が耳に届く。


「リリシアが、こんなにも可愛い……っ!」


頬を染め、ぎゅっと目を閉じて、口元を手で覆って、この流れで言う事がそれなのか。

あんまりにもいつも通りだからなんだか気が抜けてしまった。

魔王さまのご両親の前だというのに容赦なく襲い来る眠気に、そういえば昨日は魔王さまの隣で寝るという事実に耐えられなくて遅くまで寝付けなかった事を思い出した。

隙をついて欠伸を噛み殺したのと同時に魔王さまが立ち上がる。


「すみません、もうリリシアを休ませてもよろしいですか?」

「ああ、そういえばフィロジーアから戻ったばかりだったな。長々と付き合わせてしまって申し訳ない、また明日色々聞かせてくれ」


私の肩を抱いた魔王さまが問えば、アーデルベルト氏が申し訳なさそうに返す。

そのまま魔王さまに連れられて部屋を出る直前になんとか軽いお辞儀だけすると、部屋に残る二人がおやすみと言って手を振ってくれた。

そう、いじわるな姑になると言い張っていたベルフィーナさんでさえ小さくだがひらひらと手を振ってくれたのだ。無表情だったけど。



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