挟まって、動かなくなりました。
まず、七春センパイが霊木を持ってトンネルの外に走ります。
したら、あのオッサンが追いかけてくるので、そのままここまで連れてきてください。
オッサンの意識的には、パトカーに追いかけられている展開のはずですので、そのへんは俺がフォローいれますから。
春にやった、トイレの女霊の時と同じです。持って、走って、掴まれる、できますよね?
「掴まれるのは嫌だもん!」
豪快に否定した七春は、ギュッと握った霊杖を離さない。
頑なに離さないそれを、八神がベリッと音をたてて引き離す。
「や!」
と悲鳴をあげる七春。
に、
「やる気あるんですか?」
と八神が絶対零度の視線を突き刺す。
「やる気ならあるよ!でも怖いし、とり憑かれたら嫌だし、」
「俺というものがありながら、まさかそんなヘマをするとでも。」
「うぅ……」
その説得に、思わずたじろぐ。
霊杖を肩に担いだ八神が、下から七春を見上げていた。手は霊木をつきだしている。
その瞳は、探るように深くまで、覗きこんでくる。
「やる、やらない、は個人の意志です。強要はしません。ただ、やるというなら付き合うし、アンタを一人にはしない。」
濡れた道路に光が反射して、路上は氷上のように輝いていた。
うう、と低く唸る七春。相変わらず意気地の「い」の字もない。
その七春が、躊躇いながらも、枝の先をチョコリと握った。
「……頑張るから、今度はちゃんと護ってくれよな。」
「そこ、ちゃんと握ってください。」
「やっぱり意地悪!」
というわけで。
キャストやスタッフを退避させた後のトンネルに、八神と七春だけが残る。
霊を救うためだった。
風が抜けていく音が、ゴォォンと大きく響いている。
見上げるコンクリート壁は、斜めに傾いでいるように見えた。
「八神くーん、いくよー。」
と出した声が少しうわずった。
が、それに気がつかなかったかのような平凡な風で、
「はい、どうぞー。」
と八神は合図を出す。
片手には霊杖。先程まで持っていた霊木は、今は七春の手の中にある。
壁に手をついて、一人トンネルの内部へ進む七春の手の中に。
霊を救うための作戦として、霊を引き付ける力のある霊木を持った七春のみが潜入。
八神は外で待機している。
淡い光をほのかに放つ枝は、温かい体温を持っていた。それ自体が、息をしているように。
(八神くんは、霊を助けようとする前はいつも態度が悪いな。いや、嫌ではないけど。)
とか、考えながら進む。
別段、七春は、八神の態度が気に障ったことはない。
いやいや、いつも気に障っているから、いちいち気にならないという方が正しいか。
でもそれだと、日本語が変だな。
とにかく、嫌ではない。
(八神くんは、自分が何も救えないってよく言うけど、俺はそうは思わない。)
そして、それを八神に気づかせてあげたいと思っているし、できれば自信持てよと言いたい。
何故そこまで八神について考えているのかというと、その理由はわからないんだが。
なんとなく。である。
(なんだろう?俺の理想の八神くんとの会話はもっと、こう……違うんだよな。)
「トンネルに閉じ込められて、毎日パトカーに追いかけられている霊なんて可哀想っ。センパイ、ここの霊を助けたいので、お手伝いしてくれませんか?」
「お安いご用だぜ!でも、八神くんから『霊を助けたい』だなんて、珍しいな?」
「俺は俺の意志で動いてるだけ!センパイに感化されたわけじゃ、全然、ないんだからねっ!」
「はいはい、わかったよ。じゃあ、行こうぜ!」
(…………って、感じなんだよなぁ。)
かなり気持ち悪い想像である。
かなり気持ち悪い想像を一人でしながら、七春は霊木を手に進んでいる。
実際に八神がそんなことを言い出したら、京助などは驚愕のあまりひっくり返るに違いない。
ただ、七春の理想の八神をもし仮に言うとすれば、そんな感じなのです。
(あー、でも八神くんはある程度グダグダで毒舌で、……でもなんだかんだ最終的には助けてくれる八神くんがいいしな……。てか、そんなこと俺が考えたからってどうなんだよ!)
