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18.攻められし本丸

バルトロジカ王国へやってきたカテリン家の面々は、当初の予定では私の顔と魔王さまを見たらすぐにフィロジーアへ帰るはずだったらしいが、魔王さまが是非にと勧めるので数日滞在することになった。


父と母は魔王さまと今後の話を、兄は魔王さまの許可を得てこの国の見学に行ってしまったので、私は姉と妹を連れて共に自室に帰ってきたところだ。

魔王さまのところで話を聞いてもよかったのだが、魔王さまの顔が恥ずかしくて見れなかったので退室してきた次第である。




部屋に入るなり姉と妹が抱きついてきた。驚きに目を見開いていると、すすり泣く声が二人から聞こえる。


「フラン姉さま?エル?」

「よかった!リリ!本当に生きてたのね!それにあんな顔のいい殿方と結婚だなんて、もう、わたし、生きててよかった……っ!」

「リリ姉さま……っ!信じてたけど怖かったの、またリリ姉さまと会えてエルは幸せです!」


面食いの姉が「顔のいい」をものすごく強調してたことが少し気になるが、泣いてもらえる幸せを噛みしめることに決め、姉妹の熱い抱擁と涙を受け止める。

二人の溢す涙が落ち着いてきた頃、控えめなノックが響いた。セリかと思っていつものように返事をすると、おずおずと開いた扉から見えたのはセリのすこし癖のついた東雲色の髪ではなく、胡桃色の肩上で切り揃えられた髪、セーラの頭だった。



「セーラ!」



驚いて駆け寄ると、セーラは目に涙をいっぱい溜めて私を抱きしめた。


「リリシア様!申し訳、申し訳ございません!私があの時手を離したから!」

「いいのよもう、終わったことでしょう?それに私結構楽しくやってるから、大丈夫」


しゃくりあげながら涙を流すセーラの背を摩ってやるが、さらにぎゅうと強く抱かれた。その腕が震えていて、それでも離さんとする力強さに釣られて、私も涙が出そうだ。


セーラの後ろから何を言うわけでもなくセリがティーセットを乗せたカートを押して入ってくる。


「そちらの方が詰所で思い詰めた顔をしておりまして、話を聞くとリリシア様にお会いしたいとの事だったので連れてまいりました。よろしかった……ようですね」

「ありがとうセリ。彼女はフィロジーアの家にいた時の私付きの侍女だったの」

「まあ、そうなんですか」


いつもの二割り増しで侍女らしく控えめな笑みを浮かべ、軽口を叩くことなく楚々とお茶の支度をするセリになんだか違和感がすごい。彼女なりに空気を読んでのことだろうが、明るく天真爛漫な彼女しか知らないのでなんだかそわそわしてしまう。

やっと落ち着いたセーラがすっかり済んだお茶の支度を見て慌てた。


「す、すみません!お茶の支度など私がやらねばならなかったのに……!」

「まあ、なぜです?あなたも今はお客様なのですから、どうぞ気にせずリリシア様とゆっくりお話してください……それとも、魔族の淹れたお茶は嫌かしら?」

「え、いえ、そんな……」


ゆるりと笑いながらその琥珀の瞳を「わざと」獰猛に細めて、セーラを凍らせた。私にはわかる、彼女はわざとやっている。


「セリ!」

「……ふ、あはは!ごめんなさい冗談です!魔族っぽさを演出しておこうかなって」


咎めるといたずらっぽく笑って、いつものセリになった。突然からりと笑い出したので、翻弄されたセーラとそれを見ていた姉妹たちがぽかんとしている。


「皆さまごめんなさい、人間の国からのお客様ってはじめてだからつい。お詫びにもうちょっとお菓子を持ってきましょうか、どうぞゆるりと寛いでてくださいね!」


そう言うとセリは嵐のように去って行ってしまった。緩みはしたが困惑に震えるこの空気をどうするか、頭を悩ませる。


「ええと、彼女はここに来てから私の世話をずっとしてくれてたセリです。あの、悪い子ではないの」

「ええ、それは、あの、……ここに来る前に声をかけて頂いたんですけど私魔族と思うとびくびくしてしまって、それなのに気にせず接して頂いたんです。本当に良い方です」


「リリシアは、大事にされているのね」


やり取りを見て、姉が目を細めた。

わかってはいたが、どうやら私は家族に相当愛されていて、相当心配されていたらしい。死ななくてよかったと心から思った。

家族への愛に浸る私に、妹のエルーシャが父譲りの浅縹色の大きな目を向けた。



「ねえリリ姉さま、リリ姉さまは魔王兄さまとどこまで行ったの?」



今唐突に死にたくなった。

妹の無邪気な問いに言葉が詰まる。どこまでってなんですか、おねえちゃんにわかるように言って。


「ど、どこまでって、何が」

「やだわリリ姉さまったら勿体ぶって!そんなの……」

「こらエルーシャ!」


冷や汗を垂らしていたら姉が妹を咎めてくれた。さすが姉さまこの空間の良心!と思いきや、続けられた言葉に私は白目を剥く事になる。


「長い話になるのに立ったままなんてだめでしょう、腰を落ち着けてゆっくり聞きましょう」

「あ!そうねフラン姉さま!」




二人がけのはずのソファにぎゅうぎゅうと三人で座らされた。もちろん私は二人に挟まれ腕を絡められ逃げる事は不可能。頼みのセーラはなにやら微笑ましげに見ていて助けてくれそうもない。


