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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
未成仏霊と風車
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理不尽なこの世界で

 夜の公園の初心霊体験から、一週間後の霊との再開。それからまた一週間後の、


 「セカンド・ミッション……」

 声優、七春解と八神夜行は、同じく声優の姫川かぐやの家にやってきた。

 ごく普通のマンションの一室。不可解な物音に悩まされているという姫川に、直接相談を受けて来た二人。

 部屋を物色してまわった後、リビングのベランダに、それを見つけた。

「変なこどもがいます。窓の外から、こっちを見てる。」

 窓を指さしそう言った八神の後ろで、

「こどもの方かぁ。」

 姫川が呟き、うつむいた。

「お知り合いですか?」

 八神と七春が、驚いて振り返る。

「いや、知り合いってわけじゃないけど、……二人にまだ話してないことがあるんだ。とにかく、説明するよ。」

 気が重い様子で、姫川は長く息を吐く。

 


 半月前、姫川が暮らすこの部屋の真上の部屋で、女が無理心中をはかった。

 その一週間前には、その女の旦那が、事故で亡くなっていたという背景がある。愛する夫を失い、主婦だった彼女は未来に絶望したらしいが。

「お腹に赤ちゃんがいたと思うんだ。」

 記憶の海に潜りながら、姫川が言った。

「だいぶ前の話だけど、一度エレベーターで乗り合わせたことがあって。お腹が大きいのに、重そうな買い物袋下げて大変そうだったから、声をかけたんだ。だから、覚えてたんだけど。」

「優しいですね…。」

「優しいな…。」

「モテるわけですね…。」

「モテるわけだな…。」

 各々勝手な感想を述べる八神と七春に、

(人妻にモテてどうするんだろう。)

 とか思う姫川。

 リビング中央のテーブルを挟んで、三人はそれぞれ、シングルソファに腰掛けている。男性にしては小柄で背の低い八神だけが、ソファに沈みかけている。

「結局、その子供がどうなったのかは知らないけど。もしかしたら、その母親と…。」

 最後の言葉を濁す姫川の、口に出さなかった部分を悟り、七春は不満を顔にだす。

「普通、こどもを道連れに死のうと思うか?」

「まず死のうって考えが、普通じゃないんですよ。それくらい、愛してたのかも。亡くなった旦那さんのこと、あとを追いたいくらいに。あるいは、生活費の一切を全て夫頼りにしていたから、とか?」

 そう口にした時の八神は、またいつかと同じ感情の入ってない声だった。淡々としているというよりは、少し寒々しさすら感じる。

「元気出せと言いたい。」

 唐突な七春の呟きに、

「え、言えば?」

 姫川が条件反射で返す。「なんで?」

「気にしないでくれ。こっちの話。」

「ともかく、これで霊の身元はわかりましたね。初めてベランダ側から見たとき、この真上の部屋にいたのは、もともとこの上の部屋で亡くなったから、か。」

 八神は先の悲劇語りの余韻も残さず、さくさく分析を進めていく。

「ああ、だからヤコーくん、俺の部屋の階数聞いたんだ?」

「てか、じゃあ上の階で死んだ子供が、なんで下の階のベランダに降りてくるんだ?」

「それは…。」

 再びベランダの方へ視線を向ける。「たぶん、姫川さんに構ってほしいんだと思います。」

「俺に?」

 偶然ではない、直接自分へのアプローチだったことを知り、姫川は驚いた表情を見せる。

「でも、あそこの子供と会ったことはないけどなぁ。だいたい、生まれていたかどうかも知らないし。」

「でも、エレベーターで声をかけたんですよね? 奥さんとお腹の子を気遣って。その優しさを、覚えてたんだと思います。それに、あのコたぶん、自分が死んだことに気がついてない。」

