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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
トンネルと怪し物
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レギュラーなの!?


 一時四十分の淋しい国道。

 真夜中の路上を、一台の軽自動車が駆け抜けていた。

 広い二車線道路に人気はなく、時折すれ違う対向車もまばらだ。

 道沿いに店舗は少なく、雑木林や明かりの消えた住宅に囲まれている。

 行く道をしめすように、道路をなぞるガードレール。見下ろす街灯。白字のかすれた標識に、孤独に響くエンジン音。

 骨が凍えそうな道だった。

 やがて車がゆるやかなカーブを進んでいくと、行く先には半分道路に埋まった大きな口が姿を見せる。

 トンネルだ。

 短いトンネルらしい。入り口から出口が見える。

 帰路を急ぐ車は、迷わず開口部へと 入り込んでいくのだった。

 ボッ。

 という空気を吸い込むような音がして、明確に世界が変わる。照明がある分、視覚的には明るくなった。

 音がくぐもり、耳に不審な違和感を覚える。巨大な蛇の腹の中にいるような景色だ。

 車体ごと飲み込まれ、もう出口へはたどり着かないと思わせられる。そんな不安感が、身に差し迫っていた。

 大丈夫。

 ただのトンネル。

 自分に言い聞かせるようにしながら、車は進んでいく。

 丸いヘッドライトをギョロつかせ、周囲に気を配りながら。

 

 オゥ オゥ オゥ オゥ


 異様な音が、トンネルの奥から聞こえてきた。

 夏場のこの気温のため、車内は冷房を入れていた。当然、窓は閉めきっている。

 しかしその音は、その窓を突き破って侵入してきた。

 明らかに、自動車がたてる音ではない。

 巨大な生き物の息づかいのようで、不気味な音。等間隔に続き、音はどんどん大きくなっている。

 速度を落とさず、はやる鼓動を無理矢理抑え込んで走る車。

 タイヤがもつれて、転びそうだった。


 オゥ オゥ オゥ オゥ オゥ


 音はまだ続いている。

 血のような色の照明に照らされた、真っ直ぐにのびる道。

 出口はすぐそこに見えている。あとは、そこまで走って飛び出せばいいだけだ。

 そこを出れば、このトンネルは終わる。

 ちょっぴり不気味なこの空間は、ここだけにあるもので、このトンネルさえ抜ければ、もう思いだすことはないだろう。


 不思議で気味悪いこの世界は、自分が生きている世界とは、まったく関係ない。


 そう思えたのも束の間、路上にあるものを発見し、いよいよ車は、ブレーキを踏まざるを得なかった。

 黒い人影。

 高さは一メートル七十くらいか。

 上から下まで真っ黒だが、頭の形や手足まで、ハッキリと認識できる。それは人だった。

 

 オゥ オゥ オゥオゥオゥ


 奇妙な音は音ではなく、声だった。

 年配の男性の声。叫んでいるわけでも、話し声とも違う。

 苦しそうに、言葉に成りきらない声を、喉から発しているにすぎなかった。

 まるで地獄の淵から、仲間を呼び寄せているかのような声。

 それは、その黒い人影が発していた。

 

 このトンネルには、何かがいる。


 車はブレーキをかけた後、停止するまで路上を滑った。甲高いブレーキ音が響く。

 それは、まさしくこの車があげた悲鳴だった。

 黒い影は、手足を振り回しながら迫ってくる。大きく、声をあげながら。

 影が襲ってくる。

 咄嗟にそう思った。

 勢いよく、車は後ろへ発進。そのまま、めいっぱいまでアクセルを踏み込み後退する。

 バックだ。

 遠ざかっていく景色。

 小さくなる出口の明かり。

 黒い人影は、まだ追いかけてくる。

 負けじと車は後退し、影を振り切ろうとする。得体のしれない何かに迫られる恐怖に、心を抉られながら。


 そして、トンネルを入り口からバックで抜け出した車は、後ろから走ってきていた別の車に追突された。

 それほど大型の車ではないが、道が空いているのをいいことにスピードを出していたらしい。凄まじい速度で衝突した。

 後部が大破し、衝撃でフロントガラスを突き破って飛び出した運転手は、道路に叩きつけられた。

 死んだ。

 



