ん?殴ってやろうか?
新卒の地縛霊に会ってから、一週間がたった。
春と夏の間には、梅雨という季節がある。七春さんが一番嫌いな季節である。
「梅雨!になるとぉ、ジメジメするじゃないですか。」
声優ラジオ第十四回、ゲストは名脇役と名高い、箱入あげは。
「うん、なるね~。」
特徴的な間延びする返事で返すあげはに、七春は「そうでしょ」とさらに同意を求める。
「そうすると、ナメクジが大量に出現するじゃないですか。」
「する~。」
「しかも家の前に。玄関のとこに。」
「七春くんとこはそうなの? ウチはそんなにかな~。」
「ウチはでるんです。あいつらって、超気持ち悪いじゃないですか。」
「嫌いっていう人は多いね~。」
「俺は大嫌いなの。もう、あいつらがいつウチの敷居をまたぐかと思うと気が気じゃない。」
「深刻だあ~。」
「最警戒対象物です。」
ナメクジさんたちの存在について熱く語る七春さん。
「今日も玄関の前にいたから、玄関から外に出らんなくて、二時間くらい闘ってから、結局、裏口から家をでました。」
「頑張ったね~。」
「頑張ったんです。そういうわけで、」
「うん。」
「遅刻しました。ごめんなさい。」
「許す~。」
以上。
七春さんの謝罪会見でした。
ここからラジオ本編をお楽しみ下さい。
「というわけで、お題は『遠足』です。あげはちゃんは遠出とかしますか?」
改めて始まったラジオ本編、七春の質問に、あげはは即答する。
「最近は神社をよくまわるかな~。お題と関係ないかもだけど。」
「え、ありますよ、ぜんぜん。どういう神社に行かれるんですか?」
「主に廃寺を~。」
「それは神社じゃなくてお寺だねぇ。」
やんわりと七春がツッコむ。女性相手には、ツッコみ方がだいぶ違う七春さん。
「え、でもつぶれた神社とかも行くよ~。結構、お社だけ残ってたり、鳥居だけ残ってるとこがあるんだぁ。」
「そういうところに、何をしに行くんですか?」
「探しものかなぁ。」
アバウトに、あげはが答える。
「そういうところに行くという話しをしていると、あとでスタッフにつかまる危険性が高くなりますよ?」
「なんで?」
「詳しく場所を教えてくれとか言われるかもしれませんね。実は少し前から、心霊スポットにロケに行く話しがでてまして。」
「へー。」
普段は少しのことでは動じないあげはが、珍しく感嘆の声をあげる。
「なんで、なんで~?」
「ここ二回くらい、誰かさんのせいで、このラジオは心霊ネタばっかりなんです。」
かなりふてくされた風で七春は言った。
その様子に、あげはは楽しそうに笑う。
「わかった、ヤコーくんだあ。」
「え、正解です。」
あげはが八神の名をだしたことに、七春は少し驚いた。
「あげはちゃんも知ってました? 八神くんの…。」
「勘だよ~。」
七春がすべて言い終わらないうちに、言葉をはさむように、あげはがそう答える。
「最近、七春くんはヤコーくんと仲がいいから、そうかなって。」
「仲がいい? …ああ、否定はしませんが。」
「大事な魔法少女だもんね~。」
これはアニメの中の話だ。
「いや、どちらかといえば、俺があいつの使い魔なんですけどね。」
「でも心霊ロケの話しが持ち上がるってことは、そういう話しがわりと…。」
「ウケてるんです!」
「泣かないで」
「ウケてるんです!」
大事なことだから、二回言いました。
八神や姫川の話した霊的な話しが、どうやら好評を受けているらしい。世の中、興味本意にそういう話しが好きな人は多い。
「なんかスタジオからだけでは伝えられない季節感を伝えるために、ロケをしようという話しがでてきて。」
物は言い様である。
「いいことじゃないか~。遠出できるってことは、お金があるってことだよ~?」
「ポジティブ」
物は考えようである。
「もしホントに心霊スポットに行くことになって、廃寺や神社に行くときは、呼んでくださいね~?」
「あげはちゃんは何を探してるんですか?」
訝しげに尋ねた七春に、あげはは少し間をおいて答える。
「えっと~、妖しものですよー。」
「妖しものかぁ、どこかで聞いたような。」
その七春の言葉に、あげはは興味深そうにくいついた。
「どこでですかー?」
「どこだったかな。また思い出したら言いますよ。なので心霊ロケがホントに始まった時は、ご同行願います。」
「お安いご用さ~。」
景気よく返事をして、やわらかく笑うあげは。心霊ロケがお安いご用とは頼もしいかぎりだ。
第十四回、声優ラジオの翌日。
「僕は人が死ぬのが、怖い。」
「ルエリィ、ホントに怖いのは、人が死ぬ時に涙を流せなくなることだぜ。」
魔法少女モノの中でも名作と呼ばれはじめ、絶好調で収録を進めているアニメ『できなくてもなんとかしろよ魔法少女だろ!』。
