ミドリムシ的な奴
まあるい瞳が、光を放っていた。
それは、車のヘッドライトだ。
今年も満員御礼の花火大会を終えた夏祭りの開催場所。屋台などが出された広場の入り口に、一人の女性が立っていた。
黒い白地に蝶が舞う浴衣着込んだ箱入あげはだった。
つい先程までこの場所にある怪しものを回収するために動いていたあげはだが、今はアッサリ投げて帰宅準備に入っている。
広場の前には、狭い道路に車が一台停まっていた。
あげはを迎えにきた車だ。
「急な予定変更でゴメンね~。」
いつもと変わらずにのんびりした口調であげはが言った。
目の前に停まる車の運転席側の窓から、若い男が顔を出している。
茶髪に銀縁眼鏡。その下は黒のスーツ姿だった。
「イエイエ、滅相もない。ここもハズレでした?」
言葉遣いは丁寧だが、どこが親しみの深い軽い調子で男がたずねた。
「ハズレだった~。雪解が作った怪しものとは違ったよ~。」
というあげはは、無駄足をふんで不服そうだ。
「でも今回は、作り手が違っても欲しいって言ってませんでしたっけ?」
言いながら男は車を下りて、後部座席の扉を開けた。
「言ったけど、興玉ちゃんがヘマしたからさ~。」
と返答して、あげはは開いてもらった扉から乗り込む。
「七春くん戻ってきちゃったし。それに怪しものも水に落ちちゃったし~。」
「水の中に入ってとってくるわけには、いかなかったんですか?」
何気無く男が言った。
その言葉に、あげはは自分の服装を見下ろしてから、顔をあげる。
「………濡れるのやだもん。」
「えっ!? あっ。うわ、すみません!」
女の子は、池の中にザブザブ入り込んだりはしない。それをするのは雑な性格の七春くらいだ。
あわてる男と、むくれるあげは。
その上から、
「デリカシーがありませんわっ!」
と唐突に横槍をなげてきたのは、宙に浮く和服の女。
話にも上がっていた興玉ちゃんだ。
絢爛な飾りをつけて、和服の下から細い脚が惜しげなくのぞいている。
あげははその姿をとらえているらしく、
「興玉ちゃん、どこいってたの~。」
と声をかけた。
そのあげはの言葉に反応して虚空を見上げた男の方は、どうやら興玉の姿が見えていないらしい。
「興玉様、戻ってこられました?」
「うん。デリカシーがないって。」
「うっ。」
スイマセエェン!と男は、興玉がいる方向から三十センチくらいズレた方向へ頭を下げた。
見えないから仕方ない。
「興玉ちゃん、七春くんの足止め係だったでしょ~。」
あげはが車の中から首をのばして、その興玉を責める。
責められた興玉はパタパタ手足を動かして抗議した。
動くたびに、髪や帯につけた飾りが、シャリシャリと音をたてる。
「ワタクシはちゃんと足止めに向かいましたのよ!でも変な巻物を鞭みたいに使われて……それで、それで!」
「動けなくなっちゃった?」
「う……。そうなんですの。」
素直に肯定した興玉は、停車している車の屋根にチョコンと座り込む。
あげはは首をひっこめた。
「車、いいよ、だしちゃって~。」
「あ、はい」
見えない興玉とあげはの会話に気を引かれていた男は、我にかえって返事をした。
運転席に乗り込む。
「七春っていうと、最近やたら心霊関連で騒がれている声優ですよね。巻物の怪しものを手にしたとは言ってたけど、使い手ではないって話だったのでは?」
話ながら、車は発進する。
「そうなんだけどね~。なんだろう。巻物の方が彼の意志に添うような行動をとるんだよ。……たまにね。」
暗い車内で、窓越しに入る光が、あげはの瞳を怪しい色に光らせた。
それは紫になって、すぐに青に変わる。
この場にいる誰よりも、遠い先まで見据えているような、鋭い瞳だった。
そんなあげはをバックミラーの中に見つめながら、ハンドルを握る男がまた口を開く。
「それはそうと、八神夜行は来てましたか?」
「来てたよ~。会いたかった?」
「いやぁ。遇うと殺したくなるんですよね。」
ごく普通に、世間話のような体で、二人は会話している。
「ちっちゃいお嬢さんの仇はとりたいですけど、あれも悪気があって殺ったわけではないようですし。……それに、八神夜行も亡くしていますから。俺と同じ大切なものを。」
だから同族嫌悪なんですけどね、と男は付け足した。
闇に押し潰された街の中を、自身の身に付けたライトだけを頼りに、車は走り去っていく。
