表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
トンネルと怪し物
51/137

しっかり握ってくださいね


 トンネルの中に人がいるのが見えた。

 それは、人影などという曖昧な表現をされるようなものではなく、確かに人だった。

 男だ。

 というか、オッサンである。

 丸い輪郭に短い髪。無精髭。

 首には汚れたタオルをかけていた。

 アンダーは白のタンクトップで、上から作業着のようなものを着ている。薄汚れたそれは泥がはねていた。

 全体的に、小汚ないオッサンのイメージだった。


 オゥオゥ オゥ オゥ


 声が聞こえる。

 声なのか、なんなのか、よくわからないが。喋ろうとして声に成りきらないような音だ。

 男は、走っていた。

 後方を気にしながら走る。

 だから、体の向きに対して首の向きがあっていない。

 後ろからはサイレン。

 赤色灯を光らせ、殺気をまとってパトカーが追いかけてくる。

 街中でもたまに見かける、見慣れた白黒カラーだ。人生がいくら長くても、できれば死ぬまで追いかけられたくない車である。

 警察車両。

 男は逃げていた。

 泡も食えないほど、喉はカラカラだ。足元もおぼつかない。

 まともな声もでない。

 息を吸うと、変な音をたてながら、辛うじて肺に入り込んでいく。

 少しメタボ体型の男は、無駄な脂肪をブルンブルン揺らしながら、必死にトンネルの出口を目指していた。

 光のさす出口は、もうすぐそこだ。

 だが、相手は車。走って逃げきるのは、難しい。


 オゥオゥ オゥ……


 喉が空気を吸ったり吐いたりする、苦しそうな声を引きずりながら、男は走った。

 もう、右も左も構っていられない。

 車道を縦横無尽に走る。

 そして、

 トンネルの出口側から走ってきた車が、猛スピードで男と正面衝突した。

 吹き飛んだ男は宙を舞って地面に落ち、追尾してきていたパトカーの急ブレーキも間に合わず、今度はパトカーの車体の角に殴られた。

 地面を転がって、壁に当たって止まった。

 

 唐突に現れたそれは、その瞬間に消えた。

 まるでそこには初めから、誰もいなかったかのように。

 



