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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
幽霊ホテルとかこえうた
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自由行動


「やーがーみーこーろーすー!」

 

 と奇声を発して、七春は落下した。

 ホテルの一番てっぺんにある、鐘楼から落っこちたのだ。

(誰か…後ろからぶつかってきたよな…?)

 こんな時にもそんな事を考えている一瞬があって、気がついた時には三階の屋根部分に激突していた。

 酷い衝撃が、肉と骨を伝わって心臓を突き上げる。

 エライことになった。

 普通なら骨折とか全身打撲とか最悪の場合は死ぬが、七春はそんな上等な体ではないので、せいぜい鼻が潰れるくらいで済むだろう。

 手にしていたはずのカメラが、どこか遠くに落ちて大きな音をたてた。

(痛い)

 という当然の感想。

 動けない。

 というか、ショックで体が動かない。そのまま、傾いた屋根の上を滑り落ちていく。建物の造りから、屋根が急角度で傾いているようだ。

 その間わずか数秒。

「あわあわわいあ!」

 視界から入る情報は、眩しいくらい霧の晴れた空と、平らでスルスル滑る屋根が交互に入れ換わるだけ。回転しながら落ちるという、器用な落ち方をしているようだ。

 自分では止められないスピードが出ている。

 すぐ目の前に、屋根が途切れる部分。ここから落ちたら、落下地点はホテルの前かな。キチンと舗装がしてあって、硬い地面だ。

 雑な構造で出来てるとはいえ、建物三階分の高さから落ちたら、七春の体も大変なことになるに違いない。

(八神くん…!俺、死んじゃう…!)

 ギュッと目を閉じて、縮みあがる。

 すぐそこが崖だ!

 さらば、地球の民よ!

 