第五話の収録を終えたあと、七春と八神は自販機の前に陣取っていた。
それぞれ、イチゴミルクと、スポーツドリンクをお供にしている。
イチゴミルクをストローでちうちうしながら、
「重くなってきましたね。」
八神がポンといい放つ。
アニメの話しだ。
収録を教えた第五話から、物語は新たな展開を迎えていた。旗色の悪くなる魔法少女と悪の闘い。
しかし敵に立ち向かう力をもっているのは魔法少女ひとり。今日も一匹の使い魔と共に、少女は地獄に似た道を歩いていく。
「原作なら、このあたりで味方がでてきて、盛り返すんだけどな。」
「アニメのその展開はいつ。」
「さあ。お前に苦しめということでは?」
「ワオ。」
二人で先の展開をよんでいたところに、遠くから声がかかる。
「七春さーん、ヤコーくーん。」
声をかけてきたのは、声優ラジオでもお馴染みの、姫川かぐやだった。
短い黒髪、ドクロマークの入った黒いシャツにジーンズ。全体的に黒っぽい色の姫川さんは、自販機前の二人の前で足をとめた。
「お疲れさまー。」
とりあえず業務上の挨拶。
「お疲れ。」
「お疲れさまでーす。」
七春と八神が同時に返す。
飲み干したペットボトルを捨てて、七春が姫川に向き直る。
「姫川くんもお仕事あがり?」
「そ。じつは、二人に相談事があってさ。」
「おぉ!なんでも相談してくださいセンパイ!」
イチゴミルクを握りつぶす勢いで八神が食いつく。
「なんかあった?」
同じく七春にもそう聞き返されて、「たいしたことではないんだけれど。」と前ふりしてから、姫川は話しだした。
「実は最近、家の中の不信な物音が気になってて。ほら、前回のラジオでヤコーくんて霊感あるみたいな話ししてたから、一回俺の家を見に来てほしくてさ。」
言い終えた姫川に、そう言えばそんな話しをしたなぁと思い返す七春。
と、その七春にむかって「話したんですか?」と問い返す八神。
「話すとまずかったのか?」
「隠しているわけではないですけど。でもやたら人に言う能力でもないので。」
「なんでだよ。自慢しろよ。お前はお前が思ってるより、色々すごいんだぞ。」
褒めながら叱る七春に、
「お母さんみたい…。」
不満気に八神はつぶやいた。
その二人のやり取りを優しい目で姫川が見守る。
「でもお前は徐霊とかできないんだっけ?」
「あ、うん。そこまで本格的じゃなくていいんだ。」
そこでやっと口をはさんだ姫川が、話しを本題へ戻す。
「部屋に何かいるのか、それとも気のせいなのか、ハッキリさせたくてさ。」
「あくまで様子見ってことですか?」
八神の質問に、姫川は頷いた。
「勿論、タダでとは言わないからさ。うちに来たら、そのまま夕飯食べていくといいよ。料理うまいからさ。…ね!」
ね!のところで、バシッと七春の肩を叩く姫川さん。
「俺かよ!」
ベタなツッコみをする七春。
「センパイ、料理できたんですか?」
「できちゃ悪いか?」
「意外性もそこまで極端だとエグいですね。」
「ん? 殴ってやろうか?」
「ひゃあぅ。」
口先で馴れ合う二人を、またしても姫川は優しく見守る。
「二人は仲がいいなぁ。」
兄弟みたいだな、と思ったが、それは口に出さなかった。
「とにかく、確認するくらいならいいよな?」
「はい。確認だけなら。」
素直に応じた八神に、「今回は素直だな。」と返す。
前回、二人で夜の公園へ行った時は、あまり気乗りしない様子だったからだろう。
「今回は興味本意です。」
「興味本意?」
「七春センパイの料理って、どんな感じかなと思って。」
「そっちかよ!」
ベタなツッコみ。
空は晴れていた。
今日の空は、七春のシャツと同じ色をしている。吹き抜けるようなスカイブルー。この時期、晴れているだけでも有難い。
とはいっても湿度は高く、空気は淀んでいた。
七春の運転する車に三人で同乗して三十分ほどで、姫川の住むマンションへと到着する。
建てられてからまだ新しいのか、外観はかなり綺麗だった。壁は白く塗られていて、外側に非常階段がついている。
閑静な住宅街。夕刻のため付近を歩く人はまばらだが、特に変わったところはなかった。
マンションの裏手の駐車場に車を停めて、降車早々、七春は口を開いた。
「どうだ? なんかいる?」
聞いて、八神を振り返る。
「わりとフツーのトコよ?」
「変なのはいますね。でもそれ以外は特に変わったところはないです。」
裏側から見えるのは各階ベランダのみ。上を見上げて、八神は言った。
「変なのはいるのか。」
「変なのはいるんだ。」
七春と姫川が同時に返す。
「それを知って部屋に戻りたくなくなったけど、戻らねばならぬ…。」
「す、すみません。姫川センパイ」