よくわからなくなって、ワーッと七春は頭をかきむしった。
バカだ。
考えごとをしていると、足が早くなるため、ぐちゃぐちゃ考えているうちに歩は進んでいる。
壁をなぞっている片手に、ザラついた感触が伝わる。
オレンジの光に包まれて、電子レンジに放り込まれたような景色だ。
入口から四分の一ほど進んだところまで歩いてきていた。
トンネル内部は、天井があるため雨は入らない。それでも外から、濡れたアスファルトのニオイが漂ってきている。
外は、変な雨だ。
オゥオゥオゥ……
その声をきいて七春は現実に戻ってきた。
一度めに霊に出会った時に聞こえていた声だ。
今回は出現、めっちゃ早い。
「にゅっ!八神くん!出たよ!」
後方に叫ぶ。
「くそっ。俺を刺した蚊のやつ、どこ行った? ブッ殺す…。」
「八神くーん!聞いてるー?」
「あーはい、聞いてます。どうしました?」
「聞いてないじゃん!」
苛立つ七春さんの前に、それは再び姿を現した。
今度は人影じゃない。
上から下までしっかり姿が見える。
人だ。
白のタンクトップに汚い作業着。そして、首にはタオル。
八神がいつだったか言っていたことを思い出す。
(霊は自分の存在に気がついてほしい時や救われたい時に、姿を現すんだったな。)
明確に、救われたくて七春に接触してきているということだ。
八神の隣にいると、全然要らない知識がどんどん身に付いていく。
前に進んでいた体勢のまま、再び七春は固まった。
霊木を胸に引き寄せる。
歩道の上に立つ七春から少し離れた位置の、道路に立つオッサン。
突き出た腹は見えるが、俯いているため顔は見えない。
乾いた唇の隙間から漏れている、この音は止まらない。
呼吸すら苦しそうだった。
「はよ助けんと。」
七春の声が、ドーム状の壁に反響する。
ねじまがって響いた。
体が重い。
「出ました、走って!」
入口にたつ八神から指示が飛んでくる。
クルンと向きを変え、七春は弾丸のように走りだした。
八神の立つ入口に向かって戻りだす。
「こっちだよ!」
シャカシャカ音をたてて、霊木を振る。霊の食い付きを良くしようと、無意識にやったことだ。
その無意識の行動にしっかり食い付いた作業着のメタボが、太い足を動かして追いかけてくる。
いや、霊木に惹き付けられて、同じ方向に走っているだけだ。
実際は逃げている。
七春は今、磁石を持って走っているような状態なのだ。
そして春先に公園の女霊を助けた時のように、このメタボも外まで連れ出さなければいけない。
(出来る!だいじょぶ!一回やったことだし!)
距離にして五メートル後方を、実体のない霊が走っている。
肝心の八神はというと、入口からトンネル内部に走り込んできていた。
「そのまま走ってください。」
七春とすれ違って、自分はさらに奥へ行ってしまう。
「………っ?」
すれ違いざまに言われて、聞こえたままに七春は走った。
ちなみに七春さんは最近、全力疾走が多い。
七春とすれ違った八神は、さらにオッサンの霊よりもトンネルの奥へ。
そこで、霊杖を地面にたてる。
「はいはい、こっから先は行かせませんよ、と。」
丁度道路の真ん中だ。地面にたてた杖の先から、淡い光が広がる。
平面ではなく、今回は立体だ。
壁の形に成るように、縦に吹き上がる光。
八神には、そこになにかが見えていて、それを止めようとしていた。
「八神くん…。」
光の壁と八神を後ろに、七春は木の枝を持って入口に走っている。その後ろにメタボのオッサン。
オゥ オゥ オゥ……
すごい苦しそうだ。
脂肪が多めのオッサンが全力疾走していると、なんか応援したくなってしまう。
「頑張って! 走りきったら唐揚げ弁当とかハンバーガーとかピザとか食べていいから!」
食物で釣る七春。
横っ腹を押さえてヨロヨロしているオッサンが憐れで仕方ない。犯罪者の霊だとか横に置いておいて。
とりあえず、頑張れと言いたい。
「が、頑張れ!頑張れ!こっちだよ!」
自分も息をきらしつつも、応援しながら先導する。
春先の初トライの時より余裕があるみたいだ。
その七春の声を背中でききながら、
「なにおもっくそ情かけてんだ、あの人。」
八神は呆れてつぶやく。
それから八神は、腰に巻いた新品の上着の下からマイ塩の包みを取り出した。
破って、中身を虚空にぶちまける。
「神威!」
八神の声が、足音の散らかるトンネル内を駆け抜けた。
バチン!
と音をたてて、空気が裂ける音がした。
何も無かったはずの場所に、ふいに眩しいヘッドライトの明かりと共に浮かびあがる、一台の車。
パトカーだった。
フロントガラスは真っ黒に塗りつぶされている。
「これから逃げてたのか……。」
オッサンの霊が追いかけられていたのは、このパトカーだ。
エンジンが唸りだした。車全体が、ブルンと震える。
それを見た八神はあわてて、後ずさりから、駆け足で歩道に入った。
(まだ追うよな…。)
八神の予想通り、現れたパトカーは、すぐさまアクセルを踏んで前進する。
オッサンを捕まえるためだ。
あのオッサンが何をしてパトカーに追いかけられることになったのか、今から知る術はないし、八神はそんなことに興味はない。
タイヤが殺人的な音をたてて回転し、急発進。
一直線に、七春とオッサンの背に向かって飛び出す。
しかし少し進んですぐに、八神のたてた霊杖の光にクラッシュした。その為に立てていた霊杖だ。
このパトカーを止めるために。
ビルの取り壊し工事のような大音量。パトカーの車窓ガラスが砕ける。
「八神!?」
一方で、葉っぱのついた枝を持ったまま、七春はトンネルを出た。
左右の壁がなくなり視界があける。完走した。いえーい。
ガラリと、空気がかわり、空から霧雨が襲う。
後ろからの唐突な破壊音に、すぐに振り返った。
(八神くん…?)
