29.魔術部
バルトロジカ王国は今日も今日とて雪模様だ。
しんしんと降り積もる雪を見ていると、川ひとつ挟んだだけでこうも気候が違うとはなんて不思議だろうと思う。何が違ってここまで変わってくるものなのだろうか。
が、今日の私にはそんな事を考える暇がないのだ。
今日は魔術部の人達が、先日私が魔王さまにかけたらしい強力な治癒魔法が一体なんなのか調べたいということで魔術部に来ている。
魔術部というから薄暗く湿っぽくおどろおどろしいものを想像してしまい扉を開けるのをものすごく躊躇したが、開けてみれば分厚い本が山のように並んでいたり床には魔法陣やらよくわからない計算式が殴り書きされた紙が何枚も散らばっているくらいで明るくハーブっぽいにおいのする場所だった。
私を快く迎えてくれた魔術部の面々は、先ずは件の術を見てみたいとのことだった。
……が、そもそもどうやって発動させたかもわからないので何度も試したが再現できずにみんなで悩んでいるところだ。
「とりあえず、当時の状況を確認しましょうか」
「そうだな、それとリリシア様の魔力量や適性なんかも見ておいた方がいいだろう」
「リリシア様いまレベルおいくつでしたっけ?」
「20、です……」
「20かー、でも20でそんな強力な治癒魔法使えます?」
「いや、無理だろうなキュアか出来てリストーレくらいじゃないか」
複数人に囲まれてああでもないこうでもないと言われるのは少々緊張した。
魔術部の人達の殆どがエルフ系で見目が美しい方が多いのがまた目の保養通り越して目の毒でしんどい。
「瀕死の重傷の魔王さまを前に絶対死なせるものかって思ったんですよね」
「は、はい……」
なんだかそう言われるとなんとも恥ずかしい。聞いてきた男性はさらさらの金色の髪を遠慮の一つもなくがしがしと搔いて難しい顔をした。
「やっぱ、強く相手の回復を願うのが発動キーなんですかね?」
「強い感情がキーのやつか……」
再現性のないものの検証をするのはさぞ難しいことだろう。そもそも見ることのできないものの謎を解くなど無理難題だ。
暫く頭を捻っていた魔術部のうちの一人が顔を上げパン!と手を合わせた。
「すみませんリリシア様、あと一回、あと一回だけ試してもらってみていいですか?陛下のことを考えながらでお願いします!」
「ええ!?」
試すのは構わないが魔王さまのことを考えながらというのがいただけない。だってそんなの恥ずかしいじゃない。
それで万が一成功したらさらに恥ずかしいじゃない。
渋っていると他の面々も藁にもすがる思いなのだろう、頭を下げてきた。
こんなに顔がいい人達に頭を下げられるとなんだか申し訳ない気持ちになってしまい、渋々ながら頷く。
何度か深呼吸をして考える。
魔王さま、まおうさま。
唐突に魔術部の部屋の扉が開いた。開いた扉の先に見えた黒檀の髪に金色の目に心臓が大きく跳ねる。
「魔王さま」
その瞬間ふわりと私を中心に一陣の風が吹く。白くきらきらした光の粒が風に乗って部屋の隅まで飛んで行った。
なんだか眩しいと足元を見ればよくわからない大きな魔法陣のようなものが光で描かれていた。
その光景に部屋の面々が沸いて、その声にはっとした。私はもしや成功させてしまったのではないかと。
恥ずかしくなって足元の魔法陣をなんとかしようと思ったが止まってとか消えてとか願ってもそれはその場にあり続けた。
キャンセル効かないのこれ!と混乱したら私はキャンセルできないなら発動させてしまえとテーブルの上で萎びている植木鉢を見てぎゅっと目を閉じる。
「(お花よ元気になれ!)」
目を閉じてもわかる光の眩さを感じた。光は一瞬でおさまり、おそるおそる目を開けてみるとそこには大輪の花を咲かせる植木鉢がひとつ。
これはなんていう手品だろうか。
目をぱちくりとさせているとそれまで押し黙っていた魔術部の面々が火がついたように口を開いた。
「見たか!?視たか!?記録は!?」
「魔力の動きが独特だった……なんというか、内側からこんこんと湧くような」
「そう、瓶から水を取り出すっていうかそもそもの瓶が水を生み出しているようだった!」
「だからリリシア様のMPでも陛下を全快まで持っていけたのか?」
「減ったMPの回復スピードが見たい!」
興奮の面持ちで言い連ねる面々に圧倒されつつ、同じくぽかんとした顔の魔王さまの元に向かう。
「魔王さま、どうかされたんですか?」
「いや、私も先日の治癒魔法や幸福の君の魔法特性が気になって来てみたんだが……」
何かの計器が唸ったり人の唸り声が聞こえたり紙やペンが飛び交う戦場のような室内を見て呆然とする。
「リリシア様!少々失礼します!」
薄水色の髪の女性が駆け寄ってきて私の手を握り目を見てくる。目を見る、というか目の奥のその奥を見るように見られて緊張してしまう。
「MP2698、2699、3000!リリシア様MP全回復です!」
その言葉と共に彼女もぱたぱたと何処かへ駆けて行ってしまい、取り残される。
「わざわざ魔術部に入ろうとするものは魔法オタクが多いからな……、しかし姉上もそうだが好きなものの前でこんなにも自分を露わにできるのはすごいな」
「魔王さま、ご趣味は?」
「そうだなあ…………」
軽い気持ちで聞いてみたら魔王さまが黙りこくってしまってもしや聞いてはいけないタイプの質問だったかと焦る。
「リリシアを愛でる事かな……」
大真面目にそう答えられて、私の焦りは無駄だったことを知った。
「他に何かあるでしょう!もう!」
「そう言われても毎日暇があればリリシアの事を考えているし、リリシアが来るまではどうやって生きていたかもう記憶にない」
真顔のままさらさらと言われて、このひともうどうしてやろうかと悩む。なんでこうも恥ずかしいことを臆面もなく言えるのだろうか。
「だから趣味はリリシアだな」
「え、悪趣味にも程がありますよそれ」
「悪趣味だろうとリリシアの事を考えるだけで幸せになるんだ。素晴らしい事だよ」
場所も考えずその金の目をとろりと溶かして頬を撫でてくる。直線的な愛情表現に息ができない。
「そうして赤くなって恥ずかしがるさまもまた可愛いなあ」
「目の錯覚です!」
そんなやり取りをこっそり聞いていた魔術部メンバーは皆驚愕していた。
噂にこそ聞いていたが、本当にあの氷の王の氷が溶けたとは。常に凛と美しく戦では鬼神の如しな魔王陛下が、人間の娘に骨抜きになっているとは、と。
「ええ、と。とりあえず強い感情が発動キーで、リリシア様はたぶん魔力を体内で生成するスピードがひとより早いですね。というのが今日の成果でしょうか。今日はお付き合い頂き感謝いたします、できればまたお願いしたいのでお手隙の時にでも」
何故かさっきまでに比べてずっと話しにくそうに目を逸らしつつ早口でまくし立てられる。
そのまま魔術部から追い出されてしまい首を傾げた。
「……そうか、リリシアは凄いんだな」
「私は凄くないです、転生者ボーナスの芽がやっとでてきただけですって」
「その謙虚過ぎるところもかわいい」
「あら、嫌味ですか?」
けらけら笑いながら二人並んで廊下を進む。
前世を思い出してあと数ヶ月で一年、転生ボーナスないと思って生きてきたけどどうやらあるみたいです。
まだ未知の部分が多過ぎるけど、何か私にしか出来ないことが見つかるといいなあ。