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31.ファウスト・エル・リントヴァルド

(落ち着いていてウケの良さそうな)ネイビーに金糸で花の刺繍が入ったドレスに着替えて来客の待つ部屋に向かう。

それにしても魔王さまの従兄弟とやらは私に何の用事だろうか。魔王さまに会いに来ていない事を知ってじゃあどうせなら噂の幸福の君の顔でも見ておこうかくらいの気持ちなのかな。

先導するセリの背中を見ながらぼんやり考える。


「ねえセリ、その従兄弟という方はどんな方なの?」

「え?えー、どんな方、といいますか……」


情報収集でもしようとセリに聞くと、ものすごく言いにくそうにされる。

もごもご言うセリが再び口を開く前に目的の部屋の前に着いてしまったため、結局何の情報も得ることができなかった。

まあ、なんにせよ、魔王さまのご親族だ、しっかりしなくては。私は背筋をむん、と伸ばして目的の部屋の扉をノックした。









扉が開いてまず目に飛び込んできたのは白だった。


「はじめましてリリシア様、……驚きました、想像よりずっと愛らしい」


呆然としていると手を取られ手の甲に唇を落とされる。その感触にぞわりと肌が粟立ち、叫び声を何とか飲み込んで失礼にならない程度に素早く手を引いた。

突然のことにパニックを起こしかけている頭を必死に宥めて挨拶の言葉を紡ぐ。


「はじめまして……リリシア・カテリンと申します。あの、今日はどのような御用向きでしょうか」


そう言う私の表情はがちがちだったかもしれないけれど、声は辛うじて震えていなかったはず。

青みがかった白い髪に魔王さまと同じ金色の目、どこか魔王さまと似た感じではあるけどもっと柔らかな印象の顔立ちの男を仰ぎ見る。


「ああ、すみません。自己紹介が遅れました、ファウスト・エル・リントヴァルドと申します。ジークハルト陛下とは父方の従兄弟で、近くまで来たので顔でも見ようかと思ったらいないとの事じゃないですか。ですが手ぶらで帰るのも癪なので麗しの幸福の君の姿でも見ようかと思いまして……噂に違わぬ愛らしい方が出ていらしたのでその判断をした自分を褒めてやりたい」


すらすらと口から出てくる言葉に恐怖を感じるが、対魔王さまで培ったスルースキルを今こそ発揮する時だと拳を握りしめた。


「そ、れは、また……ええと、リントヴァルドさんは遠くにお住まいなんですか?」

「ファウストと。うちはルサリカの橋の関守をしておりますので、近所ではあるのです。ですがそれ故になかなかあそこから離れる事がなくて。今日はたまたまこちらで仕事があって」


いちいち感じる舐めるような視線に居心地の悪さを感じながら顔に笑顔を貼り付ける。貼り付いているかはわからないが貼り付けているつもりで相槌を打ち続けた。

結婚、となれば親族に気に入られて損はない。ただそれだけを合言葉に。


「ですが、残念でしたね。魔王さままだお帰りになられないようで……」

「いや、貴女にお会いできただけで充分です。……それに、実はあいつとはあまり仲が良くないので」


悪戯っぽく笑うファウストさんに首を傾げる。仲が良くないのにわざわざ顔を見に来たというのか。

ソファセットにテーブルを挟んで向かい合わせに座っていたのに、ファウストさんはそっと立ち上がるとどういうつもりか私の隣に座りなおした。

さすがにどうかと思って拒否の言葉を投げつけようと思ったが、それより早く耳元で囁かれた。



「今日も実は魔王の座を明け渡せと言いに来たんです」

「は、」



耳元に感じた息に嫌悪感を感じて飛び退こうとしたが、耳に入ってきた言葉に硬直してしまった。

魔王の座を、明け渡せと?


