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34.策略

ぱちぱちと火の爆ぜる音に目を覚ました。

目を開けるとそこは見知らぬ部屋で、私は部屋の真ん中で豪奢な椅子に座らされていた。

ぼんやりする頭はなかなか働いてくれず、随分長いことただ目の前で燃える暖炉の火を見ていたが、頭が働いてくると暖炉の暖かさと反面、体は冷えていった。


ファウストさんからもらったココアを飲んだら急に眠たくなって、ここは知らない場所で、つまり私は攫われたか何かしたという事だ。どう考えても一大事だ。


「そうだ、セリは……?」


セリは無事だろうか。

目の届く範囲を見回してもその姿はなく、立ち上がって探そうとして、立ち上がれなかった。

別に縛られているとか枷がはめられているなどといった感覚はなく、足の感覚がないなどの症状もないのにどうしても足どころか体が動いてくれなくて、私の頭は混乱するばかりだ。


「というか、このドレスなに!?」


着替えた覚えもないのに私の身を包む真っ白なドレスもまた私の混乱を増幅させる。

どうにか動けないものかとじたばたもがこうとしてみるが、じたばたできるのは気持ちだけで、肝心の体の方はちっとも言うことを聞いてくれない。


そして、きっと私はこのまま殺されるんだわとネガティブな発想に至る頃、閉ざされていた部屋の扉が開かれた。


「おや、お目覚めでしたか。そのドレス、お気に召して頂けていればいいのですが」

「ファウストさん!これはどういうことですか!」


部屋に入って来たのは白いタキシード姿のファウストさんだった。

彼は私の前まで来ると、声を荒げる「私」を無視して、着飾られた「私」をじろじろ見て満足げに微笑む。


「よくお似合いですよ。やはり貴女には白が似合う」

「ここはどこなんですか!?セリは!?」


私の髪を一房すくうとくるりと指に絡めた。


「獣人の侍女なら別のところで眠っていてもらっていますよ」


指に絡めた髪に唇を落とす。

その行為には悪寒がするが、とりあえずセリが無事であることにほっと息を吐いた。


「さて、可愛らしい声が聞けないのは残念ですが、式には邪魔なのでちょっと黙っていて下さいね」


そう言ってファウストさんはその指を私の喉元にかざすと、何事か短く唱えた。

するとどういうことか喉が詰まったような感覚を覚え、声を発する事ができなくなる。私は言葉で抵抗することすらできなくなってしまったのだ。

青ざめながらただ口をぱくぱくさせる私を見て、ファウストさんは初めてほんの少し、残念そうな顔をしたが、そのまま話を続けた。


「これから私と貴女の結婚式をするのです。急な事ですから招待客はいませんが、二人きりの結婚式というのもなかなか良いとは思いませんか?」


その言葉にどういう事かと目を見開く私の頬をするりと撫で、ファウストさんはそう言った。


「さあ、行きましょうか。邪魔が入っては大変だ」


抵抗する手段を失った私を前に、ファウストさんが指をぱちんと鳴らすと、私の足は私の意思とは関係なく動き出す。


この国における結婚の重大性はわからないが、このままでは私はファウストさんと結婚させられてしまうようだ。もしかしたら離婚が許されない文化があるかもしれないし、仮に離婚出来たとしてもこんな形でバツがつくなんて真っ平御免。

勝手に動く足をなんとか止めようにもやはり言うことは聞いてもらえず、足はずんずんと前に進んでいく。

誰かに助けを求めようにも声は出ないし、今の状況に不釣り合いなほど明るい廊下には私とファウストさんしかいなかった。

どうしようどうしようと考えても答えは出ず、有効な手が思いつかないままついに大きな扉の前で私の足が止まる。


私と結婚なんてどうか思い直してくれとファウストさんに視線を送るが、彼はどこかうっとりとした目をするばかりだった。


「大丈夫、必ず幸せにして差し上げますからね」


その手がドアノブに伸ばされ、扉が開かれる。

もうおしまいだ、ごめんなさい魔王さま、と目をぎゅっと閉じていたが、私の足がちっとも前に進まない事に気付いて目を開けた。


目を開けて、夢でも見ているのかと思った。

赤い絨毯の先の祭壇の前に、魔王さまが立っていたから。


魔王さま、と言おうとしたが喉が言うことを聞かず不恰好に息を吸い込んだだけだった。

それなのに、魔王さまはまるで聞こえていたかのように優しく微笑む。じわりと、視界が揺れた。


「な、なぜ!」

「私がこんな安い罠にかかると思ったか?いつぞやのなんとか子爵の時もそうだったが、私は少々見くびられすぎていないか?」


わなわなと震えるファウストさんに魔王さまは呆れたように溜息をつく。


「お前は今西の港で悪党退治をしているはずだろう!?なぜここにいる!」

「それだが、よくも捜査を撹乱させてくれたな。お陰でリリシアの元に帰るのが遅れてしまったではないか」


魔王さまは、むん、と場違いに拗ねたような顔をしたが、ファウストさんはそれを煽りと捉えたようでその綺麗なお顔を盛大に歪める。顔がいいとそれだけ歪めても顔がいいので羨ましい。


「それにしてもリリシア、どうしてそんな所で立ってるんだ?こっちにおいで」


魔王さまは少し不機嫌そうにそう言って手招きをするが、私の足が言うことを聞いてくれる気配はなく、声を出すことも出来ず、どうすることもできなかった。


「残念ながら、リリシア嬢はこちらにいたいみたいですよ」


私を見て無理矢理余裕を顔に貼り付けたファウストさんが私の肩を抱きながら言う。しかし魔王さまは彼には目もくれず首を傾げ、何かに合点がいったように口を開いた。


「リリシア、君ができると思えばなんでもできる。だって君は幸福の君だろう?」


いくらなんでもそんな乱暴な論がきくのかと思ったが、魔王さまに言われると不思議とできる気がした。

そう、私はこのファンタジー世界に転生した、ファンタジー称号「幸福の君」を持ち、最近ほんのりチート能力すら身につけてきた人間なのだ。たぶんきっとやって出来ないことはない。と思う。

足は動くし声は出るのだ!

