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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
夏祭りと記憶の弓
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 彼女の代わりをつとめようなんて、思い上がったばかりに。

 何度死んだかしれない。


 何せ一度目のトライが酷かった。

 まだ右も左もわからないうちに、気合いだけで突っ込んでいって、打ち所が悪かった。

 顔に紫のアザを作って、鼻血をたらしながら、折れた足を引きずって歩いた。

 帰ってから、吐いた。



 二度目も三度目も酷かった。

 何度やらせても、使えないと言われた。

 次でダメなら祟り殺して、代わりをたてよう、と言われた。



 四度目はもとより諦めて挑んだ。

 一度目より酷かった。

 帰り道、自販機のところで動けなくなった。それでも明日は仕事に行かないと、なんてことを考えながら、頼りない夜空を見上げていた。



 五回目に挑む前に彼女の遺品を整理してみた。

 とても手をつけられる状態じゃなくて、見てみぬフリをしていた。

 していて正解だった。

 しておけば良かった。

 もう諦めることも後に退くこともできなくなった。思い出が足枷に変わった。



 それで六回目以降は数を数えなくなってから、今日まで繰り返した。

 一年とは三百六十五日だったか。

 とすると、千二百はもう越えた。

 


 怪しものと戦って、一方的に蹂躙されては、負け惜しみ。

 非協力的な霊獣と、信用できなくなった土地神に、頭を下げて協力をあおぐ日々。

 毎日が億劫だ。

 


 それでもなんとか攻撃できる形になったのは、今から半年前の話だ。

 肝心の怪しものは、まだ指折り数えるほどしか集めていない。

 死んだら一番楽だと思った。

 

 



