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25.続デート

シャルティさんの作品は雪と氷の龍がどうやって作ったのか複雑に絡み合うもので、作り物なのにまるで生きているようでな存在感に、私は目を奪われ暫く動けなかった。


「わぁ……!」

「姉は昔からこういうものが得意でな。普段は制作のために北の山に籠りきりだ」


私があんまりにも夢中で見ているから、魔王さまが苦笑しながら教えてくれる。


「魔王さまは寒さに弱いって言ってましたけど、お姉さまはお強いんですね」

「いや、リントヴルムは皆一様に寒さには弱いはずだ。彼女がおかしいんだ」


「だってこれは私にしか作れないもの」


魔王さまと話していると思ったら、鈴の声が乱入してきた。

先程まで作品を囲む人々にサインを求められたり解説を求められたりしたのに応じていたはずだったが、戻ってきたようだ。


「私だって寒いものは寒いわ。でも私にしか出来ないことをやるっていう麻薬に囚われてしまったのね」

「シャルティさんにしか、できないこと」

「まあ、リントヴルム的にはちょっと命がけだけどね。でもその分私の命がきらめいて、素敵でしょう?」


夢を見るような瞳で雪と氷の龍を見つめるシャルティさんは、本当に消え入りそうに美しかった。


自分にしか、できないこと。


彼女は結局何も見つけられず何も成せていない私とは大違いだ。私はいったい何をしているのだろう。


私の表情が曇ったのに気付いたのか生来の性格か、シャルティさんはぱっと明るく笑って私の手を引いて像の近くに行く。


「ね、このこたち、リリシアちゃんにはどう見える?」


像を指してふわりとした笑顔で問われる。私は何か上手いことを言わねばと頭を抱えて、結局思うままを言うことにした。


「えっと……なんだか圧倒されちゃって……。だって本当に生きているようにしか見えなくて……あの辺りとか、本当に凄いなって」

「わかってくれる!?あそこ本当に大変だったの、バランスが絶妙で途中何度も崩れながらで結構な無理をして立ってるんだけどねやっぱりあの曲線具合とあの角度じゃないと二頭が今まさに相手に食いつかんとする殺気とか臨場感が出ないじゃない、あとねやっぱり目線よね、少し削っては確認してっていうのを何度もして調整していってあそこに落ち着いたんだけど……やっぱり目は大事よね、目は雄弁でないと!」


私の全く上手くない感想に、シャルティさんが目をきらきらと輝かせて私の手を取りぶんぶん振って語り出した。

突然のハイテンションにびっくりしてしまって、なんとなくの相槌を打ちながらされるがままになっていると、魔王さまが引き剥がしてくれる。


「姉上!リリシアが困っています!もういい歳なんだから少しは落ち着きというものを持って頂きたい!」

「あら!あなただっていい歳してずうっっっと歳下の人間の女の子にめろめろっていうかでろでろじゃない!ろりこんよろりこん!かわいそうにリリシアちゃん、こんなろりこん朴念仁に捕まって!」

「姉上!!!」


引き剥がされたと思ったらまたシャルティさんに抱き寄せられ、よしよしと頭を撫でられた。

というか、朴念仁?魔王さまが?私を見るたび口から砂糖とメープルシロップを混ぜたような言葉を吐き続ける魔王さまが?


「あの、魔王さまって朴念仁なんですか?」

「無口だし無愛想だし脳みそまで筋肉でしょ?あら、リリシアちゃんの前だと違うのかしら!やあねえ見栄っ張りなんだから!」


にやにやと笑うシャルティさんに、魔王さまが青筋を立てているのが見えた。

なんだか振り回されている魔王さまが新鮮で面白くて、私までにやけてしまう。

いつも人を散々からかって振り回しているのだ、存分に振り回されてしまえばいい。まあ、本当なら私が振り回してやりたかったのだけど魔王さまとのレベル差を考えたらやむを得ないのだ。


「リリシア、行くぞ」


むすっとした魔王さまにぐいと手を引かれ、シャルティさんもあっさりと手を離したので私は再び魔王さまの腕の中へと戻ることとなった。


「それでは姉上、失礼します」

「帰る前にお城に遊びに行くわね。リリちゃん、またお話ししましょうねー」

「は、はい。失礼いたします」


笑顔でひらひらと手を振るシャルティさんを魔王さまは一瞥もせず歩いていく。肩を抱かれている私はその歩幅についていくのがやっとで、不恰好なお辞儀をしてシャルティさんと別れた。



魔王さまのお姉さま、いい人そうでよかった、と歩きながら胸をなで下ろした。それを勘違いしたらしい魔王さまが気遣わしげに私を見た。


「すまない、不快な思いをさせただろう。悪い人、というわけではないのだが……」

「いえ!私はなにも!良い人そうで良かったって安心したくらいです」

「良い人……?姉上が……?」


苦虫を噛み潰したような表情で魔王さまが呟く。

なんだか今日は見たことない魔王さまの一面が色々と見られて大変有意義だ。ついでに弱点も知れたので、これはもう計画通りどころか計画以上。予想以上の成果ににやにやしてしまうのだった。











