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30.遠征、そして


「遠征、ですか」


魔王さまに言われた言葉を反芻する。


「西の港の治安が急に悪くなったそうでな、少し様子を見てくる」

「そうですか……魔王さまが直々に行くなんて相当大変なんですよね、お気をつけて」

「ああ、いや、バルトロジカでは魔王が直々に出向くのはそう珍しくないんだ。だいたいその時最も強い者が魔王の座につくから魔王が出向いた方が早く済むしな」


フィロジーアでは王様や王族の方たちはめったに表に出て来なかったはずなので文化の違いを感じる。


「魔族には様々な種族がいて様々な価値観があるから最終的には力でねじ伏せるのが一番早いし効果的なんだ……、というと軽蔑されてしまいそうだな」

「軽蔑なんて、そんな」


自虐的な笑みを浮かべるが、そんな文化もあるんだなくらいで軽蔑なんて微塵もしていなかったのでそんなことないと言おうとしたが曖昧に微笑まれただけだった。

嘘だと思われたのだろうか。魔王さまは時折私に幻想を抱いている気がする。


「まあ、私が出向くからにはすぐに事が済むだろう。リリシアを連れて行くには少々危険だろうし、二、三日留守を頼めるか?」


治安の悪い場所にわざわざくっついて行っても確実にいい事無さそうなので頷く。足手まといにしかなりそうにない人間はお城で大人しくしております。

侍女衆による王妃の心得勉強会もあるし。ゴルドフさんによる王妃の心得(物理)勉強会もあるし。


「しかし、二、三日もリリシアと離れるなど耐え難い……少し充電させてくれないか」

「えっ、いや、あの…………少し、だけなら?」


たっぷり言い淀んでからそう呟くと、聞くが早いかがたっと音を立てて椅子から立ち上がり早足でこちらへ向かう魔王さまが見えた。

その爛々とした目に恐怖を感じて逃げようとしたが魔王さまのコンパスが長すぎて呆気なく捕まってしまう。

おもむろにぎゅっと抱きしめられて口から心臓が出るかと思った。


「ひぇ、あの、もうだめです」

「まだだ」


息を吸うといい匂いが胸いっぱいに広がってしまってくらくらするので息が吸えず死ぬかと思った。

必要最低限の呼吸のみで身を固くしていると、魔王さまは私を抱きしめながら髪の毛を指でくるくるしてみたり額に唇を落としてみたりと忙しそうにしている。

私の忙しそうにしている心臓を助けるためにもぼちぼちのところでやめていただきたった。











魔王さまを見送った二日目。

私は自室に引きこもっていた。


バルトロジカ王国にやってきてすぐに隙あらば魔王さまに捕まったり、そもそも恐ろしい(と思っていた)国で心を落ち着ける事もできず、日がな一日部屋にこもって、なんならベッドにこもって読書に勤しむみたいな事はできてなかった。

だからこそ、魔王さまのいない今その絶好のチャンスを私は逃しはしなかったのだ。

勉強会も今日はお休みにしてもらったし、セリ達侍女にも今日は一人にしてほしいと頼んでおいたし(ものすごく渋られた)、今日は寝間着から着替えもせず昨日のうちに借りておいた本の山の登頂を目指すのだ。


「ふふ、なんてワルなんだろう。さすがにこんな姿を見せたら魔王さまも幻滅するかな……」


つい、着替えくらいすべきかなと思ってしまったので私もだいぶ毒されているようだ。まあまだ帰るという報は届いてないので帰ってくることはないだろうしいいか、という結論を出してシーツの海の中本を開いた。


二間続きの私の部屋の居間の方の部屋にいつの間にか三度の食事と二度のおやつが置かれているのに少し学校をズル休みした時のような罪悪感を感じたが「今日だけ今日だけ」と呟いて美味しく頂く。

夕食のお皿を下げに来たセリが私の顔をまじまじと見てなんだかホッとしたように笑った。


「よかったあ、元気そうですね」

「え?元気だけど……?」

「またまた、陛下がいらっしゃらないから塞ぎ込んでいるんでしょう?早く帰って来られるといいですねえ」


めちゃくちゃ一人をエンジョイしてましたとは言えず曖昧に笑う。


「そういえば、二、三日で帰るという話だったけどまだ帰る報せはきてない?」

「それがまだ何も。確認させます?」

「そこまでしなくてもいいの。何もないといいんだけど」

「ですねえ……」


ぴんと天を向いている事が多いセリの尻尾がたらりと下に降りていた。セリは魔王陛下ファンクラブ(非公式)会員だから魔王さまがいないと仕事にハリも出ないんだろうなあと慮る。



窓の外は、吹雪であった。








ついに、1週間が経ってしまった。

さすがに心配になってどうしているか手紙の一つでも出そうかと悩んでいると、手紙の体裁が辛うじて残っている紙の切れ端が届けられた。

先ずは現状魔王城の取り仕切りをしているヘイゼルさんにそれは届けられたが、ヘイゼルさんは一通り読んでからこれは私に渡すようにと通信員に突き返したらしい。

なぜ私に、と思ったが文面を見て理解する。手紙には、


〈すまない、まだかかりそうだ。しかし心配はいらない。早く帰ってリリシアの姿が見たい〉


と、それだけが殴り書きで書かれていた。最後の一文はいらないだろうと突っ込みたくなったが、私はなぜか何度も読み返してしまって、自分のほんのり矛盾する感情に戸惑う。


でも、そうか。まだ、帰って来ないのか。ちょっと…………残念。



「リリシア様、いま大丈夫ですか?」


ぼんやりしているとセリが慌てたような困惑しているような様子で声をかけてきた。


「なあに?」

「それが、その、リリシア様にお会いしたいという方が来ていて」

「え?どちらさま?」


魔王さまではなく、私に会いたいと?幸福の君部分目当てだろうか。それなら最近転生者ボーナスの芽が出始めたとはいえ特になんの効力もないし、知らない人に会うストレスを考えたらお引き取り願いたい事案だ。


「お相手は陛下の従兄弟にあたる方でして……どうされます?嫌ならお加減が悪いとか何とか言っておきますけど」


魔王さまの従兄弟。

魔王さまのお姉さまのシェルティさんを思い出す。ああいう感じのいい人なら大丈夫かも、と考える。

せっかく来てもらったのに追い返すのも忍びない。



「わかりました、お会いします」







この選択を、後に私は大いに後悔することとなる。

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