 ドン、


 と、

 何かにぶつかった。

「あうっ。」

 と普通に声をあげる。

 ぶつかったのは、モフモフした壁だ。視界が茶色になる。

 何故こんなところにモフモフでアニマル的な壁があるのかわからないが、とにかくおかげさまで七春の回転は止まった。

 わずか数センチ先で途切れた屋根からの転落は、なんとか逃れたようだ。

 脇腹打ったが。

「わきっ……わきっ、ば、ら!」

「なんだ、うるさい。」

 と壁が喋った。

 聞き覚えのある声だ。

 てか、なんか脳挫傷してる気がする。いや、それ死んでるか。

「ちょ、だれ、あいらしい。」

「ありがとうだろ、しっかりして。」

「その声は京助か。」

 体を起こす。

 トラックほどの大きさになった京助が立っていた。

 細長い胴に短い手足。丸い耳。茶色の毛深い体をクッションにして、七春が落ちないように立ち塞がってくれたらしい。

 広大に広がる空を背景に、毛をなびかせる京助。手足は比較的短めだが、それもこの大きさだと大型トラックのタイヤくらいの大きさになっている。

「はぁ、びっくりした」

 七春さんはカメラがないときは、この程度のリアクションしかしません。この程度のリアクションで済むからすごい。

「何をしている。」

「俺、落ちてた!」

「知ってる。」

 京助が淡々とツッコむ。

 しばらくボンヤリしてから、七春は大きく深呼吸をした。

 心臓がバクバクしている。ということは、さっきの衝撃で潰れたわけではなかったらしい。

 臓器も大丈夫そうだ。脂肪が厚くてよかった。サンキュー、脂肪の壁。今まで敵視してきてゴメンな。

「くだらん手間をとらせるな。」

 京助に怒られた。

 そりゃそうか。

「ごめん。助けてくれてありがとう。」

「亜来が呼ぶから仕方なくな。」

「亜来さん、仕事いいのかな。」

「休憩時間のうちに心霊写真を撮るのだそうです。」

「なるほどです。」

 というか、自分も仕事中だったはずだ。

 強い風が吹き抜けて、咄嗟に京助の足にしがみつく。屋根の上に乗る経験をすることになるとは。いや、一度あがってみたいとは思っていたが、実現するとは。

 ただでさえ傾いている上に風にもあおられる。不安定な屋根の上に、七春は立ちあがった。

 自分が落ちてきた鐘楼を見上げるが、下からだと鐘しか見えない。そこには姫川が一緒にいたはずだ。

 ゴーン、と吹き抜ける風が低く唸る。こわい。

「とりあえず戻らないと。」

「頑張れ」

「なんて言って戻ればいいかな。落ちちゃった、って感じでいいかな。ダサい。なんか、恥ずかしい。」

 大人になると転んだ時の羞恥心が子供のときよりハンパないよね。それと同じ羞恥心に苛まれる七春。

 そんなことより病院で診てもらった方がいいかもしれない。

「突き落とされたんだ、恥ずかしがるな。堂々と行け。」

「突き落とされたって、恥ずかしさは変わらないよ。」

 と七春がぐずって、

「え?」

 それからすぐに違和感を感じて問い返した。

 京助は今、突き落とされた、と言ったのだ。

「上に子供がいる。嬉しそうにピコピコ跳ねているのが見えたぞ。王子はお人好しだから、ああいった類いの霊に好かれんだなぁ。」

 なんでもない風に京助が言う。

 七春は再び上を見上げた。そこに見える景色は何も変わらない。ただ、歪んだ空があるだけだ。

 そこには、何もいない。七春の目には何も映らない。

 鳴らない鐘。傾いた屋根。

 だが、何故か嫌な予感がして、胸の中の空間が狭くなった。

(やっぱり、何かいたのか。)

「どうする王子、下に下ろせばいいのか?」

 京助が、面倒そうに訊ねてきた。

 亜来に呼ばれたから来たというだけの京助にとって、幽霊の子供についてはどうでもいいらしい。

 このホテルに着いた時点で、八神も悪意のない霊だと言っていたし、気に止めるほどの存在でもないのだろう。

 だが、無邪気さは時に凶器になる。

 それを、たった今七春が体験したところだ。

「だめ!上にまだ仕事仲間がいるんだ。あそこまで今すぐ連れてってくれ! 京助、空は飛べないのか?」

「飛べません。」

「ケチ!」

「飛べないけど空を駆けたりはできる。」

「ペガサスか!」

 ツッコミまくった挙げ句、背中に乗せてもらえる運びとなった。





 七春さんが転落した。

 一人残された姫川は、蒼白になって後退る。とにかく、人を呼んでこないと。

 この高さだ。死んでいなかったとしても、無傷で済んでいるはずがない。

「とにかく、ヤコーくんと、シオリくんを…。」

 後退する途中で何かが膝の後ろにぶつかった。

「うわあた、」

 バランスを崩しながらの半回転という器用なことをして姫川は振り返った。

 女の子がいた。

 髪は肩にとどくほど、桃色の可愛らしいエプロンドレスを着ている。

 入り口は一つしかないのだから、誰か入ってくれば気がつくはずだ。だが、ここには七春と姫川しかいなかった。

 確かに、突然現れたとしか思えない。

「誰、…」

 咄嗟に口から出た言葉が、喉の奥に引っ掛かって止まる。無垢なる白い肌の少女は、その姫川を見上げた。

 

 つぎは、おにいちゃんたちがおにだよ。


 喋った。

 楽しそうに笑っている。少女の体は半分透けて、向こうの空が見えていた。

 生きている人間ではないことがうかがえる。

(ドレスの女の子だ…、てことは、ヤコーくんが庭の迷路で見た霊の、双子の片割れがこの子か。)

 助けを求めたいが、七春はついさっき転落していった気がする。肝心なところで役にたたない。

 狭い鐘楼の中、逃げ場もない。

 初めて一人で幽霊らしきものに遭遇して、姫川の脳は完全に思考を停止していた。

 落ちた七春を助けるには、はやく人を呼んでこないといけない。遅くなると手遅れなってしまうことだろう。しかし、その為のホテルの内部へ続く扉は、少女の立つ後ろにある。


「何かあれば鈴を二回、異変を感じた方向に向かって鳴らしてください。」


 ふいに、八神の声が頭の中で再生される。

 貰っておきながら、まだ一回も活用していない御守りは、携帯につけてそれっきりだ。

 思い返して、姫川は携帯を取り出した。

 艶やかな携帯の黒いボディに、金色の丸い鈴の飾りが暖かみを添えている。八神は鈴の音に不浄を祓う力があるとかないとか言っていたので、とりあえず音をだしてみることにした。

「あっちいけ!あっちいけ!」

 ぷいぷい鈴を振り回してみる。と、やたらにシャリンシャリンと音をたてた。

 当たり前か。鈴だからな。

(助けて、ヤコーくん!)

 一心不乱に姫川が振り回す鈴と、その鈴が奏でる音。

 音は大きく響いて、つるされている鐘を揺らした。それでも鳴らない死んだ鐘。

 鈴の音は少女を拒絶するような、甲高い音に変わった。二回以上鳴らしている気がするが、大丈夫だろうか。


 遊んでくれないの?