「え!?」

 と、上木が声をあげる。なんの前触れもなく。突然に。

 でして、また黙りこむ。

 ので、

「なんなの。うるさいよ。」

 と七春が短くコメントした。

 普段、人のことをとやかく言えないほどウルサイ七春。

 時刻は深夜二時をすでにまわっている。

 粒の細かい霧吹きのような雨が降っていた。

 足下はビジョ濡れだが、それほど強い雨ではない。

 真っ暗な国道を撮影用のライトが照らしている。

 横たわる道路を飲み込むトンネル。

 その前に集まっている、キャストとスタッフたち。


 心霊ロケにてトンネルに潜入して間もなく、さっそく霊が現れていた。


 写真を撮れば顔がうつりこみ、七春が単独潜入をすればカメラにバッチリ姿がうつった謎の幽霊。

 もともとは七春がパーソナリティをつとめる声優ラジオから派生したこの心霊ロケ。

 最近、心霊ネタが多くでてくるラジオにちなんで、心霊スポットにマジで行っちゃおうという、イッちゃってる企画である。

 そして、これだけ不可解な現象が起きてくれれば安泰だ。

「な、なんかいた!」

 そう言って、トンネル内部の路上を指さす。パーソナリティ七春の親友、上木詩織。

 霊感は、全くない人だが。

「なになに、もー。ホントにやめて。」

 こういった現場には慣れていない姫川が、心から怯え、震え上がる。

 七春が霊に遭遇してきた直後だ。立て続けに、今度は上木が騒ぎだす。

 国道に腰を下ろす巨大な口。このトンネルに何かがいることには、間違いないが。

「何かって、何? てか、詩織くん幽霊見えたっけ?」

 七春が不思議そうに問いかけて、

「見えない、見えたくない!」

 というもっともな意見が返ってくる。

 手を振り振り、否定する上木。

「………何が見えましたか?」

 集められた四人の声優の中、唯一視る力のある八神が、不思議そうに聞き返した。

 上木が見たものが幽霊ならば、当然ながら八神にも、その姿は見えているはずだ。

「いや、なんか、七春さんの言うようにオッサンだったと思う。首にタオルかけていて、作業着みたいなのを着た人が、パトカーに追いかけられていたよね?」

 いたよね?と言われても、全く見ていない姫川と七春は、カクリと首を傾ける。

 そして視えているはずの八神も、一拍遅れて首を傾けた。

「あれ!? 見えなかった!? うそーん!」

「というか、七春センパイが遭遇した霊なら、霊杖の光に怯えて奥の方に行ってまいましたが。それに、霊ならともかく、パトカーとは?」

 パトカーはパトカーである。

 車である。

 幽霊になったりはしないだろう。

「あ!」

 今度は七春が声をあげる。

 上木の次は七春だ。

 また何か霊的なものが見えたのかと、怯え半分、姫川はウンザリしている。

 誰だってそうだが、これ以上怖いめにはあいたくない。

 天気も、幾分悪い。

「今度はなんですか?」

 手にしている杖で肩をトントン叩きながら、八神が七春に問うた。

 七春はピシッと上木を、正確にはその腰のあたりを、指さす。

「詩織くんが持ってるそれ、ユーミン!」

 上木の腰のベルトに挟みこんである、黒焦げの棒に弦が垂れ下がっているもの。

 弓だからユーミン、と七春が安直に名付けた怪しものである。

「鞄に入れてたのに! てか、それは普通の人が持ってたら危ないんだぞ!」

 ユーミンは、七春が他に持っている怪しもののマッキーよりも自然回復力が乏しいため、七春が鞄に入れて保護していた。

 やはりマッキーと同じように、名付けた七春が傍にいないと危険だと八神は言う。

 が、

「七春センパイが傍にいるうちは大丈夫ですよ。」

 と八神がすかさずフォローを入れた。

「それよりも、上木センパイがこれを持ってるということは、幽霊を見たというのは、もしかすると……。」

 八神が言いかけ、

「そっか!記憶だ!」

 七春が秒速で閃いた。

 コロコロ展開していく会話に、乗りきれない上木と姫川。そしてスタッフたちが、ざわめく。

 一体、今何が起きているのか?

 上木にも見えたオッサンの霊とは?

 この場所にいて、我々は安全なのか?

「何? ヤバイの? 真剣にもう嫌なんだけど。」

 姫川さんの顔が蒼白なので、意地悪な八神も、ここは焦らさない。

 説明しますね、の一言で全員の注目を集める。

 そしていつも通りの明るいテンションを無理矢理呼び戻してきた。

 結論を述べる。

「上木センパイが見たのはおそらく、この場所に残っていた記憶です。一時的に爆発した強い感情は、その場所にこびりついて残ることがあるんです。」

 七春はふいに、夏祭りの日を思い返す。

 遊歩道のはずれにある縦穴に落っこちた時、自分が見たもの。

 それは、いつのものかもわからない、八神の記憶。

 まだ七春に出会う前の八神の、後悔や孤独、疑心が土地にしがみついて残されていた。

 まだ頼りない、弱々しい八神の姿。

(アレと同じように、ここにも記憶が残っていた。)

