誰が駒鳥を殺したのか。
確認、ベッドの下。
ぬいぐるみのスキマ。絨毯、ちょっとめくって。
机の下。荷物、ちょっと動かして、その下。
「ないなぁ。」
顔をあげて、七春はつぶやいた。
なくなったビーズを探している。
ドリームキャッチャーの中心にあったはずの、蜘蛛を模したビーズ。
それを元に戻せば、夢のお守りドリームキャッチャーが再び機能し、にゃんこの霊を斬らずに鎮められる。と、思う。
たぶん。おそらく。十中八九。
(でも、ドリームキャッチャーの糸は、どこも切れていなかったよな。)
絨毯に頬を擦り付けて覗きこんでいた、クローゼットの下から顔をあげる。
何かがおかしい、気がした。
言葉にできない違和感を感じて、また胸が苦しくなってくる。
「人じゃない何かが、意図的に外した……?」
推測に過ぎないといえば確かにそうだが、他に考えられない。
しかし七春のその推測に、拍手を贈るものがいた。
音のする方へ振り返る。
「よくできました、ってところかな。」
亜来が這い上がってきた窓に、巫女服を着た少女が座っていた。
長い黒髪に白い着物。赤い袴。
開いた窓に腰かけて、目を細めている。
「なかなか利口なようだ。」
人の家に勝手に入ってきて、呑気に窓に腰かけている巫女など、平成のこの時代にはいないだろう。
(あ、人間じゃないのがいる…。)
と、七春は咄嗟に思った。
昼間だからなのか、不思議と怖くはない。
それよりも、
「どこかで見たような…。」
そっちの方が気になっていた。
「賢いなあ。お前とは白詰郷でも一度会ったんだが。そうか、おれを覚えていたか。」
嬉しそうに言って、ピョコンと少女は窓辺から離れた。
白詰郷といえば、心霊ロケで訪れた煽子の村だ。巻物のマッキーを回収したあと、蝶の姿の八神が突然バラバラ死体になって、その後に現れたのが、巫女服の幽霊だった。
「あの時の……!」
ちょっと考えてみる。
煽子の村で見た霊がここにまた現れたということは。
「お、お、俺に憑いてたんでしょうか…?」
涙目になってブルブルする七春。
それを見て巫女服の少女は、腰に手をあてケラケラと豪快に笑った。
幽霊特有の鬱々とした空気など持ち合わせていない。
「あははは!お前は面白いなあ。」
細く白い指で、ピシリと七春を指差す。
「安心しろ。お前に憑いていたわけではない。そんなことをしなくても、おれは自由に動けるからな。あまりこの土地を離れるのは好ましくないが。」
言ってニヤリと笑う。
その悪戯な笑みが含んだ意味を理解できずに、七春は少女を見つめた。
少女はゆっくりと、部屋の中へ歩いてくる。傍によると、いっそう妖艶な魅力が伝わってきて、目が離せなくなりそうだ。
絨毯に沈まない裸足が、一歩一歩、間合いをつめてくる。
「一つ、面白い話をしてやる。」
「面白い話?」
「そうだ。俺も聞いた話だが。昔この家が建つ前に、この場所には動物を集めた施設があったらしい。」
ふいに向きを変え、巫女服の少女はベッドに近付いた。ポトリと座りこむ。
「施設ってなんの。」
ズルズルと後退しながら、七春が問い返す。
予期せぬ事態だ。呑気に話を聞いている場合なのか、なんて考えながら。
「さぁ、なんだろうな? 今となってはわからないが、そこではたくさんの動物が死んだ。特に、そうだな。犬や猫が多かったと聞くな。」
「なんで死んだ?」
「人間に殺されたのさ。楽しい夢を見ているうちにな。人は人の都合で簡単に不要なものを切り捨てるだろう?」
小柄な少女が、愉快そうに足をブラブラとさせながら、人間の理不尽を語っている。
「そのくせ自分が怨まれる側に回った時だけ、やたら不平を口にするよなあ。」
