無装備で
パパとわたしたち。
いつもバラバラなの。パパは『おしごと』がいそがしくて、いつも、とおくにいっちゃうから。
ともだちとわたしもバラバラ。
いつもバラバラ。パパは『おしごと』のために、おうちを、なんかいもかえるから。
さみしいよ、パパ。
ママはどこにいっちゃったの?
きょうは「ほてる」っていうひとの、おうちにとまるみたい。
おとなしくしてなさい、っていつもパパはいう。
おとなしくしてると、おにんぎょうさんみたいだねって、いろんなひとにいわれるんだよ。
パパ、わたしにおみやげちょうだい。
さみしいよ、パパ。
だれか、わたしたちとあそんで。
ママがほしい。
おにいちゃんがほしい。
ママがほしい。
パパはやくかえってきて。
「うるせえぇぇ!」
バシンと音をたてて、八神が壁をぶっ叩いた。
ホテル全体が大きく揺れる。
「お前がな!」
さらにその八神を七春がぶっ叩く。
八神の脳みそが大きく揺れる。
二人はとっても元気だった。
心霊ロケは時を開けて午後三時すぎを迎えていた。
おやつの時間である。
場所は一階フロント。従業員やお客さんも、普通に行き来している。
無事にホテルにチェックインして、今後は許可をもらった場所と時間を駆使して撮影を進めていく。
「一般のお客さんもいるんだから、迷惑になるような大声だすな!」
小柄な八神に容赦なく怒鳴り付ける七春は、自分の方が声がデカイということに気がつかない。
「ぶー!ぶー!だからって叩くことないです!いたいです!」
目をウルウルさせて八神が反抗する。
そんな二人を後ろから見守る姫川は、
(兄弟みたいだな……)
と思いながらその光景を見つめていた。
一番精神年齢が大人な上木が、テキパキと部屋のカードキーを受けとり、仕事を進めていく。
部屋は二つ。
二階と三階にそれぞれ部屋をとり、二人づつに分かれて検証する。
「はい!俺三階がいい!」
真っ先に手をあげる姫川さん。
上からドンドンされるのがトラウマになっているので、上に部屋のない最上階を指定する。
「はい!俺も三階がいい!鐘楼がみたい!」
嬉しそうに手をあげる七春。
子供みたいな中身のない理由で、上の部屋を希望する。
最上階の希望者が二人出たので、立候補を尊重することにした。
「では、三階の部屋が七春センパイと姫川センパイ。二階は俺と上木センパイですね。」
このホテルには本当に何かいるのだとわかった以上、どうせ上だろうと下だろうと危険なことには変わりはない。
特別どちらかが有利不利ということもないので、部屋割りはアッサリと決まった。
「貴方気をつけてくださいよ!特大オバケに襲われないように。」
上木がまた説教くさい物言いをする。
「詩織くんは俺の何なの!?」
「友達。」
「ごめんなさい…。もう襲われないように気をつけます…。」
素直に反省する七春さん。
その七春をサラッと無視して、八神は姫川に声をかける。
「何かあれば鈴を二回、異変を感じた方向に向かって鳴らしてください。」
「わかった。ありがとうヤコーくん。」
姫川の携帯には、八神から貰った魔除けの鈴がついている。
嬉しそうにそれをチリチリ鳴らしながら、姫川は何気なく問いかけた。
「ところで、何がうるさかったの?」
「小さい女の子がしきりに話しかけてくるんです。」
八神をのぞく三人の声優が、疾風のごとく勢いで、七メートルくらい距離をおいた。
ホールの柱の影に、男三人がキュッと固まる。
「なんでちゃんと言わないの!? バカなの!?」
八神に言ってから、
「マッキーもなんでバイブしてくんねーの、バカなの!?」
と腰の巻物にもツッコむ七春さん。
八神と行動をともにしているせいか、どんどんツッコミスキルが磨かれていき、近頃は物にも霊にもツッコんでいる。
