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13.フィロジーアからの来客

うっかり時間をくださいと言ってしまってから数日。

考えれど考えれど案の定なにも思いつくことはなかった。



「だめだー!解散!」



ぼふんとベッドの海に沈む。

ああ、こんなことなら前世でもっと色々経験しておくんだった……家と職場の往復だけではなく、もっとなにか!



「はーいリリシア様、お茶を入れたので集合してくださーい」



ベッドに沈む私を覗き込んだのはまたしてもいつの間にか入り込んだセリだった。

なぜ彼女は油断してお行儀の悪い事をしてる時に限ってこうして音もなく侵入してくるのか。


びっくりして跳ね起きると、セリは寝転んだせいで崩れた髪の毛をちょいと直して満足げに笑い、お茶の世話を焼くためベッドルームを出て行った。


私も後を追おうとベッドを降り、ふと窓の外を見て驚いた。そりゃあもう驚いた。



「な、なんで、フィロジーア側から馬車が……」



私に充てがわれた部屋からは、遠目ではあるがフィロジーア王国とバルトロジカ王国を隔てるルサリカ川、そこに架けられた大橋を見ることが出来た。

通常一切の交流のない国同士なので、その橋を渡る者はいないはずなのだが、今確かにその橋を渡る馬車が見えた。



「リリシア様?お茶、冷めてしまいますよー?」

「ねえ、セリ、あれ見える?」



もしかしたら目の錯覚かもしれないとセリを捕まえて見てもらった。

セリは耳をぴんと立て、目をまん丸くして橋を見ていた。いつもにこやかなセリの顔が驚愕に染まる。



「ど、どういうことなんでしょう。セリには大橋を渡ってくる馬車が見えました……」

「やっぱり、私の目の錯覚ではないのね……私魔王さまに聞いてきます!」



駆け出す私を止めるセリの声が聞こえたが、私は足を止めることはなかった。








魔王さまの執務室の扉を開けると、そこにはゴルドフさんやヘイゼルさんを含めて多くの魔族が集まっていて、思わず足がすくむ。

それまで何事か話し合っていて騒々しかったのに、私の姿を見たらそれが嘘のように静まり返り私のことを見るものだから、喉が張り付いたように声が出ない。



「リリシア、どうした?」



奥に座る魔王さまだけがいつものように声をかけてくれて、それでやっと動けるようになったけど、でもこの部屋に入る勇気はなかった。


「あの、さっき、ルサリカ川の大橋を渡ってくる馬車が見えて、それで……」

「ああ、君も気付いてしまったか。いいから君は部屋にいなさい、……と言って聞く気はあるかい?」


首を横に振る。

「だろうな」と呟いた魔王さまは傍にいたヘイゼルさんに何事か伝え、部屋にいた人々を下がらせた。





「実は、君を返すようにという要請がずっと来ていてな、我らは……私はずっとそれを拒否し続けていた」


まさか。


「それが、今日ついに直々やってきたという事だな」

「なんで、どうして……」

「これまで彼の国が幸福の君を取り戻そうと動いた記録はなく、こちらもどう動いたらいいか悩んでいる。……リリシア、君は自分で思うより彼の国に愛されていたんだろうね」


愛されていたなんて、どうしても思えなくて、私は混乱していた。

家族は皆優しかったしきっと私を愛してくれていただろうけど、力の少ない貴族が国を動かせるとは思えず、国はそもそも私を認知していなかっただろう。



どうして。



「もしかして、私を大義名分に攻撃を仕掛けてくる、とか」



それが目的だとしか私には思えなかった。

血の気が引いて冷たくなった私の手を温めるように、魔王さまの手が重なる。



「大丈夫、そうだとしても君が考えるより酷くはならないよ」

「でも、」

「それより、本当に彼らが君を迎えに来たとして……君は帰りたいかい?」



帰りたいか。

ずっと、帰りたいと思っていた。

得体の知れない異形達の国が怖くて、心細くて、与えられる好意は全て裏があると疑って、帰りたかった。

外に出れば陰口は囁かれるけど、優しい家族のいるフィロジーアに私は帰りたかったはずである。


ずっと帰りたいと思っていたのに、私はすぐに首を縦に振ることができなかった。


この国で、私も今度は何かを与えられる人になってみたいなと思ったばかりだったのに、まだ何もしてないのに、また何もできない人生に戻るのかと、帰りたくないなと思ってしまったから。



「とにかく、向こうの話を聞いてみなければ。君の安否を知らせるためにも、できれば同席して欲しい」

「……はい」










本当に迎えだったらどうしよう。

ここで迎えを拒めばたぶんきっとフィロジーア王国にはもう二度と帰れない気がして、でもまだ帰りたくない気持ちもあって、そんな気持ちの中落ち着かなくて視線をあちこち彷徨わせてしまう。


