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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
幽霊ホテルとかこえうた
71/137

舌抜くぞ☆


 あなたが殺した少女たちですよ。


 言われて顔をあげる。暗闇だ。

 何も見えない。

 あの地下室と同じだった。

「そこにいるのは…誰ですか。」

 声が震えた。

 その頼りない自分の声を聞いて、明確に自覚する。怖い、と。

 何故なら男は、自分を呪う相手に、心あたりがあるからだ。


 う…らめ、し、や……


 そんな声がした。女の子だ。

 声からして子供か。丁度、自分が以前にあの部屋で、手にかけた子供と同じくらいの。

「この声はもしや……」

「娘さんじゃないってことは、もう、そういうことですよね。そうです。あの双子の少女です。あなたが憎いと言っています。」

 目を閉じて、霊の声を聞き取っているような仕草をしながら、亜来が答える。

 なかなか演技派だ。

 実際には少女の声は、部屋の外の廊下で八神が喋っているだけだが、男は気が付かない。

 そう、八神には、アニメで鍛えた女の子の声がある。


 ゆ…るさ、ない……から


 八神の声と供に、扉がゆっくりと開く。

 室内に、金具の軋む音が響いた。

 開いた扉からは、青白い光に包まれた、二人の少女がゆっくりと入り込んでくる。

「……君たちは」

 顔に血のあとをつけた、そっくり同じ二つの顔。水色ドレスと桃色ドレスだ。

 ドレスの下から、幼い素肌が透けている。輪郭もハッキリとしていない。裸足の足は血と土で汚れて、よくわからない色になっていた。

 繋いだ手をブラブラ揺らしながら、男をじっと見つめている。

 人形みたいだ。

 その姿が儚げで、美しい。

「あなたはこのホテルに地下室を作り、そこで人を生き返らせようとしていますね? それを、彼女たちはとても怒っています。」

「あなたは何故それを…」

「私は亡くなった人の声をきくことが仕事なのです。」

 できるだけ偉そうに見えるように、亜来は胸を張って答えた。

 実際は、普段から幽霊が見えるような力があればいいのにな〜とか思っているだけの、普通の女子高生だが。

「あの哀れな双子の魂に、耳を傾けなさい。」

 厳かに言って、胸の前で手を組み、亜来は目を閉じる。

 その言葉が引き金になったように、天井にはりついている白熱灯が、不自然に明滅をはじめた。

 ちなみに、八神が廊下で電気をつけたり消したりつけたり消したり、しているだけです。

 電気代が無駄になるので、お家ではゼッタイに真似しないでね。

 そしてそのせわしなく入れ替わる光と闇なかで、声が響く。


 このうらみ……いまはらしてやる…!


 そういう怨みごとの台詞はすらすら出てくる八神。

 アニメの収録の通り気持ちを込めて演じるため、底なしの恐怖をあおる。

 全身の毛を逆立てるような寒気も、心臓を握り潰されるような恐怖も、声次第だ。

 その声に、部屋の広さと異様な静寂、そして少女たちの悲しげな瞳が合わさって、男の細い体に畳み掛ける。

「やっぱり、あの少女たちは、私を怨んで…このホテルに出てきているんですね…」

 気が動転して、男はヨロヨロとおぼつかない足どりのまま、後退した。

 机か棚だかわからないが、暗闇の中で何かにぶつかり、派手に物が落ちる音がする。

 突然、怪奇現象がその身にふりかかれば、誰だって怖がる。身に覚えがあるなら、尚更だ。

 丁度いいので、八神も廊下に設置されていた消火器なんぞをガタガタ揺すって音をだしてみる。と、男は面白いくらいに怯えてくれた。

 大人とは思えないその狼狽ぶりに、八神は味をしめる。


 わたしたちにあたえた、くるしみ…おもいしれ!


 そして消化器を壁にバコンバコン。

 重い消火器と堅くて厚い壁が衝突し、何度も嫌な音をたてた。人の頭を殴打するような、嫌な音を。

 亜来も素知らぬ顔のまま、足で机をガタガタ揺すって、さらなる怖さを演出する。

「すみません!許してください!私はあの子を取り戻したかっただけなんです!」

 ノドの奥に言葉をつまらせながら、男は声をあげた。

 子供のイタズラ程度のことしかしていないが、どうやら信じこんだらしい。 

 うしろめたい秘密を持つと、人は冷静さを欠くという節理。

「人を殺してまで傍に置きたいなんて、押し付けがましい愛だ」

 廊下に立つ八神が、自分にしか聞こえない、小さな声でつぶやいた。

 それからまた、可愛い声をつくりだす。


 あやまればすむと おもってるの?

 じゃあ、ぜったいゆるさなーい

 どうせ じこまんぞく したいだけでしょ?

