いかがでしょう。じゃねーよ。
「ヤラセならいいのに!ヤラセならいいのに!」
という奇声をあげているのは、心霊動画を録りにきたはずの、しかもそのパーソナリティのはずの、七春解。
「ヤラセなら、オバケじゃないから、安心だもんね…。」
「呪われる心配も、とり憑かれる心配もないし。」
とウッカリ同意しているのは、 本来なら霊を見ていいリアクションをしなければいけないハズのゲスト声優二人。
上木詩織と、姫川かぐや。
誰一人やる気のないチーム声優。
に、唯一霊を視る力のある八神夜行が、淡々と言い放つ。
「そんな皆さんに悲しいお知らせです。今、トンネルの中からこっちをチラッと覗く人影が。」
「にゅーー!」
という悲鳴で始まった、深夜二時の撮影。
粒の小さな雨が降り続いている。
「にゅー、とは一体。」
と冷静に問い返した八神を先頭に、七春、上木、姫川の順で縦に並んでいる。
電車ごっこみたいだ。
そのまま芋虫くらいの速度で路上を進み、トンネル内部に向かっている。
「で、せっかくカメラもまわってますので、追いかけてくる霊についての話なんぞしますか。」
と八神が進行を促し、
「ヤダ!」
と七春が即答する。
ヤダヤダする七春さんの顔が、しっかりカメラにおさめられた。
「一般人の考えだけど、そういう話をしていると寄ってくるって聞いたことあるから、ヤダ!」
口先をとがらせ、「ぷっぷー!ヤダもんね」と子供のようなひねくれ方をする七春。
内心イラッとしたが口にださない八神に代わって、最後尾の姫川が口を開く。
「でも、実際のところどうなのかな、そういう話って。寄ってくることあるのかな。」
一度、他ならぬ自分の家に霊が出現した経験のある姫川さんは、幽霊への警戒が強くなっていた。
霧吹きを顔にかけられているような天気の中でジワジワ進む一行。
先頭の八神が、歩きながら姫川に振り返る。
「ありますよ~、姫川センパイ。俺たちと同じように、霊もこちらを気にしているんです。ジッと見ていたり、覗きこむくらいは、日常茶飯事です。」
「そうなの?」
「そうなんですよ。」
八神がニヤリと意味深に笑う。
そして件のトンネルの中へ踏み込んだ。
真ん中を貫いている広い二車線道路。天井近くの壁に備え付けられた照明に照らされて、オレンジに近い赤に浮かび上がっている。
道路の脇には、狭いが徒歩で人が歩けるスペースが設けられていた。
一行はその道路脇の道を進む。
足下は整備されたコンクリート地面で歩きやすい。路面より、一段高くなるように作られていた。
「中は、涼しいな。」
夜、霧雨、そしてトンネル。
空気もどこか外側とは違っている。土の匂いが濃く鼻についた。
ノコノコとやってきた声優四人以外には人通りがない、寂しい道だ。
だがここも、普段の日中にはたくさんの往来がある。
その人たちは知らない。目に見えない何かがひそむ場所が、何気ない日常のなかにあぐらをかいているということを。
「写真でも撮ってみて、それに何か写りさえすれば、もう帰っていいんじゃないかな!」
上向きに下向きな発言をする七春。
七春さんは、自分が怖い想いをしたり、痛い想いをするのは嫌いだ。
「写真やだな~。」
と、突然くたりと二つに折れたのは上木。
前回、撮した写真から人が消えるという謎のハプニングがあってから、写真はちょっぴりトラウマになっている。
「写真?」
事前に用意されていた小型のデジタルカメラが、すごくいいタイミングで姫川に差し出された。
「あぁ、心霊写真的なやつ?」
何も考えないで、何気なく受けとる姫川。
それを見て上木は再びうなだれる。
「姫川さん、それ受けとっちゃダメ…。」
「せめてある程度、駄々こねてから受けとって…。」
バラエティ性の豊富な七春にツッコまれて、実力派声優の姫川さんは、
「え。」
と固まった。
というわけで、トンネルの中でみんなでワイワイ写真を撮ることになりました。
受けとった人が撮るというセオリーから、姫川さんがシャッターを押す係に。
今回は華のある被写体がいないので、仕方ないから七春さんを撮ることになってしまった。
シャッターを押す力もなんか半減する。
「七春センパイ、カワイイ顔してくださーい!」
大きく手をあげ、こういう状況に慣れている八神がハイテンションで指示をだす。
トンネル内に音が反響して、八神の声が大きく響いた。
「きゅるん⭐」