 四年後の猛暑の夏。


 部が悪いことはない。

 それは、自分の方が優位というわけではなく、単純にどちらの攻撃も効いていないから、大差がないという話である。

 というようなことを考えながら、立ち回っていた。

「怪し『月威練』!」

 走りながら、掌から取り出した飛苦無をぶん投げる。

 溜池の上空に浮いている弓の怪しものにめがけて、吸い込まれるように飛んでいく苦無。

 弓を覆う透明な結界に刺さって、刃先が半分ほど食い込んで止まった。

 金属が鈍い音をたてる。

「みゃ!」

 八神が念を込めることにより、苦無の刃先が派手に爆発する。すると、轟音と共に熱風が吹き荒れた。

「……っん。」

 池のまわりの遊歩道に立ち、自分の攻撃の衝撃波を片手をかざして防ぐ八神。

 爆風に巻き上げられた池の水も、細かい水刃になって飛んできた。

 八神のシャツと髪を濡らしていく。

「それでどーよ。」

 風に髪を乱されながら、八神が短く言った。

 爆発の炎は八神の声に反応にして燃え上がると、あとはあっけなく消える。

 八神と、少し離れたところからあげはが見守る中、血の気のない薄い煙が晴れていく。

 少し煙たい。

 木を燃やしたような臭いがする。

「いや~。ダメじゃないかな~。」

 あげはの、のーんびりとした声。

 その言葉通り、ダメ、だった。

 煙が消えて視界がきくようになっても、弓の怪しものは変わらず池の上で滞空している。

 結界には細いヒビが入っているが、肝心の弓は無傷だ。

「たたみかけないとダメか。」

 アッサリ諦めたような声で八神が呟く。

 たった一回で攻撃が通るとは、思っていない。そういうところ、八神は怪しものと戦い慣れている。

「じゃあ、畳み掛けようか~?」

 言って、離れた位置にいるあげはが、逆サイドから三本の刀をぶつけた。

 刀に見せた火の玉。幻術だ。

 八神がつけたヒビを狙って当てると、さらに白い壁にヒビが長く走る。

 が、砕くには至らない。

「あは。ダメかぁ。刃先くらい通るかと思った~。」

 あげはも、アッサリと投げる。

 結界を通れなかった刀が池に落ちて、火の玉に戻り、水に消された。


 夏祭りを終えた広場、その先の溜池、それを囲む遊歩道で、あげはと八神が怪しものを回収していた。

 夏の夜だ。空が暑い。


「慣れた感じで合わせてくれますね。でも惜しかったです。」

 八神があげはに言葉を投げる。

「頑丈な結界だね~。怪しものには、怪しものじゃないと歯が立たないかな~?」

 それに返すあげは。肩の前におちてきた髪を、後ろに払う。

「手慣れてますね。あげはさんは巫女なんですか?」

「巫女代理で~す。」

 もう隠すのも面倒になったのか、気だるそうに答えるあげは。

 予想になかった返答に、八神は息を飲んだ。

「……え?」

「この土地の巫女じゃないけどね~。自分の持ち場は投げちゃったダメな人なの~。」

 さらっと他人事のように自虐発言をした。

 その瞬間、八神は気がつく。

 あげはは自分と同種だと。

 置かれている環境も、開き直って自虐的になるところも。

「な、なんでしょう…! 突然、あげはさんに親近感が!」

 胸を押さえて八神が言った。

 分かりやすい奴。

「ん? それは同情? ありがと~。」

 ミルクチョコレートなみに甘い声で、あげはが笑顔で返した。

 アニメのイベントだったら、男性客から野太い歓声があがっていたことだろう。

 あげはちゃんの声は大人気なのだ。

「あのあの、あげはさんは何処の土地の巫女さんで、どういう経緯で代理に?」

 突き詰める八神に、

「話はともかく、前、前~。」

 あげはが忠告した。

 言われて八神が振り返ると、池の上にいたはずの弓の怪しものが、またどこかへ移動しはじめている。

 散々攻撃されたので、さすがに身の危険を感じて、逃げはじめたらしい。

 怪しものを回収するには、まず形を損ない動かなくすること、その上で、名前をつけることが必要だ。

 逃がすわけにはいかない。

「ぶー!ぶー!空気嫁! 追いかけるか。」

 八神が酷い悪態をつく。

 仕方ないので、あげはと八神は同時に走りだし、逃げ出した弓の怪しの追跡をはじめた。

「逃げ場なんてないよ~。」

 さらっと怖い台詞のあげは。

 その頼もしさに苦笑いしながら、八神は空中を進む弓を目で追った。

 弓は水の上を飛んでいるから、一直線に対岸へすすむ。

 対して地上をもぐもぐ進む八神たちは、円周状に池を囲う遊歩道を走っていくため、遠回りになる。

 否応なく距離が開くのがわかった。

 怪しものが故意に距離を開こうとしている。

 そのことから、怪しものも必死に逃げていることがわかる。いつだったか、怪しものも生きている、という話を七春にしたことを思いだした。

 生きているものと、命がけのギリギリの追いかけっこをするのは好きだ、と八神は思う。

 残忍で貪欲。

 それがホントの自分だ。

(まず塩で威嚇しつつスピード落とさせて、対岸に先回り…いやぁ、スピード落とさせても怪しものの方が先に対岸につくな。あっち行かれると、どこへ逃げるか予測難しいから、できればここで食い止めたい。)

 とか。

 考えながら、追う八神。

 上着の下から塩の包みを引っ張りだして、投げる準備に入った。

 動きながら考えることを、好きになれたのも最近になってからだ。

 常に先を呼んで、全体を見る。難しいけどおもしろい。でも失敗したら最悪は死につながる。 

 奥が深く、かつリスキー。だからノッてくる。

(楽しかったな、ゆきがいた頃は。)

 なんて、ふいに感傷。

 八神は今、一人で怪しものを集めている。

「あ、ちょと、待って。」

 あげはが速度を落とした。見ると、浴衣が少し乱れている。

 あの格好で全力疾走しろというのが、はじめから無理なのだ。

「う、俺が先、行きます!」

 あげはを追い抜いて八神がさらに怪しものを追った。

 包みを破り、塩を池の上の弓にむかって投げる。正確には、弓を守っている強力な壁、『結界』に向かって投げた。

「神威!」

 凜とした声が、空けっぱなした夜空に響いた。

 俗に言われる熱帯夜。

 八神がこんなことをしている間にも、コンクリートジャングルの住人たちは、寝苦しい夜を過ごしていることだろう。

 八神が投げた塩は拡散してひろがり、弓を覆う結界を包んだ。

 怪しものの苦無ほどの威力はだせないが、八神が念を込めることで攻撃できるマイ塩。

 

