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幕間 フィロジーアでは


「それで!?どうだった!?早く聞かせてくれ!」

「まあまあ落ち着きなよ」


身を乗り出すように話を催促するのはフィロジーア王国第一王子ジェレジスだ。

催促されている側のオルダシス・カテリンは先刻、バルトロジカより大橋を渡り戻って来るなりフィロジーア王国の関所で馬車から引きずり降ろされ、何事かと思えば別の早馬が引く馬車に乗せられ、ここ、第一王子の私室に放り投げられたのだった。

待ち構えていたジェレジスに息をつく間も無く大量の質問を投げかけられ、その剣幕にオルダシスは「いつもは穏やかでその微笑みひとつで数多の女たちを呼吸困難に陥らせてるのにギャップが酷いな」などと考えていた。


「いくつか写真を撮らせて貰ってきた。見ながら話そう」


鞄から封筒を取り出すと、渡す前にジェレジスにもぎ取られた。ジェレジスはわくわくと目を輝かせながら封筒の中の写真の束を取り出し見ていく。が、数枚送ったところで顔を顰めた。


「おい、別にお前の妹の写真はいいんだが」

「可愛いだろう?でもお嫁に行ってしまうんだ。俺は本当に悲しい。ものすごく悲しい。あ、君がお望みの写真はもう少し後からだよ」


ジェレジスは長年の付き合い故に無視をきめて写真を送り、途中でぴたりと動きを止めた。



「これが魔王か」



写真越しでもわかるほど威圧感を感じる目をした男の写る一枚を睨む。きっと我々が束になってかかってもこの男に勝てないだろうと思わせる目だった。

これから我が国はこの男とやり取りをせねばならないと考えると、背筋が伸びる思いだ。半端なことでは食われてしまうだろうから。


「ああ、そうだよ。我が妹ながら、リリシアはよく彼とずっと一緒にいて平静でいられると感心してしまった。恐ろしい人だよ」

「だろうな。だが、せっかく開けた道から目を背けても仕方ない。我々は先へ進まねば」











魔族襲来事件から半年以上が過ぎ、フィロジーア王国王都は未だ爪痕が残りながらも、日常が戻ってきていた。

街ではどこかの貴族の娘が攫われたとかなんとかいう噂が流れているが、人々は自らの日常を取り戻すのに必死でそれを気にしている者はいないに等しい。気にしているのはその娘の家族と、娘の数少ない友人、そして第一王子くらいだろう。

第一王子が気にしている事はほんの僅かな者しか知らない事だが。



ある時、弱小貴族カテリン家の面々がルサリカの橋を渡ったと言う噂が立った。数百年行き来のなかった川向こうの恐ろしき魔族の国に行って帰ってきたという話だ。

そんなあんまりにも現実離れした噂話を信じる者はいなかったが、これ幸いと叩く材料にした者は大勢いて、カテリン家はその対応に追われていた。

少ないとはいえ盤石な力を持つカテリン家を妬んでその大岩を割ってやろうとする者、魔族に対する偏執的な恐怖心を持ち、その心から目を背ける為に攻撃しやすいものを攻撃してくる者など、様々である。前者はいつの間にか姿を消したが(噂では王家の介入があったとか)、後者が厄介であった。



「お前らも魔族の仲間なんだろう!汚らわしい!王都から出て行け!」

「魔族に洗脳されているのよ、なんて恐ろしい事。何されるかわかったもんじゃないわ……」



これは、カテリン家の者に面と向かって言う者はいなかったが、従者たちにはこれでもかと浴びせられた言葉の一部だ。特にお使いで街に出る機会の多い年若い者たちは、100m歩くまでに何度言われるか数えてその数で競い合って遊びはじめるほどに言われていた。彼らが、言葉だけでなく手も出してくるのはもう時間の問題だろう。

