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20.A、これが私の恋です

あっという間に中庭に続く扉の前に着いてしまった。足取りは重かったはずだし、私の部屋から中庭までは結構な距離があったはずなのに、まるで瞬間移動でもしたかのようだ。

硝子扉から見える外の世界はしんしんと雪が降り続けている。ぐるぐるに巻かれたショールをぎゅっと握りしめて深呼吸をひとつ、意を決して扉を開けると身を切るような冷たい風が私を撫でた。

その風の冷たさに、室内ですらあんなに手が冷たくなっていた魔王さまの事を思い胸が騒つく。気が付けば私は雪の中駆け出していた。


暗闇と雪で埋め尽くされた白黒の世界の中を走る。魔王さまは今日も上から下まで真っ黒だったし、夜も更けて暗いし見つけられるだろうか不安になった。それでも私の目は優秀で、ちゃんと魔王さまを見つける事ができた。

……本当は、間近に来るまでこの塊は本当に魔王さまなのかめちゃくちゃ悩んだのだけど。


魔王さまは雪の積もるベンチにそのまま腰掛け項垂れていた。上から下まで真っ黒だったのに、雪が積もって上から下まで真っ白になりかけている。

一瞬死んでいるのかと思うくらい微動だにしなくて肝が冷えたが、かすかに白い吐息が見えて安心した。

さく、と雪を踏んで近寄る。



「今頭を冷やしているから、近寄ってはだめだよ」



制止の声がかかる。が、知ったこっちゃない。

そのまま近付いて頭やら肩やらに無遠慮に積もる雪を払い、セリによってこれでもかと巻かれたショールを取っては魔王さまにぐるぐる巻いていく。


「こんなところにいたら風邪をひきますよ」

「私は大丈夫だ。そんなにヤワではない。君こそ早く戻れ」

「寒いの苦手って言ったじゃないですか。こんな所で冬眠でもするつもりですか?」


何故かやたらと私を拒否する魔王さまに、やっぱり魔王さまの私への好意は演技だったのでは?という疑惑が持ち上がったが、無視しておいた。

仮にそうだとしても雪だるまになろうとしている人を放ってはおけないし。仮にそうならこんなにされるがままにショールを巻かれない、と思うし。


しかし、戻りましょうと提案しても魔王さまは動かなかった。


「いいんだ。嬉しくて頭が沸騰しそうだったから冷ましてるんだ。このままでは思い上がってしまうから」

「思い上がったらいいじゃないですか。魔王さまなんだから」

「……そんな事を言って、頭から食われても知らないぞ」


ここに来たばかりの私が聞いたら恐怖に卒倒していただろう。なんなら今だってちょっと怖い。

本当に食べられちゃったらどうしようとはやっぱりちょっと思ってしまって怖いし、関係性が変わるのも怖いし、自分の中の未知の感情も怖かった。怖かったけど、ここまで来てしまったんだからもう進むしかないのだ。


などと考えていたら冷たい風に身を切られる。寒い。とにかく寒い。それにしても寒い。寒いので早く話を終わらせて魔王さまを暖炉の前に投げよう。そして私はセリにココアを淹れてもらおう。



そして、ひとつ深呼吸をした。




「魔王さま、私、どうやら魔王さまが好きみたいです。」




ずっと項垂れていた魔王さまががばっと顔を上げる。金の目が驚きに見開かれてばっちり目が合ってしまったけど、意地で逸らさなかった。




「前世から今世に至るまで、恋愛というものとは犬猿の仲だったのでよくわからないんですけど、魔王さまに好きと言われると嬉しいと思ってしまうし、魔王さまが笑ってると胸がぎゅってなるし、気がつくと魔王さまの事ばかり考えちゃうし、たぶん、好きです。好きなんです、魔王さま」




言ってやった。言ってしまった。



でも、最後まで言えたか自信はない。

なぜなら魔王さまに勢いよく抱き締められてそのままぐるぐる回られたから。

暫くの後、下手な絶叫マシンより怖いのではと思う回転から解放されるも、抱擁からは解放されることはなかった。

ふにゃふにゃになったきんいろの目が私を映す。


「本当に?嘘偽りなく?」

「た、たぶん、」

「はぁ……、こんなに幸せな事があっていいのだろうか。やっぱり君は私の幸福の君だ。」

「そんな、大袈裟な」


破顔した魔王さまにぎゅうぎゅう抱き締められて恥ずかしいやら嬉しいやら目が回って気持ち悪いやら苦しいやら、もうぐちゃぐちゃで訳がわからない。


まあ、でも、魔王さまが嬉しそうに笑ってるので、その顔の良さに免じて全てを許すことにした。



……さて、雪の降る中抱き上げられて告白なんてまるで少女漫画のようなロマンチックさではあったけど、そんなことどうでもよくなるくらい寒い。

人生初めての告白というものに気を取られていたが、やることやったら忘れていた寒さがぶり返してきた。

ぷるぷる震える私の様子に気付いた魔王さまは、びっくりするほどの速さで中庭を駆け抜け廊下に戻った。しかし、廊下の真ん中でぴたりと止まると、



「……この場合、戻る部屋は私の部屋で良いんだろうか?」



と、ものすごい真剣に聞いてきた。そんなこと私に聞かれても困る。

どう答えていいか、どう答えるべきか、しばらくもごもごしていたが、寒暖差にやられたのかくしゃみをした途端、答えを待たずに魔王さまはまた走り出す。

どこに連れて行かれるのかも気になるところだが、抱かれながら走られると振動が気持ち悪いという事を知った16の冬であった。










瞬く間にいくつかの廊下と階段を通り過ぎ、連れて来られたのは魔王さまの私室だった。別珍の貼られたふかふかのソファに降ろされた私は、そのふかふかさと反対にかちこちに固まっていた。

