クッソ面倒くさい。
小さい女の子の幽霊がでてきて、突き落とされたあと、バンッてなって、ゴロゴロッてなって、最終的に生首に追いかけられたの。
という七春の説明は全く要領を得なかったので、鐘楼に続いている階段の下で七春を待っていた上木や姫川、その他の撮影スタッフは、黙ってカクンと首を傾げた。
つまり今、どうなっているの?
どうしてそれが、映像として残っていないの?
という疑問が、たらい回しになった後、七春のところに戻ってくる。
「魔法少女ちゃんが、七春さんを追いかけて上に行かなかった?」
と上木にたずねられ、
「八神くんは、上で生首に対処してる。悪いけど、撮影してる余裕がないほど危険だから、俺達は下で待ってような。姫川さんは大丈夫?」
と姫川にさりげなく声をかける七春は、場慣れしているおかげで余裕がある。
好きでこういう場に慣れてきたわけではないが。
「お、俺はヤコーくんに貰ったお守りがあったから大丈夫。」
と言う姫川の手の中には、鈴をつるした携帯電話。やたらめったら振り回したおかげで、少女の霊は追い払えたようだった。
八神から直に譲ってもらっただけあって、確かに効果はあるようだ。姫川はそれを、携帯ごと胸に引き寄せて、抱きしめている。
「ヤコーくんが、無事だといいけど…。」
姫川さんが、祈るようにつぶやいた。
壁に大量のトランプを乱雑に張り巡らした、異様な造りのホテルの廊下。同じ建物の中に今、得体の知れない存在が徘徊している。
この場にいるすべての人間が、胸がザワザワとして落ち着かない気持ちを感じとっていた。
少し暗めの色合いの壁が、不安な心を映しだしているようだった。
数分後、階段の上から八神がゆっくりとした足取りで帰還した。
すでに怪しものの薙刀は手の中にしまってあり、何事もなかったかのような顔つきでいる。
「あ、なんか、人あつまってますね。」
という呑気なコメント。
全体的に汚れているようだ。
砕けた煉瓦の細かい破片や、その他にもホコリなのかなんなのか、白っぽい粉を頭から被っている。
粉砂糖がかかったイチゴみたいな姿だった。白八神だ。
「八神くんが白くなってる!」
馬が二足歩行しているのを目撃してしまったくらいの驚愕ぶりで、真っ先に七春が声をあげる。
「いつもは腹の中の黒さが滲みでたような色なのに…。白い八神くんなんて、八神くんじゃない!あっちいけ!」
七春は普段、八神を腹の中の色で識別しています。
八神をグイグイ階段上に押し返す七春。その七春をポカリと叩いて、八神は、
「やめてください。」
とだけコメントした。
普段の八神なら「失礼な!」などと言ってミャンミャン吠えそうなものだが、今の八神にはそんな気迫は感じられない。
いつもみたいに言い返してくれると思っていた七春には拍子抜け程度のリアクションだった。
「どうしたんだよ。どこか痛いのか?」
心配になって聞き返すと、八神がチョコリと手をあげた。
手のひらいっぱいに、斜めに赤い傷口がはしっている。そこから流れた血が、袖口まで汚していた。
「切ったのか!?」
あわててその手を七春が掴む。
「センパイが言っていた赤毛の男らしき人物に会いました。俺や荒天鼬がセンパイを護っているのを知って、一旦引き下がる様子だったんですが。去り際にあの頭だけの悪魔が自爆しやがって…。」
でして飛んでくる破片や爆風を、咄嗟に手で防ごうとした結果がこの怪我である。
「俺は自然治癒力は高いほうなんで、別にいいんですけど。ただ、この位置に怪我すると、しばらく境界が開けないです。」
冷静に八神が説明した。
冷静になってる場合ではないので、その間に七春が、
「何か手当できる道具あったっけ。」
とスタッフに確認する。
それから、消毒するため、八神を部屋に戻るように促した。
七春にパンパン背中を叩かれ、流されるように部屋へ向かう八神。不服そうな顔だ。
その姿を、上木や姫川も見守っていた。
「ヤコーくんが怪我したって、そんなにヤバイ生首だったの。」
「なんか、もうロケを中断した方がいい流れ?」
口々にキャストやスタッフが問う。
心霊声優として進行に大きく関わる七春は、一瞬答えに迷った。
色々な面倒が立て続いて、仕事どころではなくなってきている気はする。だが、地下室の蘇生実験場だとか、生首は幽霊とは違う何かだとか、実験体として命を狙われているだとか、口で説明して理解を得られるとは思えない事例だ。
どう説明したものかと悩む傍ら、そんなことよりも八神の傷の具合をみてやりたいと、気ばかり焦る。
今日一番、焦っているかも知れない。
「今後の進行は、八神くんの傷の具合をみてからでないと、なんとも言えない。俺は八神くんと話してくるから、他の皆は待機していて。このホテルは本当に危険な心霊スポットだから、一人歩きは厳禁で。」
となんとか心霊声優らしい指示をだしたところ。