「この家にいる霊が、人に殺された動物たちだって言いたいのか?」
ドン、と階下で大きな音がした。
話の卓にあがっているその霊を、亜来率いる京助が、足止めしてくれている。
震動に眉をひそめ、少女は自分が座っているベッドを見下ろした。
さらにその下、一階の気配を探る。
「あれは短気だからな。長くは持たんよ。」
知ったように、京助を語る。
明らかに、これまで見てきた霊とは違う態度だ。
不信感を抱きつつ、後退していた七春は部屋の扉に背をつけた。
「らしいな。そういうわけで、俺は忙しいんでこの辺で。俺はなんにもしてあげられないからさ。今日は八神くんもいないし。」
そそくさと切り上げようとする、井戸端会議に捕まった主夫のような七春。
「最寄りのお寺に案内して欲しいんだったら、ちょっと待ってよね。こっち片付けたら、八神くんに連絡してあげる。」
「こら、おれをそのへんの浮遊霊と同じにするな。」
心外だと言うように、少女はベッドの上に座ったまま、バコンバコンと上下に揺れた。
「お前が探しているものだってだなあ。」
言いながら、服の袖もとを漁る。
「ほれ、ここに。」
取り出したのは、小さなビーズ。
深い青だ。完全な球体ではない、不自然な形をしている。
服の袖からアッサリでてきたそれを見て、七春は口をカパンと開けた。
「え。」
ポーン、ポーンと放り投げては掴んで、手の中でビーズを弄ぶ少女。
空中に浮かぶたびに、あらゆる角度から光を受けて、それは複雑な光を生んだ。
生まれた光は部屋の壁に反射して色をつける。
「それ、どこでっ……」
言いかけて、考え直す。
いや、違う。
どこで手に入れた、じゃない。
もともと持っていたのだとしたら。
「まさか、この家のお守りを壊したのはお前か」
焦りを浮かべた表情で、七春が問う。
「御名答。」
「何でこんなこと。」
聞いた七春に、少女はうすら笑いを浮かべた。
「なんで、か。そうだなあ、久しぶりにアイツとゆっくり話をしたかったからかな。お前が周りをウロチョロしていると、おれは気にかかって仕方ないんだ。」
「周りをウロチョロ。」
オウム返しに、七春が繰り返す。
七春が最近、周りをウロチョロしているといえば、一人しか思いつかない。
「まさか、八神くん…。」
その名を呼んだ途端、少女の顔色が変わった。少し、影がさす。
「あれはおれとの約束を裏切り、魔に堕ちたのだよ…。」
切ない瞳で、少女は言った。
チロリと、鋭い眼孔で、七春を見上げる。
「おれはつい先日までこの土地を守る神だった。だが今は違う。殺す神になったんだ。」
「殺す神?」
「祟神。」
テストで満点をとったみたいに、ニッコリと少女は笑った。
表情がコロコロ変わるところから、自由奔放ぶりがうかがえる。長い黒髪がバサンと肩の前に落ちてきた。
その話ならついこの間、八神と話したばかりだ。境界の巫女殺害の容疑をかけられ、八神は長い時間をかけて祟られ続けていると話していたのを思いかえす。
「祟神…」
七春のイメージとしては、もっと仰々しいものを想像していたのだが。
まだあどけない少女のような姿をしている祟神。
その姿のおかげか、或いはまだ昼間の明るいうちだからなのか。目の前にいるものの正体を知ってもまだ、七春はまだ冷静でいられた。
さらに問う。
「八神くんを祟るのに、俺が邪魔なのか。」
「今のところはな。」
そこでこれだ、と少女が弄んでいたビーズを掲げて持つ。
「この家にいる霊はな、人間に殺された何百という動物たちの怨みだ。それらは何代でも続けて、人間の夢の中に入り怨みを訴えてきた。」
「可哀想だな。」
