表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/72

19.冬


「じゃあリリシア、元気でやるんだよ。魔王様、娘をよろしくお願いします」

「はい。お任せ下さい」


そう言って、カテリン家の面々は数日の滞在を終えフィロジーアへ帰って行った。

遠ざかって行く馬車を見えなくなるまで一人ぼんやりと眺めていると、ちらちら白いものが頭上から降ってくる。



「雪だ……」



バルトロジカ王国に長い冬が訪れた。












降り出した雪はそのまま勢いを強くしていき、夜の帳が下りる頃には城の周りを白く染め上げる程になっていた。

フィロジーア王国でも雪は降るが、積もる事は稀なので新鮮でつい積もっていく様を眺めてしまう。


そうしてべったりと窓に張り付いて雪ばかり見ていたから、ぎりぎりまで背後から忍び寄る魔王さまの存在に気が付かなかった。気付いた時には既に魔王さまは窓についた私の手に被せるように手をつき、私越しに窓の外を伺っていた。背中と手に感じる魔王さまの体温に叫んで飛び上がりそうだ。

魔王さまの腕に囲われて逃げられないし、自分の手に重なる大きな手から目を背けようとすると窓に反射した魔王さまのめちゃくちゃに整ったお顔が見えて「ヒェッ」てなるしでどうしようかと思っていると、魔王さまが口を開いた。


「またこの時期がやってきてしまったな……」


半ばひとりごとのような呟きに視線を上げ窓硝子に映る魔王さまを見ると、なんだかむすっと顔を顰めていて、あまり見ない表情につい物珍しさを感じてジロジロ見てしまう。

視線に気付いた魔王さまは硝子に映る私と目を合わせると少し恥ずかしそうに目を伏せた。


「冬は苦手なんだ。寒いとどうも鈍ってしまう」


あの向かう所敵なしというような魔王さまにも苦手とするものがあったのか。

そういえば重ねられた手はいつもと違って随分と冷たい。


それに気付いた私は、自分でも何故そんなことをしたのかわからないけど、冷たい手からするりと逃げて振り返り、そしてもう一度、今度は自分から魔王さまの手を取りぎゅっと握った。冷たい手が温まりますようにと願って。



「り、リリシア……?」



困惑に染まった魔王さまの声に自分が何をしたのか気付くも、慌てたせいで手を離す選択肢ではなくまさかの逆、あろうことか私はぎゅっと握った手をそのまま胸元で抱き込んでしまった。


「えっ!?あれ、あの、ちが、違うんです!魔王さまの手が冷たいなって思って、やだ私……!」


自分で自分の行動がわからなくて、わからないからどうしようもなくて、弁解しようにも何をどう言っていいかわからない。顔は耳まで熱いしなぜか涙も出てきて視界も霞む。

そんな私に釣られたのか魔王さまの頬も朱に染まっていった。

どうにかこうにかしてやっと手を離す選択肢を選ぶ事に成功した時には、二人とも茹で蛸のようだった。


「ご、ごめんなさい……」

「いや、謝る事じゃないさ。その、ご褒美のような、ものだったし……」


解放された手を摩りながら魔王さまは言う。真っ赤になってそわそわする魔王さまを見て、「あれ?」と思った。

毎日毎日飽きもせず私に愛を囁き手を握ってもこんな事一度だってなかったのに、なぜ今日はこんなにも動揺しているんだろうか。これよりも凄いことなんて飽きるほどしてるのに、いつもの落ち着きはどこへ行ってしまったのか、と。

