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幕間 リリシア・カテリン

バルトロジカ王国、国王執務室。



「陛下、またフィロジーアから書状が届いております」


薄く雲がかかりぱっとしない天気の中、同じくなんとなくどんよりした顔のバルトロジカ王国通信員バルデスは、機嫌が悪そうに目を細めた魔王陛下に震えようとする手を宥めつつ隣国より届いた手紙を渡した。


些か荒っぽく開封されたそこに書かれていたのは「我が国より攫った人間を返して欲しい。返せぬというならば、相応の対応を考えている。」という文面で。

同様の文面のフィロジーアからの催促状は、もう片手の指をとうに越えてしまっ

ていた。



魔王陛下は三通目あたりからフィロジーアからと言うたびに機嫌が悪くなるようになったので、八つ当たりで殺されはしないかと通信員はみんな怯えていた。

バルデスもその一員であったが、魔王陛下へ書状を届けに行く係クジに負けて、半泣きでここにきているのである。(ちなみにこの係はもともと花形で、フィロジーアからの書状事案が起こる前までは血で血を洗う争奪戦が起きるようなものだった)


一通り手紙を読んだ魔王が、ぐしゃりと手紙を丸める。



「誰が!返すか!!」



地を這うような叫びと共に燃え盛る暖炉に突っ込まれた手紙を見て、バルデスは(あれと同類になる前に、一刻も早く、ここから出よう!)と強く思った。


「で、では、陛下。私はこれで失礼いたします」


しかし運命の女神はそう簡単にバルデスを逃がしはしない。


「待て。思っていたのだが、最近お前たちは随分と怯えている様子だが、何故だ」

「いえ、怯えるなどと、そんな……」


なぜ、俺にそれを聞くのか!

バルデスは魔王の鋭い目線に背中に冷や汗をたっぷり流しながら動揺を押し込めようとしたが、相手はあの魔王陛下である。無理だった。


「言いたいことがあるなら申せばいいだろう」

「そんな、いえ……その、最近陛下はそのフィロジーアからの書状を見ると……ご気分が悪くなられるようなので、あの……」


ぎろりと睨まれてしまえば言いたくなくても言わざるを得ず、バルデスはしどろもどろになりながらそれだけ言うと、聞かされた魔王は「そうか?」とさらりと返してきた。


「そんなに、怯えるほどであったか……?すまない無自覚であった」

「いえ!陛下が謝られるようなことでは!」


魔王はしばらく何か考えるように黙ると、少し困惑したようにバルデスに問いかけた。


「率直な意見を聞きたいのだが……もしや三通目あたりから回を増すごとに酷くなっているか?」

「(自覚があったのか!?)ええ、そう、ですね……」

「…………そうか。わかった、今後は気をつける。下がっていいぞ」

「は、失礼します」




魔王の執務室を出て、バルデスはやっとまともに息をする事ができた。

幸福の君を迎えてから、魔王陛下はどんどんとおかしくなっていっている気がする。

幸福の君といえど見た目はただの貧相な人間の娘にしか見えず、いったい彼女の何があの氷の王を狂わせていっているのか首をひねるばかりであった。



そして、噂をすればなんとやら、通信室への帰り道、魔王城の洗濯場でバルデスは幸福の君リリシアを見かけた。



「(なぜこんなところに?)」



彼女はどうやら下働きの女達とシーツを干しているらしい。


これまで見たことのある彼女は一人静かに庭で本を読んでいるか、廊下の隅の方を俯き加減にとぼとぼ歩いているかだったので、表情をころころ変えながらシーツと格闘している様は意外だった。



「あんな顔する子なんだなあ」



その時、急な強風が吹いた。


「あっ!」

「え?」


バルデスの視界が白に染まる。

何事かとばたばたしてみると、少しひんやりとしたそれは今まさに干されようとしていたシーツの一枚であった。



「ごめんなさい!お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫です」



きらりと光る藤色の瞳。


シーツを迎えに飛んできたのはふわりふわりと真っ白な髪をなびかせた小柄な少女……リリシアであった。

バルデスは平静を装ってはいたものの、内心動揺していた。近くで見ると思っていたよりずっと小さな体で、薄紫の瞳をおろおろと彷徨わせつつもこちらを伺う様が、なんというか、こう、可愛かったのである。