「ファウストさんは、魔王に、なりたいのですか?」

「ええ勿論。私は白のリントヴルムだし何の不足も無いはずだ。それに、幸福の君も付いてくるとあれば、尚更」


獲物に食いつかんとするような目でそう言うファウストさんに私の勘がもうだめだ逃げろと警鐘を鳴らす。

が、いつの間にかソファの手摺の所まで追い詰められてしまい逃げることができない。絶体絶命である。



「失礼ですがリントヴァルド卿、リリシア様は魔王陛下の婚約者であられますので、慎みをお持ち頂きたく存じます」



あと少しでその手が私の頬に届くと言うところで助けが入った。私とファウストさんの手の間に銀のお盆が滑り込み、壁を作る。

よく磨かれたお盆に私の情けなく怯えた顔が映った。


「おや、ボディガードが付いていたか」


なんだか少しも残念そうじゃなく、それでいた大袈裟なまでに残念そうにそう言って手がひらひらと離れていく。

側に立ったセリはそれを確認すると深くお辞儀をしてお盆を手にまた下がっていった。



「ファウスト!!」



勢いよく扉が開かれる。

ローブの裾を翻して足早に入って来たのはヘイゼルさんだった。


「おや、ヘイゼルじゃないか。久しぶり」

「何をしに来た!」

「近くで仕事があったからついでに寄っただけだよ」

「陛下は不在だ!早く帰れ!」


声を荒げるヘイゼルさんにのんびりと返すファウストさんの温度差がすごい。

ソファの隅で縮こまって座っていると、ファウストさんはヘイゼルさんを無視して私に向き直る。


「五月蝿いのが来てしまったから今日はお暇しよう。またきみに会いに来てもいいかな?」

「え、いや、あの……」

「きみがなんと答えようと私は会いたい。また来るよリリシア嬢」


止めようと動き出したセリとヘイゼルさんを掻い潜って頬に唇が落とされた。

その時点で頭が真っ白になってしまい、私はヘイゼルさんの怒号を聞きながら滑るように出て行くファウストさんを見るしかできなかった。








「ぎゃーーー!!何あれ、何あれ!?何なの!?ただしイケメンは許すじゃないわよ許せねーわよ!!やだーーー!!」


石化が解けて叫びを上げるまでに随分な時間を要した。

身体中が悪寒でぞわぞわして落ち着かず、私は行儀も何も投げ捨ててその場でびょんびょん跳ねたり腕を振り回したりしてこの気持ち悪さを引き剥がそうとした。


「ごめんなさいリリシア様ぁ!セリの機動が足りないばっかりに!」

「いたたたたたた!」


セリが半泣きで頬を拭ってくる。気持ちはありがたいが大根でもすりおろすかのような力でやるのは控えて欲しかった。

ひとしきり拭かれて頬がひりひりと痛む頃、ファウストさんの見送りに行っていたヘイゼルさんが帰ってくる。


「リリシア様!何かあったらすぐ私を呼んでくださいって言ったでしょう!あなたになにかあったら詰められるのは俺なんですよ!?俺が路頭に迷ったら妻と三人の子供はどうなるんです!?」


ぎゃんぎゃんと私を怒鳴りつける彼、この童顔なお顔で三人の子持ち……とは毎回思うことなので置いといて、私はごめんなさいと素直に頭を下げた。


「すみません、まさかそういう人だとは思わなくて……魔王さまのご親族だからと油断しました」

「もう、気をつけてくださいよ。リントヴァルド家で単純なのは陛下くらいなんですから、油断してると食われますよ」


ふう、とヘイゼルさんがため息を吐く。

体感した私は身をさらに縮めてもう一度頭を下げるばかりだ。

でも、あれ?それなら見た目クールビューティ中身ふんわりなシャルティさんもそうなの?


「あいつ……ファウストは白のリントヴルムなのに自分が魔王に選ばれなかったのをずっと恨んでるんですよ。魔王が黒いか白いかなんてリントヴルム以外には大した問題じゃないのに、全く諦めの悪い」


最初にファウストさんが座っていた方のソファにどっかり座ったヘイゼルさんが言う。


「あの、ファウストさんも言ってましたけど、白のリントヴルムって特別なんですか?」

「特別と言うか、リントヴルムの中では幸運の象徴なんですよ」

「ははー」


白くて不吉の象徴だったのは私です。

そんな時代もあったなあと遠い目をしていると、むすっとしているヘイゼルさんがお茶菓子を口に放り投げつつ言葉を続けた。


「陛下が魔王に即位してもう何十年経ってると思ってるんだか。リリシア様気をつけてくださいよ、あいつやり方選ばないタイプなんで」

「気をつけろと言われても……人間の小娘に出来ることあります?」


その問いにヘイゼルさんは暫く考え込んでから顔上げた。


「無いんで、とりあえず逃げてください。絶対に二人きりにはならないように」

「そのとりあえず逃げるのがまず難しいと……」

「そこは頑張ってください!大丈夫、あなた幸福の君でしょ」

「幸福の君と逃げ足の速さは関係ないですよ」


とにかく魔王さまが帰るまで頑張れと親指を立てられてしまって私は頭を抱えた。抱えて、どうしようもなくてセリに泣きついた。


「どうしようセリ〜〜!」

「そういう方だってわかってたのに私がリリシア様と引き合わせてしまったばっかりにーー!わかりましたセリが命をかけてリリシア様をお守りします!」

「命はかけなくていいのだけど」

「お、いいじゃないですか。貴人付きになれるくらいのレベルの獣人ですよ、これで安心ですね!」


そしてヘイゼルさんは「安心したらお腹空いちゃったんで飯行ってきまーす」と去って行ってしまった。

涙目でシャドウボクシングをするセリと二人きりにされて、今後の展開に目の前が真っ暗になる。




「魔王さま、早く帰ってきてください!」

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