事を重く見た当主は特に侍女は一人で外に出ないようにと命じ、解決に向け頭を悩ませるのだった。




「私が言えた口ではないのだが、どうにも魔族に対する偏見が多くて困るな」

「まあ、彼らも恐ろしさとその力をわざとわかりやすく見せつけてきましたからね……」


カテリン家当主ヘレボスは長男オルダシスと最近の我が家への誹謗中傷をなんとかすべく話し合いをしていた。

今はまだ何もないが、侍女たちや妻や娘たちに何か被害が出てからでは遅い。


「魔王陛下も理性が通用しない魔族もいると言っていたし、我らの偏見もあながち間違いでないのが痛いな」

「今のままでは、国交を復活させるのも骨が折れるとジェレジスも。ある程度は国民の魔族への恐れを取り払っておかないと」

「しかしなあ。私達の言う事を聞くとも思えんし」

「もういっそ魔王陛下がフィロジーアに来てくれれば話が早いのでは?」

「いや……そんな非現実的な。前途は多難だな」


二人揃ってため息をつく。しかしこのままでは我が家の女性陣に危害が加えられる恐れもあるし、可愛い娘(妹)の幸せな結婚のため、憂は払っておかなくては

いけない。


そして対策を取るべく二人は腰を上げ外堀を埋めに歩き出した。











「ねえエルーシャ!あなた魔族の国に行ったって本当なの!?」


聖アルティーシャ学院初等部。緑とレンガで美しく彩られた校内で、好奇心やら悪意やらを臙脂のスカートと一緒に翻しながら数人の少女のグループに問われる。


「ええ、本当よ」


エルーシャ・カテリンはその愛らしい顔を少しも動かさず言い放った。その言葉に反応するのは対照的にきゃらきゃらと騒々しい笑い声だ。


「じゃあ魔族も見たのよね?どうだった?やっぱり酷く醜く恐ろしいの?」


どこか馬鹿にしたように無遠慮に問いかけられる言葉になんだか腹が立つが、しかしこの問いは幸いであるとエルーシャは思った。上手くやれば、少なくとも彼女たちの魔族への印象は変えられる。

そう考えるとぱっと表情を変えた。


「まさか!魔王さまはとっても、とっても素敵な方だったわ!さらりと流れる黒髪に射るような金の目が印象的で……たしかに私達と姿形が違う人たちもいたけれど、醜いなんて私思わなかったわ!」


夢を見るようにそう語るエルーシャを、少女たちは訝しげに見た。


「嘘つかないでよ!」

「嘘じゃないわ!ほら、これが証拠よ!」


からかわれていると怒り出した少女に、エルーシャは一枚の紙を突きつけた。

その紙は写真で、カテリン家の面々と中央に黒髪の男が立っていた。

少女たちは言葉も忘れてそれに見入る。


「うそぉ、これが、魔王?」

「作り物じゃないの?」

「どうやって写真を偽るのよ、でも、本当に?」

「こんな方見たことないし、エルーシャのお姉さまだってずっと行方不明って」


エルーシャは「勝った」と思った。



「本当よ!それにリリシアお姉さまはこの魔王さまとご結婚なさるのよ!」



むん、と胸を張って言ってやる。

魔王の美しさに悪意を振り落とされた少女たちは、その言葉にきゃあと歓声をあげた。その歓声には先程までの馬鹿にするような下品さはなく、明るいものだった。初等部の少女たちはまだまだ夢見がちで、物語のような恋愛や結婚に憧れるお年頃なのである。

彼女たちにはもう見目麗しい魔族の王と人間の禁断の恋なんて素敵!という気持ちしかなくなっていた。


「ね、ねえ!エルーシャ、魔族の国の事もっと教えてちょうだい!」

「私も!私も聞きたいわ!」

「私もいいかしら!」


エルーシャの周りにはいつの間にか沢山の人が集まっていた。エルーシャと少女たちのやり取りをこっそり聞いていた者たちである。皆一様に好奇心に目を輝かせ、頬を赤く上気させていた。



「(魔王兄さまのお顔が整ってて本当によかった!リリ姉さま、エルーシャ頑張りますね!)」



心の中でそう言って、エルーシャは語り出した。



……ちなみに、同様の事を姉フランシアと母ヴィオリアも社交の場にせっせと出てはやっているのであった。こうしてぽつぽつと、ほとんど焼け石に水ではあるが、魔族の国に興味を持つ者が増えていった。

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