君だったのか。
神域によって繋がった、シリカの落ちた先の世界。
そこは、境界の巫女と呼ばれた少女、雪解の生きている世界。
八神夜行が追い続ける、四年前の夏だった。
「私はまだやることがある。今は雪解の傍を離れられない!」
その四年前の夏に、シリカを助けにきた。
声優、七春解。
「何かあったの!?」
コケ神さまの神域から、マッキーを使って穴を開け、少し高い位置からシリカたちを見下す形になっている。
「そんなことより、なんで来たのよ! 私なんて同じロケに行っただけじゃない!危険をおかしてまで、助けに来るなんて!」
やはり話題はどうしても、そちらに移ってしまうか。
八神にまで優しい優しいと連呼されている七春は、ウルトラマイペースマンなのである。自分が助けたいと思った人は、相手との繋がりの深さに関係なく助ける。
他人だろーと見知らぬ霊だろーと、助ける。
あくまで自分の自己満足の上で生きている人なのだ。
「放っておけなかったから……。」
改めて八神以外の人にもその点を指摘されると、尻すぼみになる七春さん。根性なし。
しかし、その七春の電信柱のような真直ぐさに毒気を抜かれたようで、シリカはふいに柔らかく笑った。
「……変なひと。」
その微笑みに胸をうたれて、こんな状況の最中でも、七春は笑い返す。
「あはは。どうかご理解ください。」
ちなみに八神は七春を理解しているのではなく、方針修正を諦めているんだよ。
相変わらず理解者がいない七春。
シリカがアシャナと呼んだ蝙蝠は、どうやら生きているらしく、バタバタ羽ばたいてシリカの背後に回った。シリカと雪解の対峙していた女霊は、ゆっくり首を傾げてから、
「はーあぁ。」
とまた重いため息のような声を出す。
和装少女に洋装少女、蝙蝠に謎の女霊。すごい状況だ。
「なにか、」
俺も手伝おうか、と問いかけて。
七春が続きを口にするよりも早く、先に口を開いた者がいた。意外にも、雪解だ。
「どうしてですか!?」
シリカの後ろに護られるように下がっていた雪解が、誰も予想していないタイミングで声をあげる。
誰も予想しないうえに、なんかセリフも変だ。
「今、貴方は別の土地神の神域から語りかけてきている。それに、最初に使っていたのは怪しものです!」
さすがは、雪解も巫女なので。よく見ている。
「巫女なんですか!? ください! その力、ください!」
言いながら、猫のようにしなやかな動きで、シリカの背中から前にでた。
細い腕を一生懸命伸ばして、ピョウンピョウンと跳びはねる。
可愛い。
「ください!ください!」
どうやら訴えられているのは七春らしい。七春が覗きこんでいるのは、ほとんど天井に近い位置なので、雪解がどれだけ跳ねても手は届かない。
それでも雪解は、抜けやしないかと心配になるほど、懸命に手を伸ばし続ける。
「雪解! 危ないから、私より前に出ないで!」
その雪解の襟首を、シリカが後ろから掴んだ。雪解が飛んで跳ねて暴れるので、なかなか上手く引き戻せない。
(全く状況についていけない。)
ただシリカを見つけて、コケ神さまの神域に引き上げるだけの作業だと思っていた七春は、ここらへんで思考能力を失う。
いっそのこと、下に降りて一緒に霊と戦って、落ち着いてから話をきちんと聞いた方がいいかなとも思いつつ。
でも降りちゃうと上がってこれないような気もする。
「シリカさん! 俺に何か出来ることは!?」
最終的に自分の行動すら人に任せる、他力本願な七春。
雪解の襟を掴んでいたシリカが、ふいに諦めたようにその手を放す。それから無造作に胸元に手を差し入れると、そこから一枚のカードを取り出した。
トランプと同じ大きさ。長方形のカードだ。
器用にそのカードを指で弾くと、それは一直線に七春の手元に飛んでくる。魔法みたいに。
「私がこの四年前の時点に落ちてきてから見聞きしたこと、全部そのカードに記憶させてあるわ。」
あぁ、魔法だったのか。
魔法で日記をつけれるなんて、便利な。
「それを貴方に託すから!」
手にとってみても、カードは真っ白だ。
