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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
幽霊ホテルとかこえうた
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刺すぞコラ。


 気が滅入る。

 要するにプチ鬱気分というか。全体的に体がダルいというか。

 倦怠感。

 八神はズルズルと歩いていた。

 消えた七春を探して、とりあえず、荒天鼬の気配の消えた場所を目指している。

 ホテルの中だ。

 気が重いのは、その七春を危険な目にあわせている自覚が十分にあるから。




 フロントのある小さなロビー。

 足下は黒と白のチェックの床。ジッと見ていると目がチカチカする。

 その奥には板チョコみたいな形の扉。

 色もチョコみたいで美味しそうだ。

 天井が高く、壁にはたくさんの動物の人形が飾られている。

 迷路の内装もすごかったが、こちらもまたファンシーだ。

「可愛いな……」

 と思わずツッコむ八神。

 なんか、間違えて女子の部屋に入ったかのような違和感がある。

「撮影の仕事で来てる方ですか?」

 ふいに清掃員らしき女性に声をかけられた。

 顔をあげると、バケツと雑巾を手にした亜来と目が合う。

 八神の思考が止まった。

 エプロンドレスだ。

 亜来まで、このファンタジー世界に染められてしまっている。

「やっぱり居た…。」

 ボツりと呟く八神に、

「あ!八神さん!外で撮影してるのって、八神さんたちだったんですね! だから七春王子も居たんだ。」

 納得して、大きく頷く亜来。

 動くたびに、頭のリボンも誘うようにチラチラと揺れる。

 天井から垂れ下がる小さめのシャンデリアに照らされて、なんだか、いつもよりキラキラして見える。

「亜来さんのその服は、まさか荒天……京助の趣味じゃありませんよね。」

「違いますよぉ。なんで皆、京助の趣味だと思うんですか?」

 まったくだ。

「いえ、なんとなく。それで、七春センパイは何処に?」

 亜来の手に持つバケツと雑巾は、亜来が窓拭きの途中であることを物語っている。

 気配がしないことから察して、霊獣は札の中だろうが。

 七春の姿は見当たらない。

「七春王子なら、ちょっと前に別れましたよ。まだ近くにいるんじゃないかな。」

「そうですか……。あの、ところでポケットに入ってるカメラ、落ちそうになってますよ。」

「おっとと、いけない!私の落とし物グセ、いつになったら直るのかなぁ。」

 ちなみに、窓を拭くのに何故カメラを携帯しているのかと言うと、言うまでもないが心霊写真を撮るためである。

 亜来に言われた通り、近くの部屋から探した方が早そうだと判断。

 その場で亜来とわかれて、八神は再び七春探しに戻った。

 チラチラと廊下を歩く人が増えてきたのは、一階にレストランがあり、朝食を食べるために人が集まっているからだ。

 実際に撮影している時間は少なくても、準備や打合せやチェックに、かなり時間がかかっている。

 もう朝だ。

 普通は朝が一日の始まりなので、もう朝だ、というのもおかしいが。

 白と水色のストライプの壁紙。

 見下ろしてくる森の動物たち。

 落ち着かない気持ちながら進む。

 すると、ファンシーな世界の中、明らかに異質な存在と目が合った。

 男の子だ。

 透けている。

 その子が立つ場所だけが、時間の流れが違う。

(あ、子供の霊……)

 それも、双子の霊の他に八神がその存在を感じとっていた三人目の霊だ。

 悪霊でもないし、それほど力も強くない。どこにもでもいそうな、普通の男の子だ。

 訂正、どこにでもいそうな、普通の霊だ。

 片足がないせいか、歩くとフラフラしている。

 その子は八神をジッと見つめてニヤリと笑った。

 

 よくあることなので。


 余計な面倒をふっかけられないうちに、八神は曖昧な笑みを作って視線をそらそうとする。

 すると、小さい男の子はふいに手をあげて、板チョコの扉を指差した。


 ハハハ


 と笑うので、八神はカクッと首をひねる。

(なにか、面白いものでもあるのか?)

 楽しげに談笑しながら、足下の子供に気がつかず通りすぎていく宿泊客。

 館内は人々の足音や話し声で賑わいはじめる。

 他に当たるアテもないので、その扉を遠慮なく開くことにした。

 ヒンヤリ冷たい金属のドアノブ。手をかけて、下に引く。

 カチャン、といい音がした。

 不思議の国に続く扉を開いたような、胸のときめく音だった。

 扉を開けると正面には使われていない暖炉。

 その上には燭台。

 深い碧の壁紙が、落ちついた空気を作り出している。

「七春センパーイ……いますかー?」

 部屋の中央には大きなテーブル、傍らには小さな木の椅子。不釣り合いだ。

 壁際には三人がけソファがあり、その上で人が横になっていた。

 七春だ。

 

 寝 て い る


 落ち着いた寝息をたてている。その無防備な寝顔に、

「コケーーーッ!!」

 とかなり上手いニワトリの真似をして、八神が手刀を七春の頭に突き刺した。

「コケーコッコッコッコッ起きろコッコッ」

 若干、日本語が混じっている。

 落石のような怒濤の勢いで、七春の頭を何度もつつき続ける八神!

