参考になりました。
「八神夜行の囮大作せーん!」
少しでも眠気に対抗するため、作戦名を元気よく叫ぶ。
心霊ロケのゲリラミッションに立ち向かう八神。
その横に、遠い目をした七春。心霊声優として売れてきた七春さんには、今後の進行が任されている。
さらに上木と姫川が並び立ち、トンネルの開口部に再び四人がそろった。
「このロケのスゴいところは、特になんの説明もなく、とにかくやってくれっていう空気をかもすところだな。」
行き当たりばったりのユルーイロケである。
「指示ないもんな。」
姫川さんと上木さんの呆れた感想に、七春さんはさらに遠く、北極のあたりを見つめる。
対処する気はないらしい。
「で、具体的に俺をどうしたいの。」
と七春が八神に問いかける。
「具体的にセンパイをどうしたいのかというと、ですね。」
七春の言葉を借りて八神が答えた。
「七春センパイには頑張って霊と遭遇してもらって、追いかけられてもらおうと思います。」
「思います。じゃねーよ。」
「ドヤッ」
「ドヤ顔やめろ。」
八神のドヤ顔を優しく叩く。七春の顔に、焦りはない。
春先に八神と出会ったばかりの七春なら、たぶんこの時点でパニックだろう。今は、だいぶ慣れてきたというか、『八神くんがなんとかしてくれるヨネー』と思っているというか。
「というわけで、まずトンネルの中と入り口の二ヶ所にカメラを設置。上木センパイたちは外でカメラをモニタリング。」
八神がテキパキと指示をだしていく。
「俺は入り口のすぐ脇でひかえてますんで、センパイは安心して追いかけられてください。」
「嫌だわ!」
ツッコむ七春。
「安心して追いかけられてる俺が想像できねぇわ。八神くんがフォローしてくれるとして、追いかけられる俺はどうしたらいいの。逃げたらいいの?」
「逃げてくれてもいいし、立ち向かってくれてもいいですよ。」
「逃げます。」
即答した七春。
とゆーわけで、トンネルの前には七春一人だけがスタンバイした。
少し離れたところに八神がひかえていて、さらに後ろには上木と姫川が見守っている状況だ。
「うつしよから妖しものをお頼み申す我が名は、神木を奉じ境界の巫女の命を継ぐ者なり。」
丁寧に唱えて、八神が手のひらから取り出したのは霊杖。
八神がそれを両手で握ると、杖の上部についた金の輪の飾りが、シャリンと涼やかな音をたてた。
厳かな金色が、夜闇に映える。
「神命に於いて疾く成しませ。……さあ、センパイ。僕の靴紐は準備オッケーなんだからね!」
ふいに声のトーンをあげ、機嫌よく八神がルエリィボイスで宣戦布告した。
「解せぬ。」
と往生際の悪い発言をしたものの、この場所で動画を撮れる時間も限られているので、七春は地味に歩きだす。
トンネルの中の様子が分かるよう、カメラは二つセッティングされていた。
八神の指示通り、入り口と中程の二ヶ所だ。
入り口のカメラは俯瞰になるよう設置されていて、今は歩いてきた七春の頭のてっぺんがうつっている。
その映像がそのまま、上木や姫川の見るモニター画面に転送されていた。
「七春さん、頑張って~。」
と上木が冷静に冷酷な指示をだしているのは小型無線。
自分で霊が見えないタダの一般人の七春さんは、無線から貰った指示で動く作戦だ。
「じゃあ、逝くよー。」
最後に八神と『逝ってらっしゃい(笑)』『逝ってきます(泣)』のアイコンタクトをかわし、七春は一歩めの足をだした。
足音が大きく響くと、
それだけで心臓が、締め付けられる。
「とりあえずさぁ、歩いてるからさぁ、」
恐怖をまぎらわす目的か、勝手に喋りだす。落ち着きのない七春さん。
「なんかあったら指示だしてよ。」
という雑な要求をする。
歩き出しても、特に周囲の空気に変化はない。小さな微粒子たちが、七春の動きに合わせて踊るだけだ。
行く先を強要するかのように、まっすぐ並ぶライトが、先まで続いている。
要塞のような、灰色の壁。
(明るいから、怖くはないけど…。)
心許ないような。
異様な孤独感。
ザザッとノイズのはしる音がして、今度は代わって姫川から指示がとぶ。
「とりあえず、真ん中まで歩いていける?」
「……真ん中ね?」
