声優の仕事じゃないし
小声で喋る、二人分の男の話し声。
マイクに入るか入らないか、ギリギリのボリュームで話し込んでいる。
「お前はさっきから京都ばかりだな。」
「京都行きたいんだもの。」
「いいよ、じゃあ京都にする? 木刀買えるし。」
「京都まで行って木刀買うひとなんかいる?」
「いるよ俺とか。」
「とかぁ? …とかに含まれるひとって誰?」
「俺じゃなくても。誰でも。」
「たっつんとか?」
「とかだね!」
ハッキリと言い切った声を最後に、数秒間の沈黙。
「とゆーわけで!」
「ん? とゆーわけで!」
跳ねあがる音量。ポップサウンドが流れだす。
「はじまってました。声優ラジオ、パーソナリティの七春解です!」
「ゲストの上木詩織です!お久しぶり!」
「詩織くんだぁ~」
「詩織くんだぜ~!これもうはじまってたんですね。」
声優ラジオ『パーソナリティは七春さんですよ!』。
第十五回ゲストは、七春とは付き合いの長い人気声優、上木詩織。数多くの共演をはたしている仲良しな二人だ。
「もう始まってたんだぜ。」
「やぁやぁやぁ。しかし十五回も続いたのか、コレ。」
「そうだよ、今日で終わるから。」
「え!? 嘘!」
七春の発言に、驚いた上木が声をあげる。
「これ終わるの!?」
「春編はね。このあと夏と秋と冬編をやるから。」
「うっぜ。」
「あん?」
「一年間やるってことでしょ。だって。」
「え、この前来た時、それ説明したよねぇ?」
このラジオは春夏秋冬それぞれの季節で分けて、一年間行われる予定。季節に沿ったお題目になぞらえ声優たちが楽しくトークする。
「ちゃんと季節に乗っ取ってるんですー。ウチはー。最近ちょっと心霊ネタが多いですけどー。」
「え、それは誰のせい?」
イタズラっぽく問いかえす上木。
「まぁ、誰か一人に責任を、押し付けるわけじゃないですけど。」
神妙な顔つきで七春が答える。
「強いて言うなら、八神くんかな!」
「でた。 貴方のとこの魔法少女でしょ。」
この場に八神がいれば、またぷーぷー言いそうだ。
「さぁ、じゃあ、記念すべき春編の最後に。今日は何をやるんですか?」
「今日は…。」
「なんか旅行雑誌がたくさんひろげてありますけど。」
上木の言うとおり、机の上には大量の旅行雑誌がならんでいる。ちなみに冒頭に二人が見ていたのは京都の観光雑誌。
「この、春編の後に、夏編をやるんだけど。」
「うわぁいうわぁい。」
「夏季特別編ということでロケに行きます。」
「うわぁい? どこにそんなお金が?」
問う上木に、さらなる一言を七春が告げる。
「お金はないんですが、心霊スポットへ行きます。」
「は?」
声優ラジオの夏季特別編と題して、スタジオを飛び出して廃墟へ行こう!という企画が、現実になろうとしていた。
何故こんなことが現実に起きようとしているのか、七春にもわからない。
わからない感じにあぐらをかいて、もうあきらめている。
「その行き先をぜひ、この春編の最終回で詩織くんに決めてもらおうと思って、大量の旅行ガイドを用意してみました。」
グッと親指をたてる七春。
その七春をスルーして、上木は大量の観光雑誌に目をはしらせる。
どうやらどの雑誌もそれぞれ付箋のついたページがあるらしい。深く考えず一冊抜き取り、付箋のページを開いてみる。
鉱山の採掘場跡地が特集されているページだった。
「史実を語る歴史の遺産?」
「近代化に伴う需要の激減とか、そこからの閉山とか。いろいろドラマがあるんでしょーよ。」
それについてはどうでもいいのか、七春は興味のなさそうな返事をする。
その採掘場跡が一部公開されているらしい。
「それはいいけど…。」
雑誌の右上、付箋の下に小さいメモのような書き込みを発見した上木。
上木はその書き文字を読み上げる。
「落盤事故により、亡くなった鉱夫の地縛霊」
およそ観光雑誌には似合わない書き込み。
「これ…。」
「どれを選んでも心霊スポットに行き当たるように仕組まれておりますので。」
凄まじいラインナップだ。
「やだよ、こんなのから選ぶの。」
