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22.リントヴルム

その日は、図書室で蔵書整理のお仕事を手伝っていた。黙々と単純作業をこなしていると、司書さんが「そういえば」と口を開く。


「リリシアちゃんは陛下のリントヴルムの方の姿はもう見たの?」

「え、そんなのあるんですか?」


目を丸くしていると、司書さんは「やっぱり!」と何が面白いのかくすくす笑っていた。

というか薄々そんな気はしていたけど人型じゃない方の姿とかあるんだ。私がこの国に来てもうだいぶ経つけど、魔族について知らないことはまだ山ほどあるらしい。


「それって、見たいって頼めば見せてくれるものですかね?」

「そうねぇ。……たぶん渋るわね」


ふむ。なんかこう、他の者の前で変身するのはよくない、とかそういうきまりとかしきたりがあったりするのだろうか。


「ああ、リリシアちゃんが思うような理由じゃないわ。ただ嫌われたくないからよぅ。うふふ、かわいいわねぇ」

「え、なんで」

「ヒトは自分と違うものを怖がるでしょう?」


それだけ言うともう興味を失ったようで、司書さんはスカートのフリルを揺らし鼻歌交じりに本棚の奥へ消えて行った。

……それにしても、魔王さまの違う姿。なにそれ見たい。すごく見たい。リントヴルムって言ってたけどリントヴルムってそもそもどんなのなんだろう。

気になった私は好奇心のまま図書室を回り、リントヴルムに関してそうな適当な本をぺらりと捲る。そして、その写真に釘付けになった。

蝙蝠のような翼の生えた蛇っぽい龍がとぐろを巻きこちらを睨みつける写真。


「これがリントヴルム……やだ、かっこいい……!!」


前世でもファンタジーに親しんでいた私にはそれはただただかっこいいものにしか見えず、魔王さまもこの姿になれると思うと一目見たくて仕方がなくなってしまった。

その衝動のまま本を戻すと、抑えきれない興奮と共に私は魔王さまの執務室に向かうのだった。










興奮のままやってきてしまったが、執務室の前まで来たところで私情で仕事の邪魔をするのは如何なものかという考えが浮上してきた。でも、もうすぐお茶の時間だからそれほど邪魔にはされないだろうし、忙しそうであれば出直せばいいかとそっと扉を押す。

顔を出した瞬間、こちらを見る魔王さまの金色の瞳と目があった。


「どうした?」


執務室には魔王さまが一人。どうやら書類仕事を片付けていたようで、私の様子をうかがいながらペンを置いた。やっぱり仕事の邪魔をしてしまったようだ。


「あ、お忙しかったですか?それなら改めます」

「いや、大丈夫。何かあったのか?」

「ちょっと……魔王さまにお願いがありまして」


お願い、と聞いた魔王さまの目がなぜか期待にきらめいた。


「リリシアの願いなら何でも!」

「魔王さまのリントヴルムのお姿が見てみたいなって」


目をきらきらさせていた魔王さまの顔がぐっと強張る。


「そ、んなもの、見ても楽しくはないと思うが……」


司書さんの言う通り渋る魔王さまに、想定通りと食い下がる。表情的に押せばいける気がしたのだ。


「だめ、ですか?」

「そ、そんなに可愛らしく見ないでくれ!小首を傾げるのは反則だ!その、だめではないが…………」


たっぷりの沈黙。そんなに渋るならばっさり駄目だと切り捨てればいいものを、私にやたらと甘い魔王さまは私のお願いを断りたくないようで、うんうんと唸る。

その様をじっと(唸る様も顔がいい…)と見つめていると、暫くの後なんだかきまり悪そうに呟いた。



「……リリシアに怖がられたり気持ち悪がられたりしたら、耐えられないじゃないか」



そう言う表情にものすごくグッときたが、それは置いといて。

司書さん、すごい。大当たりでした。

それにしても魔王さまも私を甘く見ている。好きな人の違う姿なんて見たいに決まってるじゃないか。まして、あんなにかっこいい生き物が命の危険なく生で見れるなら見ないと人生損だと思う。



「大丈夫、魔王さまがどんな姿でもたぶん好きですから!」

「そこは、たぶんを抜いてくれると嬉しいのだが……リリシアが、そこまで言うのなら、わかった」



そして、魔王さまは執務室をぐるりと見渡す。


「ここでは少し手狭だから…寒いがバルコニーに出よう。おいで」


言っておくが、この執務室なかなか広いのだ。それが手狭とは、リントヴルムってどのくらいの大きさなんだろう。さっき見た本は写真ページしか見てないからわからない。……乗ったりできるくらいの大きさだったりするのかな。







魔王さまの後について執務室のバルコニーに出ると、魔王さまは私を扉の前に立たせて、自分は中心の方へ向かう。



「では、いくぞ」



なんだか自分に言い聞かせるようにそう言うと、魔王さまはスッと目を閉じた。

次の瞬間眩い光が目に飛び込んできて、思わず目を閉じてしまう。そして次に目を開くとそこには巨大な黒い龍がいた。


「わ、わあ……!」


思わず私は駆け出していた。龍は近寄ってきた私を警戒するようにその首を少し引くが、きょろきょろぴょんぴょんと落ち着きなく目を輝かせる私を見て「くるる」と喉を鳴らした。


