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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
幽霊ホテルとかこえうた
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かこえうた


 一台の携帯電話。

 を、八神が拾ったことが、全ての始まりだった。



「携帯電話……、ですか。」

 と淡々と事実を確認したのは、巫女服に身を包んだ少女。久遠院雪解。

 袖もとを押さえて、八神が拾ってきた落とし物を手に取る。

 クリアな表面が手のひらに吸い付くようだ。ガラケーだった。色は濃いブルー。

 二つ折りになっている状態で発見されたらしい。

 しかも、落ちていたのは神社の敷地内だったわけである。

 青空に雲一つない、平日の午前中のことだった。

「ここで預かる?」

 と八神が言ったのは社務所のことだ。

 まさしく今、八神と雪解と荒天鼬がゴロゴロしている、この畳の間のことである。

 八神がアルバイトをしている神社は、土地の中心から少し左寄りの位置にたっていて、あまり大きい神社とは言いがたい。

 その中にある社務所は、神社のバイトの休憩時間に八神が立ち寄り、雪解と談笑などしながらゴロゴロする場所になっている。

 いや、ゴロゴロしているのは休憩時間をもて余している八神だけで、雪解はせっせと販売するお守りの準備をしていた。

 でして今は、掃除の途中で八神が拾ってきた携帯を手にしている。

「てか、誰だコイツ。」

 と乱暴に口を挟んだのは、荒天鼬。

 雪解が使役している霊獣である。

 細い体に栗色の毛。長い尻尾に反して手足は短い。シュッと尖った鼻先が、ヒクヒク動いている。

 耳は丸い。

「例の、神殿で出会ったアルバイトの方です。霊感が強いので、荒天鼬のことも見えていますよ。」

 と畳の上の荒天鼬に、雪解が律儀に説明する。

「はー、コイツが。土地の加護がないようだが?」

「西の方から、最近この土地に来られたそうです。」

 話にあがっている八神は、喋るフェレットを珍しそうに観察している。

 相変わらず、腰に上着をまくスタイルは変わらない。

「それ、喋るんだ。可愛いね。フェレットに何か憑いてるの?」

 不用意に触ろうとした八神。

 その指にカプリと荒天鼬が喰らいつく。

「なんも憑いてねぇ!あとフェレットでもねぇ!」

「ギャーッ!噛んだ!」

「さて、本題ですが。この携帯はここで預かるわけにはいきません。」

「雪解さらっと流さないで!?」

「一旦、警……」


 ピリリリリ ピリリリリ


 携帯が着信した。

 言いかけていた雪解の言葉が、途中で切れる。音に反応して、八神と荒天鼬もビクンと動きを止めた。

 無機質な呼び出し音が、正方形の室内に飽和する。

「着信です。」

 と雪解が言った。

 その通りだ。

 見たままだ。

「え、えぇ、ああ。ひょっとして、落とし主かな? 携帯無くした時、試しに他の携帯で自分の携帯にかけてみる人いるし。」

 噛みついたまま硬直した荒天鼬を叩き落としながら、八神が言った。

 着信音を頼りに携帯を探す、一般的な対処法である。

 十分に有り得る話だ。

「どこ押すのかしら……」

 他人の携帯を扱いづらそうに触って、雪解が電話をとる。

 叩き落とされた荒天鼬が、今度は八神の足に噛みついてやろうとしていた。

 攻防する八神と荒天鼬。その横で雪解は携帯を耳にあてた。

「はい。落ちていた携帯を拾ったものですが。」

 電話の向こうにいるだろう相手に、正直に申しでる。

 すると、

「おい、今どこだ!」

 と、若い男の声が横殴りにわりこんできた。

 電話の向こうはノイズがひどく、雑音が耳に痛い。男の声の背景に、辛うじて聞き取れるのは、読経の声だった。

「お寺…? お通夜…?」

 と無意識に考えていた雪解は、落とし物の携帯を拾った第三者であるという再度の弁解をし損ねた。

「早く来いよ!」

 と男が重ねて強い口調で言ってよこす。

 そしてまた、砂嵐のような雑音の向こうに経を読む音が響く。

 壊れたテープを再生しているかのように、音が途切れ途切れなのも妙だ。

「噛むなよ。」

「お前が悪いだろ…。」

 という八神と荒天鼬の低レベルな口争いが、反対の耳から入ってくる。

 急かすような言葉を投げ掛けていた電話の相手は、二言目以降は何も言ってこない。

 まるで電話をかけてきた相手がその場から消えてしまったかのように。

(さっきから、かすかに感じているこれは。……邪気?)

