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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
シリカと雪解
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幸せだからです

「雪解!一人で先行しない!」

 何回言っても聞かないので、仕方なく腕を掴んで、物理的に引きとめる。

 今日という日は彼女らしくない態度を貫くつもりなのか、苛立った表情で振り返った。

「のんびりしてられないのでふ!」

 噛んだ。

 非常に珍しい。

「うるさい!」

 それでも叱られ慣れていないことは変わらないようで、強い口調で言えば、彼女はビクリと動きを止めた。

「何にそんなに焦るのかわからないわ。土地神様に知らせたのなら、もう時間に焦ることはないのに。」

 瞳の奥を覗き込む。明かりのない神殿の中で、彼女の光のない瞳は闇に紛れてしまう。

 神殿とは名ばかりの、古びた木造の社。格子扉の中は正方形の広い空間になっている。学校のプールほどの広さもあるかないかというところだ。

 明かり取りの小さな穴が、家主のない鳥の巣やら、落ち葉やらに占拠されて埋まっているため、足下を照らせるほどの光が入れない。

 光のない部屋の中を進み、もう少しで突き当りの壁にたどり着く。

「怪しものってのは、巫女の力がないと使えないんじゃなかったの? 貴女はホントに出来ることをやっているのよね?」

 それとも、神域へ回収するために巫女の力が必要なだけで、神域の中なら必要ないのか。

 管轄外なので詳しくはないが。どちらにしろ、雪解の冷静を欠いた計画には、信頼がおけない。

「できます!もちろん……」

 しりすぼみな雪解の声。

 このところいつも耳にしていた、淡々と抑揚のない声とは違う。明らかに、どこか不安の入り交じる声だ。

 雪解の声に感情がにじむというのも、珍しい。

「無理はしてないのよね?」

「全くしていません。」

「ならせめて、冷静になりなさい。貴女を焦らせる要因はもうないのよ。」

 肩を掴み、無理矢理に体を正面から向きあわせた。

 日光に触れていない空気は冷たい。音をひろわない、この場所はまるで海の底みたいだ。

 今、海底まで沈んで、雪解とシリカは見つめあっている。

「落ち着いて。何が怖いの?」

 長い前髪が垂れて顔にかかっている。そんな些細な身だしなみの乱れも、彼女の不安定な心を映すようだった。

 伸ばした指先でそれを払い、耳にかけてやる。

「私は、………」


 ドンドンドン


 何か言いかけた時、扉を叩く音がした。

「うー……ほら来ちゃったじゃないですかぁ……」

 という雪解らしくない上ずった声が聴こえないほど、心臓が跳ねる。

 かつてないテクニカルジャンプ。冷たいものが、肩から背中にじんわり広がった。

「なによ。」

 歩いてきた方向を振り返れば、遠くに格子扉のシルエットが見える。細長い光のすじが並ぶ向こうには人影。

 