「そうだな。だからもういっそ、一人くらい人間を殺させてやればいいんじゃないかと思うわけだが。」
「そんなわけにいくかよ!」
七春は声を荒げた。それを片手で制すような仕種をして、少女は小さな青の宝玉を、七春の方へと差し出した。
「なら、これを使え。ただし、これをお前にくれてやる代わりに、俺の要求をきいてもらう。交換条件というやつだ。」
「条件…?」
悪魔と契約するなんて、ドラマや小説にはありがちな話だ。もちろんその契約の末路はロクなことにならんわけだが。
「お前に一つ、謎を解いて欲しい。」
謎かけにふさわしく、少女はスッと一本指をたてた。
そして言う。
「誰が駒鳥を殺したのか。」
どこかで、聴いたようなフレーズだ。
なにかの詩だったような。思いだしかけて、掴めずに消える。
誰が、駒鳥を殺したのか。
「どういう意味だ。」
「お前は質問ばかりだなあ。ホラ、受けとれよ。」
ポトリと床にビーズを落とし、少女はそれを蹴ってよこした。
足下まで飛んできた小さな小さなそれを、失くすといけないので、七春は慌てて手にとった。
確かに、糸に通せるように、両脇には小さな穴が開いているようだ。
「近づければ元に戻る。せいぜい、頑張って謎を解いてくれよな。」
手の中のビーズから顔をあげる。
と、ぬいぐるみが並ぶベッドの上に、もう少女の姿はなかった。
部屋には少女の残したナゾナゾだけが充満している。
「誰が、駒鳥を……。」
つぶやいて、気がつく。
こんなことをしている場合ではないと。
「そだ、ドリームキャッチャーを。」
ついさっきまで少女が腰かけていた場所に近寄ってみる。
可哀想だけどぬいぐるみたちを掻き分けて、壁にかけていたドリームキャッチャーを手にとった。
羽飾りが、ユラユラと揺れる。
突然現れた祟神のことも気にはなるが、それよりも今は現状をどうにかしなくてはならない。
言われた通り、輪の中に張り巡らしてある糸に、もらったビーズを近づける。
それは、八神が怪しものを使う時と同じように淡い光を放つと、輪の中に吸い込まれるように、手を離れた。
それから、複雑に交差している糸の中心に、何事もなかったかのような顔で収まる。
午後の柔らかい光が入る部屋の中、家主を取り戻した蜘蛛の巣が、再び本来の力を取り戻した。
「なに、こ、これでいいの?」
でもホラー系脱出ゲームなら、アイテムを所定の位置に置けば浄霊完了とか、よくあるパターンなので。
七春が数歩後ろへ下がると、ドリームキャッチャーの中心から、白い糸が垂れ下がり始めた。丁度、川の神様が霊をからめとっていた、白い筋に似ていた。八神が、神手だとか言っていたか。
よく似たそれは、ピンクのシーツの上を進むと、ベッドから落ちた。
さらに床を進む。
「なんだこれ。」
ボンヤリ見下ろす七春の足下を通過して、糸はさらに頑張って進む。
なんか、かわいい。
(一生懸命すすんでる……)
よくよく見ると、糸の先には小さな蜘蛛がいた。
全身黒い色に、背中には先程の青いビーズが飾りのようについている。
糸は蜘蛛のお尻からでて、ドリームキャッチャーと繋がっていた。
この蜘蛛が例のビーズの部分で、糸は悪夢の原因になる霊を捕まえに行っているのだろう。
これで、この家の平穏は保たれる。
霊たちも、静かに眠れるはずだ。
「開けてあげるよ。」
言って、七春が閉まっていた部屋のドアを開けた。明らかにこの世のものではない蜘蛛と糸に、物理的な扉など関係ないかもしれないが。
ただ、一生懸命進むその姿は、なんか助けてあげたくなる光景だった。
廊下へでて、まだまだ頑張って進む蜘蛛。
その姿を見守りながら、七春も後に続く。