左右にくまなく視線をはしらせながら、七春はぼちぼちトンネルの歩道部分を進んだ。ためしに壁なんぞに手をあててみると、ヒンヤリと冷たい。
死体のような温度だ。
(トンネル抜けたら異世界でした、なんて話はベタなんだがな。)
トンネルを抜けたら、まず間違いなく足下は道路の延長で、どうせ向こうも霧雨だろう。夢をみている場合じゃない。
対処すべきは、現実だ。
このトンネルに出ると言われている霊と遭遇し、何故この場所にとどまっているのかを確認しなければならない。
「今のところは、何もないかな。」
何気なく振り返ると、八神はちゃんと入り口にいた。
何かあれば、あそこまで駆け足で逃げ帰れば、霊杖で助けて貰えるはずだ。
かといって安心して追いかけられろというのも変だが。
「………よし、頑張れ、俺。」
励ましはセルフの七春さん。
一方停車した車の傍で、モニター画面ごしに七春の動きを監察していた上木と姫川は、画面のある異変に気がついていた。
それは、しつこい画面の乱れ。
何らかの機材トラブルなのか、波打つ画面。
歩く七春を俯瞰にうつす映像が、絶えず揺れている。
「バグってるね。」
なんとなく小声になって姫川が言った。
こういう企画の、こういう場面だからか、原因は一つしか思いつかない。
怪奇現象。
発生がめっちゃ早くて、番組的には理想的だ。
「七春さんには黙っておこう。」
もみ消す上木。
なんにも知らない七春さんが、幽霊と接触するために一生懸命カメラの中を通りすぎていく。
この現象を知れば飛んで逃げ帰ってくることだろう。
七春さんは最近、本当にこういった霊的なモノを引き寄せまくっている。
「こういうのって、やっぱりまずい予兆なのかな。」
「今まで俺、幽霊とかホントに見たことないんだよ。」
画面ごしに、他人事のように監察を続ける上木と姫川。
七春はいよいよ入り口につけたカメラの範囲外へと出てしまった。
と、思ったら今度は中程に取り付けたカメラへ姿をあらわす。
姫川が気になって顔をあげると、八神は入り口から目で七春を追っていた。
眠気に耐えられず欠伸。
八神が余裕を見せているうちは安心だ。
「なんか、魔法少女と使い魔がセットでいるだけで、すごく心強いよね。」
モニターを見ながら、姫川が言った。
七春が、得体の知れないものが出るとわかっていながら進めるのも、ある程度八神を信頼しているからだ。
その得体の知れないものは、まだ七春を追いかけてくる姿は見えない。
と丁度、その時。
「びゅっ!?」
という謎の声を発し、画面の中の七春さんが停止した。
歩いているままの体勢で止まるので、ピクトさんみたいになっている。
視線は斜め前。道路の上だ。
何かを見ている。
「な、なんだろ。」
ガタッと機材を揺らしてしまうほど、勢いよく姫川が立ち上がった。
七春のひっくり返った声以外には、何も入り込んでいない。
七春の視線の向かう先はカメラの死角だ。
「わかんない。なんか、なんか、でた?」
「全然わかんない…。」
救いを求めるように、上木がトンネルの入り口に立つ八神を見る。
八神は金の杖を地面にたてて、七春に呼びかけていた。
視えているおかげで対応が早い。
「七春センパイ!バック!」
バック。
後退だ。
八神が入り口から指示を出すのと、
「……え? …あ、わかった!うわわわ、わかった!」
何かに気がついた七春が、振り返り駆け足で戻ってくるのが同時だった。
突如パニックになる現場。
その場にいるごく少数のキャストと撮影班を、震撼させた。
「なに、なに?」
「もう何かでた?」
どうしていいのかわからないから、その場で右往左往する撮影班。
モニターの中、鼠のようにすばしっこい走りで、七春が引き返して来る。
そしてその後ろを、追ってくる白い影。
人だ。
煙のように薄く曖昧でハッキリしないが、形は明らかに人だった。
それが七春の後ろをついてくる。
「八神くん、たしけて!」
恐怖のあまり噛む七春さん。
息も切れ切れに叫ぶ。
「はいはい、出ましょう。一回、出ましょう。」
戻ってきた七春の腕を掴んで、八神が霊杖の光の中に引き込む。
それほど広くない光の中で、七春がギュッと八神にしがみついた。
走った勢いを殺さないで駆け込んできたので、あやうく八神が遠い明日までぶっ飛ばされそうになる。