そして、迎えだったとして、私が帰りたいと言ったとして、魔王さまは私を手放すのか、それが気になる。

幸福の君の力で文化レベルを上げ繁栄してきた国としては、帰したくないだろうけど、魔王さまはどうするんだろう。



なんだかもやもやそわそわ落ち着かない気持ちは、応接室の扉から入ってきた人物を見てどこかへ飛んで行ってしまった。



「リリシア!!!!!」

「オル兄さま!?」



私を見るなり飛んできて抱きしめてきたのは、まさかのオルダシス・カテリン。

私の兄、その人だった。


私と同じ藤色の瞳を涙で潤ませて、「リリシアだ。本物だ。よかったやっぱり生きてた」と私の顔や頭をべたべたと撫で回してくる。



「オル兄さま、どうして」

「リリを迎えに来たに決まってるだろう!?遅くなってごめんね、怖い思いをさせたね」



ぎゅうぎゅう抱きしめながら泣く兄をどうにか押し退けると、兄の後ろでは魔王さまがなんとも言えない表情で立ち尽くしていた。(「ずるい」という言葉が聞こえた気がしたけど気のせいだと思う)

さらにその後ろで控える近衛騎士たちや侍女たちもぽかんとしている。



「……失礼、折角の再会に水を差すようだが、まずは座られては?」



なんとか正気を取り戻した魔王さまがそういうと、さすがの兄も自分の世界から戻ってきた。



「これはお見苦しいものを失礼いたしました。妹が生きていた事が嬉しくてつい」

「いや……で、わざわざ危険を冒して大橋を渡って来られた理由をお聞きしよう」



当然のように兄の隣に座らされた私は、向かいの魔王さまを見ればいいのか、隣の兄を見ればいいのか分からずにいた。




「まずは、突然橋を渡った私に寛大な対応感謝いたします。橋を渡る事なく殺されると思っておりましたので。……で、理由ですが、妹のリリシアを迎えに来た。ただそれだけです」

「たった一人の娘のために、そちらの王が橋を渡る許可を出すとは思えないのだが」

「ええ、大変でしたよ。王子を介して突いて、許可を得るのに随分時間がかかってしまいました」



オル兄さまなにやってるの!?ていうか王子様を介してって、なんで王子様介せてるの!?

あわあわと兄を見遣れば、にっこり微笑まれてしまって、私は言い知れぬ恐怖を感じた。

もしかして、私の兄さま怖い人?



「魔力持ちとはいえリリシアは人間です、人間の国にお返し頂きたい」



悠然と言い放つ兄に、魔王さまの目が鋭くなった。

空気が凍る。



「……この国としては、リリシア嬢は非常に重要な存在です。そう易々と返すわけにはいかない」



淡々とそう告げる魔王さまに兄は場違いにへらりと笑った。



「この子はただの人間です。それがそんなに重要な者になるとはとても思えない。……もし、代わりの人間を差し出すと言ったら?」



なんだか、とても恐ろしいことを聞いてしまった気がした。


いつも優しかった兄が別人になってしまったようで、なんだか落ち着かない。

兄の隣ではなく、魔王さまの隣に行きたいと思ってしまった。



「リリシア嬢でなくては意味がない。他の人間をいくら差し出されようとリリシア嬢の代わりには誰もなれない」

「そうですか、それはとても残念だ。ですが、私はリリシアを連れて帰りますよ。ほかに代わりのいない私の可愛い妹ですから」



ぴりぴり痛い空気の中救いを求めて視線を彷徨わせていると、端の方で控えていたセリを見つけた。

セリは私の視線に気付くと口の動きだけで「修羅場ですね!」と言って小さくウィンクしてきて、緊張感からのギャップに吹き出すところだったので勘弁してほしかった。

でも、お陰で肩の力が抜けた気がした。



「オル兄さま……」

「ああ、ごめんねリリ。すぐに話をつけて家に帰ろうね。フランもエルも君の帰りを待ってるよ」

「あのね兄さま。折角迎えに来てくれたのにごめんなさい、私は帰らないわ」

「うんうんセーラもずっと君の事を……なんだって?」



魔王さまとやり合っても顔色ひとつ変えなかった兄が、唖然と目を見開いた。


本当に、危険を冒してきっと色々無茶もして来てくれたのは本当に嬉しい。

私も帰りたかった。だけど。




「私は、バルトロジカに残ります」




前世はぼんやりしたまま終わっちゃったから、今度は色々やってみたい。

第二の人生、それも夢のファンタジー世界、楽しまなきゃ損だと思うのです!

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