スランプ気味の
スランプ気味の演出担当の俺と、勝気な瞳の少女、煽子ちゃん。
そして超有名アニメ『できなくてもなんとかしろよ、魔法少女だろ!』に出演している大人気声優、七春さん。
このよくわからないバリエーションの即席メンバーで、何故か俺は図書館の怪に遭遇した。
いや、図書館の怪なのか、俺に憑いてる怪なのか、よくわかんないけど。
不可解なラップ音とともに、明かりの落ちた室内。
図書館の二階にある子供用の絵本コーナーに、俺達はいた。この階は半分ほどが児童書、さらに奥の半分には実用書が並んでいる。
明かりが落ちたのは俺達がテーブルを囲んでいた絵本コーナーの上だけで、この場所だけが異様な空間になっていた。
薄暗闇に浮かび上がる、無数の墓石のような書棚。墓場にいるような錯覚にとらわれる。
どうしたことだ。
「な、なんでここだけ消灯?」
恐怖のあまり尻に根の生えた俺の横で、煽子ちゃんとアルカナさんは、すでに立ち上がって周囲をうかがっている。
閉館時間にはまだ少しだけ早い夜の図書館。
「今、ドレスの女の人があっちの本棚の影に隠れちゃったよ。」
そう言って煽子ちゃんが指差すのは、背の低い絵本の本棚だった。
子供たちの背丈に合わせた高さに造られている本棚はどれも高さがなく、児童書コーナーは広く見渡せる空間になっている。
しかしその中に、人が棚の影に隠れているようには見えない。
ウエディングドレスなんて着ていたら、目立つような気がするんだけど。
血のついたウエディングドレスの女。
それが、煽子ちゃんが気がついてくれた、俺の傍らにいるという見えない存在。
アルカナさんが霊的ラジオの番組をもっている以上、そのアルカナさんに憑いていると言われれば、憑いているんだろう。
「煽子ちゃんには見えるの?」
何度目かという質問をまたして、そしてやはり何度聞いても、
「見える。」
と返ってくる。
「煽子、正確な位置わかるか?」
とアルカナさんの声が続いた。
こんな状況なのに、腰が引けているのは俺だけらしい。果敢に謎の女の姿を追うアルカナさんは、普段の様子より声が凛々しい気がした。
「あの恐竜の絵本がのってる本棚の裏。」
キシャーッて感じで大きく口を開いた恐竜の正面ドアップの顔が表紙になっている絵本。それが、暗闇の中でボンヤリと見える。
明かりがおちて、影が黒く色づけた本棚。シルエットでボンヤリ浮かんでいるそれは、上下二段に絵本がギッシリおさまっている。
その一番上に飾るように置かれた恐竜の絵本が、ゆっくりと傾いた。風もないし、人の力も加わっていないが、そのまま開いた状態で床に落ちる。
バサッ。
と、鈍い音。
「そこか…」
確かな証拠を掴んだ探偵のように、アルカナさんがジッとその棚を見据えた。そして腰のペットボトルホルダーから何かを取り出す。
ひとりでに本が落ちたことにもドッキリだが、誰も驚かないので俺もリアクションし損ねる。
アルカナさんが冷静にホルダーから抜き出したのは、黒い筒状の何かだ。
「た、探偵七つ道具とかですか!?」
と思わず期待したんだけど。
ん。
あれは巻物だね。
「とりあえず、突付いて藪から出してみよう。」
ツルツルと巻物を伸ばし、紙の部分をテキトーな長さで握る。それを、鞭のように振るって、アルカナさんが巻物の先で本棚をぶっ叩いた。
あれーー!?
そういう使い方ーー!?
というのが言葉にならなかった。不可解の連続に、そこそこ俺はビビっているよ。
空気を切り裂いて、蛇の頭のように本棚に食いついていった巻物の先端。木枠にあたり、その瞬間に弾かれるように大きく反り返る。
パシーン!