「リリシアはこう言う話は全然なかったから嬉しいのよ。で、魔王様はどんなお方?」

「いや、あの、えっと……」

「キスは?キスはもうした?」

「あの、待って……!」

「もしかしてその先も!?きゃー!」

「し、してない!してないから!」


両隣から投げかけられる問いと爛々と光る瞳に耐えられず視線をあちこちに彷徨わせる。身に覚えのないところまで進んだと思われそうになって慌てて否定すると二人が黙った。



「手を握られたり、す、す、好きだとは言われるけど、魔王さまはきっと本当に私の事が好きなんじゃないと思うわ」



だって魔王さまは転生者の私の記憶が欲しいだけだし。なんて何も知らない皆に言えないけど。


「それは、魔王様が貴女を幸福の君と言ったことと関係あるの?」


俯いていると、姉がそう聞いてきた。頷くと、「そう…」と呟いて黙り込む。


「でもね、私は魔王様はちゃんとリリシアの事が好きだと思うわ」


姉はきっと私を慰めようとしている。その気持ちが嬉しくてお礼を言おうと口を開きかけたが、すぐに何も言えなくなった。

緩んだと思った両脇の拘束が再び強くなったからだ。


「父様に許しを得る時の目を見てピンときたもの!あれは、リリシアが愛しくて仕方ないという目よ!間違いないわ!」

「そうよリリ姉さま!何も思ってない人に向けてあんな目はできないわ!私たちは詳しいんだから!」


力強く捲し立てられるも頷く事が出来ずにいたら、扉が開いてセリが入ってきた。色とりどりのマカロンを積み上げた大きなお皿を私たちの前に置く。

気を遣ってそのまま下がろうとしたセリを姉の瞳が捕らえ、私は逃げてセリと念を送った。


「ねえ、セリさんと言ったかしら。魔王様はリリシアの事好きよね?」


セリが魔族という事は姉には関係ないというように何のためらいもなくその腕まで取って、セリを空いていたスツールに座らさせた。

セリはぽかんとしていたが、次の瞬間にはパッと笑みを浮かべていた。


「間違いないですね。陛下はリリシア様にぞっこんです」

「ほら!」

「セリ!もう、そんな冗談……」


きゃあきゃあと盛り上がる私以外にいたたまれなくて恥ずかしくて、火に油を注ぐような冗談を止めてくれるよう言う。

が、セリは侍女にあるまじき長いため息を吐いて私を見遣った。


「もーーー、リリシア様はまだそんな事を。あのですね、陛下はそんな器用な方じゃないですから」

「で、でも!」

「でももだってもないです。私もそこそこ長くここに勤めてますけど、陛下が好きでもない相手に義務感であんなにべちゃべちゃになれるとはすこーーしも思いません」

「う……」

「私の話が信じられないならもっと陛下と付き合いの長いヘイゼル文官長やゴルドフ騎士団長に聞いてみます?あ、侍従長なんかもご幼少の頃から知ってるはずなのでいいかも。呼んできます?」


言いながら腰を上げかけたセリを半ば抱きつくように止め、もういいからと叫ぶ。

顔が熱い。きっと酷い顔をしているからセリのエプロンに埋めたまま顔が上げられない。


往生際が悪いのはわかってる。でも、もしそうじゃなかった時の事を思うと私は認める事ができなかった。


「リリ姉さまは魔王兄さまの事お好きではないの?」

「や、あの……嫌い、ではないけど」

「じゃあ好きなのね?」


妹から遠慮なくぶつけられる問いにしどろもどろになる。



「でも、私じゃ釣り合わないし……。け、結婚、となると王妃でしょう?私、務まらない……」



なんとか逃げ道をと小さく呟くと、セリが私の手をぎゅっと握ってきた。


「それだけが懸念事項であるなら大丈夫、いざ結婚となっても色々と準備だとか儀式だとかがあるので最短で事が進んでも一年は時間があります。一年あれば叩き込めますから!ご安心ください!」


あまりに真っ直ぐな目とあまりに真っ直ぐな言葉に、つい頷いてしまった。

頷いてしまったことに気付いたのはセーラがぼろぼろに泣きながら「おめでとうございますリリシア様」と私を抱きしめた時で。退路が断たれてしまった私は青ざめるのであった。










「あれ、陛下なにやってるんですか?」


ヘイゼルが見たのは幸福の君の部屋の前でうずくまってる魔王だった。

なんだか顔を赤らめてぷるぷる震えてる。幸福の君が来てからというもの度々見かける様だったが、これは何度見ても慣れないな、と顔を顰める。

あの常に冷たく、戦以外にはろくに興味もなく、魔王に就任して数十年、淡々と国を治めていた「氷の王」はいったい何処へ行ってしまったのだろう。

たった一人の人間の娘一人にこんなにも崩されている幼馴染を見るのは、正直耐えられないものがあった。


笑いが耐えられない、という意味で。



「リリシアが、かわいい……」



遅れてきた春に氷を溶かされてどろどろになっている彼は、溢れんばかりの感情をどう表現していいかわからないらしくそれだけ捻り出す。目は薄っすらと開いている扉の向こうに釘付けだ。



「……幸せそうでなによりです」



このままここにいるといつ吹き出してしまうかわからないので、それだけ言って足早に立ち去る。

しばらく歩いたところで、どうにも耐えられなくて笑いが溢れ、止まらない。息も絶え絶え柱に寄りかかる。



「はは、あいつめ、自分は恋などしない意味がわからない必要ないと人に言っといて、あのザマとか、……っく、あー!無理だ無理だ面白すぎるだろ!」



一人げらげら笑っていて、通りすがりの下働きの女に怪訝な顔をされた。

それでも笑いを止められなくて、しばらく後になんとか止めることに成功するも、結局ヘイゼルは一日中思い出し笑いに襲われ続けることとなるのだった。

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