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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
幽霊ホテルとかこえうた
59/137

そうだ!諦めよう!


 近寄れないと護れない。

 

 その言葉が、頭の中をぐるぐるしていた。

 ホテルの建物の中、一階の廊下の片隅に一人でたたずむ七春。

 真っ白な壁に背をあずけて、床と見つめあっている。片隅の窓から朝陽が射し込んで、壁に四角い光を作り出していた。

 光が白さを助長している。世界がハイライトだ、眩しい。

 落ち着かない浮遊感。

 息のつまる閉塞感。

 鼓動がおさまらない。

(大丈夫か、俺の心臓。)

 心臓よりも心配なのは、極端にキャパの少ない脳ミソである。

 只今、オーバーヒートのため、一時的に思考作業を停止しております。

 先程まで一緒に話し合いに参加していたはずの亜来は、バイトをしに来ていると言った通り仕事に戻った。

 そして霊獣の京助は、その亜来が持つ札の中へ還った。

 土地神は作り出した部屋の扉と共に消え、残された七春がここにいる。

 さっさと仕事に戻らなければいけない。

 と、頭では思っている。


 傷つくかもしれないからだよ。


 聞いたばかりの言葉が、ふいに浮上して、そのまま消えた。

 顔にあたる光が暖かい。

 祟り神と京助。

 二人には繋がりあって、同じ目的で動いている。

(どうして……。京助は境界の巫女である雪解さんの霊獣で、それを八神くんが継いだって話しだったろ。)

 祟り神と京助の接点。

 その目的。

 結局、八神にとって誰が味方なのか。敵は誰なのか。

 巫女を殺したのは、人か、神か。

(わっかんねぇ……どうしよう……。)

 壁に背をこすりながら、ズルズルと座りこむ七春。

 なんだか、気分が悪くなってきた。

「八神くん……」

 小さく名前を呼んでみる。

 助けて欲しい時に不在の多い人だ。

 真実を知れば八神が傷つくかもしれない、と言われた以上、今回ばかりは八神に相談するわけにもいかない。 

 身動きがとれない状況に、七春は追い込まれている。

 この先、どうするべきか。

「そうだ!諦めよう!」

 閃いた!

 と言いたげな顔をして、七春はサッと立ち上がった。

 オカルトな事例に遭遇した時の亜来のように、どこからか星をキラキラ撒き散らす。

 そして、また言う。

「俺に考えることなんて、向いてないよな!」

 実にその通りである。

 自分の性格をよく把握している。

(あんなに謎を吹っ掛けといてノーヒントだなんて、明らかに京助たちが悪いよな。だいたい、なんで俺が八神くんのために、こんなに考えこまなくちゃいけないの。)

 一人でプリプリ怒りながら、七春は、考えることを止めた。

 ある意味それは正解だったかもしれない。

 七春は人一倍、頭が弱いので。

「仕事戻ろ……。迷路で迷ったとか言って、適当に言い訳すればいいや。」

 びっくりするほど普通じゃないことに巻き込まれると、ある程度のピンチには動じなくなるというマジカル。

 記憶を辿りながら出口を探していると、


 ガタン


 と音がして、七春は足を止めた。

 何か重たい物が倒れたような音だ。音は壁の向こう側からしている。

(壁の中?… …いや、部屋の中だ。)

 大人二人並ぶと少し狭いくらいの廊下は、真っ直ぐのびて、角で折れている。

 コーナーには観葉植物の鉢。

 その少し手前には板チョコみたいな形の扉がついている。

 音はその部屋の中からだった。

 客室は二階からだと聞いてはいたが。

(宿泊客、…じゃないよな。てことは、オバケ?)

 最近、そういうものに対するカンが冴えてきた七春さん。

 八神と一緒にいるせいで、要らない力がグイグイ身に付いている。

 案の定、扉が開いてもいないのに、部屋の壁をすり抜けて人影のようなものが現れた。

 小さな男の子だ。

 可愛らしい。

 丸い頭に、大きな瞳。瞳というか、眼球が入ってないのでただの穴だが。大きな穴。ストライプのシャツに中途半端な丈のズボン。

 よく見ると、片足がない。

(子供……。壁すり抜けてきたな。)

 その男の子は全体的に透けていた。廊下の奥が見えてしまっている。

 古い映画のワンシーンを切り取って、現実に張り付けたみたいだ。色がない。

(困ったな、今八神くんいないのに。)

 明るいから、怖くはないが。

 考えながらもジッと見ていると、小さい男の子はニヤリと笑って、七春を指さした。

 短い人差し指が、真っ直ぐに七春の方を向いている。

 