「センパイそれ可愛くないでーす!」
「じゃあどーすりゃいんだよ。」
「もっとこう。ハワイアンな感じ?」
「あー? むずかしいわ…。」
パシャリ、とフラッシュがたかれた。
その瞬間だけ、壁に光が反射する。
「あ、あ、ごめん。今撮っちゃった。」
イレギュラーにシャッターを押すあざとい姫川。
ハワイアンな感じをあらわそうとしてフラダンスをしているアホ丸出しの八神と七春がうつしだされる。
「ぶー!ぶー!姫川センパイ、空気読んでください!」
「ごめん。」
素直に謝る姫川さん。念のため、撮った写真を確認してから保存する。
中央分離帯をまたいで、道路の真ん中にたつ七春と、その隣に八神。特に一枚目の写真に異状は見られなかったらしい。
改めてカメラを構える。
「上木センパイも入れて撮りましょう。」
との八神の主張から、今度は上木も横に並ぶ。
三人で明日を指さすポーズをとることになった。
ちなみに特に意味はない。
「なんで俺、深夜にトンネルで写真とか撮ってるんだろ。」
ふいに現実にかえって七春がつぶやいた。
その情けない発言が、トンネルに響く。
「だって、助けるんでしょ? ここの幽霊も。」
八神が答える。
散々付き合わされたんで、七春のことも、最近ではよくわかるようになってきた。
「まあな。そのためにはやっぱり、写真に撮して霊の姿をとらえないと。」
「その調子ですセンパイ。ちなみに、写りこむとしたら、たぶん次です。」
なんでもないふうに、八神が言った。
「………え?」
そして、シャッターが再びきられる。
フラッシュが眩しく光を放った。
目の前の世界が、四角に切り取られて、カメラの画面にうつしだされている。
明日を指さす七春と八神。さらに上木。
そして、三人の顔の間から、もう一人、知らない男の顔が覗いていた。
「う……?」
カメラを見下ろし、撮影係りの姫川さんが息を飲む。
ついに、トンネルにひそむ霊の姿が、カメラに写った。
男というか、オッサンの顔だ。顔の輪郭がハッキリしないところ、首のまわりには白くモヤモヤした何かがかかっているらしい。
「で、出た!」
のけぞる姫川に、
「ん。見して。」
と七春が手を出した。背後に霊がいようが、もはやパニックにならないだけの耐性はついたらしい。
その七春さんの頼もしさにも気圧されつつ、姫川はカメラを手渡した。
八神にも見えるように、七春は少し膝を折る。七春が持ったカメラを、左右から上木と八神が覗いた。
八神は純粋に分析のためで、上木は怖いもの見たさだ。
「え、どこ? 霊どこ?」
とか言っているあたり、七春は霊の存在にすら気がついていないようだった。
七春さんは常にマイペースだ。
カメラや照明の係だった者も、ただ珍しい物見たさに寄ってくる。
幽霊をカメラにおさめるための企画とはいえ、全員が霊の存在を信じているわけではない。
顔と顔の間から、のぞくもう一人の顔。それは、悲しい顔をしているわけでも、怒っているわけでもないようだった。
「この顔さあ。」
上木が思いきって指摘する。
「ダルそうだよね。」
ダルそうだった。
「いいよ~。もうなんでも。一回、外にいこー。」
七春さんがギャーギャー言っていると煩いだけだが、姫川さんがガクブルしていると可哀想なので、一行は一度引き返すことになった。
知らないうちに身に迫っていた恐怖を、肌で感じながら。
「うええ…。帰りたくなってきた…。」
「七春さんに関わるとロクなことにならないな。」
上木の辛辣な発言に、
「俺が呼び寄せてるわけじゃないけど?」
とこんな時でもツッコミを忘れない七春。
全員が、トンネルの外に向かって歩く。またしても、入ってきたときと同じ縦一列だ。
ツッコんでから七春は、おとなしい八神が気になって振り返る。
安全上の問題なのか、八神は最後尾について後方を気にしながら歩いていた。
凛とした勇ましい顔つきだ。
何か、考えている。
トンネルから出ると、雨は続いていた。
少し粒が大きくなっているようだ。ほとんど音はない。むしろ、雨が音を吸収しているおかげで、とても静かな夜だった。
ライトに照らされる車道を、ゾロゾロ歩く一行。
一旦、トンネルから離れて今後の方針を考える。
心霊声優といつのまにやら呼ばれるようになっていた七春に、代表して進行が任された。
自ら名乗った覚えは全くないんだが。
「七春さん。」
一度車に戻ろうとしていた上木が、七春に声をかける。