 やがて読経がやまないまま、電話が切れた。

 突然かかってきて。

 突然切れる。

 意味がわからない。

 雪解が電話口を離したことで、八神と荒天鼬が顔をあげる。

「あ、電話終わった? 落とし主どんな人?」

 なんにも聞いていなかった八神が呑気にたずねた。

「お話が全く出来ませんでしたが、落とし主の方ではないと思います。」

 パクンと軽い音をたてて、雪解が両手で丁寧に携帯を閉じる。

 その一つの仕種さえ、雪解の手によれば洗練された動きに見えた。

「それに、電話の向こうから邪気を感じました。電話をかけてきたのは、生きている人ではなかったのかもしれません。」

「え。」

 落ちていた携帯に、謎の着信。

 畳の間の白い壁に、沈黙が浮かぶ。

「邪気ってことは、霊? な、なんで落ちてた携帯に、幽霊から電話がかかってきたんだろう…。」

「携帯が落とされていたことは想定外で、霊はこの携帯の持ち主に、何かを伝えたかったのだと思います。」

 分析の早い雪解が、淡々と推測できる事実を述べた。

 無感情に無関心な声音だ。雪解にとって、霊が電話をかけてきたということは、あまり重要ではないらしい。

 そして、その霊の想いが、本当に伝えたかった相手には届いていないことも、たいした事ではない。

「幽霊さん、なんて言ってた? 急ぎの用だった?」

 携帯を拾ってきた張本人である八神が食い付いて、雪解は首をたてに振った。

 その様子を、荒天鼬が畳の上でゴロゴロしながら見ている。

「どこにいるんだ、早く来い。とのことでした。後ろで経を読む声が聞こえていたので、お寺かお葬儀でしょうか。」

「おおかた、墓参りに来て欲しいか、通夜の席にでて欲しかったとかのクレームだろ。」

 幽霊にも、クレームというものがあります。

「じゃ、早く携帯の落とし主を見つけて知らせてあげないと!」

 勢いよく立ち上がる八神。

 明らかに他人事である事にも、他人事以上に首を突っ込みたがる。

 その立ち上がった八神を正座の体勢のまま見上げて、雪解は首を傾ける。

「なぜ、やこーくんが?」

「だって、なんだか放っておけないし!」

 拳を握りしめキリッとしていい放つ八神に、

「放っておけばいいだろう。小僧、お前がでしゃばって何になるんだ。」

 呆れた態度で荒天鼬がツッコむ。

 的を射ている。

「うぁ……」

 力なく声を発し、八神はまた、しおしおと沈む。

「雪解は気にならないの? なんとかしてあげないと、とか。」

「それを言うなら、私たちが闇雲に探すよりも、然るべき場所に届けた方が、携帯の落とし主は早く見つかると思いますが…。」

 その通りである。

 ピンポイントに的を射ている。

「それに、『落ちていた携帯に幽霊から電話がかかってきたからお墓参りに行ったほうがいい』という話を信じる人は、あまりいないと思います。」

 八神を困らせたいわけではなく。雪解が言っていることは、真実だった。

 自分の目にうつらないものは信じない。違ったものは受け入れない。

 排他的にならなければ自己を肯定できない人間なら、八神もこれまで呆れるほど見てきたはずだ。

 そしてその真実は、この先も八神を長く苦しめる。

「雪解はお前が傷つかないように言ってくれてるんだぞ。」

 とフェレットが口を挟んだ。言われた八神は悔しいながらも、ぐうの音もでない。

 心の中で「確かにな。」とも一瞬思った。

 確かにな。受け入れられない事実を前にすると、人間は必ず目を背けて保身にはいる。

 そういう時、こちらのことはお構い無しだ。

「落とし主がわかったら、こちらにも連絡を貰えるようにしておきましょう。」

 と、気をきかせて雪解が言った。

 それがかえって、この話題の終止符になってしまい、八神はいよいよ何も言えなくなってしまう。

 部屋が全体的に小さくなった気がした。

 息苦しい。

 本当は、「それでも伝えることに意味があるんだ」とか、「視えている俺たちは嘘は言っていないから、堂々としていればいい」とか、もっともらしいことが言いたかった。

 ただ、それを言って雪解を困らせるのは嫌だったし、変に思われたくもなかったので、不本意ながらそれらの言葉を飲み込んだ。

 八神も人のことは言えない。

 結局、自分も保身にはいった。

(ダッセェ……)