片っ端からツッコめばいいわけではない。
「ここにいる子供の霊は弱いので、マッキーはいちいち反応しないと思いますよ。」
八神が冷静に返す。
七春は霊感が全くないため、怪しものであるマッキーがバイブしないことには、霊の存在には気がつかないのだ。
木の椅子に憑いた小さな男の子にも、マッキーは反応しなかった。
それは、トンネルの霊も同じだ。
「それは、俺にとって不利ということでは。」
「警戒するべきは霊ではなく、赤髪のチリ毛です。丁度いいじゃないですか。」
他人ごとなので、他人ごとのように八神が言った。
「八神くんって、サイコーにサイテー。」
「やだ照れるわ。」
「褒めてませんことよ。」
またしてもイガミ合う二人を、
(仲良いなぁ……。)
とか思いながら、姫川は見守っていた。
その後エレベーターにて三階へ。
七春と姫川は、並んでポテポテ歩いていた。
廊下の窓からは、眩しい光が入り込んでくる。三階の廊下は少し暗めの朱色の壁。
トランプが大量に貼り付けられている。乱雑に散りばめられたそれが、異様な空気を放っていた。
「一階の壁に飾られていた人形といい、この廊下のトランプといい、変わったホテルやなぁ。」
ちょっと、今まで大変なめにあっていて落ち着かなかった七春さんは、今頃になって改めてホテル内を観察する。
並ぶ客室の扉は、それ自体も大きなトランプのカードになっていた。姫川と七春の部屋は、ハートのクイーンだ。
「女の子には人気ありそうだね。あと子供とね。」
姫川の的を射た発言。
庭の迷路といい、もともとはそういった客層を狙って建てられたのかもしれない。
「まぁ、霊が現れるまでは、ゆっくりさせてもらいますか。」
趣向がよくわからんホテルの内装はともかく、部屋を探して奥へ。
当然のことながら、客室内での怪奇現象もネット上に報告は絶えない。
具体的にどの部屋だという特定の情報はないものの、幽霊ホテルの名に恥じないサービスを見せてくれる。
いや、サービスじゃないが。
どちらにしても、それを撮影しにきた一行には有り難いことだ。
「あ、七春さん。ココです。」
部屋の前に立ち、鍵をだす。
この不思議の国みたいな世界観の中で、しかし鍵はカードキー。この瞬間だけ現実に引き戻される。
「まぁ、あまり雰囲気がありすぎるのも、よくないから。」
姫川が鍵をあけ、二人は室内へ入っていった。
その二人の後に続いて、ヨタヨタした動きでついてくるもう一人。
では、ここからは修学旅行に来たノリでご覧いただこう。
「ソファー!」
と叫んで部屋に一番乗り、中央の白くてフカフカなソファを占領する七春さん。
「ベッドー!」
とすぐさまベッドに移動。思いきりダイブしても安心!ベッドもフカフカだ!
「テレビー!」
リモコンを使って、そのフカフカなベッドの上から、高画質薄型テレビの電源をいれる。
七春さんははしゃいでいた。
はしゃいでいないと、幽霊ホテルの客室になんぞ入れないからである。自己防衛である。頑張っている。
その無邪気な七春を見て、姫川は春の終わりを思いだしていた。
はうまっち、の奇声をあげながら部屋に飛び込んできた七春と八神は、ただのアホにしか見えなかった。
しかしその後、きちんと怪奇現象を鎮めてくれたのも確かだ。
きっと今回も、バカっぽく振る舞っているだけで、きっと霊について真剣に考えてくれていることだろう(希望)。
「あっ! 姫川くんゴメン!俺、勝手にこっちのベッド使っちゃった! 姫川くん窓側のベッドでいい?」
何も考えていない顔の七春が、パッと顔を上げて問い返す。半分ほど布団に埋まった状態だった。
(あれ、普通にくつろいでる…?)
