部屋の中のイス
そのカメラはどこかの部屋の中を撮していた。
部屋は狭く、物置ほどの広さしかない。
家具は戸棚とテーブル、本棚。本棚の上には写真たてと花瓶が置いてある。
そして、部屋の中央には、イスが一つ置かれていた。
木で作られた小さなイスだ。
テーブルのすぐ側ではなく、部屋の中央という落ち着かない位置に突っ立っている。
「これが今の僕の部屋。」
ふいに若い男の声がして、カメラはくるんと向きを変えた。
室内の様子から一変、撮影者の顔をうつす。
「やぁ、毎度お騒がせ、みんなのグリックだよ。」
ここまでは練習していた台詞らしい。
言ってから、気恥ずかしくなったのか、カメラから視線をそらして笑った。
それからまたカメラに向かって、改めて自己紹介をする。
白い頬にソバカス。瞳はグリーン。チリヂリの赤茶けた髪、くろぶちめがね。
めがねは斜めにズレている。
「あー、冗談。ボクの名前はグリック・レイス。大学生。今日はボクの部屋でおきている奇妙な現象について、皆に知って欲しくて動画を撮ってます。」
そしてまたカメラは回転。今度は部屋の様子を撮す。
手振れに雑音。撮影者は、あまりカメラが上手くないようだ。
「ボクの部屋に置かれているイスは、誰も触っていないのに、勝手に動いたり、倒れたりするんだ。この動画を見て原因や解決策がわかる人はコメントをください。」
そしてカメラは、部屋の中央のイスをズーム。
古ぼけたイスではあるが、これといって目立った異変はない。
「今日こそ撮るぞぉ。絶対に動くんだ。ボクは見た。」
と熱の入った様子から察するに、撮影者はすでに何度か動くイスの撮影に失敗しているようだ。
今日こそはと意気込んでカメラをまわしている。
これは、とある動画投稿サイトにて話題をあつめている、所謂、投稿心霊動画だった。
動画がはじまり、撮影者が説明を終えてイスをズームで撮したところから、それはすぐに起こり始めた。
ズズッ……。
と音をたてて、まずイスは軽くバックした。わずか数センチだが、後ろに動く。
それはまるで、誰かがイスから立ち上がった時のような動きだった。
「うわわわ。」
撮影者は、カメラを構えたまま慌てて後退。
たかだかイスが少し動いただけのことだが、何故動いたのかが問題だ。
当然、タネも仕掛けも全くない。
ズームを解除して、撮影者はカメラを左右に振った。
少ない家具に、黒い壁。部屋の中の撮影者以外、そこには誰もいない。
「み、見ましたか? 今、動きました! ……やっと撮れたぞ。何かうつっているかも。」
早口に捲し立てた撮影者の目の前では、さらに。
キィ…… キィ……
と、イスが揺れはじめた。
「ほら、また!」
興奮する撮影者の手の動きにあわせ、カメラは幾度となく揺れるため、なかなか視界が安定しない。
部屋の中央のイスは、ゆっくりと揺れている。
キィ…… キィ……
と軋む物音は、イスからしているのか、そこにいる見えない何かが鳴いているのか。
イスは普通なら倒れてしまうような角度まで傾き、それからまた起き上がるのを繰り返し、フランフランしていた。
「誰だ! おい、そこに誰かいるか!?」
撮影者の男性が声をはる。
しばらく待って、返事はない。
「イスを動かしたのは誰だ?」
再度、男性がたずねて、それはようやく姿を現した。
あぁ
どこからともなく、ため息ともうめき声ともつかない音がする。
「誰っ……」
言って、カメラが音のした方へとくるっと回転すると。
そこには逆さま向きの顔が、天井からぶら下がっていた。
笑っている。小さな、男の子だ。
映像はそこで途切れていた。
「向いてないとは思ってたんだ…。」
と言って廊下の隅で小さくなっているのは、声優・七春解。
最近ではネットの方で心霊声優なんていう訳の分からない称号までつけられてしまって、絶好調に忙しい。
そしてそれは、声優業界という厳しい世界で生き残っていくにはすごく喜ばしい忙がしさのハズなのに、本人は転職して吟遊詩人になりたいな、と思っている。
でして、今日の仕事は心霊映像を扱う番組のナレーションを収録していた。
「うぅ。これじゃホントに心霊声優になっちまう。」
七春の切実な呟きに、
「じゃ仕事選びなよ。」
と的確に指摘する声がかかった。
振り返ると、よく知った顔が立っている。
七春と同じく声の仕事をしている親友、上木詩織だった。
「……詩織くん。」
夏の始まりに心霊ロケに行って以来の再開だ。
七春にとってはついこの間のことのようだが、知らないうちに随分と時間が経っていた。
今日は八月の一日。
世間さまは、ついに夏休みムードに突入している。
「おひさしぶり、心霊声優さん。」
再開にふさわしい、さわやかな挨拶をする、人当たりのいい上木。
「心霊声優ゆーな!」
その上木に、即座に七春が噛みつく。
呑気に「あはは」と笑い返して、上木は七春の側に立った。壁に背をあずける。
「ほら立って。貴方が座り込んでると、ただのヤンキーにしか見えないんだから。」
言って、足で七春をツクツクつつく。
ただのヤンキー扱いされた七春は、大人しく立ち上がって、同じように壁に背をつけた。
似たような背丈の二人が壁際に並ぶ。
「七春さんに会いたいと思ってたところだったんだよ。丁度良かった。」
