バンシー 登場 (じゃじゃ○クン風に)
夕方、あたしこと小杉小夜は団地の一角で立ち止まっていた。
此処は、通学路の帰り道にある山の斜面にタニシの様に張り付いたボロ団地。
団地の中は学生や会社帰りのリーマン、エコバックを下げたおばさんたちが暗くなる街並みの中を足早に歩いている。
――其処までは何処にでもある光景だ。
でも、その光景の中で場違いな光景があった。
それは、不審者の様に一軒の家をじっと見つめる少女が居る事だ。
彼女は深緑のジャンバースカートを履き、灰色のケープを纏い、ロングの髪を伸ばした陰鬱な少女で、顔は髪に隠れてよく見えないが、大体小学生くらいだろうか?
彼女の見つめる家の中では家族3人が食卓に焼き肉の大皿を囲んでいた。
親子3人が笑顔で家族団らんの時を過ごしている。
だが、その少女は家の中で幸せそうな一家の様子を道路から見つめながら、さめざめと泣いていた。
――まるでこの世の終わりのように泣き続けている。
「ちょっと、どうしたの?」
あたしが思わずその少女に駆け寄ろうとすると、「ほっとけ」と背後であたしを制止する声がした。
「そいつと関わるとろくな事が無いぞ」
あたしに声をかけて来たのは、半ズボンを穿き、パーカーを羽織った銀髪で涼しい眼をしたイケ面の小学生くらいの男の子、名前は冬十郎。
どこぞの氷の卍○を使う死神そっくりのクソ生意気そうなガキだ。
「さわらぬ神に何とやらだぜ」
スマホ片手にあたしに忠告をくれる冬十郎。
ガキの分際で生意気なと一瞬思うが……――でもコイツはガキではない、そこそも人間ですら無いのだ。
こいつの正体は狐、齢千年は下らないうちの神社に祭られているお稲荷様なのだ。
コイツは事もあろうか、暮らし易いからと言ってイケ面のガキに化け、神社である我が家にあたしの親戚として住み着いているのだ。
「なんでよ?」
あたしが首を傾げると、冬十郎は腕を組み、自慢げに抜かしだした。
「そいつは、多分バンシーだ」
「バンシー?」
あたしは聞いた事のない『バンシー』と言う名前に思わず聞き返す。
うる覚えでたしか、花の名前だっけ?。
「巫女と言うのに何も知らないんだな、言っとくが『バンシー』は花の名前じゃねえぞ、それは『パンジー』だ」
「じゃあ何なのよ?」
「良いか、小夜の悪い頭でも判るように説明するからよく聞いとけよ」
「おぃ……」
ムッとするあたしを鼻で笑い、自慢げに話す妖狐。
「――バンシーと言うのはアイルランドの伝承に登場する妖精で、近い内に人死が出る家のそばに現れ、その死を想い、泣く存在だ」
彼の説明では、バンシーというのは人の死を予言して泣き喚く存在との事だ。
つまり、判りやすく言うと死神。
出会ったらそいつは死ぬ運命に有ると言う事らしい。
「まあ、「バンシーが泣くと死人が出る」
――そんなもの非科学的な迷信だけどなっ」
冬十郎はスマホゲームにくぎ付けになりつつ、言葉を締めくくった。
「そうなの?」
「そりゃそうだ、先の運命なんて誰にも決まってないんだぜ」
妖怪の分際でゲームオタクでオカルトマニアのお狐様は、またスマホいじりながら即答する。
生きている怪奇現象のお前が非科学とか言うなと言うの、コックリサンのようなお前こそ生きてる迷信だろう、と思わず突っ込みを入れたくなる。
でも、何で海外の妖精が日本に居るのよ?
「なんで、そんな物が此処に居るのよ?」
「そりゃ、難民が多くてアイツらの住環境が悪化して住めなくなったから、コッチに移民として来たんじゃねぇか?」
お稲荷様はとんでもない事をさらりと抜かした。
妖怪にも移民と言うものが有るのかい、アイツらは妖精だっけ?
まあ、似たような物か。
しかし、出会ったら死ぬとはなんとも迷惑な移民よね。
――此処に来るなと言うの。
「腹へったし、とりあえず帰らねえか?
あんなもんがうちに来たら面倒だ」
冬十郎は何時もは見せない真面目な表情を見せていた。
彼の表情からアイツらが結構ヤバい存在と言うのが判った
厄介に関わらないのに限る。
――触らぬバンシーに祟りなし。
「それもそうだね、さっさと帰るとしますか」
”
その夜。
けたたましい救急車のサイレンの音でベットから飛び起きた。
眠い目を擦りつつ、自分の部屋の窓を開けてみると、バンシーが泣いていた家の辺りに赤い光が輝いていた。
何かあった事は想像に難くない。
「あいつ等の予言当たるんだね」
あたしがポツリ呟くと、「そりゃそうだ」とパジャマ姿で起きてきた妖狐は眠そうな目を擦りつつ喋りだした。
「迷信とは言え、あいつ等がやっているのは預言。
つまりターゲットが死ぬのは、大きな流れの一つ――つまり神の意思ということだ。
だから彼女達の予言は絶対なんだよな。
この数百年、預言を外したと言う話を噂でも聞いた事無いからな」
彼の話ではあいつらが泣くとターゲットは確実に死ぬ運命にある。
これはほぼ、デス○ート状態かっ?
