夏祭りに行きましょう。
夏祭りに行きましょう。
と、珍しく八神の方から連絡があった。
電話にでない、メールも見ないのあの八神が、連絡してくるなんて。
と、たいそう驚いた七春さんは、あわてて八神に「行こう」という旨を伝えた。
とかいうようなことが三日くらい前にあって、いつも通りラフな格好をした七春と八神が屋台の出ている広場へ集合したのが、夜の十時ごろだった。
「それで、本日の回収対象となる怪しものですが。」
「だから、なんでそうなるんだっての!」
浴衣に身を包んだ人たちのあふれる広場で、盛大に大地を踏み鳴らしている七春。
花火大会が十時に終わって、子供連れの客はほとんどが帰路についている。残っているのは、主に若いカップルばかりだ。
そんなところに、男二人で集められて、七春は半分キレている。
「なんで突然怪しものでてきちゃったの!? せっかく誘われたお祭りだから、たこ焼き食べようとかワクワクしてた俺の気持ちどこいった!? ふわふわしたままどこいった!」
「たこ焼きは食べたらいいじゃないですか。」
キレる七春に冷静に返す八神。
楽しい夏祭りと思っていたら、またしてもゲリラミッション。今日の本題は怪しものの回収である。
らしい。
「何で最初に電話してきた時にそういうの言ってくれねーのお前? バカなの?」
「いえ、センパイとちゃんと怪しものを回収するのはこれが初めてだし。あまり緊張させちゃいけないかなー。と思いまして。」
八神なりの気遣いでした。
「なにその気遣い初デートの恋人か!? 要らねーだろ絶対!」
「でもはじめから怪しものを回収するために来るより、屋台でいっぱい食べてから、『そういえば近くに怪しものがあるらしいよ。』『おっ。じゃあ帰りに寄っていく?』みたいなノリの方がいいかなぁー、と。」
「なにその軽いノリ? いやいいよ、むしろ怪しものを回収するならちゃんと準備したかったわー。てかスルーしちゃったけど何で俺も怪しものを誘われて『帰りに寄っていく?』とか言ってんの!? ファミレスか! もうええわ!」
絶好調のツッコミを入れて息をきらす七春さん。
を、見て
「絶好調ですね。」
と八神は気楽にコメントした。
自分が悪いとは全く思っていないらしい。
「あー。喋ったらノドかわいた。」
と、一人でダメージを受ける七春に、
「あっちにかき氷の屋台がありましたよ。」
と嬉しそうに遠くを指差す。
屋台がズラリ並ぶ道の先には、確かにかき氷の看板が見えた。
「じゃ、とりあえずかき氷でいいや。」
流される七春。
というわけで。屋台に向かって二人は歩きだした。
カステラの甘い香りやソースの香ばしい香りが進むごとに入れ替わり立ち替わりただよってきて、食欲をそそられる。
「やたいー。やたいー。」
と八神は嬉しそうに言ってピョンピョンはねる。祭というより、屋台がスキらしい。
「俺、今日のために貯金をおろしてきたんです。」
と上着の下から取り出すのはネコさんの顔の形になっているおサイフ。ずっしりと重そうなのは、小銭がつまっているらしい。
「俺、結構屋台とかスキなんです。神社でバイトしてた時は祭事に関わることがよくあったし、屋台の手伝いとかも雑用でしたことあるんで。」
花火も終わり、帰ろうとするたくさんの人の流れに、逆方向から逆らうように歩いていく。
それほど規模は大きい祭ではないが、地元の人はよくあつまっているみたいだ。
人が多いうえに流れが逆なので、かなり歩きにくい。
「待って、八神くん。」
小柄な八神は人と人の間を縫うようにしてスルスル進んでしまうので、七春はあわてて八神の上着の裾をつかんだ。
引っ張られるようにしてついていく。
夜の闇の中、屋台についている電球と設置されているライトが明るく照らしている。
汗ばむくらいの気温だった。
うちわで扇ぐ人の姿もみえる。皆さん一様に祭を楽しんでいるようで、各々手には屋台で買った飲食物をもち、談笑しながらすれ違っていった。
「早くしないと屋台がしまっちゃいます!」
とセカセカ進む八神にひっついて、無事にかき氷のもとへたどり着く。
「てか、怪しものを回収するなら人目につかない方がいいだろうに。まだ人がいるちょっと早い時間にわざわざ来たのは、屋台漁りたかったからか!」
屋台の真ん前で、かき氷売りのオニーチャンに見られていても、容赦なくツッコむ七春。
を、無視してかき氷を購入する八神。愛想よく、屋台の売り子にお礼を言う。
