2.人生の転機
「うわ!リリシアだ!一緒にいるとキノコが生えるぞ!」
「カテリンさんはどうしていつも本ばかり見ていらっしゃるの?あら、もしかして本が恋人なのかしら?」
「あの、カテリンさん、お姉さんとの仲を取り持ってもらえないかな?」
「お願いカテリンさん、お兄さんとの仲を取り持ってちょうだい!」
「なあカテリン!エルーシャちゃんとの仲を取り持ってくれよ、いいだろ?」
わりとこんな事を言われる人生でした。
キノコは生えないけど無理に明るく振る舞うより本を読んでいた方が楽しかったから本が恋人というのはあながち間違いでもない。
兄と姉、そして妹は母譲りのさらさらハニーブロンドと父譲りのからりと気持ちのいい朗らかさを持っていてそりゃもうモテていた。モテていたのでなんとか距離を縮めたい人が大勢いて、3人ともなぜか私に甘々だったから私を踏み台にしようと企む人はどんなにちぎって投げても大勢いたのだ。
一度も応じた事はないのに皆んな懲りないものだなあと思っていた。
「リリシア様、お出かけですか?」
こっそり出かけようとしたら侍女のセーラに気付かれた。彼女はよく気のつく人で、影の薄い私のことにもよく気がつく家族以外では滅多にいない人だ。
「ええ、ちょっと本を買いに」
「それなら私もご一緒してもいいですか?洗剤が残り少なくて、買いに行こうと思ってたんです」
貴族の娘が一人で外出なんてもってのほかだろうが、私に対してはそれは適応されない。なぜなら影もオーラも薄すぎて気づかれないから!!
だからわざわざついてこなくてもいいのに、そもそも洗剤の買い置きはまだあるだろうに、それなのに彼女はただ私を心配して供をしてくれようとする。
良い人すぎて眩しい。
私が男だったら惚れてたかもしれない。
おっぱい大きいし、優しげなタレ目もかわいい。
「いいのよ、セーラだって忙しいでしょ?私なんかに構わなくても大丈夫よ」
「まあ!お嬢様はお嬢様とお買い物♡というセーラの数少ない楽しみまで奪われるおつもりなんですね……わかりました、勝手について行きます!」
「おかしくないかしらそれ」
わかってはいたがセーラは言ったら聞かないので諦めることにした。
私には彼女になにか言い返せるだけの気力がもうないのである。
ああ、うちの侍女が光属性すぎてしんどい…。
輝く侍女に目を焼かれながらも繁華街まで出て書店へ向かう。
目的地は我がフィロジーア王国城下町のちょうど真ん中あたりにある書店で、ここは驚くほど大きく国中のありあらゆる本が手に入るので私はよく入り浸っていた。大きい本屋さんって素敵!!
人通りも多い場所にあるので、これが私でないなら、例えば妹のエルーシャであればあっという間に囲まれてデートのお誘いやらなんやらで身動きが取れなくなり本を買うどころではないのだろうけど残念私なので何の問題もない。
強いて言うなら聞こえるか聞こえないかくらいの声で(カテリン家のお嬢さんはまた本ばかり読んで)(社交の場にもあまり出てこないのに本屋ではよく見るわねえ)などと地味な陰口を叩かれるくらいである。
(前世では道を歩いて陰口はさすがになかったなぁ…弱小とはいえ貴族のお嬢さんって大変)
などと他人事のように考えながら歩いていた時だった。
地響きと共に足元が揺らいだ
人々の悲鳴、何かが落ちて割れる音、馬の嗎、
この国、この世界では自然現象として地震は起こらない。
魔族が使う「魔術」の中には大地を揺らし大地を割る技があると聞くくらいだ。
(つまり、これって)
「リリシア様!大丈夫ですか!?」
「え、ええ、セーラは」
「セーラは大丈夫です!でも、まさか、こんな…!とにかくこちらへ!」
咄嗟に私を庇うように覆いかぶさっていたセーラが真っ青な顔をしながらも私の手を引いてくれる。
あちこちに逃げ惑う人々をかき分けとにかく自宅へと向かおうとしていたが、なにぶん人が多かったし混乱もひどかったしなにより、私の体は小さかった。
逃げる男性にぶつかられた私は簡単に弾き飛ばされ、そのまま人の波に飲まれていった。
セーラはなんとかしてこちらに来ようとしていたけれど彼女もまた人の波に押されて上手くはいかない様子だった。
「お嬢様!リリシアお嬢様!!どいてください!お嬢様が!!」
邪魔だ、退け、などと罵声を浴びせられる様にこのままでは彼女の身も危険だと
「私は大丈夫だから逃げて」と声を張り上げた。ちゃんと聞こえたかどうかはわからないけど、せめて彼女だけても無事に逃げてくれればいいけど…。
って思うのは本心だけど!私だってこんなところで死にたくない!私は!まだこの世界を味わいきれてないのだから!!!
食べてない美味しいものも!読んでない本も!いくらあると思ってんだこら!!!!!
押され跳ね除けられ時には蹴られもしながらもなんとか人混みを抜けた時、そう、人混みを抜けてしまった時、私の体は宙に浮いていた。
血の気が抜ける、というのはああいう事だったのだろう。
「矮小な人間どもよ、我らが力思い知ったか!」
私の体を掴む硬くごつごつした腕の持ち主がざらざらと割れた不快な声で言う。
「お前たちが如何に瑣末な存在であるか知れ!お前たちがいくら武装しようとも我らにはこの小娘を殺すこととなんら差はないのだ!」
ああ、お父様お母様兄様姉様私のかわいいエルーシャ、死にたくないけどリリシアは死にそうです。
前世だってもうちょっと長く生きてたのに、こんなところで幕を引く不孝をお許しください。
爬虫類っぽい空飛ぶ異形に掴まれ、私は死を覚悟していた。あ、これは死んだなと確信していた。そして早々に意識を手放した。
だから気が付かなかったのだ。
私を掴むその手が妙に優しく、その眼はちらちらと私の様子をうかがっていたことに。
「ゴルドフ、首尾はどうだ」
「は、これでしばらくは手出しはできないかと」
「して、その娘は」
「今回の見せしめです。しばし休ませた後いつもの通りに……陛下?」
「この娘、魔力持ちだな」
「おや、そうでありましたか!つまりは……あの、お言葉ですが陛下」
ひやりとした空気に目を覚ました私は、(これ起きたら殺されるやつでしょ!!)と思い寝たふりを続けていた。
そこで聞こえてきた会話に(あれ?もしかして殺されない系?)と思っているとなにやら空気がおかしい。
「距離が、些か近過ぎるのではないでしょうか…?」
やっっっぱり!なんか至近距離で見つめられてる気がしたんだ!
もしや、もしや寝たふりがバレてて!?やっぱり殺されるやつじゃない?殺されるやつでしょ!!
背中を冷や汗がつたう
本日何度目かの死の覚悟をして身を硬くしていると、頬にするりと何かが触れた。
「可憐だ…」
…………いま、なんと?
「は?陛下?」
ゴルドフさんとやらも困惑の様子だった。
驚きすぎて目を開けてしまった私は、とんでもないイケメンがこちらを間近で覗き込んでるのを見てまた別の冷や汗を流すこととなった。
「おはよう、眠り姫。眠る君も美しかったがそのきらめく瞳を見せる君もまたなんと愛らしいのだろう。」
ゾッとした。いくらなんでもゾッとした。
喪女、乙女ゲーのヒロインじゃないから、そういうのにときめけない。