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変態巫女 登場。

 「お前はお笑いを何だと思ってる?」


 バンシーに封殺され家に逃げ帰ったあたしを待っていたのは、妖狐の意外な言葉だった。


 「笑いとは、単にギャグを抜かせばよいだけの話でしょ?」

 「この、たわけが」

 「た、たわけ!?」


 自分の意見を言ったあたしに、この子は『たわけ』とお抜かしになった。

 狐の分際で。

 そもそも、笑いって適当に面白くやればよいんじゃないの?


 「こいつを見ろ」


 冬十郎はTVを指さした。

 其処にはお笑い番組が映っており、豚のような芸人が熱湯に浸かると如何にも頭が悪そうな素振りでばか騒ぎを起こしていた。

 よくあるお笑い芸人の一シーンだ。


 「こいつらTVに出ているいっけん阿呆に見える芸人たちも、観客を笑わせようと彼らの心理をきっちり研究し、笑いのロジックを組んで笑わせているんだ。

 ――体を張ってな、お前の様に上辺だけで本気で作らない物には、例え人外でも心が動かされる事は無いぞ」


 彼は真顔で語る。

 その言葉にあたしはす~っと血の気が引いてゆく感覚がした。

 あいつら たかがバンシー、あたしは心のどこかであいつ等を侮っていたのかもしれない。

 でも、あたしのやろうとして居る事は運命の改変、大きな流れに逆らう事よ。

 本気でやっても出来るかどうか分からない、遊び半分じゃとても出来ない大河を逆流させるような生半可な事じゃなかった。


 「覚悟が足らなかったよ、あいつらを本気で笑わせてくる」


 あたしは覚悟をきめると、決めポーズで背筋をピンと伸ばし小さくうなずく。

 気が付けば、自分のこぶしは固く握られていた。


 「頑張れよ。

 俺は手伝えないが、未熟な芸でも、本気で作ったものはそれなりに感動を与えるものだからな」

 「わかった」


 あたしはネタに使える物を家の中を探し回り、バンシーとの再戦に向かう。

 今度こそ、運命を変えて見せる。

 ――多分、時間的に考えて今夜がラストチャンスのはず。


 そして、その夜。

 日が沈みかけた街並みは、湿り気を帯びた風が吹き抜けていた。

 空には雲が熱く垂れこめ、今にも泣きだしそうな天気だった。

 そんな中、あたしは装備を整えると親友の家に向かう。

 たった一人で。


 親友の住む団地に向かうと何時の間にやらバンシーたちは大増殖していた、その数、両手の指より多いかもしれない。

 し、か、も、親友の家の近くを中心に号泣の大合唱だった。

 その光景にあたしはあの死亡予告は親友一人の物じゃなったと理解した、きっとこの辺りに何かおこるのだと。

 隕石でも落ちるか、ガス爆発か、何かわからないけど前代未聞の事が起きるのは想像に難くない。

 ――こりゃ一軒一軒避難呼びかけて、逃げる逃げない以前の問題だわ、こうなりゃまとめて面倒見てやろうじゃないの!

一人笑わせるも多数笑わせるも同じことよ。


 「はい、注目~~!」


 あたしは鍋をカンカン叩きながらバンシー達が、陰鬱なコミケの会場のようにわっちゃか集合して泣き喚いている団地の通りで声を上げる。

 

 「変態巫女、参上!」


 あたしの顔にはSM譲のマスク、体には白い巫女装束、足には網タイツとハイヒールを履いている。

 言わずとも手にはバラ鞭とシデ(お祓い棒)だ。

 そして胸は巨大な詰め物でDより遥かに大きなサイズになっていた。

 アタシの姿は誰が見ても、まごうことなき「変態」の姿だ。


 「どうして欲しいのか行ってごらん、

 この陰鬱オタクども!」


 バンシーを前に鞭を振り回し叫び声をあげる。

 あたしのSM嬢のようなスタイルにバンシーたちは目を見開き、身動き一つせず固まっていた。

 あたりの空気が固まり、降り始めた雨音だけが聞こえ始めていた。


 そして、永遠とも思える沈黙の後、その時はやってきた。


 「クスクスクスクス……」


 陰鬱な少女達は小さく笑い出した。


 チャンス!

 精神の鎧にヒビが入った、今ならこいつ等の心に直接攻撃を出来る!

 あたしはそこへ畳み掛けるように更なる一手を繰り出した。

 此処がチャンスよ!


 シデ(お祓い棒)をぐっと握りしめ、彼女たちににじり寄る。


 「覚悟しなさい!」


 バンシーはアタシの迫力に思わず、一歩後ずさりをした。


 「それで私たちを倒しても、彼らの死ぬ運命は変わらないわよ……」

 

 バンシーたちはあたしがお祓い棒で攻撃すると思ったのか、腕をあげ身構える。

 甘い、あたしの狙いはあんた達を倒すことじゃ無いのよ!