 パシッ


 と怪奇音。

 

 池の上空を進んでいた弓が、僅かに傾き動きを止める。塩の一粒一粒が、ジリジリと電気を放つような音をたてていた。

 わずかに、怪しものは足を止めた。

 虚ろな水面に、星の瞬きのように光がうつる。

 だが、弓は再び動きだす。

(あ、ダメかぁ。)

 冷静に結果を受けとめる八神。失敗はいくらでもしてきたので、もう慣れている。

 次の一手を考えながら、八神は上着の下を探った。

 今ある武器で、ベストな攻撃は?

 敵からの反撃は?

 防御は?

「来るよ~。」

 ゆるかに落ち着いた声で、あげはが言った。

 だから全く危機感が感じられないが、怪しものの弓はゆっくりと八神に振り返っていた。

 まっすぐに張っていた弦が、ゆっくりと後ろに引かれる。まるで、その後ろには誰かがいて、矢を放とうとしているかのように。

「殺る気だしてきたなあ。」

 走っていた勢いからフルブレーキをかけて停止する八神。

「うつしよから妖しものをお頼み申す我が名は、神木を奉じ境界の巫女の命を継ぐ者なり。」

 手を合わせ、長い詠唱を早口に唱える。

「神命に於いて疾く成しませ。」

 八神が取り出したのは霊杖だった。

 近頃大活躍している、護りの力のある杖だ。

 八神がそれを地面に突き刺し護りに入るのと、目一杯まで引いた弦が勢いよく見えない矢を放つのはほぼ同時だった。

 見えないから、軌道は全く読めない。

 見えないが、確かに矢のようなものは飛んできているらしかった。

 八神が杖を刺した周囲の狭い範囲、霊杖が作り出した光が、壁のようになって八神を護っている。

 そこに降り注がれる、見えない攻撃。

 見えないから、ほとんどただの衝撃波だ。

 霊杖の光の外では、戦車の砲撃を受けているかのように、地面の土が飛びはねまくっていた。

 透明な、見えない何か、それも砲撃並の威力の何かが、弓から放たれ地面を抉る。

 抉られた地面は土を撒き散らしながら、月面のようなクレーターを作り出した。

「………みゃ…」

 一撃ではない。

 いくつもの衝撃が、池の水面から五メートルくらいの高さから立て続けに降り注いでくる。

 霊杖をたてるタイミングが一歩遅かったのか、八神の左脇腹と右足にも、衝撃の余波があたった。

「あぁにゃあ!」

 よくわからない悲鳴をあげる八神。

 とっても大事な赤色チェックの上着が裂けて、その下の傷口から血が吹き出す。

 傷付くことにはいい加減慣れてきたが、上着がダメになったのはとても悲しかった。

 後の攻撃は霊杖の力で防いで、事が収まるのを待つ。

(上着の仇~。コココ…コロス……)