 ドスドスと取り返しのつかない音が響く。

 そこは今、まさに殺人現場だった。

 頭を突然突き刺された七春は、

「ぎゃあぁ!」

 という在り来たりな悲鳴をあげて、目を覚ました。

 熱湯に投げ込まれたかのように、ジタバタした挙げ句ソファから転落する。

 転落した七春は、床を突き破りかけて止まった。

 一拍おいて、

「何してくれてんの!?」

「アンタがな!」

 手から煙をあげている八神に、かみつく七春。

 に、冷静に切り返す八神。

 ツッコミの応酬だ。

 この二人は本当に成長しない。

 床に四つん這いで顔だけあげる七春の頭には、血が流れたアトがついていた。

 真っ直ぐに強い意志を秘めた瞳は健在だ。

 短い髪に隠れて傷口は見えないが、すでに血は乾いているらしい。

 それを見て、八神の心臓が五センチほど跳ねた。

 左胸を中心に、嫌な寒気が広がった。

「怪我したんですか?」

「怪我までさせんな!鬼か!」

 とツッコんでから、

「いや、これは八神くんのせいじゃない…。」

 額を押さえて七春は長く息を吐いた。

 仕事を放り出して、何こんなところで寝てんですか。なんて呆れた声で言うはずだった八神としては大誤算だ。

 上木に言われた言葉が、何気にチクチク胸を刺してくる。

「う……。頭痛い。ここドコ?」

「ホテルの中ですが。」

「八神くん、俺の頭に本当に何も憑いてない?最近、頭をよくぶつの。」

 ぶつけたり、ぶたれたり、衝突されたり、強襲されたりしている。

 大丈夫だろうか。

「何も憑いてないですよ。」

 七春のつむじのあたりをカサカサかきわけてみる八神。

 特に何も憑いてないみたいだ。

「何があったんですか。」

 問いかけてから、部屋に流れる冷たいすきま風に気がついた。

 風が流れているらしい。

 扉は閉めたが。

 使われていない暖炉の中から、キシキシと古い材木が軋むような音がしている。

「そんなの、こっちが聞きたいよ。イキナリ後ろからガツンだったから。八神くんが来てくれなかったら、なんの実験体にされていたやら。」

「実験体?」

「さっき京助と亜来さんに会って少し話したんだけど…。その後、小さな男の子の幽霊を見た。」

 場所がホテルで、しかも朝だったので、夢でも見ているような感覚で受け入れたが。

 夜に墓場で同じものを見たら、確実に気を失うだろう。

「あぁ、はい。今は部屋の外にいますよ。人を襲う霊ではないはずなんですが。」

「うん。その子はいいんだけど。その後、赤いチリ髪の少年に出会って、話してる途中に……。そこから先、よく覚えてないけど。」

 その話の途中で、景気よくガツンとやられた訳である。

 七春さんは全方向エブリデイ無防備だ。

 年中防弾チョッキでも着ていてくれれば安心なんだが。

「赤髪のチリ毛?」

「部屋の外にいる霊が、そこの木の椅子に憑いてるんだ。で、その持ち主が海外の大学生。儀式や魔術を勉強してるとかで、その幽霊付き椅子をこのホテルに引き取ってもらうらしい。」

「ちょ、ちょっと待ってください。論点がズレてます。」

 あわてて言葉を遮る八神。

 無理もない。七春は状況を説明しているつもりだが、話が突飛すぎる。

「幽霊付き椅子を引き取ってもらう大学生が偶然来ていて、それがどうなんですか。」

「だから、そいつが心霊声優を使って何かの実験をするとかしないとか言ってる時に、ガツンされたんだよ。」

 不機嫌な声を出す七春。

 傷が痛いのか、しきりに頭を気にしている。

 声優がロケの途中に襲われるなんて大問題だ。

 しかも理由が『心霊声優だから』なんてことになったら、ほとんど八神に責任がある。

 また上木にチクチク言われてしまう。

「うぅー、ホントに頭痛い。仕事戻らなきゃ、仕事。」

 生き返った七春は、とりあえずソファに座り直した。

 痛いと言うくせに、仕事のことを話すのは、七春の人柄によるところである。

 根性があるのはいいことだが。

 柔らかい風がまた何処からか抜けてきて、八神の頬を撫でていく。

 ふいに、喋ることを無くし、二人は沈黙した。

「でも、このまま戻ったら七春センパイは確実に大目玉をくいますね。」

 数秒後、もっともなことを八神が口にした。

「だよなぁ。」

 わかりきっていることなので、七春は苦い顔で頷く。

「それを回避するには、何か言い訳になる程のネタを仕入れていかないといけません。気絶させた七春センパイを、こんな分かりやすいところに置いておいたということは、この部屋の中に何かあるんだと思います。」