 ドンドンドン


 と音は続く。

 明らかに、自然に出る音ではない。古い扉は叩くと激しく揺れて、木枠にぶつかり別の音をたてた。

 人だ。

 人が外から扉を叩いている。

 それは、そうなんだが。

 参拝者とは明らかに違うとわかるほど、異様な空気をかもしている。扉を叩く手。

「何が来たの?」

 状況を把握できずに眉をひそめる。と、後ろから雪解に手を引かれた。

 暗闇の中、雪解の白い袖が揺れるだけでもドキッとしてしまう。何に対しても接近に敏感になっている。

「早く行きましょう。奥の壁に、神域を開ける神棚がありますから。」

「貴女が警戒していたのは、アレね? 何が来たの? 来るとマズイの?」

「昨日の夜も来ていたのです。毎月ずーっと来ているのです。」

 なんのCМだ。

 しかしナルホド。あれは昨夜も寝室に来ていた、雪解が怯えていた存在か。

 随分前から狙われていて、雪解が巫女の力を失ったせいで、祓えなくなったとか言っていた霊だ。

「あぁ…。まだいたの。」

 雪解がケロっと無事な顔を見せたので、すっかり警戒していなかった。まだ弊害は残っていたのか。

「霊なら私が祓ってあげるわ。先に行ってなさい。」

 職業柄、十八番なので。

 長いスカートの裾を持ち上げる。

「アシャナ、行って!」

 白い足にしがみついていた蝙蝠が、パッと空中へ飛び出した。勢い余って天井にぶつかり、ごいん、と変な音をたてる。

 シリカの使う、飼い蝙蝠だ。

「いやーっ!なんで怖い時に怖いの出すんですか怖いじゃないですかーっ!」

 もう雪解が雪解じゃないやい。

 キャラ崩壊して、シャーッと後退していく。そんなに素早く後退できたら怖いものなんて無いでしょう。

「アシャナはちゃんと躾けてるから、咬んだりしないわよ!」

 と一応フォローしておく。

 狂犬病とかも持ってないから、大丈夫だよ。

 その羽だけ随分大きな蝙蝠が、空中を飛んでキイキイ鳴いた。

「そのまま、霊を追い返して!」

 鋭く指示を飛ばす。と、蝙蝠は空中で一回転して、格子扉に向かって降下した。

 細い格子の隙間から覗く人影は、女だ。

 季節に不似合いな白のセーターに、深緑のロングスカート。毛先がカールした短髪の下に隠れて、顔は見えない。

 うつむく無気力な彼女の傍らで、しきりに扉を叩く音。腕だけが別の意思を持つかのように、力強く動いている。

「キイッ」

 と元気いっぱいに鳴いた蝙蝠は、そのまま扉に体当たりして、霊を振り払う……のだと思われたが。

 カポンと何か薄い壁を通り過ぎたような音をたて、アシャナは唐突に姿を消した。

「ん?」

 もともと暗い部屋に黒い蝙蝠なので、見失っても可怪しくはないが。それにしても明らかに妙な位置で、蝙蝠は姿を消した。

 まるでそこに、別の世界へ繋がる穴でも、空いていたかのように。

「………あれ。」

 どこいったんだろ。

 見上げても天井付近は見えない。後ろからは雪解がグイグイ引っ張っていて、

「いいから、早く神域に逃げましょう」

 と急かしてくる。

 

 ドンドンドン


 バン!


 と少し違う音が混じった。格子が突き破られたようで、木造の床に木の破片が落ちる音が後に続く。

「きゃあああ!」

 雪解が悲鳴をあげた。

 雪解はどうやら叫ぶとかなりうるさいタイプらしい。いや、普段は叫ぶような人ではないので、加減を知らないのかもしれない。

 キンキンと耳に残響の残るような酷い声を出してくれる。

 それだけ恐ろしさを感じているということだ。彼女にはもう、自分の身を自分で守る力も残されていない。

 『雪解を護り隊』隊長の八神も、倒れたままだ。

「静かに! 叫ぶと刺激してしまうわ!」

 この心臓を摩り下ろすような緊張の最中に、極力声を抑えてたしなめる。シリカの腕を掴んでいた雪解の手は二本になり、もはや引っ張っているのではなくしがみついている。

 前には突破された格子扉。女霊。

 後ろには未知の界域と、怪しものと、巫女の眠る墓地。

 どちらも危険だが、ここまで来て手ぶらでは帰れないだろう。

「怖いけど、ガマン!神域に入って、巫女の力さえとってくれば、あの霊も追い払えるようになるじゃない!」

 霊とのエンカウントは、想定外だったが。

「そんなに、うまくいくでしょうか。」

「ねぇ、試しに聞くけれど、あの女霊をなんとかして追い払って、キチンと体勢を立て直してからリトライではいけないの?

「ダメです!」

「どしても?」

「土地神さまには全てをお話ししましたが、それでも本当に巫女の力が戻っていないままでは、やこーくんが土地神さまにどんな罰を受けるか……。せめて、土地神さまが戻られる前に私が自力で力を取り戻してさえいれば、状況は変わってくると思うのです!」

 どうやら雪解は、過ぎた現状をどうにか誤魔化したいらしい。

 ここ最近、何度も遠くを見るような目をしていた雪解。

 それはきっと、赤チェックの彼がいた時間を思い出していた目でもあり、赤チェックの彼とこれから過ごしたかった、雪解なりの妄想劇的なモノを見る目でもあったのだろう。

 過ごせるはずだった幸せな日々。

 愛されるはずだった自分。

 そういうものに、執着している。

(ようやく自分勝手になったと思えば、まさかこんなタイミングとはね。)