呼ばれた七春は振り返り、歩いてくる八神に視線を送った。
「八神くんに話があるから。先に行ってて。」
と上木に返し、最後尾を歩いてきた八神のもとへと駆け寄る。
大きなライトに照らされる明かりの中、ものの数分で引き返してきた一行。
この場所に霊がいるというのは、確かならしい。
「八神くん。どーよ、どーよ。」
と軽く声をかけてみると、
「んー。どーもこーも、俺一人で大丈夫そうですよ。」
という軽い返事が返ってきた。
平然としてゆっくり最後尾を歩いて出てくる姿が、現場の慣れを象徴している。
「お前……『俺はもう一人じゃないから大丈夫ですよ』とか言えないのか。」
七春さんの存在意義が希薄になっていく。
その七春を唐突に指さし、
「マッキー、バイブりませんでしたね。」
と八神が言った。
「ん? うん。」
「つまり、いちいち警告するまでもないってことです。見たところ、ただの地縛霊でしたし。」
「にゃるほど。」
これまで何体もの霊を見慣れている八神は、やはり分析が早い。
八神曰く、このトンネルに棲む霊、あまり強くはないらしい。
「じゃあ、公園のトイレの霊の時みたいに、成仏はさせられなくても、その手伝いをすればいいわけか。」
「そーゆーことです。」
と八神がカクリと頷く。
春先に、七春がはじめて遭遇したのが、公園のトイレの霊だった。
その時は八神が、怪しものを使って無理矢理外へだし、その霊が『自分を殺した男に復讐する』ための手伝いをしたわけだが。
「じゃあ、今度はどうするんだ。」
「あの霊が何を望んでいるのかを調べます。で、それを極力叶えられるよう手伝う。」
「追いかけてくるってのが、ヒントだよなぁ。」
「そうですねぇ。」
そして、二人して黙る。
二人とも、トンネルで霊に追いかけられた経験はないので、イマイチ決め手に欠けた。
そんな中、比較的経験豊富な八神が、一つの案を持ち上げた。
「このまま考えていてもラチがあかないので、ここは一つ、センパイが追いかけられてみるというのは、いかがでしょう。」
ナチュラルに、いかがでしょう。とか聞いた八神に。
「いかがでしょう。じゃねーよ。」
真顔でツッコむ七春。
一方、
乗ってきた車に戻ってきた上木は、荷物をまとめて置いている車内後方を、ゴソゴソやっていた。
その横で、同じく車内にて、外で話し込んでいる七春と八神を、ジッと監察している姫川。
(魔法少女と使い魔が作戦会議してる。……頼もしいなぁ。)
一度、霊を追い払ってもらったせいか、あの二人が揃っていれば大丈夫だと思える姫川さん。
「てか、そっちでゴソゴソ何やってるの?」
と安心して上木に振り返る。
「いやぁ、探しもの。」
と言いながら、七春の荷物を漁る上木は、七春愛用の濃いブルーのスポーツバッグから、何かを取り出した。
「これはなんだろ。」
取り出しておいて、不思議そうに首を傾げる上木に。
「いやいや、自分で出しといて?」
とツッコむ姫川さん。
「人の荷物を漁って何を探してるの?」
「なんか、七春さんの持ち物に霊的なものがないかなーと。最近、魔法少女とよくつるんでるから。」
魔法少女こと八神夜行と行動を共にしているおかげで、確かに七春さんは霊的アイテムが地道に増えている。
上木が今取り出したのは、焦げた棒きれに細い弦がついた釣竿のようなもの。
それが二本だ。
よくわからんアイテムを手に、上木はそれをテキトーにブンブン振り回す。
「ナニソレ。釣竿?」
「釣竿かな?」
弓である。
二つに折れたけど。
二つに折れてから、マッキーのようにすぐには修復しなかったので、七春さんがバッグに入れたまま保護していた怪しものである。
「魔法少女ちゃんが本格的に動くとしたら、たぶん今からだし。」
という上木の予想に、姫川も納得する。
状況を把握してから行動にうつす八神のパターンは、自宅で一度見ている。
「七春さん手ぶらだったけど、たぶん今から何かあるから、こういうのあるなら持ってた方がいいんだと思う。」
そう言って、上木は二本の釣竿(?)を腰のベルトの後ろと右側に差し込んだ。
丁度、シャツに隠れてしまう位置だが、まぁいいだろう。
「七春さんにあとで渡してあげよ。」
二つの釣竿(?)はベルトに挟むと、ちょっと重たくて、かなり邪魔だった。
それ自体が人肌の温度を持っている。
「さて、七春さんはどう使いますかね。」




