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16.Q、恋ってなんですか

緩やかなウェーブを描く長い金の髪を編み込みと繊細な銀細工の飾りが彩り、その身は黒とフォレストグリーンのシックなドレスに包まれている彼女は、その美しい所作の割に荒々しくティーカップを置いた。



「どうしてそれをわたくしに聞こうと思ったんですの」

「いや、その……」

「貴女の登場によって失恋が確定したわたくしに、よりにもよって貴女から陛下の事を知りたい、などど」



キッと空色の目に睨まれる。まったくもってごもっともなエマ・ハウフヴェルン公爵令嬢の言葉にその資格はないが肩が跳ねた。


「すみません……でも、エマさんに聞くのが一番だと思いまして……」

「というか、貴女陛下の事をどう思ってらっしゃるの?陛下からあれだけ、あれだけ!お言葉を貰っておきながらいつもしかめっ面ばかり」

「どう、というか、ずっと恐ろしいと思っていたのに最近どうもおかしくて……」


ごにょごにょと最近の心情の変化を話すと、たちまちエマ嬢は「やだ」とか「まあ」などど目を輝かせはじめた。先程までしかめっ面をしていたのが嘘のようだ。

一通り聞くとしばらく唸りながら何かを考えていたようだが、不意に顔を上げる。



「恋ですわね!」



と、断言した。

こ、鯉?


「えっ」

「だってそうでしょう?触られたり声をかけられるとどきどきするなんて、それは恋じゃない!」


ソファにテーブルを挟んで対面で座っていたはずが、いつの間にやら隣に移動されていた。ふわりと花のような甘い香りがする。

エマ嬢はきゃあきゃあ言いながら私の手を取って話の続きをせがんできた。が、私は魔王さまに対する感情が恋だと名付けられたことの方が問題だった。

恋?これが?恋?

ぼんやりとする私を置いてきぼりにしてエマ嬢は一人盛り上がっていた。


「仕方ありませんわねぇ、どうしようもない人間の娘にわたくしが魔王さまの素敵なところを教えて差し上げますわ!わたくしの初恋を奪ったのですからわたくし以上の恋の苦しみを感じて頂かないと割に合わないもの」


エマ嬢は私の鼻をぎゅっと摘み、その美しい顔を挑戦的な笑みで飾りそう言った。




「陛下はね、とてもお優しい方なのですわ。貴女に口を滑らせたわたくしにもハウフヴェルン家にもなんのお咎めも下されませんでしたわ。わたくしが陛下に恋心を抱いた百年前のあの日もそうだった……生涯忘れはしませんわ」

「え、あの、百年て比喩ではなかったんですか……?」

「比喩?なぜ?百年なんて短くはないけどそう驚くほど長くもないでしょう?」


そうきょとんとされる。

なんとなくこれまでの話で察しはついていたけれど、魔族って人間と比べてどうやら寿命がとても長いらしい。私にとって十数年そこそこくらいの感覚で百年を言うエマ嬢にカルチャーショックだ。

唖然とする私にエマ嬢は何か思い出したようで、合点のいった顔を見せる。


「ああ、そうでしたわね。人間は短命ですものね。わたくしはグリフォンの一族ですから五百年は生きますから、つい。そうね、貴女はその辺も考えないといけませんわね……」

「ぐ、グリフォン……!?魔王さまもですか?」

「陛下?違いますわよ?やだ、貴女そんな事も知らないの?」


再びきょとんと目を丸くされるが、誰が何の種族だとかは一切知らされてない私は頷くだけだった。

たぶん皆聞けば教えてくれたのだろうが、わざわざ聞く理由もなかったのだ。

やっぱり魔族って怖いし、そんな積極的に声をかけれるものでもないし。


「陛下も愛の言葉ばかりでなくちゃんと教えてあげればよろしいのに……まあ、その戦以外ではちょっぴり抜けてらっしゃるところも素敵なのだけれど」


きゃあ。と頬を薔薇色に染めるエマ嬢のなんと可愛らしいことか。

彼女は本当に魔王さまの事が好きなんだなあと考えると、辛かった。魔王さまも私なんかよりよっぽど美しく賢いだろうエマ嬢を選べばよかったのに、と。


そんな考えが顔に出ていたのか、エマ嬢はお茶菓子のトリュフチョコを私の口に放り込んだ。

とろりと溶ける甘さに思わず頬が緩む。


「もう、幸福の君がそんな顔してどうしますの!貴女にはまだまだ陛下の素敵なところを知って頂いて、そんな方から想いを寄せられる光栄をこれでもかとわかって頂かないと困りますのよ!」