 運命を変える事よ!


 「はぁぁぁぁ!!」


 アタシは息を整え、大きく吸い込むと、くるりと彼女に背後を見せるた。

 刹那、袴を脱ぐ。

 そして、露わになった臀部の割れ目に割り箸を挟みこんだ。

 そして、魂の叫びような咆哮で言い放つ。


 「リンゴっ!」


 あたしのプライドを投げ捨てた、会心の一芸。


 「うくくっくっくっ!!」


 私の捨て身の芸の前に、バンシーたちは口を押え、笑わまいと涙ながらに笑いを押し殺していた。


 「く、く、。

 ま、まだよ。 私たちはまだ笑っていないわ」


 涙を堪え、笑いを必死で押し殺す彼女達を前に、あたしは最後、そして止めの一手をだす。

 もう、此れからの人生、変態の烙印を圧されても構わない。

 好きな人を護れれば、そんな物など関係ない。

 ただ、その一念だった。


 くるりと向き直ると、胸に詰めておいた風船をボンと箸で破裂させ、胸を張り言い放った。


 「これぞ本当の爆乳!!」


 爆乳が貧乳に戻ったあたしの捨て身の一撃の前に少女達は一瞬固まる。

 そして、それは堰を切ったように始まった。


 「あひゃあひゃひゃひゃ……!!!」


  実も世も無く笑い転げる少女達。

  陰鬱そうな表情のまま、みんな腹を抱えながら悶絶寸前に地面をのたうちまわっている。

  そして、バンシー達は悔しそうに、そして涙ながらに喋りだした。


 「私達が泣くという事は、その人は死ぬ運命に有ると言う事よ。

 けれど、私達が笑った以上その流れは変わる。

 ――あなたの勝ち、悔しいけど人間たちの死ぬ運命は覆ったわ……」


 バンシーたちは悔しそうに敗北宣言をする。


 「でも、こんな世界でプライドをかなぐり捨ててまでして、其処まで生にしがみ付きたいの?」


 バンシーたちは笑い転げつつ、降り出して来た雨で変態度合いが更に増した私の方を見て不思議そうに尋ねてきた。


 「生き延びたいわよ!」


 即答だった。

 手前らには腐った世界に見えるけど、此方はその世界を今日よりも明日は良い日にしようと、足掻き苦しみながらも、必死で生きてるのだから。

 根拠の無い怪奇現象ごときにまけてられないのよ!


 「負けたわ、人間の生への執念に……。

 ――でも、此方にもバンシーとしての意地が有るから貴女だけは死んでもらうわよ」


 笑う事をやめ、よろよろと起き上がり、恨めしそうに抜かすバンシー達に、「上等よ」と、あたしは胸を張り即答する。


 「実体の無いオカルトに何が出来るの? やれる物なら殺ってみなさいよ!」

 「言ったわね……。

 明日の新聞の一面は「変態巫女惨殺事件」。もちろん貴女が主役よ」


 彼女達は何かをしようとアタシの方へにじり寄ってきた。

 なんかヤバイ気配がする。

 まさか、預言で死なないからと言ってこいつ等はあたしに直接何かやる気?


 「おいおいバンシーさん、そりゃルール違反だろ」

 

 突然、声が聞こえた、まるで地の底から響くような威厳に満ちた声だった。


 「小夜、お前の勝ちだ」


 そこに居たのは。

 傘を差し、スマホ片手にたっていた。


 「預言が外れるからと言って、直接手を下して現実にするって何処のカルト教団だ?」

 「貴方は人間に肩入れするの?」


 恨み節を言うバンシー達。

 妖狐は一歩も引かず胸を張る。

 そして、更に続けた。


 「人外同士、基本不干渉がルールだけどな、そっちがルール違反するなら、人外の調停者たる妖狐一族の俺がお前らを見過ごす事はできねぇなあ。

 お前らバンシーは直接人間に危害を加えないのが掟の筈だ。」


 そう言うと、冬十郎は腕を組み、胸を張ると背後に生えている九つに分かれた尾をちらちらと見せ付ける。

 「--狐火、焔霊」


 そして、尾をすり合わせると大きく振りぬいた。


 --閃光。

 --爆風。


 「くっ!」


 妖狐の放った絹糸のように収束した真紅の焔は彼女の髪を数本切り落とし、更には背後に有ったドラックストアも軽々貫きながら遥か彼方へ飛び去っていった。

 そして起こる、空気が燃え尽きオゾンと化すような爆風と衝撃波。

 それは人外の調停者たる妖狐の力の片鱗だった。


 「この炎は狐火、この世に在らずの焔。

 人外でも例外なく焼き尽くす破滅の炎だ、まだやるのか?」


 冬十郎は深紅のオーラを纏いバンシーをじっと見据える。

 自分との格の違いに思わずたじろぐ彼女達。

 そしてついに彼女達は諦めたのか、「覚えてなさい」と、ぽつりうらめしそうに一言そう抜かすと土砂降りの雨の中、霧のようにすっ~と消えていった。


 勝った!