「八神くんハリアップ!」

 と、言われたので。

 ウェイクアップの間違いなのでは、と思いながら目を覚ました。

 目を覚ましたが、朝ではない。

 周囲は一切の光がなく、その状態でわかるのは、何か重たいものが体に乗っているということだけだった。

「八神くん、メイクアップだってば!」

「化粧をしろと?」

 ツッコんでみる。

 ツッコんでみると、上に乗っている重たい何かは、

「ちょ、起きたなら早く起きて。」

 というよくわからない指示を出してきた。

 このイケボはアニメ好きならもはや誰もが知っている。

「七春センパイか。」

 なぁんだ。

 というテンションで八神が言った。言ってからまた寝ようとしたら、

「起きないと声優業界からお前の名前を消すからな。」

 という立派な恐喝が降ってきた。

 おいおい、今日は厄日か? と思いながらも体を起こす。下腹部に乗っかられているので、それ以上体は起こせない。

 ついでに言うと、ここは自宅のベッドとは違った。

 そもそも寝ていた場所が斜めだ。ということは、座席シートを倒して寝ていたらしい。

 思い出した。

 ここは、心霊ロケに向かうバスの中だ。

 バスといってもそれほど大きくはなく、少したて長いワゴン車程度の大きさのバスだ。

 でしてその中に、今回の心霊スポットに挑む選抜されし声優たちが乗せられている。

「みゃー。もう着いたんですか?」

 そもそも何で深夜に移動するのだ?

