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21.レベル上げ

私と魔王さまはどうやら世間一般に言う「りょうおもい」という関係になったらしい。これが物語であれば、「その後二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」で終わるのだろうけど、人生なのでそう上手くはいってくれないようだ。






両思い、お后さま候補となったようだけど、私の生活はこれといって変わらなかった。元々あった勉強の時間が伸びたくらいで、部屋も別々のまま、魔王さまと会うのは基本的にこれまで通り一日二度のお茶の時間と三度の食事の時間くらいだ。

心の準備もなんとなくしたものの、身体的な接触もやはりこれまで通り手を握るとかそのくらいなのである。私はびっくりするくらい手を出されなかった。


「貧相、だからかな…」


姿見を前に眉根を寄せる。自分の残念な体型に思わずため息が出た。









「では、とりあえずレベルを上げていきましょうか」

「お、お手柔らかにお願いします……」


ゴルドフさんが柔らかく微笑む。

私は今魔王城の離れにある体育館のようなジムのような訓練場に来ていた。


魔王さまと結婚するにあたり、私があまりに貧弱すぎて危ないらしいので、せめて身を守れる程度の力はつけておいた方がいいとの事で、ゴルドフさんが稽古をつけてくれる事になっていたのだ。

最初は魔王さまがやると言っていたのだけれど、ヘイゼルさんにそんなことする暇ありますかと却下されていた。

私はレベル上げはともかく、王妃ってそんなに危険に晒されるの!?と思ったし、基本的に引きこもりでろくな筋肉もないのでこれからに不安しかない。

とりあえず体力作りと簡単な護身術からはじめるらしいが、はじめる前から明日の筋肉痛を覚悟していた。


「すみません、ゴルドフさんもお忙しいでしょうに」

「いやなに、元々冬場はここでの自主訓練が中心ですし、人に教えるというのもまた訓練ですからお気になさらず」


騎士団長であるのに直々に稽古をつけてくれるというゴルドフさんに申し訳なさを感じていると、いい人っぷりを見せつけられた。


「ですが、手弱女に稽古をつけるのは初めてですので、加減を間違えるかもしれません。きつかったら遠慮なく仰ってくださいね」

「本当に遠慮なく言ったら私の体力のなさに飛び上がると思いますよ」


そう言うとからりと笑い、和やかな空気が流れた。

しかし、このわずか30分後には消え去る空気である。






「そんな事でどうします!ほら!もう一度!」


敬語こそ崩れていないが、怒号にも似た激しい指導の声が飛ぶ。


「もっと意識して体を動かしてください!顎を引いて!前をしっかり見る!」


運動不足の体に鞭打たれ、もう何をさせられてるのかもわからなくなっていた。準備運動の時点では準備運動にしては激しく苦しかったけれどまだなんとかなっていたし、ゴルドフさんにも笑顔がまだ残っていた。しかしこの攻撃を避ける訓練?に移ったら途端に笑顔がひっこみこの様である。うっかりしていると空気を吸い損ねるので息をするのも必死だった。

魔王さまと結婚するのがこんなに大変だって知ってたらやめていたかもしれない。ひどい、これは詐欺ではないか。


……などとも考えられなくなった頃、やっと休憩が入れられた。

人生で一番汗をかいているんじゃないかと思うくらいでろでろのどろどろになって訓練場の隅の方でへたり込んでいると、申し訳なさそうな顔をしたゴルドフさんが飲み物を持ってきてくれた。


「すみません、やはり加減を間違えてしまったようですな……」

「いや、大丈……夫じゃないけど、大丈夫です。おかげでこんな短時間でレベルもどんどん上がってますし」


整いきってない息を切らせながら言うと、ゴルドフさんは少しだけ安心したようだった。間違えたと自覚があるなら次からはもっと優しめでお願いしたいなと願う。


「団長の訓練は鬼ですからね、お疲れ様ですリリシア様」

「俺たち見ててちょっとひやひやしちゃいましたもん!」


貰ったレモネードをちびちび飲んでいると、これまで訓練の合間に遠巻きにこちらをの様子を窺っていた騎士団の団員さんたちが声を掛けてきた。

明るく好意的に接してくれるのは嬉しいが、屈強な男達に囲まれるとどうにも緊張してしまう。


「あ、護身の訓練なら俺練習台になりますよ!」


囲んできたうちの一人からすっと伸びてきた腕に思わず体が強張った。

ゴルドフさんが慌てて制止の声を上げるも近付く腕は、しかし私に到達する前に止まった。



「そんなに護身に自信があるのなら、見せてもらおうではないか」



自発的にでも、ゴルドフさんに言われたからでもなく、とんでもなく怒気を孕んだ魔王様の声によって。

「ひっ」と伸びてきた腕の主が息を飲む音が聞こえた。振り向くと鍛錬場の入り口に魔王さまが立っていたけど、逆光のせいで表情がわからない。控えめに言ってもめちゃくちゃ怖かった。