「泣くんじゃない。」
「前来た時はこうじゃなかった。」
「前回のことは忘れて、今を初々しくやれ。」
「ダーツで決めたらいいじゃない。」
「アナタ、ダーツ下手じゃない。」
「う、うっ……うっ……」
ああ言えばこう言われる問答で心が折れた上木は、仕方ないのでロケ地を選ぶため、雑誌を手にとってはひらく。
雑誌を開く音、ページをめくる音、雑誌を手にとりかえる音が続く。
「どこも書き込みが怖いのよ。決めらんない、こんなの。」
「心して決めろ。お前も行くんだからな。」
「嫌だよ!」
今日、一番、渾身のツッコミをする上木。
「誰が行くなんて言ったの。」
「車で家まで迎えにいくから来い。」
「お気遣いなく。」
キッパリと断る上木。
「七春さんは肯定的なの?」
「はい?」
「七春さんは行く気満々なの?」
「俺は一度否定して、でも『夏ですからね。』の一言で一蹴されたの。」
「くっ…。」
笑いながら顔を伏せる上木。
「声優の仕事じゃないし、って言ったけど。切り捨てられた。」
「もう怖い!」
「だいたい声優さんが好きでこういうラジオ聴いてる子は、大抵オバケみてキャーキャーみたいな絡みは嫌いだと思うのだが。」
「言えてるね。」
まだ笑いながら、顔をあげて答える上木。
「え、でもラジオでしょ。だいたい、映像撮ってどうするの。」
「特別編なので。」
「そーゆー問題なの。」
不毛な会話が続く中、最後に七春が切り出した。
「まあ、最悪の場合、八神くんに全部押しつけますんで。誰かが呪われたら。」
「そんな感じなんだ?」
「そのような感じです! さあ、選べ!」
七春の一言に、上木は目を閉じて雑誌の山に手をのばした。
もう運任せにするらしい。
「こ、……此処で!」
「誰に何を押しつけるんですか?」
八神に問われ、七春は明後日の方向へ向く。
仕事帰りの七春と待ち合わせた八神は、今日は中華料理を奢ってもらう予定になっていた。
目当ての店まで、七春の車で向かう。その道中の車内だった。
「だってお前の分野かなと思って。」
と話す七春が、運転席でハンドルを握っている。その隣の助手席に八神。
「だから、俺は祓ったり出来ないんですって。」
再三の八神の説明。
「未熟者め。」
「余計なお世話です。」
八神がむっすりと答えた。
車内には二人しかいないため、後部座席はポッカリと穴の空いた空間になっている。
「じゃあ、参考までに聞くけど、」
と七春が切り出す。
「八神くんが使う力はなんなの? 塩とか札のほかに、手から枝をだしたりもするよね。」
「怪しもののことですか?」
「そう、アヤシモノ」
カタコトの外国人のようなイントネーションで喋る七春。
「怪しものは、それ自体に強い霊力を秘めたもので、形も力も様々なものが各地に存在しています。」
霊を寄せ付ける霊木、霊体を斬る刀、結界を裂く扇など、八神は次々に例をあげていく。
多くは、呪術のための儀式により念がこもったものであったり、徳のある僧侶によって法力の込められたものであるらしい。
強力な力を持っている故に、普通の人間の手には余る。
「だから代々、土地神に仕える境界の巫女が、土地神からの予言を受けて、その土地にある怪しものを回収しているんです。」
突然、八神の説明に聞き覚えのない単語が飛び込んでくる。
「トチガミ。キョウカイノミコ。」
七春のカタコトのイントネーションが再来する。
土地神はその土地を守っている神様のこと。境界の巫女は、その神の声をきくことができる特別な存在だと、八神は語った。
フムフムと聞いていた七春は、赤信号を見落としかけて、あわてて急ブレーキを踏む。
フロントガラスにダイブしかけた八神が、シートベルトをきつく握りしめて叫んだ。
「殺す気か!」
「堪忍!……で、その話のどこにお前が出てくるんだよ? 実は巫女なのか、魔法少女じゃなくて。」
巫女といえば、赤い袴に黒くて長い髪の少女が、境内を歩いている姿しかうかばない。清楚な色気を妄想していると、横から八神の冷たい視線が飛んで来る。