異性の部屋に入った経験があまりに乏しいし、まして魔王さまの部屋である。つまり、魔王さまの匂いがするのである。そんなのに耐えられるほどの経験値が私にはなかった。

私をソファに降ろしてどこかへ行っていた魔王さまが戻ってきて、情報過多で固まる私をバスタオルやら毛布やらで巻いてふかふかの固まりにしていく。私としてはまずその前に自分をなんとかして欲しいのだけど。


「大丈夫か、寒くはないか?今温かい飲み物を用意させよう」

「ありがとうございます、あの、でも、私より魔王さまを優先された方がいいんじゃないですか?」


ばたばたと走り回る魔王さまにそう言うと、魔王さまはその時はじめて自分が雪で濡れてびしょびしょな事に気付いたようだった。


「す、すまない!こんな状態で抱かれて冷たかっただろう!」

「いや、そういうことではなく、拭くとか着替えるとかしないと風邪をひきますよ」

「ん?ああ、そうか……」


と言って魔王さまはおもむろに服を脱ぎ出した。私の目の前で。

もう一度言う、私の目の前で服を脱ぎはじめたのだこの人。


突然の事に最早悲鳴をあげる事すらできず、真っ赤になって固まっていると、魔王さまが何かに気付いたように動きを止めた。

やっと私にストリップショーを見せつけていた事に気付いたのかと思いきや、魔王さまがやったのは私に巻かれたたくさんのふかふかを取っていく作業だった。

これはどういうことだろうか。

あれよあれよという間に巻いてたものは全て取り払われてしまった。これはつまりどういうことか、そういうことなのか。



「ま、魔王さま!?な、何を……っ!」



さすがにここは流されてはいけないところだろうと抗議の声を上げようとすると、きょとんとされてしまった。


「……?そろそろ風呂に湯が溜まったころだろうから入っておいでと」


あ、さっきいなくなったのはお風呂にお湯を溜めにいったのか。と納得すると同時に、猛烈な恥ずかしさが襲いかかる。私は何を、何て勘違いを。

耐えられず真っ赤になった私を見て、魔王さまが不思議そうに首を傾げた。殴りたくなるくらい可愛かった。



「……何をされると思ったのかな?」



かと思えば、金の目を細めて全くもって可愛さのかけらもない台詞を囁いてきた。私はもうどうすることもできず崩れ落ちる。絨毯との抱擁はすんでのところで魔王さまに抱きとめられたからせずに済んだけど。

恥ずかしさに顔を手で覆って蹲ってるとやり過ぎたことに気が付いたのか頭上で魔王さまからの謝罪が降ってくる。16歳の乙女を何歳か知らないけどいい歳した大人がからかった罰としてしばらくそうしてるといい。もう風邪でもなんでもひいてしまえ。



結局侍女がお茶を運んでくるまで丸く蹲る私と魔王さまの攻防は続いたのだった。








順番にお風呂に入って(勿論魔王さまを先に突っ込んだ)(家族以外の異性の入ったお風呂に浸かるとか死ぬかと思った。素数を数えて乗り切った)、ソファに隣り合って座ってお茶を啜る。

魔王さまとのお茶自体はもう慣れたものだけど、いつもは向かい合って座ってたから距離があったし、場所もお庭とかサンルームとかだったからもう未知であった。お茶の味とかわからなかった。


魔王さまがカップを置く。こちらに向き直る気配がして思わず身が竦んでしまった。


「リリシア、手を握ってもいいだろうか」


あまりにも些細なお願いに拍子抜けした。


「いつも聞く前に握ってるじゃないですか」


遠回しな許可に魔王さまが「そうだな」と笑う。そして、いつもよりずっとぎこちなく、ずっと優しく手を取られた。


「もうひとつ、いいだろうか」

「なんですか?」

「名前を、呼んでもらってもいいだろうか」


名前。これまでずっと「魔王さま」と呼んできたけど知らないわけじゃない。知ってるのだから言うのも簡単なはずだ。ただ名前を呼ぶだけ、簡単な事じゃないか。それなのに、一音目を発しようとした私の喉は言う事を聞かず、頬は急速湯沸かし器の如く熱を湛えた。

それでも、私を見るあの期待に満ちたきらきらの目からは逃げることができない。


「ジークハルト、さま」


なんとか捻り出すと、魔王さまはばっと私から反対に目を背けソファの手摺に縋り付いた。なぜかぷるぷる震えてるしよく見ると耳まで真っ赤だった。なぜ私ではなく魔王さまがそんな事になっているのか。

魔王さまのその状態を見たらすっと冷静になって恥ずかしさが抜けていく。残ったのは面白さだけだった。


「ジークハルトさま、ジークハルトさまどうなさったんですか?」

「まっ、待って、待ってくれ、いけない、刺激が強すぎる」


わざと名前で呼んで魔王さまのシャツを摘んでちょいちょい引いてみると、魔王さまは顔を手で覆ってなんだかよくわからない呻き声を上げた。

あんまりやりすぎると返り討ちにあうフラグが立ちそうだったのでそこそこの所で止める。

やっと落ち着いたらしい魔王さまがはあとため息をついた。



「リリシアが可愛すぎてつらい」



そんな事を言うので、私はこれまで何度も言った台詞を投げつけてやるのだ。




「それは目の錯覚です」





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