「いや、ヤコーくんのせいでは…。」
自宅に見えない何かが忍び寄っていることを確信し、気を落とす姫川。
ただ、いつまでも駐車場にいるわけにもいかないので、三人はマンションの表側へまわった。
綺麗に磨かれた扉の奥にエントランス。上の階へいくにはエレベーターを使う。
「姫川センパイのお部屋って、五階ですか?」
エレベーターに乗り、階数のボタンを押す前に八神は尋ねた。
「いや、四階だよ。」
短く答え、姫川は四階のボタンを押す。
「四階の、一番奥。」
狭い密室に三人で入り込んで、それぞれ、三方の壁に背をあずける。
落ち着かない浮遊感がして、エレベーターは上昇をはじめた。
特別変わったところのない様子だが、何かいると断言されてしまうと、まだ陽があるとはいえ、身構えてしまう。
「で、結局、何がでるんだって?」
改めて、七春が切り出した。
「いちばん多いのは人に見られているような気配かな。あとは物音。何の音かわからないけど。」
「足音とかでもなく?」
「もっと軽い音だと思うんだよなぁ。コン、とか。コトン、みたいな。」
漠然とした姫川の回答。何も知らないひとが聞けば、気のせいだと言われてもおかしくない。
だが七春と八神の目は真剣そのもので、姫川の話しを聞いている。
「音はどこからするんだ?」
「上、だったりしませんか?」
情報を引き出すため重ねて質問する二人。
その二人の様子を目の当たりにして、姫川はしみじみと、
(心強いなぁ。)
と思っていた。
「二人は本当に霊感とかあるんだねぇ。」
「俺はないけど!?」
すかさずツッコんだ七春の隣で、
「センパイは足を掴まれて気絶する人ですからね!」
と八神が無駄に補足する。
「お前、その情報は要らねぇよ。」
「みゃ?」
「てか、あんなことになるって知ってたらやんねーし! お前の説明不足だし!」
「先になんとかしようって言い出したのはセンパイですよ!自己責任、自己責任!」
言い争う二人。
七春の頭の中で、火に包まれた女霊に足を掴まれた記憶がいまだ鮮明によみがえる。
「超怖かったんだぞ!」
言ってから、今度はスタジオの廊下で見かけた新卒姿の彼女の姿を思いだす。
火に包まれていた時の姿とはかけ離れた、あどけない少女の姿。何度もこちらにむかって頭を下げて、扉のむこうに消えていった。
「でも助けられてよかった!新卒のコ!」
「結局よかったんだ?」
二人のやり取りを黙って見守っていた姫川が口をはさむ。
「なんか複雑なんだな。」
「いろいろとあってな。」
疲れた様子で七春がこぼす。
話しているうちに、エレベーターは四階までたどり着いて止まった。三人がドヤドヤ降りて廊下にでると、通路が狭く感じる。
四階でも十分に見晴らしがよく、駐車場とは反対側の様子がよく見えた。
上から見ると、この辺りは細い道が入り組んでいるのがよくわかる。
マンションから少し離れた位置に、小さな森のように一部だけ背の高い木々に囲まれた場所があり、木々の隙間から建物の屋根が見えた。
興味深く見下ろしていた八神の上着を、七春が後ろから引っ張る。
「ほら早くしろ。時間がなくなるだろ。」
「はい。」
短く返事を返し、八神は下界から目を離した。
「ここが俺んちー。散らかってるけどあがってー。」
エレベーターの中での説明通り、奥の部屋の前まで行って、姫川は鍵をあけて扉をひらいた。
中に入った途端、
「おねだん、はうまっちー!!」
という謎の掛け声と共に、七春と八神が室内を物色しはじめる。
「セレブの家じゃあるまいし。あー、もー、寝室は駄目だよー。」
言いながら、特に焦った様子もなく、むしろ楽しそうに姫川も二人に続いて中に入った。
玄関からのびる短い廊下。左側に収納スペース。右側に風呂場とトイレがあった。廊下の先はリビングで、隣にキッチン、奥に寝室がある。
リビングの窓にかかった薄いカーテンをあけて、七春が八神を呼んだ。
「八神くん。」
花瓶を手に「はうまっち?」を唱えていた八神が、呼ばれた方へ振り返る。
七春がカーテンをひらいた窓の外には、ベランダが見えた。横長に広いスペースがあり、足下にはウッドパネルが敷いてある。
その下に見えるのは、車を置いた駐車場だった。
「ここみたいだぞ。最初に見てた場所。」
カーテンに続いて窓も開けてみようと、七春が窓に手をかける。
しかしそれを、八神の言葉が制した。
「そうみたいですね。その窓、まだ開けないでください。」
警告をするような八神の声色に、
「え。」
危険を感知し、七春が後退。
遅れてリビングに入った姫川も、不安な表情で足を止めた。
「な、なんかいるの?」
家主の問いかけに、八神が答える。
「変な子供がいます。窓の外から、こっちを見てる。」