先生と僕。にかいめ。
僕は吸血鬼になった。
正確には実感が無いので『吸血鬼らしい』が正しいのかも知れない。
事実、生活面で困窮する事は無かった日光や十字架に何の抵抗も無い。しかし綺麗な女性を見ると少しムラムラする程度にはなった。
これは男子としては極々自然で普通の事だ。
街を歩く女性に目を向けたり。
電車やバスのつり革を持つ時に脇の辺りに目線がいったり。
ひたすら登り棒を繰り返したり。
鉄棒を股に挟んだまま降りたくなかったり。
河原でエロ本を見つけて棒でつついたり。
グラビアアイドルの臍の形で脳内会議をしたり。
パンツのポケットに穴を空けてモンスターを召喚したり。
このくらいありふれた物であると………僕は思う。
授業中に前の席の女子の背中を眺めて、僅かに透けて見えた水色の肩紐に一喜一憂をしていた。
哀しいかなモテない男子としてはこれでも十分オカズとして成立してしまうのだ。
ふと、辺りに授業中とは思えない静けさが起こる。
僕は隣から僅かな体温とある種の危機感を察しユックリ首を向ける。
そこには不自然なくらい笑顔が貼り付いた先生がいた。
「放課後居残り!」
この先生がコミュ症の癖に僕を吸血鬼にした張本人である。
趣味というか、性格的に乙女が入った年齢不詳の女性。
昔の少女漫画よろしく『食パンをくわえて、きゃ~遅刻遅刻~!』を僕としたかったらしく車で轢き殺そうとした経歴がある。
半分死にかけた僕に細胞再生化作用のある精分を体内に流し込んでもらい吸血鬼になる変わりに多分不死身の身体を手にいれたらしい。
そして今は放課後。
窓の外では野球部が声を張り上げている。
教室には明かりは点けていないが先生と二人きりになっている。
「私が思うに、君は恋人との時間を大事にするべきだと思うよ?」
「つかぬことを聞きますが、貴女の職業と僕との関係は?」
「教師兼妻だ!マイダーリン」
「教師は兎も角。恋人から距離が随分縮んだねぇ!」
なんか自信満々に答えているけど、関係が深まったよ!この数秒間にどんな展開があった?
「ダーリン細かい事気にすると禿げるよ?」
「細かくないし!禿げないし!」
そうだよな!なぁ親父!
空に浮かぶ親父の頭はツルッとしていた。
「まぁ良いじゃないの。日本の諺に姉さん女房は金の草鞋を履いて探せって言うじゃないのさぁ」
「そうは言いますけど、僕は先生の歳を知りませんよ?」
「あのね?ヨーロッパでは、女性は30から歳は進まないの!これ常識よ♪」
そうか、常識なのか。
僕と先生の間には物理的に机があり、台上にはホットプレートがある。
蓋をしたホットプレートからはジュージューと音を立てて、ごま油が何かを焼いている匂いがしている。
「分かりました。年齢を聴くなんて野暮な事はしませんが何故僕なんです?」
「ねえ。こんな話知ってる?『メールで始まった恋は最高裁で決着をつけた。』」
何にしても嫌すぎる例えだ!
メールのやり取りすらしてないし!
先生は僕と最高裁まで行きたいのだろうか?
『お願い!先生を最高裁までつれていって!』
ってどこぞの野球部の漫画みたいに気軽に行ける場所じゃねぇぞ最高裁!
半端無いリスク背負わせるなぁ。
「大丈夫よ?『好きに成るには理由は無いけど別れる時は色々あるものよね?』」
「別れる前提の付き合いなんですか?」
「あら嬉しい♪つまり恋人だって認めてくれたわけだよね!」
「……ちが」
「だって『別れる前提』って事は私達ある特種な関係に現在あるって事よね!つまりは恋人かそれ以上の関係」
くそ。
口車に乗ってしまった。
「教師としての倫理観は何処にあるんですか!」
「なら教師として言うけど………倫理観は背徳感から出来てると私は思うの」
もっとも、まともそうに言っているが先生はノリだけで語る傾向がある。
背徳感が倫理的なら近親相姦も同性愛も倫理観的には間違いないことになってしまうじゃないか!