 普段の彼女の感情が欠落したような態度を知っているからこそ、感情を取り戻した今の彼女を救いたいと心から思う。

「貴女は早く怪しもので神域を開いて。」

 しがみつく腕を払って言い聞かせた。

 手に汗がにじんでいる。

「その間、アレを見張っておくから。」

 例えば。

 仮にシリカがこの四年前の時間に落ちていなかったとしたら。

 久遠院雪解に出会うことはなく、彼女がここまで一人で来ていたら。

 そしたら、彼女はきっとこの場所で、あの霊にとり殺されていたかもしれない。

 土地神にしたって、なんの説明もしないままだったはずだ。

 だとすれば、彼女が何故怪しものを造りだし、神域に入り、そして死んだのか、きっと誰も知ることはなかった。

 神を裏切るような行為を、何故、巫女が実行にうつしたのか。誰も知らないまま、『彼女の死』という事実だけが厳然と残っていただろう。

 眠り続けているあの『やこーくん』なる少年が、この先土地神にどんな罰を受けていたのかは、想像もできない。

 そんなつまらない考えが、一瞬だけ頭をよぎって。

(それどころじゃない。)

 と頭を振る。

「アシャナはどこへ行ったの?」

 相変わらず、消えた蝙蝠は見当たらない。天井に視線を這わせて、壁に移り、床へ。

 内側に向かって壊された格子扉の先から、呑気な光が差し込んでいる。その光を遮るように、ユラリと立ち上がる女。

「あーあぁ………。」

 一応、声っぽいものも出ている。

 女霊はすでに神殿の中に入ってきたようで、フラフラと酔っぱらいのようなおぼつかない足取りで近寄ってきていた。

 木の板がミシミシと音をたて、余計な恐怖をあおってくる。

「貴女はどうしてアレに狙われているの。」

 肩越しに振り返ると、雪解が巻物を解いているのが見えた。テキトーな長さまで伸ばした後、中程のところを握る。投げ縄の要領だ。

「私はやこーくんが居てくださって、幸せだからです」

「人の幸せが妬ましいの?」

 そういう霊は多い。

「はい。特に彼女は、やこーくんが自分より幸せになることが許せない。自分が手放した子供のことなので。」

 パン、と破裂音。

 雪解が放った巻物の先が壁面を叩いた瞬間だ。ガラスの割れる音にほど近い。甲高い音。

 盛塩や神具の並んだ神棚を置いた、部屋の一番奥の壁。そこに、白い大きな光が見える。壁の中央から広がる、直径一メートルほどの光の穴。

「え?…それって、」

「開きました。」

 言葉を遮るように話をそらされた。違う話しがくっついたので、頭がついていかなくなる。

「え?なに?」

「神域、開きました!」

 雪解が早口になった。

 後ろを振り返ると、女霊はまだそこにいる。

 右側の壁に寄りかかるようにして、両腕をたらし、ダラダラと進んでいる。十メートルくらい離れた位置か。

 見た目はウォーキングデッド。

「それなら早く中に入って!」

 あの壁に現れた光の穴が神域か。

 何よりも先に雪解を逃がそうと、無我夢中で、彼女の背中を押した。髪が乱れて、自分の金髪がチラチラ視界の邪魔をする。

 まだ、これからが問題だ。

「中に入って!怪しものを使って!巫女の力をとってきてよ!」

 叫び指示を浴びせかけていた時、



『解の命に於いて疾く成しませ!』


 

 どこからか、テンションの高い声が割り込んだ。

 このクソ忙しい時に。なんだ。そんなに右も左も対応できない。

 が、明らかに不自然な人の声。

 それから、雪解が神域を無理矢理こじ開けた時と全く同じ、ガラスの割れる音がする。がしゃん。

 音は後方斜め上。

 出処は天井の暗がりだ。

(アシャナが消えたあたり)

 と咄嗟に見上げると、天井から何か細長いものが垂れ下がっている。なんだろう。タオル?

 じゃない、巻物だ。

 雪解が手に持つそれと同じ、黒い外装和紙に、紙面には墨の文字。

「……え、なに?」

 追いかけてくるかもしれない。来たら怖い。そんなふうにもともと考えていた女霊とは違い、こちらは完全に想定外の乱入だったらしい。

「な、……なんですか?」

 滅多に聴けない唖然とした声で、雪解がこぼした。

 それが実際『何』なのか、声を聴くと心当たりがある。



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