むん、と胸を張るエマ嬢はやっぱり可愛くて、強くて、素敵だった。









エマ嬢が満足するまで魔王さまの話を聞かされて、私の頭の中は魔王さまでパンク寸前だ。あまりの熱量を持って話されたせいか、暖房のせいか、火照る体を冷ましに夕闇の迫る中庭に出ると冷たい風が気持ちよかった。


しばらく中庭でぼんやり立っていると頭も冷えてきて、エマ嬢に言われた私のこの感情変化は恋によるもの、というのが思い出される。

果たして、これは本当に恋なのだろうか。

恋などした事がないので考えたところで全くわからない。


そうしてうんうん唸っていると、冷えた肩に温かなものがかけられた。



「リリシア、風邪をひくよ」



振り返ると、そこには魔王さまがいた。今日もまたその金の瞳は愛しさを湛えながら私を映している。……と思うのも私の目の錯覚で、恋によるものなのだろうか。

などと考えながらじっと見ていたら、魔王さまがそわそわしはじめる。


「どうしたんだ?その、そんなに見つめられると少々落ち着かないのだが……」


いつも私を穴が空くほど見ている相手が何を言うかと思った。が、その照れ臭そうにする様がなんとも可愛く見える。

そして肩にかけられた魔王さまのマントから妙にいい匂いがして心臓がうるさい。

……もしや、本当に私は魔王さまに恋をしているのだろうか。



これは、早急に検証が必要である。



そう感じたが、検証。それも恋の検証。…………どうしたらいいんだろう?そんなことしたことないから全くわからない。


「あの、魔王さま。魔王さまの種族って何ですか?」


わからなすぎて、魔王さまと対峙してると胸が苦しくて、つい関係ないことを聞いてしまった。

魔王さまはその問いにきょとんとしつつもどこか嬉しそうに教えてくれる。


「私はリントヴルムだ」

「りんと、ぶるむ?」

「リントヴルム、まあ簡単に言えば翼の生えた竜だな。どうしたんだ突然」

「いや、さっきまでエマさんと話してて、ちょっと気になったというか……」

「そうか、まあ何にせよリリシアが私のことを気にしてくれるなんて、なんて嬉しいことだろう」


そう言って目を細める魔王さまを見てると、胸がぎゅっとして頬が熱くなった。

風に当たってせっかく冷めたのに、私はいったいどうしてしまったのだろう。


「リリシア?」

「なっ!なんでもないです!大丈夫、元気です!」


俯いていたら顔を至近距離で覗き込まれて、思わず飛び退いてしまう。

飛び退いた拍子に足をとられて後ろに倒れそうになったが、魔王さまの腕が危なげなく私を抱きとめた。


「リリシアは軽いな、そんなに軽いと天へ飛んでいってしまうんじゃないかと不安になる」

「そ、んなに軽くはないと、思うの、ですが」


その距離の近さと私を抱きとめる腕の力強さ、私の目を捕らえて離さない金の瞳にしどろもどろになりながら返す。


これまでも魔王さまと接触すると怖かったり恥ずかしかったりでよく頭真っ白になっていたが、それは恋だとエマ嬢に断言されてからはまた少し違う感じで真っ白になってしまう。


どきどきして、そわそわして、恥ずかしい。

それなのに、こうして声をかけてくれたり気を遣ってくれるのは私の記憶が目当てだからと思うとスッと冷めるようで、これまでそんなことなかったのに、胸が痛かった。



これが、恋と言うものなのだろうか。



「リリシア?」

「魔王さま、魔王さまは……本当に私の事が好きで、そういうことを言うんですか……?」



気付いたらそう聞いていた。聞いてしまったのに、私は答えを聞きたくなくて、自分で自分に戸惑った。


私の固く握られた拳を魔王さまの手が撫でる。黒い革の手袋が冷たいはずなのに、なぜだかとても温かかった。



「リリシアが好きだよ。この身も、魔王の地位も捧げられるほど、リリシアの事が好きなんだ」



柔らかく告げられた告白が、涙が出るほど嬉しいと思うのに、私は魔王さまがわからなかった。


「なんで、私そんなに可愛くも、賢くもないし、前世の記憶だって、どうしようもなくて、」


意地のように拳を握りしめて、ぐるぐるする頭から言葉をひねり出す。

そんな私を魔王さまはまた愛おしいものを見るように見てくる。そして、いつの間にか私の目から勝手に溢れていた涙を掬った。



ああ、どうしよう。




私、魔王さまに恋をしてる。


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