「出来たよぉ♪」
先生は嬉しそうにホットプレートの蓋を開けると、ジュージューと音を立てて鉄板の上に白い物体が整列していた。
餃子である。
まるで先生と僕の間には餃子の川が流れているように綺麗にかつ流れるように整列している。
芳ばしい匂いが食欲を誘う。
「さあ食べようじゃないか我が君」
関係がどんどんおかしな方に向かっているが、せめて呼び名は統一して欲しい。
「餃子ですね」
「もしこれがワンタンに見えるなら言ってくれ…………良い心療内科を照会するぞ!マイスイートハニー」
「マイスイートハニーと追加すれば悪口が許されると思わないでください!」
全く現代医療の悪いところを持ってくんな!何でも理解出来ないなら精神科や心療内科に丸投げするから後で誤診と気付いても手遅れのケースが…………ってこんな話しても仕方無い。
今は目の前の餃子だ!
「餃子には何をつけます?あ・な・た」
「酢の1卓で!」
餃子には初めから味が付けられてるのだから醤油は不粋だろう。
それに焼くときに油を使ってるのだからラー油も論外。
それ故の酢なのである。
好みで粗挽き胡椒を入れるのも悪くない。
「はい。あーん」
小皿を下にしなから箸に摘ままれた餃子は先生の手によって僕の口目掛けて飛来してくる。
これがリア充達が行う『はい。あーん』の儀式なのか!
「アフアフ」
「ふふっ君は慌てん坊だな!急がなくても餃子は沢山あるぞ!」
餃子は皮はパリッとして中の肉汁が熱すぎで素直に味が分からない!
僕は先生から水を受け取ると飲み干した。
「どれ火傷をしてないか見てやる患部を出せ」
「でも……」
次の言葉は彼女の人差し指と親指が僕のおとがいを上げる事で塞がれてしまう。
先生の顔が近付き唇が触れそうになる手間で停止する。
「傷は?」
先生に見つめられていると何故だか従いたくなり、口を大きく開いた。
僕の開いた口の中では先生の舌が暴れまわっている。
僕は初め我慢していた息を再開するが、口や鼻から漏れる息遣いは甘い物になりいっそう先生を盛り上げる為の起爆剤にしかならなかった。
「君があまりにも可愛らしい反応をするから手当てにも力が入ってしまったよ。すまんすまん!」
自信満々に満足げに言われても、僕はある種の焦燥感と大事な何かを消失した気がした。
「それよりも食事を続けようか」
従うしか無い。
諦め気味で小皿を手に取った。
正直何を食べても先生の味しかしない。
「ねぇ。美味しい?」
「美味しいですが場所が教室なのが残念ですね」
「次は招待するわ」
何処に?とは聞かなかった。聞く必要がなかったからだ。
「人間と餃子ってよく似てると思わない?」
彼女は餃子を一つ頬張り聞いてきた。
「餃子と人間ですか………」
片面にきつね色に焼かれた餃子を箸で摘まんで眺める。
降参とばかりに首を横に降った。
「肉の回りに皮がある時点で、餃子と人間に文字的にはなんの違いがあるんだい?きつね色に焼かれた以外の違いは無かろう」
普通の人なら一瞬で食欲を無くすだろう一言。
こんな事を言われても、先生を嫌いになれないで、次の餃子に手を出している。僕も壊れているのかも知れない。
「先生本当にニンニク大丈夫なんですね」
「こんなに美味しいのに叔父さんはダメなんだって、今度会ってみる?」
「今は遠慮しときます。先ずは先生の事を教えてもらえますか?………ユックリで良いですから」
結局放課後の居残りの意味は分からなかったけど、好きな人と楽しい食事。これほどの幸せはそうそう得られる物ではない。
結局間に合いませんでした。
でも、趣味で時々書きたいですね。