プラスチック製のちゃちな作りのコップに真っ白な氷。シロップをかけて、横には先がひろがったスプーンにもなるストローがさしてある。
そして、それを横から見ていて欲しくなった七春も、素直におサイフを取り出した。
「八神くん何味買った?」
「いちご」
「じゃあ俺はどーしよーかなー。お、ハワイアンブルーってなんだ。珍しいからこれにするか。」
「ぶーぶー!珍しいの頼むのずるいです。」
ぶーたれた八神を「一口やるから」となだめて、七春はかき氷をパクり。さらにパクりパクり。
そして続いて、たこ焼きを目指す。
「それで、肝心の怪しものはどのへんにあるんだ?」
聞きながらまた歩きだす。
横に並ぶ八神が、かき氷をつくつくしながら、短く返した。
「広場のはずれにある小さな祠だそうです。」
「来たよ! なんかそれらしいシチュエーションが! なんなの祠って! そんなの都合よくあるもんなの?」
「RPGやってると、序盤で必ず洞窟っぽいとこ出てきません?」
「出てくるけど?」
「それです。」
「どれ!?」
よくわからない理屈で、広場のはずれに祠があるらしい。
「どれ!? だいたいなんでご近所のお祭りやってる広場に祠があるんだよ! なに祀ってんの?」
言いながら歩く七春のすぐ隣を、小さな女の子が通りすぎる。
足下は砂利じきだが、すれ違う少女は裸足だった。それが少し気になって、少女を目で追い振り返る。
が、そこに少女の姿はない。
「センパイ、どうかしました?」
「いや、今……」
小さな女の子なら、人混みで見失うことはよくある。その時の七春もそう思い込み、特に気にはとめなかった。
「いや、なんでもないよ。話し戻るけど、怪しものってさ、祠とか墓とか神社とか、そういうそれらしい場所にあるもんなのか。」
「怪しものは『物』であることが多いので、人の手によって扱われているのが普通です。こういうものは、寺や神社の結界の中にあるのが、よくあるパターンですね。」
それ以外に、川の底にあったり、山奥にあったり、特に決まっているわけではないと八神は付け足した。
「あくまで『物』なので、人によって持ち出されたり、持ち込まれたりします。土地の中の怪しものの数も、減ったり増えたりですね。」
「で、それを土地神が管理し、巫女に回収させるのか。」
そして氷をわしわしかきこむ。かなり盛ってくれているおかげで、つくつくするたびに氷があふれて手にこぼれる。冷たい。
たこ焼きに到達した。
一人ずつ買って、かき氷で片手がふさがっているので、袋にいれてもらう。
ソースのいい香りだ。
「これが欲しかったんだよ。あー、よかった買えて!」
七春はもう満足らしい。達成感につつまれてフワンフワンしはじめる。
空中をフワンフワンするその七春を地上へ引きずりおろして、八神は少し遠くにいる浴衣の少女を指差した。
二人連れだ。どちらも浴衣がよく似合っている。
「次はあの人たちが持ってるやつ食べましょうよ、センパイ。」
「お前、人が持ってるやつ欲しがるなよな。」
ちなみにフライドポテトだった。
八神のフライドポテトへの熱視線に気がついたのか、浴衣の二人が振り返る。
一人は肩までかかる黒髪に、白地にピンクの大きな花柄の浴衣。頭にも白い花の飾りがついている。
もう一人はゆるふわの長い髪に、黒い浴衣。紫の蝶が舞っていた。
可愛らしさと大人っぽさの見事なバランスのとれた二人が、同時にその名を呼ぶ。
「あ、七春くんだ~。」
「七春王子ー!」
声優の箱入あげはと、霊獣の飼い主の久木亜来だった。
「ええええ!!」
七春が叫び、
「あ。箱入あげは。」
声優として知っていながら初対面の八神が、ぽつりと呟く。
屋台のライトより眩しい光を放つ女子力全開の二人が駆け寄ってきた。
どうやら祭の屋台を回ったあとのようで、あげははフライドポテトを、亜来は焼きイカを手にしている。かじりかけだ。
「七春王子とこんなところでバッタリ会うなんて、ミステリーの予感です!」
宝石のように大きな瞳をキラキラさせて、亜来がオカルティックオーラを四方八方へ撒き散らす。
さらに続いてあげはが、
「ホントだね~。怪しものに呼ばれたのかな~。」
と和やかに続けた。
「い、いや、てか、あげはちゃんと京介の飼い主って知り合いだったんだ……?」
「違うよ~。さっきそこで会ってね~、変なの連れてたから、珍しくて声をかけたんだ~。」
「天然担当同士でタッグ組まないでくれる!? なんか起きそうな気がしちゃうから!」
ツッコミをしてから、「ん?変なの?」と付け足した七春。