普通にくつろいでる。
部屋は一室、ベッドが二つ。
床は黒と白のチェック柄、チェス盤の上に立たされている気分だ。天井には青空が描かれている。
うっかり吹き抜けと勘違いするような柄。
部屋の隅には恐竜の人形と木馬が。無言のまま整然と並んでいる。
中央テーブルには散らばった積み木。
よくある、「子供部屋」のような風景だった。
「シャワー!……は、やめとこう。」
「水場はダメだよ。水場はやめとこう。」
部屋にはシャワーも当然あるが、そこはあえて覗かない二人。
なんか出そうで嫌なので。
落ち着かないながらも、ひとまず各々ベッドに座る。
七春はベルトにつけていたペットボトルホルダーをマッキーごと取り外した。
ベッドの上に投げ出す。ずっと腰に吊るしていると、重たくて仕方ない。
「寝るときはカメラセットして、何か起きないかチェックするらしいよ。八神くんには、何かあった時のために、ずっと起きていてもらうから。」
七春が簡潔に説明した。
「けど、ここってホント噂通りですよね。幽霊が出るっていうのもそうだし、かといってお客さんが減っているわけではないっていうのも、そうだし。」
室内を見回す。特に異変があるわけでもなければ、お札がはってあるという風でもない。
「そうだよねぇ。噂を知ってくる人も、知らずにくる人もいるんだろうけど。」
「でも、ここなら人がたくさん出入りするから、幽霊さんも寂しくないだろうし。世界中のどこかに、こういう場所が一つくらいあっても、いいかもね。」
八神が聞いたらため息をつきそうなことを、姫川が口にした。
悪気はない。
「こういう場所が一つくらいあっても、か。」
不思議に思っていたのだが。
八神は霊が視えるだけでなく、『かこえうた』の正体や、魔術的な実験にも詳しかった。
ということは、どこかで同じようなものに出くわしたことがあるということだ。
「案外、こういう場所って、世界のあちこちにあるものなのかも。」
と、口にだして言ってみる。
改めて想像してみると、心霊スポットを盾にして魔術的な実験をしている場所が他にもあったら、エライことだが。
でも興味はあるような、ないような。
危ない目にはあいたくないけど、八神が護ってくれるなら、興味本意で見てみたい気もする。
危機感が麻痺している証拠だ。
「んー。あちこちにあるとしたら、……。」
腕を組んで目を閉じ、姫川さんが真剣に考えている。そして結論をだした。
「心霊声優になりつつある七春さんと魔法少女ヤコーくんの冒険は、夏の特別編だけにはとどまらないかもね?」
「姫川くん、なんと恐ろしいことを…」
「イケるよ、売れると思う。霊を助ける魔法少女と心霊声優の全国ブラリ心霊スポットの旅!秋からはこれでいいんじゃない?」
「テキトー言わないで?」
「だって、ここの霊も助けてあげるんでしょ。」
一度目の当たりにしているので。
姫川さんは、八神の力にも、七春の優しさにも疑いがない。
優しい笑みでそう返されては、七春も否定はできなかった。
「もちろん、助ける気ではあるけど。ロケが終わって、いい画が撮れたのを確認してから。」
「やっぱり。」
だと思った、という姫川さんのイタズラっぽい笑み。
これは、まぎれもない信頼だ。
「ヤコーくんを、七春さんが引っ張っているみたいに見えるよ。」
「八神くんは、自分が霊にしてあげられることは限られていると思いこんでいて、消極的だから。本当に助けになるかわからない、とか言うの。」
八神のことを話していると、京助や祟神と話したことを思い出す。
それに加えて八神には、距離をおくことを考えよう、とか言われたような気もする。
実は何も解決していないながら、無理矢理ここまで来た七春さん。無思考生物は考えがない。
「そぅかな。ヤコーくん、すごいよ?」
姫川さんがフォローを入れる。
「俺も八神くんは強いし、しっかりしてると思うんだけどね。あとは本人が認めないだけ。……自分を信じられない気持ちは、わかるんだけどさ。」
八神には殺人容疑がかかっている。
ことになっている。
それを根底からくつがえすような説明を京助や祟神に聞かされたばかりだが、他言無用のため、八神には伝えていない。
そして、そのことに七春はモヤモヤしている。
(八神くんには信じてくれてる人がいるのに。わかってない。)
とか。
考えていたら、本格的にモヤモヤしてきたので。
「よし!動こう!」
突然起立する七春さん。
マッキーをベッドに置いたまま、代わりに荷物の中からカメラを取り出す。
テンションの落差が激しい七春に、
「え、どこか行くの。」
と、つられて姫川も立ち上がった。
「鐘楼。ジッとしてるより、動いた方がいい気がする。」
「行動派だなぁ……。」
七春さんは行動派。
(マッキーは、まぁ、置いておいてもいいかな。)
無思考生物は、無装備で部屋をでる。