「八神くん、後ろになんか、後ろになんか」
「はいはい。今ので何かつかみました?」
「ささ、さ、参考になりました。」
「はは、男前は言うことが違いますね。」
二人が霊杖の清浄なる守護の光に包まれたことで、七春を追ってきた影は消えた。
それを、設置したカメラから届く映像で確認し、姫川は息を飲む。
上木はあわててトンネルの入り口へ駆け出した。
心臓がバクバクしている。現場にいくら慣れてきても、実際に霊を見ると必ず新鮮なリアクションをする七春さん。
ただのビビリ。
「ここヤバイ、ホントに何かある。」
七春が言って、
「何を見たの?」
駆け付けた上木が問い返す。クデッと前屈みになる七春を支えながら。
「なんか、男。男というか、オッサン?」
力ない声をだす七春。
七春曰く、目撃したのはオッサンらしい。
「顔は見えなかったから、写真にうつったオッサンかどうか、わかんなかったけど。なんか、首から下はモヤモヤしていて、今まで見たことあるのとは違う感じのやつ。」
と早口に説明する。
説明されても全く理解不能な上木と姫川が、同時に八神に委ねた。
「ど、どういうことなのヤコーくん。」
「これもう、撮影止めないとマズイすかね?」
問われた八神は特に焦る様子もなく、発言権を七春に返した。
「七春センパイは、今の霊がどう見えましたか?」
「えと、たぶんだけど。今の感じでは少なくとも、追いかけてくる霊ではないと思う。」
聞かれて七春は、青ざめた表情のまま答える。
「追いかけてくる霊ではないといいますと?」
「何かから逃げている霊…、じゃないかな。」
直接霊に遭遇した七春が、戸惑いながら答えた。『何かから逃げている霊』。
しかし、それでは噂の情報とはだいぶイメージが異なる。
「でも追いかけられてた!追いかけられてたよ!」
モニターでハッキリと白い影を目撃した姫川が、焦って口にする。
「いや、こっちに向かって走ってくるから、俺も最初は追いかけてきてるんだと思った。なんか、声も聞こえたし。でも、追いかけられている感じとは違ったんだよな。アイツも何かから逃げていて、トンネルを出ようとしていたんだと。」
七春がトンネルを振り返る。
そこにはもう、人影はない。
その話を聞いて何か考えていた様子の八神が、
「成程」
と納得して頷いた。
すかさず、七春以外のその場の全員が、
「何が!?」
とツッコむ。
「このトンネルの霊が、無差別に人を追い回しているのではなく、何かから逃げていることを誰かに伝えようとしていたのなら。その何かから逃げ切るお手伝いをしてあげれば、あるいは成仏できるかもしれません。」
淡々と八神が言った。
別に助けたいと思って言っているわけではなく、単純にそう思ったから、事実を述べたという感じだ。
またしても、感情の感じられない無機質な声になっている。
よくわからないながらも、上木と姫川から「おおぉ」との感嘆の声と拍手が漏れた。
「あ、何、スゴい? うちの魔法少女に拍手してんの? そんなスゴい?」
関係ない七春さんが嬉しそうに笑う。
「スゴい!」
と素直な姫川さんに続き、
「じゃあ、何から逃がしてあげたらいいわけ?」
と上木が質問を重ねた。
「それを、特定したいんですが…。」
と八神が口にする。
幽霊となったオッサンが死ぬ間際に追いかけられたもの。
それは、一体なんだったのか。
そして、そこから逃がしてあげるには、どうすればいいのか。
悩みはじめてしまった八神と七春の横で、霧雨に濡らされた顔を袖で拭きながら、上木は何となくトンネルを見つめた。
明るく、人も集まっているとはいえ、やはり不気味だ。
たとえトンネルを抜けた先がどこへ繋がっているのか、わかりきっているとしても。
入り込んだら出られないような、そんな気さえする。
「………あれ?」
そんなトンネルの中に、ふいに人のようなものが見えた気がして、上木は声をあげた。
霊感の全くない上木は、幽霊の類いを見たことはないが。
頭、腕、足。それぞれの部位までハッキリとわかる。
「ひ、と……?」
自分の目にうつっているものに、上木は目を見張った。
その上木の腰のベルトに挟んでいる釣竿(?)が、青白い光を放っていた。