 母親に道連れにされた子供は、産まれたばかりか、まだ産まれおちてもいなかったかもしれない子供。幼さ故に、死を理解しない魂。

「死んだことに気がついていない、ただ、本来構ってくれるはずの両親もいない。だから寂しいんだと思います。」

「か、可哀想」

 何も知らないまま、たった一人でさ迷い続ける子供を思い、姫川がポツリとこぼした。

「八神くんそれ、なんとかできないの?」

 何気なく聞いた七春に、八神はじっとりした目をむける。

「七春センパイ、この流れ二回目です。」

「確かに!」

 声優ラジオのあと、夜の公園へ赴いたときも、「何がいるのか確認するだけ」と言いながら、結局霊を助ける流れになっていた。

「前も言いましたけど、下手な同情が一番とり憑かれやすいんですよ!」

 手をパタパタしながら言う八神。

「前も言いましたけど、それでもできることがあるなら、やるべきだと思います!」

 同じく手をパタパタしながら言う七春。

 子供の言い争いだ。

「な、何この状況。」

 姫川の視線が、八神と七春の間を行ったり来たりする。

「なんとかはできますけど、それが本当の救いには、ならないと思います!」

 さらにつけ加えた八神に、負けじと七春もつけ加えた。

「俺はお前を信じてる!それでも、自分にできる精一杯をやれる奴だって!俺はお前の使い魔だから!」

 収録中アニメ、第二話にて魔法少女を激励する使い魔のセリフだ。なんでここで言ったのかわからないが。

「あれ?なんか、青春モノっぽい展開?」

 一人置いていかれる姫川。

「僕は…、僕は君の気持ちに答えたい!」

 同じく第二話、激励された魔法少女の返答。

「答えちゃうんだ? あんなに否定的だったのに? ていうか、覚えたセリフを会話に使う癖やめよう!」

 必死にツッコむ姫川の目の前で、ソファから身をのりだし、使い魔と魔法少女が手を組んでいた。

 アニメの展開通りだ。




 「八神夜行の、盛り塩さくせーん!」

 少しでもモチベーションを保つのが狙いか、わざわざ作戦名まで考えて挑む。

 リビングのベランダを浄め、上階からの霊の進入を防ぐ方向で話がまとまった。

 場所はリビングからキッチンへと移動し、作業台の前に八神、その傍らに七春がスタンバイしている。

 キッチンとリビングの境に立つ姫川は、その場所からしきりにベランダを気にしていた。

 無垢なる魂に起きた残酷な悲劇に、よほど心を痛めたらしい。

「まぁ、あのリアクションで普通なんだろうけど。」

 作業台にもたれかかり、姫川の様子を見ていた七春が落ち着いた声で返す。

 これまで心霊体験には縁がなかった七春が、初めて公園の霊に出会した時も、同じように心を寄せたからだろう。

「ぶーぶー!それだと、俺が冷たいみたいじゃないですかー!」

 ミャンミャン吠える八神を片手で制しながら、七春は言い返す。

「八神くんは霊に慣れすぎなんだよ!感情どっかに落っことしてくる喋り方やめて。俺が不安になるから。」

 もう二度は聞いた八神の、感情に空席のできた喋り方。

 あらゆる人の死に後を見慣れているからこその喋り方だと思うと、七春のような直情型の人間には見るに耐えないらしい。

悲しみや哀れみの感情を、いつか、本当に失ってしまいそうで。

「そんなこと言われても、無意識ですし。仕事ではやりませんよ!」

「あったりまえだ。てか、もういいから進めようぜ。」

「七春センパイも手伝ってくださいね~。」

「何故そうなる…。」

 不満を漏らしながらも、もともと手伝う気ではあるようで、七春は八神の指示をあおいだ。

「まず、姫川センパイから借りたこの小さめのコップに、お塩を詰めます。」

 八神が用意したコップはふたつ。腰にまいた上着の下から、お清めに使う塩をとりだし、コップの中につめる。八神に指示されるままに、七春もコップに塩を詰めていく。

 足りない分は、姫川宅の塩を拝借した。

「こんなもん?」

「オッケーです。」

 すりきりいっぱい塩をつめたところで、八神が続いてとりだしたのは酒。これまた上着の下からとりだした。

ちいさな硝子の小瓶で、瓶の口をあけると、酒独特のアルコールの香りがただよった。

「これをお塩に入れます。」

 八神の指示通りに、手を動かす七春。

 酒は薬瓶ほどの大きさの中身では全く足りなかったようなので、姫川に許可をとり、これも姫川宅の洋酒をお借りした。

「材料有り合わせなところがインチキくさいんだけど。効くのかこれ。」

「ばっちしです!よ!た、ぶん!」

 返答がかなり曖昧な八神だが、今は他に頼るあてもないので、よしとする。

 作業を進めながら、七春は口を開いた。

「八神くんが前回、公園の女子トイレの霊を助けるのに乗り気じゃなかったのは、あの霊にしてあげられることが、復讐に行かせてあげることくらいしかないってわかってたから?」