振り返らずに走った七春には、後ろから聞こえてきた音意外に情報はない。
八神が何かを止めようとしていたのは確かなはずだが。
とはいえ、背中越しに謎の破壊音を聞かされ、そのうえ八神の姿も見えなかったら。
何かあった、と察知する。
(なんか止めたのか…!?)
頭の中が空白になって、連れてきた霊のことすら忘れた。
トンネルの中間ほどのところには光の壁があり、追突したパトカーが見える。
車の前部に大きく凹みがついていて、割れたガラスが散っていた。
ナルホド追いかけてきていたパトカーは、霊杖で力任せに止めたらしい。霊が逃げ切る手伝いをするということは、霊を外に導く役と、霊を追いかけてきていたパトカーを止める役。
二人いて初めて出来ることだったようだ。
するところ八神も、霊杖の光とパトカーの近くにいなければならない。はずだが。
「ウソ!八神くん!」
八神が見当たらない。
狭いトンネル内でパトカーが光の壁に衝突すれば、それはすさまじい衝撃だろう。巻き込まれたらタダでは済まない。
八神はちっちゃいから大丈夫かな、隙間とかに逃げこんでるかな、という考えが浮かんで消える。
パトカーの足下で、真っ直ぐ立てたはずの霊杖が、斜めに傾いでいた。
助けたいと七春が言った霊。
まさか、その霊の代わりになって、八神がパトカーの下敷きになったなんてことは、
「………八神っ。」
心臓が、本来なら脳みそが入ってるあたりの位置で、パクパク鼓動している。
頭に響く早鐘。
目をこらすが、赤チェックが見当たらない。
(嘘やん。)
七春は、再びトンネル内部へ駆け出した。
嫌な予感が、ほんの一瞬胸の中を横切った。まさかとは思うが、パトカーと霊杖の光の壁との衝突に、巻き込まれていやしないか。
もしそうだとしたら、助かりそうにない。
八神の安否を確認しなければ。
「にゃはあ!」
と、声がして。
正面から水平飛行してきた何かにぶつかった。
「ん?」
胸のあたりにぶち当たったそれは、比較的小さい。
ぶち当たったまま胸にへばりついているので、手の平の上に乗せてみる。
「イキナリ動き出さないでくださいよぉ、七春センパイのばかぁ。」
と喋るそれは、ワインレッドの羽を持つ、蝶だった。
見覚えがある。煽子の村に行った時も、この姿で登場した。
物質的な体から抜け出した八神だ。
「八神くん!」
蝶スタイルの八神だった。
相変わらずちいさい。
一瞬でも悪い想像をした七春は、大きく安堵の息を吐いた。
「よ、よ。よかった。生きてた。一瞬焦ったぜ!バカ!」
「一瞬焦らせてしまってすみません。」
「なんで、蝶?」
安堵と不安の入り雑じった中途半端な笑顔で七春がたずねた。
なんか、嫌な予感がする。
体を抜け出すということは、体を持ってこれなかったということだ。
「いや、なんか壁と車の間に体が挟まって、動かなくなりました。」
ス プ ラ ッ タ ム ー ビ ー
「ぎゃああああああああああ!!」
七春が叫んだ。
「かっ、壁と車の間にっ……!? ひいいいい!」
想像して悲鳴をあげる七春。
「や、なんか、引っ張っても動かないし、抜けれないしで。今、どうなってんのかなー。って思って、体抜け出して外から見たら挟まってました。」
「自分の体を客観的に見てんじゃねーよ!怖いわ!」
手の中の蝶に向かって怒鳴る。
もし本当にそんなところに八神(の、体)が挟まっているのだとしたら大変だ。
「すぐに八神くんの体を回収してこないと。」
「ちょっと待ってください。」
無機質な八神の声が飛ぶ。
雨が降りかからないよう、七春が片手で屋根をつくってあげる。
その下で、八神は七春を見上げて言った。
「あのパトカーに実体はない。あれは追いかけられていた霊の意識が作り出したものなので、霊が成仏すれば消えます。」
言われて思い出す。
七春が霊木を使って導いた霊。メタボな作業着のオッサン。
一緒に完走したはずだ。
「あーはっはっは!愉快、愉快!」
ふいに、笑い声がした。