 ぎぜんしゃずら うざい。


 日頃のストレスをここで発散するように、八神が言葉を重ねた。

(自己満足って、小さい子供は知らない言葉なんじゃないかな)

 と思ったけどスルーする亜来。

 その畳み掛けにさらに怯え、男はその場に膝をついた。膝が凍るほど、床も冷たい。

 戸口に立つ双子から、目を離せない。

 後悔が、走馬灯のように脳内をかけめぐった。あの日、あの瞬間に心が帰って、またあの地下室に立っている。

「私はやはり…間違っていましたか…。」

「間違ってます!」

 勢いよく亜来が横入りした。

 力一杯否定する。

「誰を取り戻したかったのか知りませんけど、間違ってます!こんなことで人が生き返ったら、誰も苦労しないでしょ? 常識で考えなよ、大人気ないなぁ!」

 非常に良識的で、心ない亜来のツッコミ。

 若い亜来は恵まれていて、まだ人を看取ったこともないので、同情が一切ない。冷たい。

 そして、この男がどんな人生を歩み、どれだけの苦労でこの幽霊ホテルを手にしたのか、どれだけの良心の呵責を踏み越えて人を殺したのか、そういうことは全く勘定にいれない。

 そして、さらに怪奇現象は続く。


 ゴトゴトゴト……


 と地割れのような音をたて、ほとんど地震と変わらない威力の揺れが発生した。

 床が生きているかのように、激しい揺れは持続する。

「これは……」

 自分が膝を着いている床を見下ろし、男が眉をひそめる。

 観葉植物の大きな鉢が倒れ、戸棚の扉が震動でバタバタ開いたり閉じたりを繰り返す。

 床下に何かがいる。

「あなたの地下室を、あの双子たちが壊そうとしています。」

 ワンピースの裾が揺らめくのをおさえながら、亜来はそう説明した。

「もう、あの部屋に縛られるのは、嫌だそうです。」

「困ります!」

 積もり積もった恐怖が溢れ、泣き出しそうな声で男が叫んだ。

「あの部屋が無くなったら、困ります!」

 バン、

 と八神が壁を蹴った。

 廊下ではなく、部屋の内側からだ。

 唐突に現れた少年に、男は訳もわからず視線を向ける。

 その男に、八神が笑顔を向けた。

 眩しいほどの、歳相応の笑顔を。

「黙れや。舌抜くぞ☆」





 その八神の輝くストレスの結晶が炸裂している頃。

 ホテルの建物の真下に造られた地下室で、

「あさり」

「りんご」

「ごま」

「真島さん」

「真島さんて誰なの?」

 京助と七春が、「しりとり」なんぞに興じながら、あらゆる備品を片っ端から壊していた。

 京助は教室の黒板くらいの大きさになって、ただでさえ物が多い部屋の中で、かなり幅をとっている。

「京助って真島さん知らなかったっけ?」

 言いながら、床に描かれた円の周りに並べられていた蝋燭を、七春が足で蹴っ払う。

 行儀よく並んでいたそれらは、土が剥きだしの地面を転がり、砂まじりになって鎮火した。

「知らない。」

 と言いながら、炎を纏った足で床をグリグリ擦っている京助。その足下で、床に描かれた円も文字も、ドンドン消えていく。

 代わりに残る黒い炭と、焦げ臭い臭い。

 プリプリ振ってるその京助の尻尾が、部屋の壁にバンバン当たって、部屋全体、いや建物全体を揺るがしている。

 地震の正体はこれだ。

「俺が中学の時にさぁ。クラス委員だった人なんだよ。」

「は?全然知らねぇよ。なんで知ってると思ったんだよ逆に。」

「とにかく真島さんは実在するから。」

「どっちにしても『ん』てついてるからね。」

「うわ、なんだよそれ。京助。」

 という仲睦まじい様子はともかく。

「せいやっ。」

 ちゃぶ台をひっくり返す要領で、七春が木製の古い机をひっくり返す。

 机の上に乗っていた薬瓶や蝋燭、資料、それらがまとめて床に落ち、砕けた破片が飛び散った。

 硝子が床に当たり、生きているように跳ねまわる音が、甲高く響く。

「京助さぁ、八神くんと雪解さんと、…土地神と一緒に、怪しものを集めていたんだろ?」

 続いて薬棚。

 引いて倒して、中身が全て躍り出る。

 はい、次。

「そうだけど……いや、それよりお前だ。」

 続いて隣の書棚に手をかけた七春を、京助が尻尾で絡めとった。

 突然モコモコの尻尾にクルリと巻きつかれて、七春は

「ぎゃう」

 と虎の子供のような声をあげる。

 そのまま尻尾で持ち上げられて、空中に足が浮いている状態になった。

「何するんだよ京助」

 手も胴体と一緒に尻尾に包まれているので、足だけジタバタさせる七春。

「素手でやるな、怪我するぞ。」

 京助が呆れた声で忠告した。

 その言葉通り、七春の手にはすでに切り傷があり、血が流れて手首までつたっていた。