 あはは


 と楽しそうに笑った。

 この笑い顔、見覚えがある。

「この子、見たことある…。」

 その時、

 扉の開く音がして、小さい男の子に続いて、もう一人別の少年が部屋の中から現れた。

 壁をすり抜けず、きちんと扉をあけて出てきたところ、こっちは生きている人間らしい。

 赤毛に、ソバカス。身長は七春と並ぶと少し低いくらいか。

 黒ぶちメガネが傾いて乗っかっている。

 こちらも顔に見覚えがあった。

「あれぇ?七春さん、お早いお着きで。まいったなぁ、まだ準備中だよ。」

 と、その少年は言った。

「とりあえず、せっかくですから、こちらの部屋にどうぞ。」




 彼の名前はグリック・レイス。

 日本に来る前は、大学で儀式や魔術について真剣に勉強していたらしい。

 世界って広いですね。そういうものの研究を、キチンとしているところもあるんです。

 赤茶けた髪はチリチリで、黒ぶちメガネは何度直しても傾くけれど、愛嬌のある少年だ。

 と、

 カンペがなくても紹介できるくらい自己紹介して頂いたところで。

「思いだした!この前ナレーションやった心霊番組の動画に出てた人!タイトルは確か、『部屋の中の椅子』?」

 驚いて七春が言った。

 心霊声優などというわけのわからん称号を持つ七春は、心霊番組にも数多く仕事をもらっている。

 全然嬉しくはない。

 全然嬉しくはないが、おかげで今、自分の前に立つ人間には覚えがあった。

「あの動画をネットに投稿したのは、もう何年も前だよ。本物がうつっているから、いまだにテレビで取り上げられるけどね。」

 と世間話のような軽さで言って、少年は部屋の中央の大理石のテーブルに腰かけた。

 テーブルの上に座るなんて行儀が悪い。

 傍らには、明らかに部屋の雰囲気に合っていない椅子が置かれている。

 木の椅子だ。見覚えがある。

 招かれた部屋は一階の角に当たる部分で、室内は広い。今は使われていないが暖炉があった。

 フロントのある狭いロビーのすぐ隣の位置にあたり、自由に使えるくつろぎスペースになっているらしい。

「なんでその動画の人がここに。てか、なんで俺のこと知って、あぁ、もう。どこからツッコめばいいんだ?」

 ツッコみどころが満載だ。

 そして何よりツッコむべきは、

「ていうか、その椅子!」

 全て後回しにして、ビシッと七春が指差したのは、動画でもうつされていた木の椅子。

 ひとりでに揺れるとか動くとかいう、いわゆる『いわくつき』の品だ。

 そんな椅子と、その持ち主がロケ先のホテルにいるなんて、すごい確率である。

 見覚えがあると思ったあの小さい男の子も、動画にでてきたあの霊だった。

「ここのホテルは幽霊がでるって有名なんだけど、幽霊見たさにやって来る人もいるらしいんだよね。」

 と言って少年は机の上で足を組む。

 日本語が流暢だ。

 幽霊見たさにやって来る人の代表が、まさに心霊ロケにやってきた我々一行である。

「その波に乗ろうとして、ここのオーナーが霊的アイテムを色々集め始めたらしいんだ。この椅子も買って貰える予定になってるってわけ。」

 ズレたメガネを、また整える。

 どうしても真っ直ぐにならないらしい。

「面白いネタだな。それも取材はしたいけど…」

 たじろぐ七春は、板チョコの扉にくっついたまま。

 小さい子どもの霊は、姿を見失ってしまった。

 その、何処にひそんでいるかわからない状況が怖すぎて、室内に入っていく勇気がでない。

「七春さんのこと知ってますよ。日本で有名な心霊声優でしょ。会いたかったんですよ。聞いていたより早いご到着でしたけれど、せっかく本物の心霊声優がいることだし、色々と実験したいなぁ!」

 嬉しそうに手をひろげて、少年は言った。ハイテンションだ。

「は?」

 呑気に問い返した七春。

 の、後頭部に、


 ガツンッ

 

 と何か固いものが当たって、

「びゃっ!」

 という短い悲鳴と共に倒れた七春は、そのまま意識を失った。

「せっかく面白そうな実験場を見つけたんだし、楽しまないとね。」

 事実、心底楽しそうに少年は笑った。





 一方で、美しい草花に囲まれたガーデンテーブルでは、

「姫川センパイ、上木センパイ、七春センパイ、この三人と言えば! 三人が出演された超有名アニメ『勇者なのに回復役にまわされてるんだけど、バグですか?』しか思いつきませんね~。」