もしかしたら、私が魔王さまをこんなに動揺させたのかと思ったら、なんだか面白くなってきた。これまで散々翻弄された仕返しを今こそすべきではないのか。





……などと、不相応な考えを持ったさっきの私を殴りたい。



「まさか、リリシアから誘ってくれるなんてな、今はじめて冬も良いものだと思えたよ」

「ごめんなさいそういうつもりでは、あの、魔王さま近い」



窓硝子に押し付けられた背中がひやりと冷たいが、果たして物理的に冷たく感じているだけなのかこれから先の未来を思って寒気を感じたのか区別がつかない。

その反面顔は湯気が出るんじゃないかと思うほど熱くて、たまらない。

頬をするりと撫でてくるまだ少し冷たい指が、私を魔王さまへと向ける。

間近で見てしまった魔王さまの顔は今日もやっぱりとても綺麗に整っていて、優しく緩んだ目のきらめく金色が、とても、好きだと思った。

見惚れているといつしか金色が霞んで、おでこにこつんと何かが当たる。ついでにさらさらとおでこをくすぐるものが。



「ありがとう、リリシア。好きだよ」



囁かれて我に帰る。この、おでこに当たってるのは魔王さまのおでこと髪の毛だ。金の目が霞んだのは、距離が近すぎてピントが合わなくなったからだ。

気付いてしまったら喉がからからに渇いて、下手くそに吸い込んだ空気がひゅ、と音を立てる。

すり、とおでこを擦り合わされた。


その瞬間、キャパオーバーした私の体は活動を強制終了して、へたりとその場に座り込んでしまった。


「リリシア?す、すまない嫌だったか?」


魔王さまは私があまりの不快感ゆえにそうなったと思ったらしく、慌ててほどほどの距離に戻り、助け起こそうと手を差し出した。が、私があんまりにも茹で蛸だったのでほっとしたように強張った表情を崩し、そのまま崩しすぎていた。


「そうか……何というか、好意をそのまま受け取ってもらえるというのは、こう、擽ったいものだな」

「無理好き」

「え、」


照れ臭そうに笑うものだから、私の口は脳みそが発した言葉をそのまま吐き出していた。言った瞬間我に返って口を抑えるも時すでに遅し。


「リリシア、いま、いま何と」

「何も言ってません!何も言ってません!気のせいです!」

「いや!確かに聞いたぞ!お願いだ、もう一度だけ」

「無理です!寝ます!おやすみなさい!」









その時の私はたぶん前世も含めて人生で最も素早かったと思う。

追い縋る魔王さまを振り切り廊下を駆け抜け自室に飛び込み足を滑らせ絨毯と熱い接吻を交わした。


いや、あの好きは異性として好きというか可愛いものを見た時の好きというか推しに対する好きっていうか、そういうのであって、断じて、断じて…………嘘です。いや、嘘でもないけど、主成分はたぶんきっと異性として好きというやつです。これまでそんなこと思ったことないからわからないけど。


「リリシア様聞きましたよ!やりましたね!ごちそうさまです!……って、何やってるんですか?」

「セリ……ちょっと聞きたいのだけど、私、もしかして魔王さまの事好きなの?」


物凄い笑顔で部屋に飛び込んで来たセリが、絨毯に突っ伏した私を不思議そうに見ている。私にとって今私がどういう状態かというのはどうでもいいことなので、どうでもよくない部分の第三者の意見を聞こうと問いかけた。

セリは暫くぽかんと固まって質問の意味を考えているようだったが、質問の咀嚼が終わると耳と尻尾をぴんと立てて頬を染めた。


「リリシア様が!ついに!今日、はもう夕ご飯終わっちゃったので明日はお赤飯を炊きましょうね!」

「待って!話を聞いて!あの、笑顔を見ると胸がふわってなったり、いつも見ない表情を見ると嬉しかったり、弱点を教えてくれた事に喜びを感じたり、その……触ってみたく、なったり?するのが、恋でいいの?」


目を輝かせながら厨房に走りそうなセリにしがみついて恥を忍んで聞くと、セリは何かを噛み締めるように目を閉じた。わ、私何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。


「セリ、今とてもリリシア様を抱きしめたいです。もう陛下なんてやめて私と付き合いません?」

「えっ!?いや、その、ご、ごめんなさい……?」

「うふふ、半分冗談です。うーん、そういう事は直に陛下に聞いてみたらどうでしょう。対話は大事ですよ!」


悪戯っぽく笑うセリにそう言われたけど、直に聞けないから聞いてるんじゃない、という気持ちでいっぱいである。

直に聞けない事とか、聞いても疑ってしまう事が多過ぎるから私はこんなに拗らせているんじゃないか。


「で、でも、呆れられると思うし……」

「大丈夫ですって!ふんふん……セリの嗅覚では今陛下は中庭にいらっしゃいますね!」


寒さに弱いのだと雪を恨めしげに見ていたというのに中庭なんて大丈夫なのだろうか。その心配が顔に出たらしく、セリはクローゼットから厚手のショールで私を包むと私を廊下に追いやった。


「温かい飲み物を用意してお待ちしてますね!あ、帰ってこなくても大丈夫ですけど」

「せ、セリ!」


そのままパタンと扉を閉められてしまい、退路の断たれた私は言い訳の練習をしながら重い足を引きずって中庭へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