後に残されたのは、排気ガスとそれに混じる静寂だけだった。
ちなみに、「静寂」の対義語が「七春」である。
「あー、くっそ。八神くんのせいで中までビチャビチャじゃねーか。」
片手に弓の怪しもの、ユーミン。
片手に巻物の怪しもの、マッキー。
それぞれを持って、七春が池から上がってきた。上から下までビチャ濡れだ。
柵をこえて八神の待つ遊歩道へとおりながら、不平をこぼす。
「早く帰って中洗いたい。なんか、色々とくっついてそうで嫌なのよ。」
七春の体には今、ミドリムシとかミジンコとか、なんかそんな感じの池にいた微生物が大量に付着している。
「俺にミドリムシ的な奴付けないでくださいね!」
七メートルくらい離れた位置まで避難する八神。
…に、七春が全力疾走からの全力タックルでミドリムシを押し付ける。
可哀想な悲鳴をあげる八神。
それはともかく。
この広場にいた弓の怪しもの、ユーミン。
その回収が終わった。
爆音や熱風にさらされたせいで、周囲の空気はやけに暑い。夏の暑さに拍車をかけてさらに暑い。
「それはそうと、怪しものを見せてください。」
八神のふざけたテンションがいきなり切り替わるのは前にもあったので。
「うん。」
と素直に返事をして、七春はもっていた弓を手渡した。
八神に苦無を突き刺されたり、爆発されたり、塩をかけられたり、すごく酷いめにあった怪しもの。
弓だからユーミンという安直な考えで名付けられたせいか、なんだかもの悲しい空気を放っている。
「原形とどめてないけど、また戻るんだろ?」
弦が切れ、真っ二つに折れたせいで、もはや意味のわからない物体になっているユーミン。焦げたせいか、なんか黒い。手触りもザラついついる。
しかし、巻物の怪しものマッキーも、異常な修復能力を持っている。
八神に塩を投げられ丸焦げにされたはずだが、焦げあとも焼けた紙も、全て元に戻っていた。
同じ怪しものであるユーミンなら、マッキーと同じような修復能力を持っていてもおかしくない。
事実、
「はい。戻りますよ。」
と八神は軽々しく言い放った。
「俺の攻撃程度、怪しものならすぐ治せます。また放っておけば自己再生しますから。」
「すげぇ。よかったな、ユーミン。」
名前をつけると愛着がわくという怪しものマジック。
嬉しそうにユーミンに話しかける七春を、八神はじっと見つめていた。
それから、おもむろに口を開く。
「センパイ。今日は、ありがとうございました。おかげで随分はやく怪しものが回収できました。」
「早かったのか?」
池に入ったり、後頭部をどつかれたり、頭の上で怪しものが爆発したり、色々とあった気がするが。
だが、確かにあっという間の作業だった。
「早かったですよ。俺一人なら、もっと時間かけてます。」
「下見とか?」
「とか、です。」
と八神は含みのある言い方。
「とか、殺されかけてやむなく撤退したりとか、大まかな動きだけ知っておきたくて、何度も小手調べとか。」
そのあまりにも強烈なループ地獄のせいで、それより前の大切な時間を、八神は忘れつつある。
果てしなく八神に興味がないらしい七春は、「へー。」という平凡な返事で返した。
「じゃあ、良かったじゃん。早めに片付いて。それより怪我は大丈夫か?」
何気無く七春が聞くと、八神は首をバタバタ振って、ウルウルした目で腰の上着をつまんだ。
「だいじょばないです。破れました…。」
ユーミンの矢に撃たれた衝撃で、縦に裂けてしまっている赤チェックの上着。
八神がいつも腰に巻いているお気に入りだが、沈没船の旗のような、みるかげもない姿になっている。
八神演じる魔法少女、ルエリィとの御揃いスタイルが台無しだ。
「ルエリィの唯一のアイデンティティーが欠落したな。」
「あっくん、新しいの買って~。」
「いいじゃん、戦いの中で魔法少女の服が破れるのはお約束だろ。」
「あっくんのえっち!」
二人が共演するダークファンタジー。『できなくてもなんとかしろよ、魔法少女だろ!』第十四話、戦いを終えた魔法少女と使い魔の会話である。
何故ここで言ったのか、わからないが。
「それよりセンパイの方こそ大丈夫ですか、細かい怪我が多いですが。」
「だいじょばないですよ?」
弓が直撃した頭もとい、針のように鋭く細かい砂や水に叩かれた体中に、小さな傷が目立つ。
素直に大丈夫じゃないと否定した七春は、いつもと変わらない顔つきだ。