「なんだこれ。」
と次に口にしたのは京助だった。
階段の上から蜘蛛が下りてきたからだ。
隣にいる亜来も、
「なんだこれ。」
と京助の真似をして繰り返す。
蜘蛛と糸。その後ろをついて下りてくる七春。
廊下で、黒い毛に六本足の魔物を取り押さえた状態で休憩していた京助が、顔をあげて七春と視線を合わせる。
そして呼びかけた。
「見つけたようだな。」
「あぁ。なんか、かわいい。」
蜘蛛がちょこまかと進んで、階段を下りきると、京助のもとへ急ぐ。
京助は取り押さえていた霊を蜘蛛に預けた。それから、続ける。
「上に何がいた?」
糸をぐるぐる巻き付けて、京助に捕まっていた魔物を回収する蜘蛛。なかなか仕事が早い。
それが終わるとキョロキョロして、今度は他の霊を探す。
「祟神がいて、……少し、話した」
七春が冷静に返して、京助は人間みたいに複雑な顔をつくった。
「何を話した。」
「八神くんを祟るのに、俺が邪魔だとか。駒鳥を殺したのは、誰かとか。」
「何を考えてるんだ…。」
呆れたように、目を閉じた上に顔を反らした京助。
その二人のやりとりは無視して、亜来は蜘蛛を監察している。頑張って台所の方へ進む蜘蛛が、なんか可愛い。
「ただ、まあ、これで元通り解決か?」
腰に手をあて七春が言って、
「この家の中はな。お前の依頼はちゃんとこなせたんじゃないか?」
京助が返した。さらに付け足す。
「とんだ面倒につきあわされたな。」
「そう言うなよ。八神くん褒めてくれるかな。」
「あぁ、きっとたくさん褒めてくれるぜ。夜行は自分のいいように使う手駒が増えることには大歓迎だからな。」
皮肉っぽく京助が言った。
八神にそっくりだ。
「うん。やっぱり、似た者同士なんだな。八神くんと京助って。」
言った七春を、シベリアンハスキーくらいのサイズになっている京助が、下からギャンギャン怒鳴り付けた。
「似てねぇ!夜行と同じにするなよ!」
「あー、はいはい。俺もマッキーを回収してこないと。」
テキトーに言い訳して、七春は亜来を追いかけていく。
事態が収まり、いつも通りの賑やかさが戻ってきた。
あとはあの小さな蜘蛛が、この先もこの家の住人を守っていってくれることだろう。
残す問題は、そもそもの原因を作り出した祟神と七春の接触についてだけだ。
(八神くんに相談しないと…。)
台所を覗きこむと、小さな蜘蛛が糸を巧みに魔物をからめとっているところだった。
作業台の足に繋いでいたはずだが、マッキーは意思を持っているかのように、蜘蛛が糸を巻き始めるとスルスルとほどけた。
その隣で亜来が、
「はああぁ。素敵~。」
とか、うっとりしながら撮影に励んでいる。さすがオカルトマニア。
しばらく放っておいても大丈夫そうだ。
「マッキーもありがとな。」
巻物のマッキーを回収。ホルダーに戻す七春に、廊下から京助が声をかける。
「その巻物について、土地神……いや、祟神は何か言っていたか?」
「マッキーについて?」
しばらく無理な形にしていたのに、クセひとつついていないマッキー。
相変わらず、普通じゃない感じが役にたっている。
「特に何も? …マッキーは、偶然手に入れた怪しものだし、関係ないんじゃないか?」
呑気な七春が何気なく言って、京助はまた黙りこんだ。
(偶然か、必然か。どこまでが雪解の狙い通りかな。)
京助の隣で、七春は大きくのびをした。
普通に仕事をするより、よっぽど疲れている。
「そういえば、廊下につけちゃった焦げあと、どうやって誤魔化す?」
次の瞬間、亜来の後ろ襟をくわえて、新幹線と同じ速さで京助が家を出ていった。
逃げた。