まさに『寄るな、触るな、現れるな』の世界だわ、くわばらくわばら。
「でも、さっきの家族が死んだのも神の意志なんだね」
あたしはポツリと呟いていた。
幸せそうな一家団欒が一瞬して崩壊する理不尽、そんな事が神の意志と言うの?
人を救うのが神じゃないの?
「さあなぁ……それは妖狐の俺にはわかんねぇ」
妖狐は眠そうな目を擦りながら返事を返し更に続けた。
「でもな、『神の意志』そんな物が有るかどうかも疑わしいけどなぁ」
「そう言う物なの?」
「運命なんて偶然の組み合わせ、未来なんて本当に不確定なんだ、ほんのちょっとした事で幾らでも変わるものだからな。
――まあ俺は寝る、お前も早く寝ないと肌が荒れるぞ」
冬十郎は偉そうにそう言うと、眠そうに自分の部屋へ消えて行った。
「いつもそうなんだから……」
あたしは彼の偉そうな態度に思わずため息一つ吐く。
まあ、何時もの事だから気にしないようにしているけどね。
気にしたら負けよ!
でも、意味深な彼の言葉。
アタシは拭いきれない疑問を胸に再びベットに戻っていった。
””
次の日。
あたしは校舎の屋上に居た。
此処からは山あいにタニシの様に家々がへばりつく自分の住む街並みが良く見える。
しかも、心地よい風が吹き抜ける場所なので、静かに考えを巡らせるには特等席なのだ。
昨日の事が有ってから、冬十郎の言葉が耳から離れずに居た。
――『未来なんてちょっとした事で幾らでも変わるものだ』
彼の言って居た意味は解らない。
もし、その未来が判ったら変えれるものなの?
思わずあたしは空を見上げていた。
蒼天の空にはうろこ雲が掛かり始め、少しだけ湿り気を帯びた風が頬を撫でゆく。
「小夜どしたの?]
突然、声がした。
思わず、其方の声の方へ振り向くと其処に居たのはロングの髪の眼鏡をかけた女性。
――親友の亜美だった。
「少しだけ考え事をしてた」
「昨日何か有ったの? なんか表情暗いよ?」
この娘はあたしの幼馴染で大親友だ。
頭脳明晰な亜美の前には何も隠し事が出来ない、表情から全てバレてしまう。
ここは仕方がない、正直に白状する事にした。
「昨日チョットね……」
あたしが正直に話すと胡乱な表情であたしを見てきた。
――本当に見たんだから!
思わず抗議したくなるが、此処は仕方ない。
物の気の類は、完全不信心の彼女には見えないらしいのだから。
「ふぅ~ん、バンシーねぇ、巫女の家系とは言えオカルトが過ぎるよ?
そもそも、西洋の妖怪がなんで此処に来るわけ?」
亜美はクール眼鏡を上げると、正論を言ってきた。
彼女の意見はごもっともな話です……――でも事実は小説より奇なり。
でも、どんなものでも来るときは来るんだよねぇ、地球の反対側から火アリが来たように。
「本当にぃ……!!」
アタシが次の言葉を言う前に思わず言葉を飲み込んでしまっていた。
建物の陰にロクデモないものが見えたからだ。
其処に居たのは緑の服を来た少女――バンシーだ、彼女は建物の影から此方を伺っている。
――しかも、うらめしそうにこちらをじっと見つめて。
「げーっ バンシー!」
あたしは思わわず、そいつの方向に指を指し、三国志に出てくる計略にはまった司馬懿のような声をあげた。
なんでアイツがこんなところに?
これはマジでヤバイんだけど。
「小夜、其処には何も居ないよ?」
亜美はアタシの視線の先をじっと見つめる。
けれど、彼女には何も見えていないらしい、こんな時は霊感0の彼女が羨ましい。
「な、亜美。何でもないよ、もうすぐお昼も終わるから教室に戻らない?」
「良いけど、今日の小夜何か変だよ?」
「そ、そうかな?」
胡散臭そうにあたしの事を見る亜美。
でも、本当に居たんだから……。
”
「はぁ……、エライものが学校に居やがったな……」
その日の夕方。
ぐったり疲れたあたしがため息交じりに家に帰ると、恐る恐る背後を見てみた。
其処にはバンシーが……、
--居なかった。
あたしが死ぬ対象じゃ無かった、ラッキー!!