「そうですね。アニメはもう終わってしまったけど、アレはアレで面白い作品になったと思います。」

「アニメは終わったけど、ゲームの第三弾は発売したばかりなので、そっちで盛り上がっていただければなと。」

 とか、

 順調にアニメトークがすすんでいた。

 きっとこれがちゃんとした映像になるころには、画面の右下の方に『パーソナリティの七春さんは立体迷路で迷子になっています。』みたいな注意書きがでているに違いない。

 そんなバカなことをいつまでもしているわけにいかないので、やっぱり探してこないとダメかな、とその場の全員が考えていた。

 面倒をかける奴だ。

 七春さんの扱いはザックリしている。

「一発目のゲームは、主人公が『アイテムを投げる』以外の行動ができないなんてクソゲーだ、なんて言われてましたが。第三弾はどのように?」

 本来、七春がするはずの進行役に、ちゃっかり八神がおさまっている。

 抜け目ない。

 その八神は、椅子が二つしかないので、一人だけテーブルの傍らに立っている。

「第二弾もそれを変えずにいってウケたし、今回も変わらずです。」

 と説明する姫川は、七万の椅子に優雅に腰かけている。

 その隣には上木が。こちらも、七万に。

「でも今回はゲームアプリとして出てるので、バトルの趣向がちょっと違うかな。他は皆、攻撃のスキルが発動するのに、主人公の勇者だけ回復スキルが発動する、みたいな。」

 七春さんと同じくゲームが好きな上木が説明する。

「ケータイゲームでしたか。」

「面白いよ。リアルチャットもできるし、ギルドも組めるの。」

「音楽ゲームみたいに、タップするタイミングの問題だから。慣れればそんなに難しくはない。」

「一人でやってても、好きな人ならそこそこ楽しめるし。」

 上木と姫川が、七春に代わって作品を売り込んでいる。

 おかげでアニメトークは順調だった。

 本来はここでも、幽霊の姿をカメラにとらえるはずだったのだが。

 霊感を持つ八神が一緒にいるからといって、毎度のこと霊が現れるわけではないのだ。

 考えるまでもなく当然のことなので、それくらいは現場の人間は皆わきまえている。

 むしろ、トンネルやら迷路やら、当たりが多かったくらいだ。

 幽霊もこのあたりで、少し休憩してほしい。

 ちなみに、今話題にあがっているアニメでは、『前衛のはずなのにアイテム袋を持ってフィールドを右往左往する勇者』の役が七春さん。

 『後衛のはずなのに前に出たがりで短気な白魔導士』が姫川さん。

 『後衛なのに近接攻撃しか使ってくれない召喚士』が上木さんの役である。

 異世界モノでコメディに装っているが、話の本筋はドロドロの人間関係が縺れる、サスペンスホラーだった。

 もはや意味も趣向もわからない作品だったが、声優が豪華だったからウケた、という儲けモンである。

「七春センパイのキレッぷりが、すごく話題になってましたね。」

「七春さんはキレキャラがピッタリだからね。」

 ここ最近では、八神のせいでほぼ毎日キレている七春さん。

 そのうち血管もキレそうで怖い。

「七春さんは誰かの為に駆け回っているキャラが一番よく似合うよね。」

 何気なく言った姫川の言葉。

 その言葉に、上木が言葉を重ねた。

 低く、落とした声で。

「そう、誰かのために頑張れる人だから、大切にして欲しいんだよね。怖いめにあわせないようにして欲しい。」

 その目は、他でもない八神に向いていた。

 合わされた目を見つめ返す八神は、心の中でギクリとしている。

 怖い目や、危ない目には、いくらでもあわせている。

「………俺に言ってます?」

 八神はカマをかけたつもりで、

「うん。そう。」

 と笑顔で返した上木に墓穴を掘らされた。

 姫川さんが、ニコニコしながら「おいおい、撮ってるぞ~。」という念波を送っている。

 上木に釘をさされた八神は固まった。

 なんか、思ってもいない方向から、突然、槍で刺されたんだが。

「今もまさか、七春さんが一人でオバケにからまれていたり、しないよね?」

 先程の忠告するような声とは違い、今度は本当に、心から心配な調子で上木が問いかけた。

 それは実をいうと、姫川も同じことを心配していた。

 四人の声優の中で唯一視える目を持った八神が『大丈夫だと思う』と言ったので、気にしないことにした姫川だったが、心の中に気がかりではあったのだ。

「もちろん、大丈夫です。今は霊の気配も……」

 と言いかけてから、八神は

「あ。」

 と声をあげた。

 閉じていた口がカパンと開いて、一文字だけの声を発する。

 視える八神にとっては、霊の位置を把握するなんてことは別段、難しくない。

 境界の巫女と共に『怪しもの』を集めていた時は、むしろそれが自分の役割だったのだから。

 そしてこのガーデンテーブル周囲にも、今は霊の類いがいないことは確認済みだが。

 それは、それとして。

「荒天鼬の気配が消えた。」

 ふいに感じたそれは、無意識に口に出ていた。

 視る力のない他のスタッフや声優にとっては、八神のセンサーだけが頼りなので、八神の一言に大きく反応する。

「なになに? なにかあった?」

 もうすでに怖いめにあっているので、これ以上は何もいらない姫川さん。

 幽霊とか、そんなのもういいから、という気持ちが表情に滲み出ている。

「いえ、だだ、俺の霊獣の気配が消えたので、そろそろ七春センパイが帰ってくると思います。」

 というか、無事で帰ってきてくれないと、八神はこれ以上、上木にどんな釘を打たれるのか想像もできない。

 アニメトークでもたせているわけにもいかないので、そろそろパーソナリティの復帰が必要だ。

 座っている二人を残し、八神は数歩テーブルを離れた。

 上木に視線を送る。

「責任もって俺が、七春センパイを無事に連れて帰ってきますから。それまで、休憩と段取りチェックしていてください。」

 そして、消えた七春を探す指示を得て、改めてその場を離れる。

(さっさと連れ戻さないと。あの人、何気に支持率高いから、俺が釘をさされる。)

 居ても居なくても、人に迷惑をかける七春。その七春が今置かれている状況を、八神はまだ知らなかった。

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