と大きな音がした。
それは何かが弾けたような甲高い音だ。薄っぺらい紙で木造りの本棚を叩いても、普通に出せる音じゃない。
というか、公共の施設でこんなことしていいのか疑問。
「あ。」
とふいにアルカナさんが声をあげる。
そしてその直後、本棚の後ろからゆっくりと何かが倒れてきた。
長い黒髪がバッサリと床に広がり、その後ろにどうやら首らしきものがついてくる。チラリとのぞく白いレースは、どうやら髪飾りからおりているベールのようだ。
横に倒れた人であることが伺える。本棚の下の方から覗く彼女は、こちらを向いていた。
「人。」
と、声をあげた。
誰かと思えば俺だ。自分の声だと気がつくのに、一拍間を置く。
髪に隠れてほとんど見えないその顔は、口元だけ引き締めているのが見えた。倒れて頭が床にぶつかり、少し浮くのがスローで見える。
薄っぺらい幻影でも、映像でもない。確かにそこにいるといえる立体感。
ホラーチックに外傷があるわけでもなく、至って綺麗な顔をした女性だが、ずいぶん若い。赤い口紅。青白い肌は厚みがある。化粧? いや、違うか。
一瞬見とれて、胃から何か冷たいものがせり上がってきた。吐き出す直前で喉に引っかかる。
ウエディングドレスの、女だ。
かえる…かえる…
声が聴こえた。気がした。
たぶん、声を聴いたというよりは、何かの音を拾ったという感じだろうか。
ほんの一瞬だけ、聴いたことのある声だと脳が認識して、それどころではないとその考えを放り出す。
とりあえず今は、
(でたーー!)
というベタなリアクション。
声にはならなかった。ただ口が開く。
テレビでこういうの見たことあるが、ロクな番組じゃなかったはずだ。
「下がれ!」
前に立つアルカナさんに後ろへ押されて、意識がそれた。
床が見えて。足下が見えて。
視界が揺れる。グラグラする。
(無理ぃ。)
かばわれるままに、椅子から落ちて後ろにさがる。すぐ後ろには書棚があり、背骨が派手にぶつかった。
衝撃的すぎて頭がチカチカする。
それから慌てて視線を戻すが、そこにはもう誰もいない。恐竜の本が床に落ちて、その後ろの床は空白だ。
現れた時と同じように、それは唐突に消えた。
ジリジリと何かを焦がすような音の後、落ちた照明がまた、気まぐれに復帰する。
そこにいたのに。
誰かが。
「消えた…?」
言った自分の声が、驚くほど弱々しい。
明かりがつけば全て元通りのはずが、さっきまでいた場所とは全然違う場所に出てしまったような変な感覚に包まれる。
「電気ついたわ。」
という煽子ちゃんの声に、やっと我に返ってきた。
「……くそ、逃がした。」
「いいいいまね、まいしたか!?」
盛大に噛んでしまった。
「え、ごめん何? あ、大丈夫?」
手首のスナップをきかせて、アルカナさんが巻物を回収した。釣り竿を引く要領だ。それからクルクル巻き取って、ホルダーに戻す。
慣れた手つきだ。
「あの、今、の、見、ました、か。」
言葉がうまく吐き出せずカタコトになる。
俺は怖かった。のに、周りの二人が叫ばないから、なんとなく俺も恐怖が消化不良だ。
俺のカタコトな質問に、
「見えたの?」
と今度は逆に煽子ちゃんに聞き返された。これには頷くので精一杯になる。
確かに見えた。
煽子ちゃんの示した本棚。それをアルカナさんが不思議なアイテム巻物で刺激し、弾き出されたように後ろから倒れこんできた女。
床に張り付くような髪に、生気のない肌の色。映画のワンシーンのように、鮮明に思い出せる。
焼き付いて、頭から離れてくれない。異様な姿の花嫁。
「煽子、彼女どこ行った?」
アルカナさんが、ドレスの女を探して視線を泳がす。腰丈ほどの低い書棚が立ち並び、壁際には少し背の高い棚。
天井の照明は何事もなかったかのような顔をしている。
「たぶん、上?」
建物中央を貫く階段の上を見上げて、煽子ちゃんがそう返した。
ついさっきこの棚の上にいて、それから階段をこんなに早く駆け上がるなんて、物理的には不可能だ。
ガリレオも仰天して逆立ちするだろう。
だけど今なら信じるし、てゆーか遠くにいてくれた方がいい…。
「仕方ないな、追うか。」
ふいにアルカナさんが、自殺行為的な発言を撒く。