《……どうだろう》


頭の中に直接魔王さまの声が響く。これは、よくある念話とかそういうやつだろうか。あまりのファンタジー展開に胸のときめきが抑えられなかった。


「とっても、とってもかっこいいです!あの、触ってもいいですか?」

《そうか、……よかった。触り心地は良くないとは思うが、好きにしてくれ》


顔部分を下げてくれたので頬の辺りをそっと撫でてみる。外気に晒されたせいかひんやりとしているが思いの外つるりと滑らかな感触を確かめるように何度か撫でると金色の目が気持ちよさそうに細められた。どうしよう、めちゃくちゃかわいい。興奮が止まらない。


《あの、そろそろ戻っても?》


思うまま撫で回していたら、おずおずとそう言われて我を忘れて仮にも好きな人を撫で回していたという事実に気付き猛烈に恥ずかしくなった。ばっと両手を挙げ頷くと、光が龍を包む。


光が収まると頬を染めた魔王さまが立っていて、さらに自分のさっきまでの行動が恥ずかしく耐えられなくなった。


「あの、すみません、私、無遠慮に……」

「いや、いいんだ。むしろ良かったと言うべきか……」


二人揃って恥ずかしさに無言になった。なんとも言えない生暖かい空気を冷やすように風が吹く。





風に追い立てられるように執務室に戻り、私は目的を果たしたし恥ずかしくて魔王さまの目が見れなかったのでそそくさと退室しようとしたら腕を掴まれた。


「待て、どこに行く」

「え?いや、目的は果たしたのでお邪魔な私は帰ろうかと」

「いつ私がリリシアを邪魔にした?もうお茶の時間だろう、ここに居たらいい」


少し魔王さまから離れてクールタイムを挟もうと思ったのだが、どうやら許されないらしい。魔王さまは微妙に目線を外してくる私を不思議そうにしながら私を執務室に置かれているソファに座らせ、廊下にいた侍女を捕まえてお茶を頼んでいる。

さっきのこともあるし、執務室自体もあまり入った事がないのでそわそわしてしまう。職員室とか学長室に似た緊張感だった。


「それにしても、君にあの姿を否定されなくてよかった。あの姿を見たら嫌われてしまうのではないかと、正直ずっと不安だったんだ」


薄く笑ってそう言う魔王さまに、胸がきゅっとなる。私は魔王さまの事が好きかも、という曖昧な事しか言ってないし、相手がちゃんと自分の事が好きって確証がないのにあの姿を見せるのは確かに不安だっただろう。

私で言えば前世の姿を見せるようなもの、かもしれない。……それは、たしかに躊躇するかも。


「大丈夫です、あのお姿もとってもかっこよかったですから。それに、私、姿が違うくらいで揺らぐような想いは抱いてないのでご安心ください」

「リリシア、それは」


ふわっと魔王さまの頬に朱が差す。私も耳まで熱いのでたぶん、真っ赤だ。

なんだか、私、もしかしたら自分で思うよりもずっと魔王さまの事が好きなのかもしれない。口から勝手に出て行った言葉にそう思わされる。


そっと、羞恥に握りしめていた拳の上に手が重ねられた。



「ありがとう、リリシア」



魔王さまの手はそのまま私の手を掬い上げ、指先に口付けを落とされる。そして、そのまま手をくるりと返され掌にも。



「ああ、どうしよう。君を好きだと思う気持ちがどんどんと溢れて溺れそうだ。誓いを破ってしまいそうになるから、もう少し手加減してくれないか」



なんて事を言うのだろうかこの男は。顔が良くなかったら許されそうにない台詞をさらりと言ってのけ、私はただ赤面するばかりだ。魔王さまこそ私を溺れさせないで欲しい。


「ち、誓いって?」


何か言って空気を変えないとと思ったが、どうやら選択肢を間違えたようだ。

魔王さまの金色の瞳にスッと獰猛さがちらつく。

私の手を取っていた指がそのまま腕を辿り、唇に触れた。



「結婚の契りを交わすまで手を出さないという誓いだよ」



どろどろに甘く、それなのにほんの少し掠れた声で囁かれ、私は一瞬息ができなかった。

こんなの18禁じゃないか。私はまだリリシアとして16年しか生きてないのだ。つまり刺激が強過ぎた。

真っ赤になってあうあう言葉にならない呻きを上げていると、ぱっと魔王さまは距離を取り堪え切れないようにくすくす笑いだした。


「ふふ、散々体を触られた仕返しだ」

「その言い方はレーティングに抵触するのでやめてください!!」

「本当の事ではないか。なんならこの姿の私も触り放題だぞ、誓いは破らざるを得なくなるだろうがな」

「けっ結構ですー!!」




真っ赤になった私の叫びが響き、ちょうどお茶を運んできてくれた侍女はさぞ意味がわからなかっただろう。驚かせて申し訳ない。でも文句は魔王さまに言ってください。



魔王さまに翻弄されてばかりで悔しいので、ここらでなにか仕返しを仕掛けたいと、けらけらと笑い続ける魔王さまを見て思うのであった。

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