「残念なものを見る目をするな。」
「まぁ、俺も巫女さんスキだからいーですけど。ちゃんと前見て運転してください。」
「してるよ!見てるよ!」
子供のように言い返す七春。
まだ少し白い目をむけながら、「話を戻します。」と八神が続けた。
「この土地の巫女は、四年ほど前に亡くなりました。俺はその巫女の代わりに、怪しものを集めています。」
ただ、もともと少し霊力の強いだけの八神が、境界の巫女と同じ役割をするのは難しい。
その為、回収した怪しものに逆に力を借りることもあると言う。
「回収した怪しものは、境界の向こうの神域に安置されているんです。」
「そこから取り出すわけね。」
「門を開くんです。ここんトコに。…って見えないか。」
自分の手のひらをペタリと指差す八神。
運転中のため目を離せない七春は、
「見えないけどわかるよ、手のひらのとこだろ。」
と答えた。
「はい。神域に繋がる門…、つまり境界を、自由に操れるから境界の巫女と呼ばれるそうです。」
「へぇ…。」
感嘆の声をあげる七春。
それもそのはず、今八神が語ったことは、普通なら空想物語にすぎない。
ただ、今は信じられる気がした。自分の回りに立て続けに起きた出来事を。
二回も目の当たりにした八神の力を。
「一応、信じとくね?」
「一応、信じといて?」
お互い軽い調子で言う。
未知の世界の、不可思議な力のことを、こんな風に笑って話せる相手がいること。
これも、一つの信頼の形かもしれない。
「というか、何故こんな話をセンパイに」
「えー。むしろなんで言わないの。何か、ほら、手伝えることもあるかもだし。」
言って、誰かともそんな約束ごとをした気がする。
八神と同じように「怪しもの」を求め、廃寺や神社をまわると言っていた。
「あ、あげはちゃんだ!」
突然声をあげた七春に、助手席の八神がビクリと反応する。
「なんですか。」
「あげはちゃんだよ!」
「箱入?」
声優ラジオにも一度顔を出したことのある、声優、箱入あげは。
ラジオの中で「怪しもの」の話をしたことを、今更ながら思いだす。
名前こそ知っているものの、まだ実際に会ったことはないという八神に、七春が説明する。
「天然ぽくて、ふんわりしてるんだけど、冷静で動じない性格の、ある意味最強の子かな。」
「なにそれ、すごくタイプ」
八神が真顔で返す。
一拍おいてそれをスルーして、七春は続けた。
「そのあげはちゃんも、怪しものを探してるって言ってたかな。神社とか、廃寺とかを、よくまわるって。」
「箱入さんも巫女なんですか?」
「さあ?」
まさかそんなハズはないと、言い切れない。新人声優で、あくまで普通の後輩だと思っていた八神でさえ、異質な力を持っていたのだから。
人は見かけによらない。
七春の曖昧な返答を聞き、何か考えこむ風で、八神は黙りこんだ。
それから、少し間をあけて、口をひらく。
「箱入さんのことは少し考えてみます。それよりもセンパイ、つくづく、そういうものに巻き込まれやすい体質ですね。」
「やっぱり、そう思う?」
困ったような笑い顔になる七春。
自分でも最近、そう思ってはいた。
八神に出会った時から、いや、あの声優ラジオで八神の力を知った時から、自分も要らん力が開花したような気がする。
なんか、霊的なものに巻き込まれる系の力が。
「そりゃ、そう思いたくもなりますよね~。」
心底うんざりした様子で八神が言う。
「今も、後ろの席に乗ってきてるし。」
「え?」
ポンと軽々しく言った八神。
瞬間、車内の温度が急激に低下する。
反射的にバックミラーを覗いた七春の目にも、それは見えた。
黒い鞄を膝にのせた、ビジネススーツの若い男。俯いているため顔は見えないが、その体はびっしょりと濡れて、スーツの袖もとから、雫が滴り落ちている。
明らかに、生きてる人間ではない。
見知らぬ男が後部座席に座っているのだ。その光景が、ミラーごしに七春にもハッキリと見えた。
「誰ーーー!?」
七春は叫んだ。
巻き込まれる系の力が、本当に開花してきたことを裏付けるドライブが、始まる。