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12.転生者


「君の国……フィロジーア王国に百年に一度魔族がやってきて人を攫うという話はないか?」



開口一番、そう聞かれた。

耳馴染みのあるお伽話である。



「あります、ね」

「実際に百年に一度我らは人を一人攫っているし、その攫われる人は皆例外なく転生者だ」

「えっ!?」

「バルトロジカにも言い伝え、というか慣習があってな。百年に一度隣国を訪れ力を奮え、さすれば幸福の君が差し出されん。というものだ」



カップの中で紅茶が揺れた。



「でも、私は別に差し出された訳じゃありませんでし、そんなピンポイントに攫えるものなんですか?」

「幸福の君は全員白髪の魔力持ちの人間と決まっていてな、さらにどういうわけかその時が来るとまるで差し出されるように都合良く我らの前に現れるのだ。私もまさかと思っていたが先王の時代の幸福の君もそうだったし、君も結果的にはそうだった」



そんな上手いこといくものなのか。

あまりに神様のご都合主義すぎないかと突っ込みたいが、どうやら魔王さまもそう思っていた様子で苦笑いを浮かべていた。


「全く出来すぎた話だろう。……で、君も含めて彼らは他の世界からの転生者で、その前世の記憶を持ってしてこの国に新たな技術を授けてくださる」

「例えば、どんな?」

「そうだな、前回の幸福の君は製菓技術に優れていて、君に出している茶菓子のほとんどがそうだな」


そうだったのか!前の幸福の君!あなたのお陰で美味しいお菓子にありつけてますありがとう!!


「後は、石鹸、温泉、建築関係もいくつか、治水関係もか、温室含め農業関係もいくつか、歴代の幸福の君が我らに授けてくださったものと聞いている」

「すごいですね幸福の君……」

「その知恵によって我らはこの不毛の土地の上でも繁栄できているから、どうにも幸福の君への期待が大きくてな」



なんだか、またしても私には何もない事が申し訳なくなってきた。何か、何か出せるといいんだけど、残念ながら良案は何も出てこない。



「……それじゃあやっぱり私が何も持ってないって知ればがっかりさせてしまいますよね……」

「まあ、そうかもしれんが、」

「がっかりですめばいいですけど、偽物だって言われて殺されるとか……!」

「それはない!私がさせない!!」


幸福の君を騙る罪人めー!みたいに殺されて橋の上とかで晒し首にされるんだわ!……と一人で震え上がっていると、魔王さまが慌てて否定してきた。


「それに、幸福の君はその名の通り幸福の象徴だ。それを傷付けるような事をする者がいるとは考えにくい」

「ははあ……過去の幸福の君さんたちの功績のおかげですね、ありがたいことです」

「実際幸福の君に会うと小さな幸福が訪れるらしいぞ」


なんだかまたひとつハードルが上がった気がした。小さな、ってどのくらいの幸福なんだろう。噂の幸福の君に会った!ラッキー!くらいの感じだといいんだけど……。と頭を抱えてると、魔王さまは何が面白いのかにこにこしていた。

顔が良い人が笑ってると眩しくて目が潰れる!ってなるので勘弁して欲しい。



「私もそんな迷信、と思っていたのだが、リリシアと出逢った今、噂は本当なんだと信じざるを得ないと感じるよ」

「いや、迷信ですよきっと」

「君はどうしてそんなに否定的なのか。リリシアは間違いなく私の幸福の君だ」

「どうして魔王さまはいつもいつもそういう事をさらっと言えるんですか!」



不覚にも顔が熱くなるのをごまかすのに、少し冷めてしまったお茶を煽った。

今日のお茶はりんごの香りがふわりと香るフレーバーティーで、その香りは私の固まった表情筋をも溶かしていった。



「このお茶も、過去の幸福の君が?」

「いや、紅茶は元々名産だ。茶器や茶菓子なんかは影響を受けているが紅茶そのものは我らが我らのみで築き上げたものだよ」



なんだか嬉しそうにそう語る魔王さまは、手ずから私のカップにおかわりのお茶を注いでくれた。


小さくお礼を言うと、にこにこしながらお茶菓子の小さなクッキーを私の口に突っ込んでくる。クッキーに罪はないので頂くが、なんだか子供扱いされてるようで少し気に食わないしなにより恥ずかしい。


クッキーを咀嚼していると、なにが嬉しいのか目を細めてじっと見られた。



「やはり君は私の幸福だな」

「んん!……幸福の君さんたちって、みんなフィロジーアの出身ということになるんですよね、帰りたがった人はいなかったんですか?というか、なぜフィロジーアは幸福の君を知らないんでしょう」