 防御に入りながら歯軋りする八神が、機械兵のようにバーサク状態になりかけた。

 その時、


「解の命に於いて疾く成しませ!」


 どこからかテンションの高い声が横殴りに入ってきた。

 声と共に小さな墨の文字が飛んできて、ぺすぺすと音をたてて空中の弓に撃ち当たる。

 一つ一つの威力は小さいが、幾千もの文字が束になってかかるので、相当な火力だ。

 不意打ちにして怒涛の攻撃だった。


 ぺすぺすぺすぺすぺすぺすぺすぺすぺすぺす


 見えない矢の強襲が止まり、細かな文字に撃ち抜かれて、弓が纏っていた壁が砕ける。

 砕けた壁の欠片は溶けるように空中に消えた。

 バシャッ

 と音をたてて、弓は池の水の中に落ちた。水しぶきがあがって、水滴が踊る。

 怪しものを撃ち落とした。

「え?」

 と驚いて、霊杖を支える体勢で固まった八神と、

「お~。」

 と素直に感心するあげは。

 二人の視線の先で、巻物を片手に道の脇に立つ七春が、

「おおおぉぉおらあぁっ!」

 という謎の奇声をあげた。威勢よく拳を握っている。

 一体いつのまに、どこから七春がでてきたのか、誰にもわからない。

 夏の夜、音が途絶えた。池の蛙も、突然の落下物に黙りこむ。

 鳥も風も息をつまらせる。

 誰も予想していなかった、『次の一手』だった。

「な、な、はる……センパイ?」

 よほど経ってから、八神が口を開く。口だけでなく、目も見開いている。

 激しく荒れた水面が、波紋を残して落ち着きを取り戻すだけの時間は、十分にあった。

「おぉ、八神くん!」

 その呼び声に気がついた七春が八神のもとに駆け寄って、

「はぅん!」

 霊杖の光に跳ね返されて、後ろ向きにひっくり返った。

 騒がしい。

「あ、すみません。」

 気がついた八神が、地面に刺した霊杖を引き抜いて、手の中にしまいこむ。

「なんでお前今、俺までシャットアウトしたの!? 酷くね!?」

 ひっくり返ったまま、ビシッと八神を指差して猛抗議する七春。

 騒がしい。

 服は何故か泥まみれだ。服はともかく、髪まで泥がついている。

 その七春に手を貸して起こしてから、八神がたずねた。

「そんなことよりセンパイ。今、何したんですか?」

「そんなことより!?」

「今の、マッキーの攻撃でしたよね。」

 八神に反撃していた弓の怪しもの。

 の、横っ面にめがけて飛んできた、墨の文字。

 それは夏の心霊ロケで、巻物のマッキーが使っていた攻撃だ。ちなみにあの墨の文字は、マッキーの中に書かれている経の文字である。

 文字が減って一部分白紙になっているマッキーを手に、

「うん。そうそう。」

 と簡潔な返事をする七春。

「八神くんに会いたいってマッキーに言ったら、上に引き上げてくれたんだよ。」

「引き上げる? 何を?」

「俺を。」

「おれを?」

 意味がわからん。

 二人の会話は全く噛み合っていない。

「とりあえず、ハグ。」

 立ち上がった七春が両手を大きく開くので、全く意味がわからないけど、八神は大人しく腕の中におさまった。

 八神の小さい身体は、ポスンと型にはまる。

「はい。」

「ん。」

 でして八神のまあるい頭を、七春が撫で撫でした。

「これ、さっきしてやれなかった分な。」

「はぁ。」

 撫で撫で。

 撫で撫で。

「意味わっっかれへん!」

 全身全霊で八神がツッコンだ。

 ツッコミついでに七春の腹に八神の右ストレートがキマる。

「ぐっう。」

 マトモに喰らった七春は、腹をおさえてヨロヨロと後ろに下がった。

「何やってるんですか!」

「お前がな!?」

 ツッコミの応酬。

「意味がわかりません。さっきっていつですか。」

「お前がウジウジしてた時ですー。穴の中でー。」

「穴ぁ?」

 ちょっと考えてみて、思いあたる記憶があるような気がして、八神は首をひねった。

 だとしても、何年も前の話だ。

「どうやって何を見たのかわかりませんが、ふざけてる場合じゃないんです。」

「そういう八神くんこそ、京助との話は済んだのか。」

 突然、この場にいない霊獣が話に登場して、八神は内心驚く。

「アイツとは別行動ということで話がまとまりました。」

「うん。決別ではなく一時的別行動な。それなら、いいんだ。良かった。」

「……あ。」

 七春の安堵の表情に、今更ながら京助の本心に気がついた八神。遅すぎる。

「で? 怪しものは? さっき、八神くんに攻撃してる変なやついたから、テキトーにその場のノリでぶっ飛ばしたけど。」

 その場のノリだったらしい。

「七春センパイがその場のノリでぶっ飛ばしたのが、怪しものですよ。」

「なんだ、結果オーライだな。」

「いえ、余計に大変なことになりました。」

 怪しものは、池の中に沈んでしまった。

「俺、水の中は入れません。」

「OH………」

 


 撃ち落とす時は、場所を選びましょう。

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