 と心の中では思っている。

 この頃からどことなく、人も自分も信用ならなくなった。八神自身はそのことに、気がつく術もないが。

「そういえば、やこーくんの休憩時間はもうすぐ終わってしまいますが。昼食はキチンとお召し上がりになりましたか?」

 話題をすりかえるように、雪解が言った。

「あー。」

 と八神は返事になりきっていない声をだす。

「まだ、だけど。まぁ、いいかなぁって。」

 特に何を食べても美味しいとは思わないし。

 生きる気もやる気もないし。

「そうですか。」

 と雪解は首を縦に振った。

 特にそこから何か会話を広げたかったわけではないらしい。

 ただ、事務的に事実を確認しただけだった。

「うん。そうだよ。」

 と八神は返した。それには何の意図も感情もなかった。

 その機械的な自分の声を聞いて、ようやく何か思い直したのか、八神はあわてて付け足す。

「でもいつか雪解を誘って、中華料理とか食べに行きたいな。それくらいは、いいだろ。」

 実のところ、そんなものを食べて美味しいと感じたことは一度もないが。




「美味しいっ!」

 と八神が言った。

 移動中のバスの中だ。車内で弁当なんぞ食べていた八神は、口のまわりが油でテカテカしている。

「すごい美味しいです!これなんですか?」

「春巻き。」

 と短く返すのは七春。

 八神の隣の席に座って、モリモリ食べる八神を観察している。

 ちなみに八神がワシワシ掻き込んでいるのは、七春が作ってきた弁当である。

 最近、ありえない時間帯に、やたらと霊に絡まれて深夜徘徊する機会が増えているので、お腹が空いた時用に作っていたものだ。

 七春さんはどんなに夜更かししても、翌日には朝早くから家をでないといけないので。

「うん。本来なら半分は俺のなんだけどね。」

 と言った七春の真横で、八神の口の中に吸い込まれるように春巻きがヒュッと消える。

「ふぁんですか?」

 頬袋がいっぱいになっている八神が顔をあげた。「なんですか?」と問いたいらしいが、今はそれが出来ないほど口の中がいっぱいになっている。

 弁当箱を抱えこむようにして、大事に大事にもつ八神。

「いや、まぁ……、八神くんが要るって言ったらわけてあげるつもりで、八神くんの好きなものも色々作ってきたから、いいけどね。半分は俺のなんだよ?」

「えっ!?」

 残り少ない貯金を全て引き落とされていたような絶望的な顔をする八神。

「い、要りますか……?」

 パカ……と口をあける。中にはグチャグチャになった春巻き。もはや描写し難い。

「要らない。あと見せなくていい。」

 と目を閉じて諦める七春。

 相変わらずのテンションを現状維持する八神と七春を、ゆらゆらと揺らしながら運ぶ車。

 道中のトンネルで見事に幽霊をカメラにおさめた一行は、調子よく次のロケ地に向かっていた。

 トンネルでの撮影のため深夜に移動していたので寝ていればよかったのだが、

「つか、寝れるわけないから。」

 結局、八神も七春も一睡もしなかった。代わりに持ち込んだ雑務はかなり片付いた二人。

 深夜の撮影からしばらく走り、早朝にはホテルにつく予定だ。

「どんなホテルなんでしょうね?」

 口いっぱいに幸せを詰め込んだ八神が、何気なくたずねた。

 この場所に来る前の説明を全く聞いていなかった上に、資料もマトモに読んでいないことが露呈する八神。

「八神くんてなんの準備もせずに来るよね。」

「準備はしてますよ!今、エネルギーを貯めてました。」

 食べ終えた弁当の蓋を、寂しげに閉じる。

 その八神を怪訝な顔で見ながら、七春は仕方なく説明するために口をひらいた。

「俺たちがこれから行くのは、『かこえうた』っていう幽霊ホテルだよ。わりと昔からある古いホテルらしいんだけど、怪奇現象が多発するらしい。」

 亜来がポルターガイストの宝庫だと言った場所である。

「かこえうた…。」

 八神が短くつぶやく。

「子供の頃はよく聴いた覚えがあるけど、今じゃ懐かしいよな。」

「センパイはこの歌の全てを知っていますか?」

 意味深に、八神が問いかけた。

 『かこえうた』はだいたいの子供が何故かだいたい皆知っている、有名な歌だ。

 歌詞は頭から終わりまで、意味のわからない言葉の羅列でできている。

 特に意味のない子供の遊び歌である。

「意味は特にないだろ。子供が手をつないで輪になって、グルグル回るだけの遊びだし。」

 それから何気なく、七春は件の『かこえうた』を口ずさみはじめた。

 子供の遊び歌程度でも、音感のいいイケボの持ち主が歌うと慎ましく厳粛に聴こえるというミラクルが起こる。

(この人に似合うな、反魂歌…。)

 口にはださず、八神はボンヤリとその歌声に耳を傾けていた。

 朝にはロケ地に到着する。

 心霊声優・七春解と霊感少年・八神夜行が今回挑むのは、騒がしい霊、ポルターガイストだ。

 怪奇現象をカメラにおさめ、そして無事に帰ってくることができるのか。

 幽霊ホテルに向かう一行を誘うように、『かこえうた』は響いていた。



 囲え 囲え 


 加護の中の鳥居は  いついつ出やる


 宵明けの番人  弦と瓶が統べた


 後ろの少年  だあれ?

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