口説きにいちいち付き合っているとそれだけでお茶の時間が終わりそうだったので無視してそう問いかけた。


攫われる形でやってくるのは昔から変わりはなさそうだから、私のように帰りたいと言う人くらいいそうなものだ。


そしてなぜバルトロジカでのみ「幸福の君」は認知されているのか。

フィロジーアではこんなこと、聞いたことなかった。



「フィロジーア王国では白い髪と魔力は不吉の象徴とされ忌み嫌われているだろう?君もそのせいで酷い目にあったことがあるんじゃないか?」



そうか。そりゃあ迫害してくる国には戻りたくはないと思うかもしれない……ましてや、前世の記憶があれば尚更。


揺れる紅茶を眺めながらぼんやり考えていると、沈黙を変なふうに取ったのか魔王さまが急に悲しげに眉根を寄せ私の手を優しく優しく包み込んだ。



「ああ、かわいそうに……この国において白髪の魔力持ちの人間は幸福の象徴だ、もう君に辛く当たる人はいない。もしそんな輩がいたらすぐ私に言うんだよ、焼き尽くしてやるからな」

「えっ!やだ、やめてください物騒な!というか陰口叩かれるくらいでそんな酷い目にはあってませんよ」

「リリシアに……陰口……?」

「大丈夫ですから!気にしてませんし!」



うっかりすればフィロジーア王国が滅亡しそうな雰囲気を感じて慌ててそう言い張った。

たまにこうして金の目が炎のようにゆらめくから恐ろしい。この人はただの女の好みがおかしいイケメンではなくて魔王さまなんだと実感させる。



「リリシアが気にしなくても私は気にする。」



ああ、そういえば私の家族も同じことを言ってくれたなあと懐かしくなりつつ、まだ不満げにむすっとしている魔王さまの口にクッキーをねじ込んでやった。

さっきのお返しである。

「リリシアが!私に!」などと頬を染めながら嬉しそうにしてるのは見なかったことにした。



「フィロジーアが幸福の君を知らないのはバルトロジカとの国交がないことと、幾度となく白髪の魔力持ちを我が国に迎え続けたせいだろうな」

「白髪の魔力持ちがいると魔族に襲われるっていう学習をしたと?」

「そういうことだ。百年に一度の周期でフィロジーアに転生者が産まれると気付いてからは、ずっとその通りに適当に脅して迎えに行っていたようだから」



白髪の魔力持ちに何かあるのではと考え調べたりするんじゃなくて、不吉の象徴にしてしまったのね。

まあ百年に一度だと人間の一生では一度あるかないかくらいだから、そうなってしまうのも仕方ないのかもしれない。



「うーん、話はだいたいわかりましたけど、なんでこの事は私に秘密だったんですか?」



そう聞くと、魔王さまは少し顔を曇らせた。しばらく何か考えて、口を開く。




「何代も前に、その期待の大きさに耐えられずに死を選んだ幸福の君がいたんだ。」




死を。

生まれた国では不幸の象徴を持つ者と迫害され、連れて来られた国では大事にされたのに死を選んだ。

……その人も、私と同じように自分に出せるものは何もないと悩んで、悩んで、その期待があまりにも眩しくて、申し訳なくて、逃げ出したんだろうか。



「それからは幸福の君の話は本人に秘匿し、自発的に行動を起こさせるような僅かな口添え以上の行動は原則禁止となった。」

「……そう、だったんですね」

「喪うくらいなら何も見えないようにして操ってしまえとは、魔族も大概愚かだな」



それきり、沈黙が訪れた。

だいぶ話し込んでしまったせいでバルトロジカのひんやりとした風が私の指先を冷たく冷やしていた。

沈黙に手持ち無沙汰になった私が冷えた指先を揉んでいると、すぐに魔王さまが手を重ねてくる。



「そろそろ外でお茶をするのはリリシアには堪える季節になってきてしまったな。もうじき冬が来る」

「あの、魔王さま」

「なにかな?」




手が温かくて、つい、口を開いてしまった。



「私の前世、萩野由理の人生は本当に何もない、ただぼんやりと享受し続けるだけの平凡な人生だったんです。でも、もしかしたら何かあるかもしれないので、……少し、時間を頂いてもいいですか?」

「それは勿論……だが、無理はしなくていいんだ、君に何もなくても私は君が大切だと、それだけは忘れないで」



すこし心配そうな魔王さまも、その言葉も、自分自身の発言にびっくりしていて素通りしてしまった。

なんでこんな事を言ってしまったのか、自分でもわからなかった。

探したところで、何も見つからないだろうに。





ただ、今度の人生では何かを与えられる人になってみたいなと、少しだけ、思ってしまったのだ。

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