その目の前に、
「変なのって言うな!」
ピョコッと亜来の浴衣の胸元から顔をだしたのは、霊獣の荒天鼬だった。
小さなフェレットの姿で、短い手で生意気にも七春をびしりと指差している。
「あーー!」
後ろで、八神が盛大に声をあげた。
うるさい。
耳をふさぐ七春。
(な、なんかややこしいことになってきたんだけど…。)
肩の荷がどんどん重くなっていく、波乱の夏祭りの夜だった。
「もぉおおぉ!いい!」
屋台がしまる前に、ありったけの食材を買い集めてから、
「お前なんて一生帰ってくるな!そのまま寂しさで無に還れ!」
八神がとんでもない暴言を吐いているのは、大きな木の下だった。
先程まで屋台がならんでいた道からは、少し離れたところにいる。
亜来と京助、そして八神。
七春とあげはは、また少し離れたところで、別の話をしている。
「さ、寂しくならないよう、わた、私が飼います!」
怯えながらも八神にそう返すのは、京助を抱えてしゃがみこんでいる浴衣姿の亜来。
屋台も全て店じまいして、賑やかな灯りは消えてしまった。
等間隔にたっている街灯と頼りない月明かりだけが辺りを照らしている。
「亜来がビビってるじゃねぇか。もっと冷静に喋れ。」
亜来の手につつまれて、八神の神経を逆撫でするようなことを口にする京助。
京助と八神の喧嘩に巻き込まれた亜来は、困り果てて「あわあわ」と言葉にならない声を発している。
久しぶりの再開にも関わらず、八神と京助は、相変わらずの犬猿の仲だ。会えばすぐさま口喧嘩になってしまう。
そして今も、なんとしても八神のもとへと帰る気はないと断言する京助に、八神がぶちギレていた。
「だいたい、その女子高生は誰なんだよ!人間の女なんか連れていてどうするんだ。」
冷酷に「なんか」とか言っちゃう八神に、亜来は『ちょっと恐いひとだなあ』と思っている。
実際八神は、冷酷な部分が一度でてしまうと、結構こわい。
「亜来は、雪解を優しいと言ってくれたよ。昔、雪解に世話になったことがあるらしくてな。」
その八神に、思出話をするような、穏やかな声音で京助が言った。
ふいにその名前がでてきて、八神は口を閉ざす。
「雪解の話をしない、一緒に戦っていた時の感覚も忘れているような愚か者に比べたら、亜来と一緒にいる方がずっといい。」
結構、ズケズケ言ってくる京助。
さらに続ける。
「それに俺は、お前と俺と土地神、雪解を中心に集まっていた三人は、もう傍にいない方がいいという土地神の意見に賛成だ。…お前からはいずれ離れるつもりで、だいぶ前から機会をみていた。」
淡々とそれだけ言って黙った京助に、八神はすぐには言葉を返さなかった。
しばらく、複雑な顔をした八神が、巨大な木に背中を預けていた。
生意気な霊獣に対する怒りなのか。もう傍にはいない方がいいというハッキリとした主張を知って、傷ついたのか。
よくわからない感情が、八神の胸の中を蹂躙していた。
思考がまとまるのに、少しかかる。
それを見越して、京助がまた口を開いた。
「亜来は、昔のお前にどこか似ている。そういえば、お前が連れている七春王子も、昔のお前によく似ているよ。」
「七春センパイや、亜来さんが俺に…。」
昔も今も、そうさして変わらない気でいた。少なくとも、八神は。
そのせいかイマイチ理解しない八神に、京助が言葉を重ねる。
「だが、雪解の死によってお前は変わった。俺たちは何も変わらないのに、だ。」
少し立ち入った話になってきたので、自分がここにいていいもんかと、亜来は不安になってくる。
薄い闇の中、七春やあげはも少し離れた先にいて、周囲は静まりかえっていた。
溜池の蛙の声だけが、けこけこと絶え間なく響いてくる。
「どんなに大切な記憶も、ヒトならある程度は時間の経過とともに風化するのだろうな。だけど俺や土地神は、お前とは時間の流れが全く違う。……俺や土地神にとっては、雪解がいなくなったのは、まだ昨日の話のようだよ。」
「風化……。」
そこでやっと、八神が口を開いた。
八神の中で、風化していなかった雪解との大切な思い出のページが、頼んでないのにパラパラとめくられていく。
鼻の奥がツンとした。
「俺はお前のもとに戻る気はないが、亜来の腕の中でぬくぬくと思い出に浸っていたいわけでもない。」
「じゃあ、どうする。人でも喰らうか?」
さらに八神と京助は、皮肉をかわしあった。それから、極めて慎重に、京助が言った。
「俺は亜来と、『初春』を動かそう。」
その言葉に、八神は息を飲んだ。