えっ。
と口にする間もなく、その言葉が真横に脳を通過した。
「嫌ですよ!」
俺が力いっぱい否定して、アルカナさんは軽くアハハと笑う。
「わかるわかる。初めは俺もそうだったって。」
と笑顔でフォローされた。
この状況で、雑誌のインタビューのようなその笑顔を出せることに疑問を持ちたい。
「でもなんかヤバイですよね!?」
そもそもアルカナの中の人が、なんでお化けと戦えるんだろう。
「今はたぶん、一時的に離れただけだ。このまま憑いたままにしておくのは、よくないと思うよ。君の為にも、彼女の為にも。それに、霊感のない煽子に視えるっていうのも気になるし…。」
アルカナさんに冷静に説得されると言い返せない。
決して興味本位であの幽霊を追っているわけではなく、まして俺だけの為に付き合ってくれているわけでもない。
アルカナさんは、ドレスの女や煽子ちゃんのことも心配しているのだ。きっと物事を、多方向から見れる人なのだろう。
あんなにヤバイものを見た直後で、そんなことを冷静に諭されるのも変な感じだけど。
「それは…そうですよね。」
とにかく心を落ち着かせようと、無意識に俺はワイシャツの胸元を強く握っていた。とりあえず、一番負荷がかかっていそうなのは心臓か。
大きく吸って、うまく吐けない。
重たい空気が胸に溜まって、どことなく気だるい。
「それにしても…。煽子ちゃんには視えるっていうのは、煽子ちゃんが霊感があるとかってわけじゃなかったんだ?」
アルカナさんの発言に思いついて、目線の高さを合わせて問い返す。
あのアルカナさんが連れている少女だけに、そういうものなのだと思っていた。いや、どういう関係なのかわからないけど。まさか子供ではないだろうし。
「うん。アタシ、幽霊は見えないの。村にある祠では、変な声をよく聴くんだけどね。」
煽子ちゃんが「村の祠」とか言うと、リアリティに富んでいるのは何故だろう。やっぱり、キャスティングは大事だよね。
台詞や設定が驚くほど染みこむキャストを念蜜に選ぶことも、大切な気がする。
あ、話がそれた。ごめん。
「普通は八神くんみたいに霊感がないと見えないらしいからな。後は、『助けを求める時や、存在に気がついてほしいとき、霊は姿をあらわす』とかも言ってたけど。」
とアルカナさんの補足が入った。
話しに度々名前が上がる八神くんとは、確か魔法少女ルエリィの中の人だったはずだ。
最近でてきた声優さんで、主役をはっているのも『でき魔』くらいしか見たことがないので、よく知らない。
中の役者さんにはあまり詳しくないからなぁ。アニメは好きだけど、アルカナの中の人くらい有名でないと、俺の知識は厳しい。
「霊感が同じく全く無い俺でも、今は見えた…。ということは、助けを求めたりしてたのかな…」
何にそれほど苦しんでいて、そして何故俺なのかわからないが。
(怖いけど、可哀想だな、怖いけど。)
思わず一句詠んだ。
「それにしても、この場に霊感のある人が他にはいなくてよかったな。誰かに見られてたらパニックになってる。」
腰に手をあてアルカナさんがそう言った。
その言葉にようやく、さっきから感じ続けている違和感の正体に気がつく。
「そういえば…、静かですよね。」
まるで霧のかかる森だ。
人の声も、気配もない。
鎮まり返った、沈黙の淵。本棚という雑然と並ぶ立林に、ますます嫌なイメージが増していく。
怪しい消灯や怪奇音があれだけ起きて、誰一人様子をうかがいに来ないなんて、明らかにおかしい。
もともと突っ立っている本棚で死角が多いとはいえ、この階には俺達三人以外の、誰一人として見当たらない。
貸出カウンターも司書一人見つからない。
嫌な予感がした。
「俺、ちょっと奥見てくるわ。」
まさか誰もいないのでは、なんて有り得ない考えが頭をよぎる。そして、そのあるわけない話を、俺と同じようにアルカナさんも危惧したようだ。
テーブルを離れ、一人フロアの奥へと足を踏み入れていく。
「じゃあ、アタシは階段の上…。」
さらに煽子ちゃん。建物中央をぶち抜く階段の方へと足を進めていく。
残された俺は恐怖で動けず、ただそこに立ち尽くしていた。
もっと嫌なことが、これから起こりそうだ。