 かなりストレートな質問に、

「え、はい。」

 動揺しながら、八神が短く答えた。

 その返事を聞いて、七春はさらに続ける。

「今回もあんまり乗り気じゃないのは、今回もやっぱり、後味悪い感じになりそうだから?」

 その問いの返事は、すぐには返ってこなかった。辛抱強く、七春は待つ。

「そうですね。」

 またしても感情が希薄な声になりながらも、八神が答えた。

 七春は何を考えているのか、「ふーん。」という平凡な反応をする。

「この塩であの子供の霊の進入は防いだとして、どうなんの?」

 押さえつけた塩の上から酒をまわしかけながら、七春が重て質問した。

「子供の霊はこの部屋に来れなくなりますので、怪奇現象はひとまずおさまります。ただ、浄霊できるわけじゃないので、未成仏の霊は上の階の部屋に残されます。」

 姫川がつけ加えた説明によれば、今、上の部屋は空き部屋になっているらしい。

 子供の霊は頼る宛を無くして、再び一人で、さまよい続ける。

「これでホントの解決になるのかなって、いつも思います。これくらいしかできない、俺が悪いんだけど。」

 だから、霊を避けて。頼られることを避けてきた。

 だが、そんな八神の意思や考え方には関係なく、霊の悲しみや怒りを訴える声や姿が、八神にだけ見えている。

 それを、七春に出会う前から、もう何年も繰返していたのだろう。

(感情なんか、あるだけ憂鬱か。)