寒いのは魔王さまが鍛錬場の入り口を開けたからなのか、魔王さまの出す地を這うような声のせいなのかわからない。だけど、だからといって放っておいたら死人が出そうだったので張り付く喉に無理やり言うことを聞かせた。


「ま、魔王さま、どうしてここに?」


できるだけ明るく振舞ってはみたが、空気が変わらない。やばい。

こつりと魔王さまが一歩踏み出した。


「リリシアが頑張っているようだから様子を見にきてみれば。随分と自信過剰な若者がいるようだな。さてそのご自慢の技を見せてもらおうか」


私に言っているようで言っていない、私を見ているようで見ていない様が恐ろしくて、でも、と思って魔王さまの歩みを止めようとしたが、立ち上がれなかった。

立ち上がろうとしたら後ろからゴルドフさんに腕を引かれたから。


何を、と言おうとした瞬間、視界に黒が横切る。


え、と思った時には轟音と共に人が飛んでて、何が起こったかしばらく把握できなかった。

ふわりと、魔王さまの黒いマントが翻る。


「なんだ、そのまま当たってはくれないのか」


まるで感情を感じさせない平坦な声。

軽く握った拳に無残にも穴の空いた床、遠くに見える防御の姿勢を取っているが肩で息をし青い顔をしている男。どうやら膝をついて座っていた彼を床と同化させようとしたらしい。

拳一発で硬い床板がこんな事になってしまうなんて、と背中に冷や汗が伝った。もしかしたら私はとんでもない人を好きになってしまったのでは、と。


「陛下、部下が大変失礼致しました。しかし、未遂ですしここは私に免じて、どうか」

「まあまあ、騎士団長殿、たまには私も若者に稽古をつけてやろうと思ってな」


ゴルドフさんがどうにか治めようとするも、魔王さまは足を止めない。場違いなほど美しく静かに足を進める。



「大丈夫、殺しはしないさ」



その言葉に、「あ、だめなやつだ」と思った。このままでは私のせい(私は悪くないけど)で死にはしなくても大怪我をする人が出ると思ったら、私は駆け出していた。だってそんな寝覚めが悪いの嫌でしょう。


私は魔王さまの前に立ちはだかり、捨て身の気持ちでそのまま抱きついてやった。勢いがつきすぎて半ばタックルのようだったけど。



「まっ魔王さま!」



抱きついてみたけど、脊髄反射のように来てしまったのでそこからどうすればいいかわからなかったのは誤算であった。

抱きついたまま効果的な攻撃手段はないかと考えてみるも頭は真っ白で何も思いつかず、ただ公衆の面前で抱きついた人と化している。

しかし、当の魔王さまもぴくりとも動かないのは不思議だった。振り払われるくらいすると思ったのに、とそっと魔王さまを仰ぎ見ると、その、……大変表情豊かであらせられた。


「はわ……」

「はわ?あの、魔王さまー?」

「い、いけない、リリシア、こんなところで」

「あの、落ち着いてくれました?」

「むりだ……」


目をきょろきょろ泳がせて、頬を染め、語彙力まで失っていたのだ。

この変貌ぶりに私も、そして周りも大いに動揺した。逆にどうこの状況を治めればいいのか誰か教えてほしい。


「まあ、稽古をつけるのなら皆喜びましょうな。お願いします陛下」


空気が緩んだ隙にゴルドフさんが突っ込んできた。まあ、今ならさっきよりは酷くないだろうけど、大丈夫だろうか。

先ほどの魔王さまの力を見るとそれでも不安に感じる。まあ私よりはるかに付き合いの長いゴルドフさんが言うなら平気かな、と魔王さまから離れようとしたら、ぐっと抱き寄せられた。

抱き寄せるだけならまだしも、首筋に顔を埋められて胸いっぱいににおいを嗅がれたので久しぶりに悲鳴のなり損ないのような変な声を上げてしまう。だって、だって、さっき液状化するくらい汗をかいてのだから。


「見ていてくれると、嬉しい」


恥ずかしさで真っ赤になる私に満足そうな笑みを浮かべた魔王さまが囁いて、するりと離れて行く。



「今日は私が相手をしてやろう。どこからでもかかって来い」



朗々とそう宣言すると、さっきまでの緊迫感は何処へやら、騎士団員達は歓声のような叫びを上げて各々魔王さまに襲いかかった。

あまりに鮮やかに彼らをちぎっては投げる姿に目を奪われる。



「はわ……」



と、今度は私が言う番だった。





[本日の成果]

リリシア・カテリン

16歳/レベル10

防御が5上がった!

回避が10上がった!

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