いや!断じて魔王陛下のお気に入りに手を出すとかではなく!そう!小動物的な可愛さを俺は感じたのだ!……とは、バルデスの心の声(言い訳)だ。



「本当にすみません、シーツ捕まえてくださってありがとうございました」



受け取ったシーツを抱えてちょこんとお辞儀をし、また物干しへ駆けていく様を見て、(あの身長じゃやりづらいだろうな)と思ったが早いか、バルデスは引き留めるべく声をかけていた。









フィロジーア王国、第一王子私室。


「で、バルトロジカから返信は」

「まだ一通たりとも来ていない」


はあと大きなため息がふたつ。ひとつは王子ジェレジス・アルト・フィロジーアのもの、もうひとつは彼の友人オルダシス・カテリンのものである。


幼稚舎に通っていた時からの幼馴染の妹が隣国バルトロジカに攫われてから、もう半年近く経っていた。


あまり有力ではないカテリン家との付き合いはごく僅かで、内気で社交の場にもほとんど出てこない彼女のことはジェレジスはほぼ知らない……と言いたいところだけれど、会って話したことは少ないのに事あるごとに妹自慢をしていた悪友のせいでよく知っていた。

あまりに人となりを聞かされすぎて結構な愛着を抱いてしまった少女が、ひとり恐ろしい魔族の国へ攫われたと聞いては男として、この国の第一王子として、黙っておれなかった。



「父にはせめてもう一度手紙を送るよう頼んでおいたが……そろそろ限界かもしれないな」

「ああ、そろそろ潮時だろうな……」



残念だが、あんな野蛮な生き物が蔓延る国に半年など、きっともう生きてはいないだろう。

現に繰り返し送った手紙にもただの一度も応答はない。

ただ、友人の気持ちを思えば、せめて遺体だけでも取り返してやりたかった。それなのにできることのなんと少ないことか。



「ありがとうジェレジス、君が王に掛け合ってバルトロジカに何通も手紙を送ってくれたお陰でわかったよ」

「何を言う!諦めるなんてお前らしくもない!」

「やっぱりフランシアの言う通り自分の目で見に行かないといけないね!というわけでちょっと行ってくるから!」



こいつは何を言っているのか。昔からたまに突拍子のないことを言うやつだったが、ここまでの事はなかったはずだ。



「ま、待てよ!行くって言ったって川はどう渡るつもりだ!ルサリカの川は泳いで渡れるような代物じゃないぞ!」

「でも橋があるじゃないか」

「魔族が関守をしてるんだぞ!川に放り投げられて終いだ!」

「まあそれはその時だ」

「オルダシス!!」


フィロジーアとバルトロジカの国境線がわりの大河ルサリカ川は、流れは緩やかではあるが複雑で泳げば対岸に着く前に体力が尽き飲み込まれ、船でも相当な手練れでなければ対岸に辿り着けない気難しい川だ。

かろうじて大昔に架けられた橋があるが、両端には各国の関所があり、お互いを睨み合っている。

魔族が睨む橋など、到底無事渡り切れるはずはない。それなのにこの友はなにをへらへらと。


「もうお前なんぞ魔族の牙にやられてしまえばいいんだ。一回死んだらその頭もまともになるかもしれんからな!」

「おや、俺はずっとまともだろ?」

「お前と言う奴は!父に話を通しておいてやる。第一王子と親しいことを神に感謝しながらしばし待ってろ!」

「それは勿論。お陰で可愛い妹を迎えに行けるんだからな。いやあ、王子様も初恋の相手が攫われたとなるとよく働いてくれるものだな」


ジェレジスの頬が、一気に朱に染まる。



「おまえ!!なんでそれを!!」








くしゅん



バルトロジカ王国、リリシアの部屋。



「だれか、噂でもしたのかな……」


ふかふかの布団の中で頬を染めたリリシアがぽつりとこぼした。

バルトロジカの冷たい夜風に散々当たったせいで熱を出したのだ。


「まあいいや、寝よ……」


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