「一番単独行動してるの貴方だから。」
と上木にツッコまれた。
的を射ている。
「でも怪我をしてでも貴方を護ってくれたことは嬉しかったから、貴方の魔法少女ちゃんを早く手当しに行ってあげて。」
と付け足される。
その瞳が、ヨタヨタ廊下を進んでいく八神の背中をとらえていた。
七春のような単独行動の多い馬鹿をきちんと護り抜けるのか、心配していた上木だが、ようやく八神のことを信用してくれてきたようだ。
「ありがとう。詩織くんに前もって言われていた通り、危険な心霊ロケになってきたけど。俺のまわりには、なんやかんや強い人がいて、わりと護ってくれる率高いから、大丈夫だよ。」
心配症の友達に、七春は曖昧な説明で微笑みかけた。
リンコロリンコロ音がしている。
オルゴールの音が、室内に広がっていた。二階にある、上木と八神の泊まる部屋だ。部屋はスペードのジョーカー。
こちらも扉はトランプのような柄の仕様だが、廊下はたくさんの食虫植物に溢れ、全く違う趣を見せていた。
でしてその部屋の中で、ベッドに座った八神の手当をしている。七春はベッドの傍ら、床に直座りしていた。
「こんなもんか?」
八神の小さい手に包帯を巻いてやって、七春が言った。
オルゴールの音はどこかホラーチックな雰囲気を演出している。
「ありがとうございます。」
手を開いたり閉じたりして機動を確認し、八神が答えた。
切り口が深く出血が多いものの、八神は痛みを感じないようだった。
腰の上着を外して、それを上からパタパタはたく。白い粉や煉瓦の細かな破片が飛んだ。
「洗わないとだめだな。」
「はい。」
ションボリ答えて、ふいに口をきかなくなる。
その八神の顔を、下から七春が覗き込んだ。
天井でプロペラが音もなくゆっくりまわり、部屋の空気をかき混ぜている。部屋の内装も、三階とは少し違っているようだ。
「八神くん、ひょっとして、もう眠い?」
「眠いれす。」
八神は眠い時とお腹が空いている時に、極端に口数がへります。
「今日のうちに色々とありすぎて、もう気分が夜の七時台のテンションなんですよね。」
そして大きなお口でフワーと欠伸した。ユルユルである。
朝っぱらから巨大迷路を攻略し、その中での少女の霊との遭遇。さらに居なくなった七春を見つけた先で、ホテルの建物内に謎の地下室を発見。
その地下室で行われていた人体蘇生実験に実験体として選ばれた七春を護るために、何かの頭部らしきものをフリーバッティング。
というイベント目白押しの一日で、八神は早くも疲れきっていた。
八神の霊力を消費して動きまわる京助も今日は元気よく暴れまわっていたので、疲れも二割増しだ。
もっと言えば、睡眠をとらずに弁当に夢中になっていた八神としては、トンネルの霊との遭遇あたりから稼働し続けている。
「このロケは前回にも増して色々とあったもんな。動作が重くなってきたから、一回八神くんの電源おとした方がいいかも。」
一回携帯の電源おとした方がいいかも、みたいな感じで言う七春。
「人を携帯扱いしないでくださふぉわあぁぁ。」
と喋りながらさらに欠伸して、八神はコテンとベッドに倒れた。白いシーツに沈む。
ほんの一瞬、どちらも口をとざした。
なんか、窓の外から鳥の鳴き声なんか聴こえてくる。平和だ。
自分たちが今いる場所が、現実離れした存在のはびこる場所だなんて、それを調査するためにやってきたなんて、一切忘れさせるかのようだ。
だが、現実から目をそらしてはいけない。
「これからどうする、八神くん。八神くんが『怪しもの』を使えないとなると、あの赤毛に対応するのは難しいよな。」
「はい。でも、あれだけ馬鹿デカイ霊獣がいるのを見て、それでも迂闊に攻めてくるということはないと思います。流石に悪魔が接近すればマッキーもバイブるはずなので、なるべくマッキーを離さないでください。」
シーツに半分顔を埋めた状態で、八神がモニョモニョ語でアドバイス。しかし、言われてベルトのペットボトルホルダーを確認した七春は、
「あ、部屋に置いてきた。」
という情けないコメントを返した。
しょうもないものを見る目で、八神が七春をじっと見下ろした。それから、またシーツに沈む。
「取ってこいや。」
「ですよね。」
「しかし、本格的にサッサと片付けてトンズラした方が良さそうですね。夜はまぁ、数台カメラ仕掛けておけば、あの小さい子供たちが面白がって見に来ると思うので、定点カメラでも置いときますか。俺は荒天鼬に嫌嫌ですが協力をあおいで、地下室をぶっ壊しとくので。」
「あの子供たちは、本当に人をからかうのが好きだな。」
「俺に話しかけてくる時は、寂しさを訴えてきましたので。あまり家族に構ってもらえないまま、寂しい時に亡くなったのだと思います。それを言えば、殺そうとすれば付け入るスキがいくらでもあったんじゃないかと。」