 古い木作りの机や棚は、ところどころ腐った木が棘のように突き出ていて、素手で触れるには危険だ。飛び散った硝子の破片も、容赦なく襲いかかってくる。

「王子は下がってろ。」

 ジタバタする七春を、しかしその程度では全く抵抗にならないようで、京助は器用に部屋の隅に運んだ。

 そこにゆっくりおろして、尻尾をほどく。

 隅に片付けられた七春は、子供のようにプーッと頬をふくらかした。

「俺も手伝いたい。」

「はいはい。」

 子供をあやすような声で、サラッと流す京助。

 流された七春は再び現場に臨場しようと前にでるが、京助に尻尾で押し返されてしまう。

 たかが尻尾だが、京助の今の巨体を考えたら、尻尾もかなりデカイうえに、尻尾だけでもかなり力が強い。こんなもので振り払われたら、ひとたまりもなさそうだ。

「京助、俺も手伝いたい!」

 七春が同じ言葉を繰り返して、

「素手でやるな。怪我したいのか?」

 京助も同じ言葉を繰り返した。

「俺もこの場所壊すの、手伝いたい! 俺も悔しいから!」

「悔しい?何が?」

「こんなもので人がホントに生き返るなら、八神くんの四年間が、苦しいはずがないんだ。」

 七春が少しションボリしたテンションで答えた。八神を想う優しさと、理不尽な現実に直面した不満が、同時に声にでるという、器用なことをする。

 京助が床を前足で叩き潰した。

 大きな震動と共に、魔法円らしきものがあった場所は、巨大なクレーターに変わる。床が踏みぬかれて下向きに凹み、大きな穴ができた。

 砂埃と風圧に押されて、

「あう」

 七春はコロンと後ろ向きに転がる。

 土の崩れ落ちるパラパラと軽い音が、白い砂埃の中に混じった。

「やり過ぎだぞ京助。」

「悪い、ちょっと力が入った。」

 踏み抜いた土の地面から前足をあげて、京助が極めて深刻な顔で返した。

 大きな巨体をゆすらせて、ゆっくりと七春に振り返る。

 煙幕のように砂埃が舞う中、その京助の瞳は、ヒュウッと糸のように細くなった。

「王子は優しい。」

 と満足気なコメント。

「なんだよ急に。おだてても何もでないぞ。」

 褒められると、何故か身構えてしまう七春。

 その七春に、京助はとがった鼻先をグリグリ擦りつけた。よくわからないが、モフモフがかわいいので、許す。

「先程の質問だが。」

 気が済むまでグリグリした京助が、顔をあげた。

「答えるんかい。」

「俺と雪解と土地神と、そして途中で加わった夜行は、確かに一緒に怪しものを集めていた。雪解が死ぬまではな。」

 壁に飾られていた怪しげな絵画を、京助が前足で一掃する。衝撃が壁に伝わって、また地上にある建物を揺るがした。

 パラパラと、天井からも埃や土が降ってくる。

「京助は雪解さんに何があったのか、知ってるんだろ?」

「おおむね」

「それを京助が八神くんに伝えるんじゃダメなのか。」

 小さな薬棚を、七春が足で蹴倒した。ガラガラと収納されていた瓶が転がりでる。溢れでた何かの液体が、ジワジワと水溜りをつくりはじめた。

 異様な匂いがする。小学校の理科室の匂いだ。

「俺があれに信用されていると思うか?」

「信用はされてないかもだけどぉ。」

 全っ然フォローできない七春さん。

 霊獣として、強さは八神も認めているだろう。だが、会うとすぐに喧嘩してしまうところ、八神は京助をあまり良く思っていないように伺える。

「それに。俺や土地神は人じゃないからな。人らしい感情を持たない夜行が、初春の心を開けなかったのと同じように、人の心を持たない俺達は、きっと夜行を救えない。」

 京助は結構人間っぽいよ? という台詞を、七春はどうにか飲み込んだ。

 たぶん霊獣と人の間には、七春なんかには到底理解できない、大きな違いや、溝のようなものがあるのだろう。

 七春は、モフモフかわいいー!くらいの話で全て片付くが。

「そっか…。でも俺は、京助なら八神くんをいつか救ってくれるような気がするなぁ……。」

 

 それから二人は、一通り荒らした室内を見渡した。爽快な散らかし具合だ。

 いやぁ、いい仕事したぜ今日も。という達成感に包まれる。

 日頃の運動不足がたたって、七春は腰に手をあて前かがみになった。

「あとは夜行と亜来がうまく演出してくれる、か?」

「うん。手伝ってくれてありがとな、京助。」

 言ってから、少し迷って、言葉を付け足す。

「お礼といっては、なんですが。俺も京助を手伝う。京助や土地神との謎解きに、ちゃんと付き合うよ。」

「決めたか。」

 うん、と大きく頷いて、七春は大きくのびをした。

 後ろに傾いて、あわててもちなおす。

「八神くんの闇は、俺達で祓おう。」

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