 わからないでもないが。

「俺は、救いを求められる側にまわったことないから、お前の気持ち全部はわからないけど。気持ちを、推し量ることはできる。でもさ、」

 七春は酒の瓶を持つ手を止めた。

「世間の理不尽なんて世の常って言うか、大前提じゃん。全部トータルうまくいく方が、確率低くて当たり前。だろ?」

「まぁ、そう、かなぁ?」

「そーだって。理不尽なこの世界で、誰かや何かのために、戦いたいって思えれば及第点。って俺は思うけどな。」

 コップにつめた塩を上からキチキチ押さえつけながら、そう言って八神に向き直る。

 突然見つめられた八神は、少し間をおいてから、迷いながらも微笑んだ。

「センパイはホントに、前回に引き続き、助けるのを諦めないひとなんですね。」

「役柄でして」

「人柄じゃなくて?」

 声優らしい言い訳だ。




 改めて、塩つめコップをもって、八神と七春はベランダにでた。

 その様子を室内から見守る姫川は、

「俺だけ何もできなくて、ごめんねー」

 としきりに謝る。

「こちらこそ、準備不足でスミマセン。使ったぶんのお塩は、買って返しますので。センパイが。」

「俺かよ!」

 またしてもベタなツッコみ。

 そして二人はそれぞれコップを持ち、ベランダの各隅へと移動する。

「今、子供は?」

 七春の問いに、八神は背筋を伸ばして上を見上げる。

「今、あっちの階です。」

 とベランダの天井を指差す。

「ん。居ないならよし。」

「今のうちにここを清めちゃいましょう。」

 二人はコップをそれぞれベランダの隅に逆さまにおろした。コップの底部分をパコパコ叩いて持ち上げると、綺麗にコップの型通りに塩がでてくる。

 簡単な塩の山のようなものができたところで、八神は胸の前で手をあわせた。

 祈りを捧げているようなので、今のうちにと、八神に代わって七春が姫川に話をふった。

「とりあえず、ベランダを浄めた。で、上の階からの霊の進入を防いだらしいから、怪奇現象はこれで起こらなくなる。……らしいよ!」

「ありがと、さすが七春さん!」

「いや、俺は何もしてないけどな。」

 心なしか手がかゆい。塩にまけたかな。

「何を言う。七春さんの活躍はこれからだよ!」

 姫川の意味深な言葉に、祈りを終えた八神からも援護射撃がある。

「そうですよ!センパイの出番はここからです!いい感じにお腹も空いてきましたし!」

「いい感じに夕飯の時間になってきたし!」

「いい感じに中華が食べたい。」

「いい感じに青椒肉絲が食べたい。」

 口々に勝手な希望をあげていく姫川と八神に、七春は今日ここに自分が呼ばれた、もうひとつの役割を思いだす。

「そういえば今日の夕飯当番、俺だった」

「よろしく!」

「よろしく!」

「うるせぇ!!」

 七春に一蹴されてもめげない姫川と八神は、ツバメの雛のように、口をあけてピーピー騒ぎたてる。

「作るのはいいけど、材料は?」

 七春の最もな質問に、キッチンへとって返して、冷蔵庫をあける姫川さん。

「OH!」

「空だね!」

 中をのぞきこみ、明るくいい放つ姫川と八神に、

「おい!」

 渾身のツッコみをいれる七春。

「これは買い出しにいくしか、ないっぽいですね。」

「二人で行ってくる? その間に俺、キッチン片付けとくし。」

 七春のツッコみをスルーして、話しは進んでいく。

「そうですね。七春センパイはとりあえず行ってくれないと、何買えばいいかわかんないですし。青椒肉絲って何が入ってましたっけ。」

「ピーマンと、色のついたピーマン。」

「ぱぷりか!」

 七春の渾身のツッコみが再び。

「あぁ、あの赤とか青のピーマンですね。」

「ぱぷ……青はねぇよ気持ち悪いわ!」

 七春のツッコみはことごとくスルーされていく。

「ほら、七春センパイ行きますよ。」

 八神に急かされ、七春は納得のいかない顔をする。

「お前らのその食に対するテンションどこから来んの?」




 マンションの外は、少し薄暗くなり始めていた。赤と薄紫のかかったグラデーションの空に、ちぎれ雲が流れている。

 アスファルトの道を、七春と八神は、ならんで歩いた。大小の影が並ぶ。

 大きく伸びをする八神につられ、七春は空を見上げた。

 その脳裏に、上の階の部屋に一人ぼっちで残してきた子供のことが過る。

「八神くんにしつもーん。」

「はーい。」

「八神くんには、子供の霊がどういうふうに見えてたんですかー。」

「どういうふうに?」

 初めてベランダ側からマンションを見上げた時も、窓の外にその姿を見つけた時も、八神は「変な子供」と表現していた。

「どう変だったの?」

「あぁ、そういうこと。」

 要領得たようで、八神が納得した声をだす。

「からだがハッキリしてなかったんです。霊魂だけの状態っていうか。フワフワして、不安定だった。産まれて間もないか、産まれる前の状態で死んだからでしょうか。」

 説明する八神の言葉を聞きながら、改めて八神に見えている世界を想像して、七春は眉間に皺をよせた。

 綺麗なばかりの世界じゃないことを、身をもって知っているのだと、気づかされる。

(それでああいう考え方か。)

 救えないなら、下手に構わない方がいい。そう都合よく救いがある世界じゃないと。

 いったいどれくらいの年で、その現実と向き合ったのだろう。

 聞かなければよかったなんて、先にたたない後悔をして、七春は唇をかんだ。

 最寄りのスーパーを目指して、二人は歩いている。マンションの前の通りを抜けて、太い道にでたところで、

「あ。」

 唐突に声をあげ、八神は足を止めた。

「……っと。」

 歩いてきた勢いで数歩、八神を追い抜いてしまってから、足を止めて七春も振り返る。

 二人が足を止めたのは、ちいさな墓地の前だった。墓石が並ぶ場所を取り囲むように、背の高い木々が立っている。

 そこは、マンションの四階から、八神が見下ろしていた場所だった。

 こぢんまりとした墓地だが、傍らにはきちんとお地蔵さまが立っている。

 その地蔵の足下、苔むした石の上には、何本もの風車がたてられていた。風がないため、沈黙したままの風車。

「あぁ、お地蔵さまだな。」

 言って、なんの地蔵かわからないまでも、前に立ち、一応手は合わせておく七春。

 やがて顔をあげ、八神を振り返る。

「なんでお供えが風車なんだろうな?」

 不思議そうに首を傾げる七春を前に、しかしそれどころではない様子で、八神は考えこんでいた。

 頭の中で、一つの可能性が浮上し、そこに至るまでの道筋が、八神の頭の中で、津波のような勢いで組み立てられていく。

「……帰りましょう。」

 やがて、八神が口を開いた。「姫川さん家に帰りましょう。」

「はぁ?」

 声をあげる七春。このパターンも二回目だ。

 その七春に、真剣な目で、八神が言った。

「ここのお地蔵さまの力を借りれば、あの子供を救えるかもしれません。」

 



 



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