 死ぬ運命が変わる事を確信したあたしは、ずぶ濡れになりつつも思わずガッツポーツをした。

 プライドが有ろうが無かろうが、最後に生き残った者勝ちよ。


 「どうする、面倒な事になりそうだ」


 妖狐がメンドクサソウに団地の家を指差した。

 其処には家の明かりがぽつりぽつり、つき始めている。

 どうやら住人たちが、先ほどの騒ぎを感ずいたようだ。

 アレだけ騒げば当然の結果か……。


 このままだと、誰にも見られてはいけない あたしの痴態を見られるのも時間の問題だろう。

 こうなったら、後はアタシのやる事は一つよ。


 「冬十郎」

 「何だ?」

 「逃げるわよ!!」

 「おぃ!!」


 あたしは雨の中全速で逃げ出した。

 鞭とシデを握りしめると、後ろを振り返らずただ只管全力を疾走、五輪に出れそうな早さだった。

 ――多分、今までの人生の中で一番早く走れた気がする。


 「小夜、後始末はどうするんだ」

 「知らん!!」

 「おぃ……」


 必死の形相で逃げるアタシ。

 私の後を必死で追いかける妖狐が居た。

 雨は更に激しくなってゆく。



 「はぁはぁ」


 息を切らせ、近くの公園まで逃げたところでアタシたちは凄まじい音に振り返る。


 「小夜、これがあいつ等が泣いてた理由か」

 「多分ね、ぎりぎりだったけど多分セーフよね」


 其処には更に激しくなった雨と共に土石流が団地を駆け抜けてゆくのが見えた。

 ――同時に私たちの起こした騒ぎのせいで家から飛び出し、運よく死神の爪痕の範囲から辛くも離れられた人たちも。

 ほんの少し運命が狂えばその辺りを直撃だったのかもしれない。

 だけど、運命の女神はあたし達に微笑んでくれていた。


 此処に立っている自分の頭の上に輪っかも付かず、背中に羽も生えてない。

 --生き延びれたのだ。


 あたしの大切な人も含めて。


 一安心した所で、ある疑問がふつふつとメタンガスのように沸いてきた。


 「で、なんでアンタが居るのよ?」

 「そりゃ、小夜が変態巫女装束をして踊り狂う。

 こんな面白い見世物見ない奴がいるか?」


 ニヤけながら即答する妖狐。

 ごもっとも。

 コイツはあたしの変態的格好を笑いに来たようだ、此方は必死だったのに。

 おもわず怒りがこみ上げる、顔に青筋が立ち腕に力が入るのが分かった。


 「ふざけるなっ!」


 ドガッ!


 「いてぇ! 何をする! 」


 あたしの裏拳がガキの頭へ綺麗に命中する。

 おもわず頭を抱え込むクソガキ。


 「天罰よ!」

 「俺にそんな真似をすると、バチが当たって死ぬぞ?」

 「上等よ! やれる物ならやってみなさい、バチで死ぬところを見せてみなさいよ」

 「言ったな?」

  

 冬十郎は思わずニヤリとする。


 「巫女のアタシにそんな物は通用しないのよ!」


 アタシは胸を張ると言い放つのであった。


 ” 


 そして数日が経った。

 町はあれから土石流が有った以外、大きな事件もなく平静を保っていた。

 薬局で売られていたゴムに穴を開けられていたと言う、迷惑な事件を除いて。

 --こりゃ、来年辺りは家族が増える家が有りそうだわ。


 しかし次の日。

 抜けるような青空の下、近所からおばちゃん達の噂話が聞こえる。

 ーー同時にこちらに注がれる胡乱な視線。

 どうやら先日のあたしの変態的な姿をしってるようだ。

 あの豪雨の中誰が見てたのよ。


 「小夜って、勇気あるわよね」

 「何? 何?」

 「あなたの動画が今一番話題になってるわよ」

 

 あたしは亜美が見せてくれたスマホの画面をみて思わず石化した。

 其処に映っていたのは、昨日のアタシの姿が映っていた。

 --言うまでも無く、変態巫女装束で芸を見せるあたしの黒歴史。

 もちろんバンシーは映る筈もなく、有るのはあたしの痴態のみ。


 「あいつめぇ!!」


 あたしは憤怒の表情をしたまま、一瞬で理解する。

 あのクソガキが撮影しておいた画像を腹いせにUPしたらしい。

 ――し、か、も広告収入はいるようにして。


 バンシーが泣くと死ぬ運命に有ると言うのはある意味本当のようだった。

 どうやら、あたしの町での、否、全世界での評価は完全に死んだらしい。

 

読んでいただきありがとうございました。

これにて完結となります。


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