 また声がして、

「遊ばない!」

 と姫川は返事をした。

 目を閉じて、できる限り体を反らし、少女から距離をおく。

「いちぬけた!」

 そう叫んだ。


 そう、じゃあ、あっちのおにいちゃんとあそぶ。


「そうして!」


 とんでる わんちゃんとあそぶ。


「そうしな!」

 全力で姫川が肯定した。

 その一言につきた。ホテルの最上部で携帯についた鈴を振り回すという謎の行動をおこす姫川。

 その姫川に背を向けて、鈴の音から逃げるように、少女はテチテチ歩いて手すりを乗りこえる。

 そして、その向こうの空に溶けるように、姿を消した。

「……え!?」

 鈴を振り回していた手を止める。

 たった今まで目の前にいた人間が、今度は瞬く間に姿を消す。出たり消えたり、自由行動だ。

 子供らしい。

 でして、飛んでるワンちゃんとは一体なんなのか。

「一体、なにが……」

  鐘楼の外には開けた空間。空はどこまでも遠い。ホテルを囲む木々は高い。

 その最中に、なにか浮かんでいる。

 とがった鼻に、シュッと長い胴体。丸いおめめ。短い手足が、一生懸命に虚空を掻いている。

 メチャメチャ可愛いが。

 メチャクチャでかい。

 巨大水槽の中のジュゴンとか、ジンベイザメとかが、姫川の頭の中で回遊する。そんなイメージだ。

 ゆったりとした雄大な動きで、フェレットが空を駆けていた。

 鐘楼のまわりを旋回している。

 でして、その背中には転落死したはずの七春が乗っかっていた。

 パチパチ数回瞬きしても、空飛ぶフェレットと七春は消えない。

「なにあれ。」

 ごく当然のリアクションで、姫川がつぶやいた。

 それから、すぐに扉の先にある階段へとってかえす。

「ヤコーくん、呼んでこなきゃ!」

 もはや何が起こるかわからない心霊ロケ。心霊声優があるけば、必ず霊に当たる仕組みになっているようだ。

 自由行動なら、七春だって負けていない。





 空と木々の境界ほどの高さを、京助に乗って、七春は旋回していた。

 大きく鐘楼の周りを旋回する間に、京助自らが乗りこなしをレクチャーしてくれる。

「どこでもいいから、ちゃんと握っときなぁ、んで足でしっかり体をはさむ。」

「うん。」

「で、どうしたいんだ。」

 姫川のいる場所に戻ろうとしていた七春だが、鐘楼の中には少女が立っているのが見えた。

 その少女は手すりの上から姿を消し、今は屋根の上に移動している。七春を後ろからぶつかって突き落としたのはこの子だ。

「子供をホテル内に追い込んでくれ。ここだとカメラがないけど、ホテルの中にいけば詩織くんか八神くんに撮ってもらえる。映像として残さないと、仕事にならない。」

「振り落とされんなよ!」

 自分で出来ると言った通り、京助は確かに空中を駆けていた。

 まるでそこに、透明なアクリル板で道でも造られているかのように、前足と後ろ足を動かして進んでいる。

 屋根の上にいる少女めがけて、急降下。角度は四十五度だ。

 自由落下ほどではないにしろ、それに近いスピードが出ている。

「怖い!」

 と声に出すことで、逆に恐怖を抑えこみにかかる。

 物理的な法則にのっとり、体が浮きそうだ。そのままの勢いを殺さずに、京助は屋根に突っ込んだ。


 ドン!


 と大きな音がして、屋根の煉瓦がめくれあがって吹き飛ぶ。

大きさからして相当な重さのある京助が、ミサイルのような勢いで降下した。

 少女をも踏み潰す力だ。奇跡的に屋根はぶち抜かなかったが、公共施設を派手に損壊している。

 少女はいなかった。

 いつの間にか、鐘楼の真下あたりに移動している。


 わんちゃんは、あそんでくれるんだ!


 嬉しそうに、ピコピコ跳ねる。

 この子はとっても好奇心旺盛だ。大きなフェレットが空から踏み潰しに来ても、そう簡単には怯まないらしい。

 無邪気と無鉄砲は紙一重。

「すばしっこいな。」

「おい京助、建物壊しちゃダメだ。」

 しがみつき直して、七春が上から指示をだす。

 まるでまだ生きているかのように、少女のドレスがチラチラと揺れていた。まだこんなに小さい女の子だ。

 殺されて死んだとは思いたくない。

「見失う前に行くぞ。」

 京助が姿勢を低くした。

 それだけでも浮遊感がするほどの高低差が生まれる。長く京助に乗っていると、吐きそうだ。

 あと、めっちゃ前傾姿勢になるという恐怖。

 七春は馬に乗ったことがないんで乗馬の辛さはわからないが、今なら乗フェレットの辛さについて語れる気がした。

 長期戦にすると、こちらが不利だ。 

「早めに頼む、京助。」

 なんだかんだで付き合いのいい京助の協力を得て、少女を追い込む運びとなりました。

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