 そして、その記憶はおそらく、ここにいる霊と同一人物だろう。

 写真に写った霊と、七春が出会った霊。

 そしてユーミンを偶然手にしていた上木の見た記憶。

 共通点は、『首のまわりにモヤモヤしたものがかかっているオッサン』だ。

 全く同じ男が、あらゆるパターンで目撃されている。

 偶然ではないはずだ。

「上木センパイが持っているそれは、本物の霊的アイテムで、『怪しもの』といいます。その場に残る記憶を、可視化する力があります。便利なんですよ!」

 八神が明るく言い放つ。

 明るく言い放つが、内容はいたって奇妙。

 にわかには信じられない発言だ。

「つまり、詩織くんが見たのは、ここにいる霊が生きていた頃の記憶、か。死ぬ直前の強い想いが、ここに残った。」

 七春が冷静な口調で喋っている。

 と、気味が悪い。

 なんだか天井が下になって、床が上になったような感覚だ。あのバカな七春が冷静に解説するなどと、なんの前触れかわからない。

 その場の全員が、ムズムズするような違和感を必死にこらえた。

 そんな中、八神が七春にそっと何かを耳打ちし、七春は軽く頷く。

「ちょっと、きいて!」

 とパーソナリティが一声あげれば、視線が集まる。

 いい加減、雨に濡らされてシャツが体にはりついてきた。

「これ以上の調査は危険と判断し、ここでトンネルでの撮影は中止にします!」

 トンネルへの侵入を防ぐかのように、片手を前につきだして、七春が言った。

 こうして指示を出していれば、本当に心霊声優であるかのようだ。

 だが実際は、八神の指揮である。

「俺と八神くんで残って、霊がロケについて来ないようお祓いしますので、みんなはバスに戻って待機!オッケー?」

 さすがは声優なので、そういう演技は得意な七春。

 そして七春は、アドリブに強い。

 一同、顔つきが深刻になったものの、反論は上がらなかった。

 重ねて言うが、こういうロケをやっていても、霊の類いを信じている人ばかりではない。

 だが今になっては、そういうようでもなかった。

 誰もが疑わなかった。

 この場に存在する恐怖を。

 つまり撮影を中止するのは単純に、その恐怖が自分に降りかかることだけは避けたいということだ。


 こうして、世に公開される、『声優ラジオから派生した特別企画』としての動画の撮影は終わった。




 で、

 ここからは公開されない部分になるわけだ。

 七春のウマイ言い訳通りに、八神と七春の二人だけが、件のトンネルの前に残っていた。

 カメラはないが、照明だけは残してくれているおかげで心強い。

 上木や姫川などのキャストを含め、その場の全員が退避した後だった。

「結局、こうなりますか。」

 と眠そうな顔で言う八神。

 交通がないのをいいことに、呑気に道路に突っ立っていた。

 時刻はいよいよ、大変なことになっている。

「八神くんと俺で対処するっていう、いつものパターンねー。」

 という七春も、先程まではビビりまくっていたくせに、今はふわふわと大あくび。

「眠たいですか?」

 八神がたずねる。

 こんなやりとり、前にもあった。

「うーん。俺、ラジオやってから来たから超眠いんだよねー。車の中でもあんまり寝てないし…。」

 と言ってウトウトし始めるので。

「みゃあああああ!!」

 と八神がわざと大声をだす。意地でも寝かせないつもりである。恐ろしい。

「センパイがあの霊を助けるって言うから、俺はここにいるんですよ。センパイが寝ちゃうなら、俺は帰りますからねっ!」

 八神からすれば、霊なんてものは日常的に視る光景だ。

 それをいちいち、遭遇するたび助けようとはしない。

「だいたい、上木センパイの話が正しければ、パトカーで追いかけられて死んだ霊ですよ。犯罪者じゃないですか。わざわざ助けてなんの意味があるんですか?」

 相手が七春である時点で答えはわかりきったような質問だが、八神はあえて口にした。

 案の定七春は、ごく当たり前な顔でこう返す。

「死んだ人間助けるのに、いちいち意味とか要らないだろ。別に犯罪者でも変態でもいいじゃねぇか。」

「変態はさすがにマズイでしょう。どんだけノーガードですか。」

「いいから、早くなんとかして。本格的に眠くなってきた。」

 本格的に情けない台詞の七春。

 ため息をついて、八神は持っている霊杖を七春に押し付けた。

(……なんて、予想通りの回答をする人だ。)

 そして、空いた両手をパタンと合わせる。

「うつしよから妖しものをお頼み申す我が名は、神木を奉じ境界の巫女の命を継ぐ者なり。」

 八神の小さい手のひらから、ニョキンと飛び出す艶のある濃い緑の葉。

「神命に於いて疾く成しませ。……さ、七春センパイ。こっちをどうぞ。」

 八神が自身の手から引き抜いたのは、細い木の枝。

 それが何かは、すぐにわかった。

 七春はその枝に、よくない思い出がある。

「や、やだっ。」

 霊杖をギュッと両手で握りしめ身を引く七春。

 に、詰め寄る八神。

「一番初めに教えたやつだから、ちゃんとデキますよね?」

 怖いくらい優しい声で、問いかけてくる八神。優しい笑顔も、八神の顔に張り付いていると、サタンの微笑みに見える。

「そ、それ、最初の時の枝だろ…。」

 とても悲しい声で七春が訴える。

 春先に、この小さな枝を使って、トイレの霊を助けだした日の記憶がよみがえった。

 足にしがみつく、丸焦げの女霊。

 八神の手に握られているのは、『霊木』だ。

「はい、しっかり握ってくださいね⭐」

 八神が満面の笑みで言った。


 トラウマ、ふたたび。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