柄もなく、数字もない。表面はプラスチックのような、ツルツルした仕様になっている。
「た、託されても。」
どうすれば。
夏に心霊ロケに行った時には、八神に比べれば頼りないと思ったシリカだが、まさか彼女からこんなものを託される日が来るとは。
意外とすごい人なのか。なんなのか。
「せっかく助けに来てくれたのに悪いけれど、私はここに残るわ。見届けなくちゃいけない気がするの。雪解のこの先を。」
七春を見上げるシリカの瞳は真剣だった。
湖底の色がユラユラ揺れる。ブルーに近いグリーンだ。
今回はコケ神さまの協力を得たおかげで、奇跡的にシリカを見つけることができた。
八神曰く、マッキーを使って神域に穴を開けたりしているだけでも、コケ神さまには負担がかかっているらしいが。だとすれば、次に助けに来れるのは、いつになるやらわからない。
もう機会は、ないかもしれない。
「シリカさん。もとの時間に戻れるのは、もう今だけかもしれないんだ! 詳しく説明出来ないんだけど。」
焦って早口にまくしたてる。
首の後ろに変な汗をかいている。あくまで、シリカを助けることだけを考えるようにしているつもりだが、視界の端には雪解が映る。
今助けないと、いつか死ぬことが確定している少女。きっと八神がこの場にいたら、どんな手でしても取り戻そうとするだろう。
それでも必死に考えないようにしている。
二兎追うものは、だ。
「それでも残るわ。」
ピョコピョコ跳ね続ける雪解の頭を冷静にひっぱたき、無理矢理シリカがおとなしくさせる。それからシリカは、大きく手を振った。
イルカショーのお姉さんみたいだ。そのシリカの合図を受けて、蝙蝠がまた飛び上がる。
ぐるんと空中で一回転。ロングスカートの女霊めがけて、また果敢にも飛びついていく。
「貴方が貴方のままでいてくれれば、きっと四年後にまた会えるわね。あの夏のロケで。」
七春を見上げて、ようやく少し寂しそうな目をするシリカ。
何故かそれがシリカの最後の言葉になるような気がして、全身が凍りつくような寒気を感じた。
大切にしていた家族も友達も、家も仕事も、何もかも失って。それでも元の生活に戻ることを拒否するなんて。
そこまでしてシリカが護りたがる雪解は、死んでしまう未来が決まっているなんて。
「シリカさん、待って…」
まだ、説得し足りないのだと、七春がさらに口を開きかけた時、
ふいに下腹部に異様な感触がして。
「ひあっ?」
と声をあげて見下せば、そこには蔦が絡みついていた。
黄緑色の長いつる。ところどころ葉っぱもついている。ずっと暗い室内を覗きこんでいたので、ふいに明るい色を目にすると、頭がスーッと白紙に戻されていく。
七春の腹にぐるんと巻き付いた蔦。
(ん?)
と思った時には、体を強く引っ張られていた。
フワッと体が浮いたかと思えば、そのまま車の走るような速度で後方に向かって体が引っ張られていく。
「ええええええ!?」
と本日二度目の驚愕。
なんか叫んでばっかりだ。今日は日課の発声練習もしなくていい気がする。そんなことまでしてたら、喉が枯れて死にそうだ。
遊園地のアトラクション。フリーフォールとかを想像してください。恐ろしいスピードなので後方が確認できないが、どこからか伸びてきた蔦によって、どこかへ連れ去られていく。
「シリカさ……おえっ。」
吐きそう。
これは、口を開くと危険だ。とはいえ、覗きこんでいた池は、どんどん遠ざかっていく。視界がガンガン開けていって、またしても緑と青の豊かな湿原風景。
風にビシバシ背中を叩かれながら、七春はそのまま二十秒ほど蔦に引っ張られて空中ライドした。
それから突拍子もなく蔦がはがれて、泥濘の地面にグシャリと落ちる。
「あう。」
逆さに落ちた。
容赦ない。
頭を打ったくらいではナカナカ死なない生命力を持つ七春は、地面に落ちた格好のままで周囲を見回す。
唐突すぎる。
何かに引っ張られて、池から随分離れたところまで後退させられた。まるで、あの池から引き離すかのように。
「コケ神さま…?」
蔦なので、なんとなく植物が連想される。
「なんで、……っ。」