 とか思いつつ乗せられたバスの中で、八神は座席を倒して爆睡していた。

 でして、今は叩き起こされたので、目をこすっている。まだ眠たいよう。

「着いてないけど起きて。」

 と七春が言う。

 他にも寝ている人がいるのか暗くしていた車内で、七春は勝手に座席の上のライトをつけた。

 明るくなると、目の前に七春がチョコリと座っている。

 髪がハネていた。つい先程まで、七春も寝ていた様子がうかがえる。

 でして、その七春が生真面目な顔で言う。

「緊急事態だ、八神くん。」

「どうしたんですか? スマホの充電切れたんですか?」

 八神にとって緊急事態とは、その程度の認識でしかない。

「違うわ。」

 と緊急事態でも律儀にツッコむ七春さん。

「目的地に行くために通らなければいけない、この先のトンネルなんだが。」

「はあ。」

「オバケが出るらしい。」

「はあ。」

「しかも追いかけてくる系らしい。」

「はあ。」

「それでスタッフ張り切りだした。」

「はあ?」

 返事をする八神の語尾が緩んだ。語尾が右肩上がりになる。

 一行が目指しているのは、有り難いことに幽霊が必ずでるというホテル。

 そこへ辿り着くには、この先のトンネルしか道がないとかいう、お約束の展開だった。

 でしてそのトンネルには、七春曰く『追いかけてくる系』のオバケが出るらしい。

「もうそのトンネルに入ったんですか?」

 窓にかけていたカーテンをあけて、八神が外をのぞく。振動がないと思ったら、バスは道の片隅に停車していた。

「まだ。」

 と七春が短く返す。

「じゃあ、なんでオバケが出ると?」

「や、なんか、スタッフが下調べ済みだったらしく。ホテルに着く前のゲリラミッションとして、はじめからこのトンネルでも少し撮る気だったらしい。」

 それを全く知らされていなかったので、まさしくゲリラミッションというわけだ。

 七春も起こされたばかりらしい。

「七春センパイ、ゲリラミッション多いですね。」

「誰一人として俺に気をつかわないよね。」

 七春さんはアドリブが強い声優として有名なので。

 七春が座席の横に立ったので、八神もしぶしぶ立ち上がる。

 車内後方には色々な機材が置かれている。中には運び出されているものもあった。

 七春に促されて、車をおりる。

 外は霧雨だった。

「あ、涼しい。」

 外はコンクリート地面。

 目の前には幅の広い国道。深夜二時をまわった路上を、撮影用ライトが照らしている。

 雨というには粒が細かく、霧というには水気の多い、中途半端な天気だった。

「こんな時に変な天気。なんか、やだ。」

「霧雨って、こんな時期にも降ることあるんですね。変なの。」

 七春と八神がそれぞれ観想をのべる。

 その細かな雨のベールに隠れるように、道路の先には巨大な開口部が見えた。

 道路を飲み込むような姿勢でたつトンネル。入り口のすぐ脇に、速度制限だか高さ制限だかの標識が見える。

 地中をぶち抜いて人が通れるようにしたものの、色々と制限があるらしい。当然か。

「なんか、カサなしで行くらしいから、八神くん風邪ひかないでね。」

「鬼ですか。」

 これくらいの雨は雨のうちに入れないつもりらしい。

「そーゆー七春さんこそ、風邪ひかないで。」

 と、声がかかった。

 横から。

 七春と八神が同時に声のした方へ視線を送ると、そこに二人の男性声優が立っている。

 見覚えのある二人だった。

 上木詩織と、姫川かぐや。どちらも七春さんと仲のいい声優二人だ。

「詩織くん、なんなの!? レギュラーなの!?」

 前回、煽子の村に幽霊を撮影する企画で訪れた時もいた上木さん。再びの参戦である。

「アレじゃないすか。七春さんあんまり友達いないから、俺が呼ばれたんじゃないすか。」

 辛辣にして的を射た発言をする上木。

 ダメージをうけた七春さんは、

「友達いるもん………。」

 と自信なさそうに答える。

 ちなみに七春さんの友達は、だいたいこの場の三人くらいである。

「見た目が怖いおにいさんだから、友達いないんですか?」

 とうっかり逆鱗に触れた八神は、寸止めチョップをくらう。

「みっ」

 と目をとじた八神を見つけて、

「良かった。ヤコーくんいるんだ。じゃあ、九割方大丈夫じゃん。」

 と姫川は胸を撫で下ろした。

 上から下まで黒い服の姫川さん。家の中の怪奇現象を鎮めてもらってから、八神の力は信用してくれているらしい。

「あれ? 腰の上着デザイン変えた?」

 たずねる姫川に、八神は嬉しそうに腰にまいた上着をひろげる。女の子がスカートをひろげるのと、同じ仕草だ。

「七春センパイが買ってくれたんです。」

 前回、弓の怪しものにズタズタにされた八神のトレードマークの上着は、新品にお品換えされていた。

 ホクホクした顔で上着をひろげる八神に、買った本人の七春は、

「え、柄違うの? ごめん。…赤チェックだろ?」

 とコメントする。

「赤チェックだけど、配色がちょっぴり違うんです。でも気に入ってるから、これでいいんです。」

 とホクホク八神が言った。

 七春、八神。そして上木と姫川。

 この四人で、今回の死地に赴くことになる。

「姫川さんがいる時点で数字はとれたな。」

 と冷静に発言する七春さん。

 ちなみに前回は箱入あげはがその役割を果たしてくれた。

「七春センパイは戦力にカウントされてないんですね。」

「お前もな。」

 早くも関係をこじらせる七春と八神コンビ。

 を、放っておく上木。と、

(兄弟みたいだな…。)

 と見守る姫川さん。

 きっと今回はこのくだりが何度もあるはずだ。容易に想像できる。

 動きまわる少数精鋭の撮影班と豪華キャストを横目に、八神はテチテチと道路まで足を運ぶ。

 タイヤがこすってできる黒い跡が、ライトに照らされて見える。車が急なブレーキを踏んだらしい。

 少し先には、オレンジ色の欠片が転がっていた。破損した車の一部だ。補助灯か、フロントウィンカー部分だろう。

(なんだよ、事故ってんじゃん。)