でも、そういうことは……。
嫌な予感がして思わずドアから駆け出し、家路に帰る親友の方をみると予想通りだった。
亜美の後ろにストーカーのように付きまとうバンシーがいる。
――しかも泣きながら。
あいつらのターゲットは親友だったようだ。
余りに事態にアタシの背中に冷たいものが走り抜けてゆく。
”
「冬十郎は何処、緊急時なのよ!!」
あたしは血相を変え、ドタドタ家中をさがした。
「唐突に何だ?」
声がしたのは台所。
あたしが向かって見ると、妖狐はのん気にも台所の冷蔵庫にある味付けイナリをつまみ食いしてやがった。
友人が生きるか死ぬかのこの非常時に!
「バンシーが亜美に憑いてるのよ!!
どうしたら、死ななくて済む?」
あたしは すごい形相で彼に詰め寄ってゆく。
傍から見れば仁王が突撃しているような光景だろう。
「そりゃお気の毒に。
昨日も言ったけど、憑いてたら死ぬから死神なんだろ?」
もっともな事を抜かし、あぶらげをかじりながら首を傾げる妖狐。
そりゃそうだけど、親友は諦めきれないわよ!
「其処を何とかならないの?」
あたしが更に問い詰めると、冬十郎は昨日とは違い、遠い目をしてぽつりと一つの考えを口に出した。
「でもな、あいつ等は死の象徴。
一説にはタロットカードの『死神』のモデルとも言われているんだ」
「それが如何したのよ?
今はそんなタロットのことを聞いてるんじゃないのよ!」
彼はあたしの権幕を余所に、アゲを頬張りながら更に続ける。
「『死神』の正位置の意味が表すのは『死』、その逆位置が表すのは何か判るか?」
真面目な顔で意味深な事を抜かすお狐さま。
死の反対と言えば、誕生よね?
「死の反対は誕生でしょ?」
あたしは自分の考えを口に出した。
かるく頷く冬十郎。
「バンシーが泣くから死ぬ訳で、逆にあいつ等が笑えば運命が逆転しないのか?」
「逆転?」
「そうだ、『死』反対の意味の『誕生』に運命が逆転し、褒美で死ななくて済むかもな」
つまり、あいつ等を笑わせたら褒美で命がもらえる。
アホウか! 何処の国民的ゲームの兜を渡す王様かっ?
じゃあ、吉○の芸人でも連れていって、『恐れながら、あなたを笑わせる事は出来ません』と偉そうな事を抜かしてもらえというのか?
――あたしの顔が思わずひきつり、ゲームオタクのガキの頭を張り倒したくなるがぐっと我慢する。
「ま、保障は出来ないけどな、やらなきゃ何も変わらねぇぞ」
味付けイナリを1パック見事に平らげた妖狐は、口を拭いながらクールにお抜かしになった。
やらなきゃ何も変わらない、確かにその通りよ。
決意を新たにしたあたしは小さく拳を握っていた。
冬十郎の言うように、笑わせてみると言うのはアイデアかもしれない。
ガンですら笑うと消えるというからね。
人を死に追いやるガン細胞の様なあいつらも消えるかもしれない。
確かに試してみる価値がある。
「ありがと、ためてして見るよ」
「上手くいったら、情報料でイナリ寿し寄こせよ。
--スーパーのパックは無しだからな」
冬十郎は口の周りを拭いならお抜かしになった。
何処までもグルメでガメツイ妖狐様だこと。
”
「待ちなさい!」
家を出て暫く走ると、バンシーに追いついた。
「何?」
あたしが声をかけるとちらり振り向き、バンシーはうらめしそうな表情で退屈そうな声をあげる。
「まさか私が「妖怪に何か用かい」とでも言うと思った?」
「う!」
図星を突かれたあたしは思わず言葉につまる。
「言っておくけど……私は妖精よ」
彼女たちは汚いものを見るような視線でアタシをみつめる。
先制攻撃は潰されたが、まだチャンスはあるわ。
古い妖精には古いネタで十分よ。
日本人伝統の必殺のギャグを
「布団が…」
「--日本人が使う重くて安い綿布団なんて、飛ばないわよ……」
バンシーはあたしのネタを遮るように、呆れながら抜かしだした。
くっ、読まれている!
じゃあ、次の一手。
伝統のネタはまだ有るのよ!
「花屋がお金を…」
「キャッシュレスのこの時代、バラバラ小銭を落とす花屋なんて無いわよ」
バンシーは呆れながら、ポツリとそう言った。
「じゃ、じゃあ……」
「私達の祖国では、隣の敷地はとっくの昔に壁だらけよ……」
「……」
こいつらはあたしのギャグを次々を先を読み、封殺してきた。
そしてあたしに止めを刺すべく、追撃の一言をぽつり呟いた。
「面白くない、出なおして参れ、
――否。来るな…」
ドラク○のネタすらコイツはしってるのかい…。
負けた--真っ白になったアタシは思わず崩れ落ちていった。
バンシーはあたしを軽侮の視線で見下げながら去ってゆく。
後半に続きます。