引き潮のように散らかった湿原。風が吹いて、また葉先が波をつくる。
あわてて、地面に手をつき七春は立ち上がった。シリカや雪解のいた池が、もう遠くて見えない。
急に世界から音が消えて、また静かな空間がやってくる。
「どうして…! いま、シリカさんを見つけたばかりなのに!」
そして、なんとか説得して、連れて帰らなければいけなかったのに。
とんだタイミングだ。イレギュラーだ。
足下はまた濡れた草。空は相変わらず青く、草と水だけの世界が映る。
「焦るな、巫女よ。あの異国の少女は、残念ながら、もう呼び戻すことはできない。」
十歳くらいの男の子の声が、どこからか割り込んできた。
幼い声にも関わらず、相変わらず態度がやけに大きい。コケ神さまだ。
天の声かと思ってキョロキョロしてみたが、それは天ではなく七春が立つ足下に、寄り添うように転がっている。
苔玉だ。
コケ神さまの本体。
表面が苔で覆われて、ファサファサしている。散々七春が話しかけても返答がなく、霊感のある八神がいないと口も利かなかったのに。
ここにきてかえって向こうから話しかけてくるとは。
「コケ神さま何するんですか。あと、俺は巫女じゃない。七春解って名前だから。」
事実なので訴える。
足下のずんぐりした苔玉は、うっかりすると踏み付けそうなくらい、周囲の緑と同化していた。
目に優しいです、はい。
「あの異国の少女を助けたいというので協力していたが、これ以上は無理だと判断した。」
「これ以上も何も、今見つけたばかりだ。」
いちいち出端をくじかないでいただきたい。
状況が状況だけに気を配っている余裕がなくて、知らないうちに敬語が消えている七春。自分で気がついて、マズイと思い直す。
「あ、ゴメンナサイ……」
「解には巫女の力がある。」
コケ神さまが、何気なく切り出した。口調が落ち着いているのは、普段の八神と同じで、他人事だからだろう。
「その力が解の体に残るように、あの異国の少女が過去を変えた。それ以外にも、書き換えられた過去が二つある。」
「過去を書き換える?」
タイムトラベルものの映画や漫画では、「過去に影響を与えてはならない!未来が変わってしまう!」的な展開はもはやお約束だが。
そのセオリーを踏んでいるのか。
「過去を変えちゃいけない的なやつですか…」
「いけない、とは言わない。過去は既存の物語ではなく、未来や現在からの干渉を受けて、常に変化しているのだから。だが、過去を変えれば変えるほど、人はその時間に属する。」
「シリカさんは、今は帰れないって言ってた。」
「それが属するということだ。」
過去を変えるということは、その時間に関わるということだ。シリカは四年前の過去に落ちて、雪解に出会い、関わった。
雪解に出会ったことで「やるべきこと」が出来たシリカは、七春が何度助けに行っても、きっと、「今は帰れない」と言うだろう。
「シリカさんは……雪解さんのいる世界で、やるべきことを見つけたんだ。」
だから、七春が助けにいけば助けられるなんて、簡単な話では無くなった。七春が何と言おうと、本人に帰ってくる意志がなければ意味がない。
「シリカさんが変えた過去ってなんだろう……?」
神域から弾き飛ばされた先が、四年以上前の時間だったとして。そこで雪解に出会ったことには、間違いないハズだ。
どんなことが起こって、どんな話を聞かされれば、元の時間に戻るよりも大切な「やるべきこと」なんかが見つかるのだろう。
「異国の少女が変えた過去は三つ。」
七春の独り言に、律儀にコケ神さまが答えてくれる。
「一つは、解の体に、境界の巫女雪解の力が残るキッカケを作ったこと。二つには、雪解を説得し、霊獣や土地神に事件の概要を伝えさせたこと。そして三つ、まじないのカードによって、解に自分の見聞きした全てを託したこと。」
手の中の、白紙のカードを見下す。
確かに、七春はたった今、シリカの記憶を託された。
それ以外の、コケ神さまが上げた二つの点も、七春には身に覚えがある。
「…………シリカさん、君だったのか。」
これまで感じていた違和感が、つながっていく。