休憩のために入ったカフェでココアを啜っていると、向かいに座った魔王さまがはーーーー、と長いため息を吐いた。


「リリシアは本当に可愛いな、癒される……」


カップを持つ手をするりと撫でられながらココアより甘ったるい声と瞳をぶつけられて小さく悲鳴をあげてしまった。カップを取り落とさなかった私に拍手を贈りたい。


「……今日は、魔王さまのいつもと違う一面が見れて嬉しかったです」

「……忘れてくれ」


反撃、と思ってそう口にすると魔王さまは項垂れてしまった。耳が赤く見えることから、この攻撃の効果は抜群なことがうかがえる。


いつもの余裕綽々な魔王さまも好き、な気がするけど、今日見たみたいな表情も人間じゃないけど人間味があって、これが魔王さまの素なのかなって思うとまた味わい深いなあと思ってしまう。


やっぱり私、魔王さまのこと好きなのかな。好き、なんだろうなあ。


魔王さまのつむじを眺めながらぼんやり考えていると、視線に気付いた魔王さまが顔を上げ「そんなに見つめられたら困る」と照れたように笑う。

その笑顔に頬が熱くなって、誤魔化すように私は口を開いた。


「魔王さまは、私の前では朴念仁じゃないんですか?」

「いや……その、あまり自覚がないんだが、リリシアを見るとその愛らしさを口にせねばという気持ちになってしまってな」

「そ、そう、ですか。もうちょっと朴念仁な方が私の心臓に優しいのですが」

「だが、人間とリントヴルムでは寿命が違うだろう。限られた時間の中、悔いを残したくないじゃないか」


寿命。無意識に考えないようにしていた問題を突きつけられ、ぽかぽかしていた胸が急に冷えた。

リントヴルムの寿命がどこまでなのか知らないが、とても人間には追い付けないものなことはわかる。私はいずれ、魔王さまを置いていかねばならないのだ。


冷たくなった指先を庇うように握り俯いた私を見て、魔王さまは慌てたように言う。


「それに、私も魔王の地位にあっていつ死ぬかわからないしな」


なんでもない風にさらりと言うが、それはそれで大問題だ。慰めようと思って言ったのなら逆効果にも程がある。私に対する焦り以外あまりに顔色を変えない魔王さまになんだか腹が立ったし、なんだかとても悲しかった。


「いやです」

「リリシア?」

「魔王さまは私がいなくなっても引く手数多なんでしょうけど、私のような器量のよくない人間に愛を囁く物好きなんて魔王さましかいないんですから、もっと生にしがみ付いてくれないといやです!」


早口でまくし立て、カップに残っていたココアを煽ってやった。

ゴン、とはしたなくも音を立ててカップをテーブルに叩きつけた後、あまりに恥ずかしく身の程知らずなセリフを口走った自分を呪った。そんな、私に執着してくれ、みたいな。何を言ってるんだろう私は。


魔王さまの反応が怖くてカップに落とした視線を上げられずにいたが、いつまで経っても何も返ってこない。

もしや呆れて物も言えなくなっているのでは、と、そうっと視線を上にずらしていくと、そこには真っ赤に染まった魔王さまがいた。

目の錯覚かと思って三度見くらいしたが、どうやら目の錯覚ではないらしかった。


「な、何か言ってください……」

「すまない、まさかリリシアが私に執着して欲しいなんて言うと思わなくて」


沈黙に耐えられず催促してみれば、熱っぽいため息と共にそう吐き出された。向けられる蜂蜜のような瞳から目をそらす。


「ごめんなさいやっぱ無しにできませんか」

「できない。しっかりと胸に刻んだ。そうか……私は君に執着していいんだな」


冷たくなったはずの胸の熱がまたぶり返してきて、苦しい。魔王さまの一言でなんでここまで私は振り回されているんだろう。その答えは、認めたくなかっただけで実はもうとうに出ているんだけど。


その答えを抱いて、私はさっき魔王さまが言っていた「悔いを残したくない」という言葉を思い出した。そして、口を開く。



「だって…………、私、魔王さまのこと好きなんですもん。しょうがないじゃないですか」

「それは、たぶん?」

「……もう、たぶんじゃないです」



たぶん。とは言わないでおいた。












切り立った岩山の上に聳え立つ魔王城へ続く坂道を、蹄と車輪が規則正しい音を立てながら登っていく。

迎えの馬車の中、私と魔王さまはずっと手を繋いでいた。こんな密室では手なんて繋がなくてもどこにも行かないのに、それでも指を絡めていた。

恥ずかしかったけれど、謎の幸福感で胸が温かかった。



が、まもなく魔王城というところでけたたましい音と強い衝撃が襲う。

私は馬車の壁に叩きつけられ、かと思ったら、突如として開いた扉から腕が伸びてきて私の腕を掴み、私はあっけなく外に引きずり出される。

そして、雪混じりの冷たい風が頬を裂き、背後に魔王さまの声を受けながら、私は暗い谷底に放り投げられた。

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