そう思ってぐっと足に力を入れると、突然何か糸が切れたような気がして、急に足が前に出た。

あんまりに勢いよく一歩踏み出してしまったためにつんのめってしまい、危うく転びかけた。


私を受け止めたのは絨毯ではなく魔王さまだった。

思わず吸い込んでしまった魔王さまの匂いに今度こそ涙が溢れそうだ。


「ただいま、リリシア。待たせたな」

「っ、おかえりなさい魔王さま!」


見上げた魔王さまの目が、とろりと蕩けた。

その時、キン、と耳に響く嫌な音がして、地面が光る。何事かと足元を見れば、魔方陣のようなものが一面に描かれていた。


「仕方ない、二人揃って消えてもらう!」


そう叫ぶファウストさんを魔王さまが見る。その目は淡く発光し、猫のように瞳孔が細く狭められていた。

きれいだと、思った瞬間、足元の光が消える。


「……っ!?どうして、なぜ発動しない!?」

「お前の魔力回路をちょっと閉じてやった。力ばかり多くて、お前は本当にしょうがないやつだな」


魔王さまは慌てふためくファウストさんに近付き、そのおでこにでこぴんを一発。でこぴんと言うには少々音が鈍過ぎたし、その衝撃でファウストさんは尻餅をついていたが、果たして彼のおでこは無事だろうか。


「閉じたって……お前がか!?魔法はいつも大味のお前が!?」

「他に誰がやる。すぐか、一年か、十年か、……まあそのうち戻るから大丈夫だ」

「そんな……」


絶望に染まった顔とその赤く腫れた痛そうなおでこを見て、さすがにほんの少し、ほんの少しだけ可哀想な気がした。


「私を玉座から引き摺り下ろすには100年は早いな」

「……るさい、うるさい、うるさい!お前なんかより僕の方が魔王に相応しいに決まってるだろう!?僕は白のリントヴルムだぞ!」

「だからなんだ」


突如感情を爆発させ魔王さまに噛み付いたファウストさんだったが、たったの6文字で撃沈させられていた。


「とりあえず、諸々の罪をきちんと償ってもらわんとな。年齢を考慮して命は助けてやるが、リリシアに怖い目を合わせたのは許せん。となると監獄島かな……」

「監獄島だけはやめて!ごめんなさい僕が悪かったです!許してハルト兄!リリシア様もごめんなさい!!」


なんだかにやにやする魔王さまとそれまで被っていた仮面をかなぐり捨て魔王さまに縋るファウストさんに私は?マークをつけるばかりだ。

というか、「ハルト兄」とは……。


「とりあえずしばらく牢で頭を冷やしてから関所でもう一度下働きからだな。今回の次第は全て伯父上に伝えてあるから、精々叩き直されておけ」


伯父上の言葉に肩を震わせていたが、それでも噂の監獄島よりマシなのだろう、渋々ながら頷いた。


「あとはリリシアの件の分だが、どうするリリシア」

「えっ」


突然話を振られて挙動不審になってしまう。どうすると言われても、どうしたらいいのか。無罪放免にはしたくないし、でも……。

としばらく考えて、私はファウストさんの前へ足を進める。

そして、


「えいっ」

「痛っ!」


ぺち、とやる気のない音を立てながらその綺麗なおでこにでこぴんを食らわせてやったのだ。私は甘くないのでさっき魔王さまがやって赤く腫れているところを狙った。無慈悲である。


「とりあえず、これで」

「それだけでいいのか?角の一本でも折っておいた方がよくないか?」


魔王さまの物騒な言葉を押しとどめて目を丸くするファウストさんを見る。


「今後は悪いことせず地道に生きること!あと今度リントヴルム姿見せてください!終わり!」


だって白い龍とか絶対見たいじゃん。というのは置いといて、攫われた時と強制結婚式未遂は怖かったけど、まあそれほど酷い実害が出たわけでもないので私の分の罰はこのくらいが妥当だろう。


「どうだファウスト、リリシアは聖母のごとく優しくそして可憐な人だろう?」

「やめてください魔王さま、そう見えているのは魔王さまだけですよ」


きらきらと私を褒めそやしだした魔王さまを止めにかかろうとして、ファウストさんの目がきらきらと揺れているのに気が付いた。その頬もふんわりと赤く色付いている。嫌な、気配がした。


「結婚、してください……」


私をじっと見つめそう言う言葉には今までずっとあったわざとらしさや嘘偽り感がまるでなく、まるでないから頭が痛くなった。


「だめに決まっているだろう!リリシアは私のお嫁さんになるんだぞ!?やっぱり監獄島に送ってやろうか!!」

「まだ正式に婚姻を結んだわけじゃないでしょう?私に乗り換えませんか、将来有望です」




お父さま、お母さま、リリシアにやっとモテ期というものが到来したようです。


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