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32.困惑


闇夜に紛れて足早に人気のない裏路地を行く。細く吐き出した息が白く染まった。


目的地は町外れにある古びてはいるがそれなりに大きな屋敷だ。音の一つも立てずにするりと侵入し探索すると、一つ明かりの漏れる部屋があった。躊躇いなくその扉を蹴破ると、中にはいくばくかの金貨を前ににやつく男たちが数人、驚きに顔を引きつらせている。


「捕らえろ」


短く言うと後ろに控えていた者達が鮮やかな手つきで男達を縛り上げた。


「お前達が最近ここらを騒がせていた犯人の親玉か」

「ち、ち、違います!いや、確かに色々やった、だけど、私たちは頼まれてやっていただけで!」

「……依頼主は」

「それは、……」


言い淀む男に興味を失ったように踵を返す。部屋を出る前に「何をしてもいい、吐かせろ」とだけ言うとそのまま外に戻っていった。


「今度も外れですか」


近寄ってきた部下に頷く。はあ、と息を吐き空を見上げた。分厚い雲のせいで星も月もなにも見えない。


「どうなっているんだ。尻尾ばかりで頭が出てこない」

「まるで入れ子人形です、早く終わりになってほしいものですね」


バルトロジカ王国王都より西方にある港町ヴィアベーラ、ここの治安が最近著しく悪くなったという報告を受け対策を取るもあまり効果が得られた様子がなく、仕方なしに魔王自らやってきて早一週間だ。

まさかこんなに時間がかかるとは思っていなかったので連れてきた兵にも焦りと疲れが出てきている。

それになにより、


「リリシアが、足りない……」


白い息と共に吐き出した言葉は、どんよりとした曇り空に消えて行った。










ファウストさんはその後も毎日やって来ては護衛の網を掻い潜って私に接触して来た。

仕事で来たということだからすぐに来なくなるだろうと思っていたのに、もう一週間だ。なんなんだろう、暇なんだろうか。


隠れようが逃げようが、「もう大丈夫かな?」と出て行くと秒で捕まるので、無駄な体力を使わないためにも四日目くらいから諦めて潔く逃げ隠れせずに対応する事にした。


「まだ陛下は戻らないようですね、私は好都合ですけど、そろそろお寂しいのでは?」

「あいにく一人には慣れておりますので。というか関所にお戻りにならなくていいんですか?」


物理的な距離はきちんと取るようにしているのにもかかわらずなんだか近いような気がして落ち着かない。

甘ったるい言葉をかけ続けるファウストさんにできるだけ冷たく感情を込めず返す。


「ええ、実はまだここでやる事が残っておりますし」

「やる事、とは?」

「それは、機密事項ですので」


唇に人差し指を立ててほんの少し首を傾げる。なんだかあまりにも絵になっていたが、顔が良くなかったらはっ倒されていても文句は言えないやつだ。


「ですので、まだ貴女に会いに来る事ができるのですよ」

「私は目の保養になるタイプではありませんし、何の権限も持ちませんので誉めそやしても何も出ませんよ」

「そのつれないところも可愛らしい。落とし甲斐があるというものです」


以前、魔王さまも似たような事を言っていたなと思い出す。ああ、魔王さまに会いたいなあ。そうじゃなければ早く部屋に帰りたい。


「こう見えても魔王さまの婚約者ですよ、そういうのは間に合っておりますので」

「まだ、婚約者、でしょう?」


ああ言えばこう言うファウストさんに、部屋の隅で控えているセリが鋭い視線を投げかけている。

セリがそうしているおかげで私は落ち着いていられた。ありがとうセリ。


「……私が、婚約者を裏切って浮気するような人間に見えているという事ですか?」

「これは失礼」


そう言うのならもう少し失礼そうにしてほしかった。ファウストさんは何事もなかったかのように立ち上がると窓辺へ立ち外を眺める。


「この国は冬が長くて嫌ですね。貴女も城に篭りきりではつまらないでしょう?どうです、少し散策など」

「いえ、せっかくですけど」

「そうですか、それは残念。ではまたの機会に」


窓を背にして言うので逆光で顔がよく見えない。言えるのは多分絶対残念そうな顔はしていないだろうということだ。

ファウストさんはそのままこちらに歩み寄り、思わず身を固くした私を前に小さな箱を取り出した。


「代わりに、こちらを差し上げます。街で流行だそうですよ」


長い指がリボンを解き、箱を開ける。

中から出てきたのは布やガラス、素材の違ういくつかの白い造花が飾られた金の髪留めだった。


「幸福の君をモチーフに作られているとか。ならば貴女が着けるのが最も相応しい」


そう言って渡されたそれは悔しいけどちょっと可愛くて、見入ってしまったばっかりに突き返すタイミングを失ってしまった。


「では、これ以上いるとそこの獣人のお嬢さんに引っ掻かれそうですのでこの辺でお暇します」

「あの、これ!」

「捨てるも着けるも貴女のご自由に。着けてくだされば私と作者が喜びますよ」


柔らかな微笑みと共に去っていったファウストさんを見送り、手の中の小箱を見る。

……やっぱり、悔しいけど可愛い。

ファウストさんに貰ったものというケチがついてしまったけれど、これを作った作者さんには罪はないし捨てるのが忍びない。


「あ、これ本当に流行ってるやつですよ!即完売だったのにどんな手を使って手に入れたんでしょう」

「え、そうなの?」


そう言われるとさらに惜しい気がしてきた……。こう思うのもファウストさんの手の内のようで少し腹立たしい。


「セリにあげようか?」

「いや、私はもう持ってるんで」

「え、そうなの!?」

「当然です!」


頑張りましたと胸を張るセリに言いようのない愛しさを感じながら、行き場のない髪飾りを見る。


「誰かにあげるなら気をつけた方がいいわよぅ、それ、魅了効果付けてあるから」

「わひゃあ!?!?」


急に後ろから抱きしめられて変な叫び声が出てしまった。

腰に回る腕を飾るフリルとレースの海とこの声からして犯人は司書さんであろう。魔族達は基本的に気配を消してくるのでタチが悪い。

それにしても、魅了効果とは。


「何にも感じませんけど……?」

「そりゃあリリシアちゃんは魅了無効持ってるもの」


以前、魅了半減持ってると言われていたが、いつの間にか無効を手に入れていたらしい。この世界ではそう言ったステータスの類を見るのは特殊技能で本人ですら判定機を使うか見える人に見てもらわないといけないので知らなかった。

なるほど、と思いながら髪飾りをつつく。


「効果がついてるって事は彼はそのこと知らないんじゃなあい?いっそ騙しちゃえば?魅了がついて尚気持ちが変わらないならさすがに諦めるんじゃないかしら」


くすくす笑いながら司書さんが提案してくる。

でも気持ち悪いから効果取ってあげるわね、と言うので箱ごと手渡すと、何か面白いものを見るように眺めたりつついたりしていた。


「それにしても司書さんはなんでこんなところに?」

「ん?んー、ちょっとお散歩。私だってたまには図書室からでるわよう」


セリの問いに司書さんが笑う。


「おかげで面白いものを貸してもらえたわ、すぐ取れると思うから夜図書室に来る時にでも一緒に取りに来てちょうだい」


にっこりそう言うと司書さんは小箱を大事そうに抱えて部屋から出て行った。

ファウストさんも自由だが司書さんもまた自由だなあと思いながら、私とセリも自室に戻るのだった。


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