 冷めた目でその痕跡を見下ろす。

 八神的には、何処で誰が事故ってようと、どうでもいいわけだが。

「七春センパイ。」

 と七春に振る。

「こういうところに事故歴あると、幽霊のせいにされそうで嫌だし、そうやって責任逃れする人間を想像して吐き気に襲われている俺がいるんで、なんか一言ください。」

 突拍子もなく、八神が毒を吐いた。

 寝起きだから御機嫌ナナメらしい。

「もしそうだったら怖いから、そういうこと言うのヤメテ。」

 と姫川さんがコメントして、

「それはさすがに被害妄想じゃないの?」

 と上木がコメントした。

 当の七春は、限りなく興味がないようで、

「八神くんの吐き気に興味ないから、そのへんで這いつくばって吐いてろ。それより、ずっとトンネルにいる霊とか可哀想だから早く助けてあげようぜ。」

 と言って寄越した。

 七春さんは何処にいても七春さんだ。

「センパイのブレないとこスキですよ。」

「はい、ありがと。それで、どう見ます? 魔法少女ちゃん? マッキーのバイブはまだこないけど。」

 七春さんが腰のベルトにつけている巻物、マッキー。お知らせバイブ機能は、今のところ発動していない。

 七春のその発言に、八神はヒコヒコと七春の腰回りを覗きこむ。

「な、なに。」

「センパイ、ユーミンはどうしました?」

 八神の大事なルエリィスタイルを台無しにした弓の怪しものに、七春さんが独自のセンスでつけた名前。ユーミン。

 そのユーミンは、名付けた七春の傍に置いて置かないといけないハズだが、今は見当たらない。

「なんか、マッキーと違って修復遅いみたいだから、バスにおいてきた。なんか、痛々しい姿がなかなか直らなくてな。」

「個体差あるんでしょうか」

「どうだろう。マッキーよりは遅いみたいよ。」

 ちなみに、そのユーミンよりも修復の遅いのが七春だ。

 小さな傷は、意識してみれば体のあちこちにある。

(アンタの方が修復遅いだろうよ。)

 そこから目を反らすように、八神は何もない空間に目を游がした。

「何? やっぱ、ちょっと離すだけでもダメ?」

 ウリュ? と首をひねる七春を、横風があおっていく。

 ナナメに傾いてハタハタ揺れた七春。

 持ち直して、八神を見下ろす。

 その七春を、後ろから上木と姫川が見守っている。

「別にダメじゃないですよ。」

 と押し出すように八神は言った。細かな水滴に濡らされて、七春の髪がしんなりしていくのを、横目に見る。

「ついでに七春センパイも、ひっこんどきますか? 怪我多いし。」

「ひっこんどきます!ひっこんどきたい!」

 即答する七春。

 前向きに後ろ向きだ。

「けど。祓えないし救えないの八神くんが、一人で立ち向かうのは、メンタル的に辛いと思うので俺も傍にいます。」

 と言い直す。

「ご心配なく、これくらいの怪我で易々と後輩声優にパーソナリティを譲るほど、俺は人間デキてません。」

 とか付け足した。

 逞しい。色んな意味で。

「俺には何も救えませんよ。」

「数打ちゃ当たるだろ。」

 七春のその台詞が、八神の心の空白部分にスポンとはまった。

 なんか、丁度よく。

「あ、なんか。数打ちゃ当たる気がしてきました。」

「だろだろ。」

「まぁ、三十人くらい助けようとしてれば、四、五人は助けられますよね。ナンパと同じですよね。」

「そうそう。」

 軽い二人。

 そういう軽いテンションで、二人は霧雨の中のトンネルの前に立った。

 満を持して、その横には他の二人の声優も並び立つ。

「じゃ、逝きますか。」



 今回は、心霊トンネルを攻略します。

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