「置いとくとか言うなよ!物か俺は!」

 全力で、ツッコむ七春。

 七春の人権が危うくなる発言をして、八神は部屋を見回した。

 頬に当たっている風を読む。

「あの暖炉の方から、湿気た風が流れてます。何かないか、調べてください。」

「俺が!?」

「俺の悪い予感が当たるかもしれません。当たれば、それはそれで、いいネタにはなります。調べましょう。」

「俺が!?」

 ことごとくツッコミを無視して、指示をだす八神。

 その目にどこか焦りがあることに、遅れながら七春は気がついた。

 自分より若くて小さくて、それなのに自分よりずっと大人びている人。

 現実離れした謎を抱えて生きて、それに立ち向かっている人。

 八神の考えていることは、七春にはすべては分からない。

「八神くん、なんか焦ってるの? いつも余裕のある顔してるのに。」

「え?」

 言われた八神自身には、そんなつもりはなかったらしい。

 驚いて問い返す。

「何かいつもと違いますか。」

「違います。俺のことがそんなに心配だったのか? 気持ちはわかるが。 」

「そんなわけないでしょう。」

「ないのかよ。」

 七春はいつもと同じように、冗談を言ってウケをとろうと思っただけだったのだが。

 その発言を、八神は思いのほか真剣に受け止めたらしい。

 視線がカクンと床に落ちた。

「俺の傍にいると、七春センパイの身の危険が増していく気がします。俺たち少し、距離を置くことも考えた方がいいかもしれませんね。」

「……は?」

「ですが、それについて考えるのは後です。いいネタ仕入れて帰って、撮影を進めましょう。」

 率先して動き出す八神の態度は、この話はもう終わり、と告げていた。

 言い返すタイミングを逃した七春は、戸惑いながらも八神に続いて立ち上がる。

 そして、暖炉の前に移動した。

 耐火レンガを積んで作った暖炉。火はない。

 絢爛なマントルピース。炉前には、耐火ガラスの扉がついている。

「風が流れているのはここです。」

「冬に来たら、火が入っていて落ち着くだろうな。」

 七春センパイはいつでも呑気ですね、なんていう言葉が返ってこない。

 今日の八神はテンション低めだ。

「冬にまた一緒に来れたらいいな。いや、プライベートで。」

 はげまそうとして、

 したまま、

 七春は空振った。

 錆びた金具の音がして、ガラス扉を八神が開く。

 そこには薪を入れる炉はなく、暗い穴が奥へのびている。

 穴の大きさは、暖炉を囲む飾り棚いっぱいの大きさだ。子供は余裕だが、大人が通るには狭いくらいの穴である。

「これ………。」

「絵、ですね。扉を閉めていると暖炉に見える。」

 八神が開いた扉を前後に揺らしている。

 ガラス扉の内側から、暖炉の炉内の絵が張り付けてあるらしい。

 扉を閉めていると暖炉に見えるが、中には薄暗い穴が隠れている。

 パッと見ただけでは気がつかないし、この季節なら、誰も暖炉は使わない。

 シンプルイズベスト。

 巧妙にできている。

「西洋造りの建物に、意味のわからん鐘楼。幽霊ホテルの噂に『かこえうた』。……で、心霊声優を使って実験すると言った、術儀専攻の大学生。」

 つらつらと八神が言葉を並べていく。

 パチンと指を鳴らす。

「それで兎の穴か。ビンゴ。」

「何が?」

 一人で納得する八神。

 その腰にまいた上着を、七春がクイクイ引っ張る。

「八神くんだけで納得されても。」

「ここの幽霊が何故、成仏できないのか、わかりました。」

「でかした!」

「結論から言うと、助けるのは面倒くさいです。」

 毎度聞いている、八神の無機質な抑揚のない声音。

 他人事だけに、ザックリ切り捨てる。

「そっか。よし、じゃあ、それはそれとして、助けようぜ!」

 他人事だけに、八神の「面倒くさい」という気持ちをバッサリ切り捨てる七春。

 暖炉の横にかがみこみ、深い穴の中を親指でクイクイしめして、

「八神くん、GO!GO!」

 と指示をだす。

 八神はしばらく何も言わない。

 公園にいるハトを見るような目で七春を見つめている。

 しばらくして、

「上着汚したくないんすよねー。」

「うるせぇな。早く行けや刺すぞコラ。」

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