電灯に照らされる下で、小さい八神を見下ろしている。
「ごめんなさい、なの。」
しょんぼりした八神が言って、小さく頭を下げた。
危険な戦いに参加させたことを、八神なりに気にしてはいるらしい。
「てか八神くん俺のこと全然護ってくれなかったのは、なんなの。」
「あう。」
「怪しもの優先しないで、ちゃんと俺のこと護ってくれないとダメなんですけど?」
「あう。」
もともと小柄なのにも関わらず、責められるたびに八神は小さくしぼんでいく。
そのままでは八神が米粒サイズになってしまうので、七春は短くため息をついて言葉を切った。
「いや、俺も足引っ張りたいわけじゃないから、別にいいけどさ。」
夏祭りの夜に。
二人で怪しものの回収に挑んだ。
やってみてわかったことだが、戦闘の最中に護ってもらうなんてことは、当然難しい。
これまで、幽霊に遭遇しても、なんやかんやと護ってもらえていたのは、「戦闘」ではなく「遭遇」だったからだ。
(つまり、怪しもの回収するときは、八神くんもあまり余裕ないってことだよな。俺も、いつでも護って貰おうって考えじゃ、マジで足引っ張ってるだけになっちまう。)
傍にいたいなら。
隣に立てるだけの強さを。
「求めないとダメってことか。」
ふいに口にした七春に、八神はまたぞろビュンビュン首を振る。
「いえ、センパイに求められる前に、フォローに出ておくべきでした。次からは気を付けます!」
「え!? あ、いや、今のは違うよ?」
あわてて取り繕う七春。
「俺ももっと強くなりたいなー、とか。考えたりしただけよ?なんか、マッキーの使い方も、ちゃんとマスターしたいし。」
「そういえば、結局一度きりでしたね。センパイがマッキー使ったの。」
巻物の中に書かれた文字を飛ばすマッキーの攻撃。七春が意志的にそれを使ったのは、一度きりだった。
それを習得すれば、或いは八神に手を貸すくらいのレベルまでは成れるかもしれない。
「次に八神くんに誘われるまでに、俺自身、もう少しテンション上げとくわ。何か手伝いたい、くらいの心持ちなので。」
「テンションの問題ですか?」
笑いながら、八神がツッコんだ。
その笑顔が、昼間に見せる顔とはかけ離れて儚げで、七春は熱い空気を飲み込んだ。
転落した穴の中にいた、いつかの八神を思い出す。
今の八神からは、想像もつかないほど、情けない姿だった。プルプルしていた。チワワみたいに。
何かに、自分に、責められていた。
あれを見ると、傍を離れないであげたいとは、思わされる。
(って、オカンか俺は!)
内心セルフツッコミ。
自分の考えていることに、恥ずかしくなる七春さん。
「そのへんはそれとして、箱入あげはは戻ってきませんでしたね。」
池を囲む遊歩道。そこから、屋台のでていた広場の方へ、八神が目をむける。
そこには誰の姿もない。
ただ、風が揺らす木々と、深い闇だけが佇んでいる。静かだ。
あれだけ騒がしくした柵の内側も、落ち着いた水面が、音を吸収している。
「何か意図があるのか、狙っていた怪しものとは違っていたのか。」
「てことは、なんか狙いがあるってこと?」
「なんか、本人が巫女代理だと暴露してましたが。」
さらっと発言した八神に、七春が「え」と声をあげた。
その七春を、ゆっくりと八神が見上げる。
月明かりが、八神の顔に半分影を作った。
「それって八神くんと同じじゃねーか。」
「同じなんですよ。笑いますよね。」
「いや、俺は笑わないけど。てか、開きなおってる? てことは、八神くんそこそこパニクってる?」
軽口を叩く七春を、ニャー!っと八神が襲う。
顔をひっかかれた七春は、ヨロヨロと後退して、柵に寄りかかった。
「とにかく!真意も掴めない、詳細もわからない、規模も不明の敵がいるってことです。」
「誰でもかれでも敵視するなよ。土地神に相談すりゃいいじゃん。」
「あいつ今、祟神ですから。使えないんですよね。使えないなら息吸うの止めりゃいいのに、うっとうしいわぁ。酸素の無駄だわ。環境保全の為に呼吸止めろ。」
八神の絶好調の毒舌。
処理するのが面倒くさい七春は、それを明後日の方向に投げる。
どスルー。
(マッキーを使いこなす…。その為には、もっと色んな霊と会ったりして、なんかヒント掴まないとな。)
さしあたって、目前に迫るのは心霊ロケの第二弾だ。
「やること、決まりっ。」
ホルダーに戻した、腰のマッキーに触れた。
あたたかい。