「俺に会いたいって?それは大した用事だな。心霊相談ならウチはやってないぞ。」
ふざけて返したつもりの七春だったが、ふいに真剣な表情をつくって、上木はジッと七春を見つめた。
「だって七春さんにしか、こんなこと相談できないんだもの。」
「あれ、マジで心霊な相談なの?」
「もちろん。だってそれ以外に七春さんに相談したいことなんてないし。」
残酷なことをザックリ言い切る上木。
七春の存在価値が危うい発言をする。
「この前の心霊ロケに行ってから、ずっと考えていることがあるんだ。不思議なものを目撃してしまったし。」
夏に煽子の村に行った心霊ロケ。
現場では、立て続けに心霊現象が起こっていたので、今更不思議も何もない。
そう思って七春は、
「まぁ、色々あったけど……」
と言葉を濁した。
最近、八神の近くにいるせいなのか、そういうことに慣れてきている七春さん。
イマイチ、危機感に足りない発言をする。現場を見慣れすぎて、気が緩んできた。
しかしその七春に、上木はユルユルと首を振る。
「七春さんが知らないこともあるんです!七春さんとシリカさんが切り離されている時、俺がどれだけ大変だったか。」
心霊ロケにて、体育館へ続く渡り廊下に、七春とシリカが隔離されていた時。
校舎側に取り残された上木は、箱入あげはと狐の祟り神の闘いを目撃していたのだ。
謎の火の玉やら、巨大な獣のシルエットやら、わりと定番のオバケに囲まれていた。
「七春さんのところにも魔法少女がいるらしいけど、あまり危ないことに首突っ込まないでくださいよ。」
説教くさい物言いになった上木に答える七春は。
「突っ込んでないです。」
突っ込んでいるし、ツッコんでいる。
「なんでもかんでも好奇心で進めますからね、七春さんは。」
ピシャリと言って、それからまた真剣な表情をする上木。
「霊的なものがどういうものなのか、俺も目で見てわかったから、この頃はますます七春さんのことが心配になるよ。」
「上木くん…。」
心から心配だというふうで、すくいあげるようにして七春の顔をのぞきこむ。その上木の目を、七春も見つめ返した。
そんなに気にかけてくれるなんて。
と、
思った三秒後。
「というわけで、またやるかもしれないから、ネクストロケーション。」
「ふぉ!?」
話題が突然とんでもない方向に飛んで七春は不自然な声をあげた。
その七春の顔を見て、「うん。」と頷く上木。
何が「うん」なのかわからないが。
「前回とった心霊映像が動画配信も含めて好評だったようなので、次もやるかもしれないという噂がチラホラ。」
「うそぉ!?」
夏の時別編として撮影した夏の心霊スポットロケは、意外にも好評を受けていたのだ。
「前回もヤバかったけど、次もヤバイかもねー。ますます心霊声優の名が高くなりそう。」
無責任に事実を述べる上木。
完全にフリーズした七春の意識は、エーゲ海上空を漂っていく。
夏の心霊ロケの第二弾が、現実になろうとしていた。
「わあ……キレイな……海……」
「もう現実逃避してるし。」
「逃避せずにどうしたらいいの」
「立ち向かいなよ。」
的確にツッコんでくる上木の腹に蹴りをいれて、「もうやだ、もうむり、こんな生活」と涙をちょちょぎらす七春さん。
めげない上木がさらに続ける。
「今度はどこの心霊スポットに行くんだろうね?」
「想像もしたくないから…。」
「危ない場所じゃないといいんだけど。」
一応、気にかけてくれていることはホントらしい。
確かに、霊や怪しもののあるところには、危険なコトやモノがたくさんある。
ここ最近の七春はナマキズが徐々に増えているくらいだ。
墨の文字がとんできたり、六本足の猫にひっかかれたり、よくわからない怪我が多い。
(俺のいないところで何を見たのか知らないけど……)
上木に心配されても言い訳できないような怪我が、この先も増えていくようでは困る。
「心配してくれてありがとう。でも俺は何かあったら立ち向かわずに逃げるひとだから大丈夫だよ。」
人間としてあまり大丈夫じゃない七春さん。
「貴方の魔法少女は?」
何気なく上木がたずねる。
「明日は朝からスタジオ入りして魔法少女録って、そのあと夜はラジオだからな。会う機会はあるし、色々と相談しようかと思ってますよ?」
祟り神に会ったこと、不思議な謎かけをされたこと。それらをまだ、肝心の八神に伝えられていない。
心霊声優として名の売れた七春さんは忙しいのである。
そして八神は電話にでない、メール見ない、ラインの通知がオフになってるから気がつかないの三拍子そろって、連絡がつかない状態である。
八神にとってスマホは、音楽プレイヤー兼ゲーム機なのだ。連絡するための機能は申し訳程度に付属しているにすぎない。
「じゃあ七春さんをちゃんと守ってくれるように、くれぐれもよく伝えといてくださいよ」
「えー。結構積極的に『守って』とは言ってるよー。」
子供のように口先をとがらせる七春。
その様子を見て安心したのか、上木はまた楽しそうに笑った。
それから七春の頭を撫でる。
「賢い賢い。」
からかっている。
乱暴にその手を振り払って、七春は不機嫌にいい放つ。
「俺に何かあるときは、詩織くんも道連れにしてやるからな。」
「いやぁ、それは冗談じゃないけど。」
上木が笑顔で返した。