八神がまた何でもないことのように言う。
感情が希薄になる、いつもの八神だ。もはやツッコむことも諦めたが、八神はたびたびそういう部分を見せる。
人も霊も、どこか救うことを投げ出している。
「そういえば、」
話を変えて、七春はベッドにあがる。八神を踏んづけた。
「あの頭だけで飛ぶへんな丸いやつ。悪魔って何? 霊とは違うの?」
踏んづけられた八神が、億劫そうに横に転がって、その支配から逃れた。
仰向けになって、七春を見上げる。疲れているからか、腕は投げ出したまま大の字だ。
「悪魔については俺より、荒天鼬の方が詳しい。幽霊は段階的に悪霊や魔物に変化しますが、いずれも元は生きていた人間です。でも悪魔は全く違う。俺も境界の巫女に解説されながらウトウトしてたんで、詳しくないんですが。」
「人じゃない、全く別物か。」
「厳密には違いますが、霊獣のほうが近いかもしれません。どちらも、この世界に属さないものです。それを人が契約の上で、門や扉の役割をするものを介して、使役することが稀にあるんですよ。あの悪魔は赤毛の奴が使役していると考えるべきでしょう。」
だいぶ前に、八神が『業界』という言葉を使っていた。それについて七春がツッコむと、世界は穴や扉の類によって、繋がっているものだとか言っていたか。
理解が追いつかないので、深く考えずにスルーしていた七春だが。
「俺の知らないこと、まだまだ多いな…。」
「七春センパイは、こっち側に来ない方がいい。一度入ると戻れませんよ。俺をただの後輩という目で見て、俺のまわりで目にしたものや、一緒に過ごした夜を、全部忘れてしまってください。」
言って八神が体を起こした。
ふいに視線を投げてくる。睨みつける、鋭い視線だ。
七春を、突き放すような。
「俺といると、危険な目に合います。明日はセンパイのお葬式かもしれません。可能性はゼロじゃない。」
地下室に続く暖炉のある部屋で、途中になっていた話の続きだ。
その話題を気にかけていた七春は、はからずもギクリとしてしまう。
「脅してるのか?」
「警告しています。」
「意地悪言うなよ。」
「いつか死ぬような怪我をする前に、幽霊や怪しものに関わるの、辞めませんか。」
「明日死んでも、今日一緒にいたい。俺は、怪しもの集めを手伝うのも、謎解きに参加するのも、絶対に辞めたくないからな!」
八神を見下ろす体勢で、ベッドの上に膝立ちして七春が声をはった。
次の瞬間、
「ん? 謎解きってなんですか?」
とアッサリ八神にツッコまれた。
「Oh!」
別に出た言葉が引っ込むような魔法は存在しないが、咄嗟にパコッと手で口を塞ぐ七春。
迂闊である。
七春が迂闊なのは、もはや今に始まったことではないが。
それにしても迂闊である。
「いや、俺は、八神くんに距離を置かれるのが嫌だって言いたかっただけよ。」
「死にそうになった時に、いつでも俺や荒天鼬がタイミングよく傍にいるとは限りませんよ。」
「いいもん。」
七春は論争で不利になると、子供のように拗ねます。
八神の真っ直ぐに射るような視線に晒されていると、息ができなくなる七春は、早々に視線を逃がした。
京助や祟り神との約束で、境界の巫女の死の真相を七春が独自に調べることは、八神には内緒にしなくてはならない。
「とにかく、八神くんと離れるのは嫌だ。足手まといだし、危なっかしいと思われて、気苦労かけるかもしれないけど、これからも一緒に霊たちを助けて欲しいし、俺のことも護って欲しい。」
「どんだけ正直ですか。俺は、センパイに危険が及ばないように、警告・提案しているんですよ。」
「我儘言うな!」
「俺が!?」
七春さんがプイッと顔を逸らす。
面倒くさいことに、七春が自身の意志を変えて妥協する気はないらしい。子供だ。
それを受けて八神は純粋に、
(この人メンドくせぇな…)
と思った。
でもこじらせるともっとメンドくせぇ。
八神は面倒が嫌いなので、こじらせると面倒くさい人には、なるべく関わらないか、はじめからマトモに相手にしないようにしている。
八神は自分主義なので。
テキトーにイイ子ちゃんして機嫌損ねないように接した方が後からの面倒絶対に少ないよね。
八神が二十年間生きて培った処世術である。
人間のご機嫌とるとかクソ面倒くせーけど、後からもっと面倒なことになって自分の時間が減るとか、それこそ時間の無駄だからな。
で、面倒くさかったので。
「わかりました。もう何も言いませんから、極力できるだけ可能な限り全力で、あまり面倒に首をツッコんではいけませんよ。」
「うんっ。」
「何かあったら、大きな声をだして逃げてください。」
「うんっ。」
「俺に頼る前に逃げてください。逃げきれなかった時だけ俺を呼んでください。」
「うんっ。」
七春が嬉しそうに二ヘニへ笑いながら頷いた。
七春はクッソ面倒くさい。




