さんらいじんぐですね。
一階、炉前ホール。
部屋の中心で、無数の線香に囲まれている声優二人。床にたてた霊杖の、煌めく守護の光の中にいる。
その周りには大勢の見えない人たち。ライトと霊杖の光に照らされ、壁にうつった影だけが、その存在を知らせている。
「そろそろ、動きがあるようです。」
言いながら、八神は七春の立ち位置を確認する。
杖が作り出す安全圏から出られては困るからだ。
黒い影はそれぞれが、八神や七春が頑張って作った線香の煙に寄り添い始めた。
大きな影を追いかけて、線香のまわりをくるくる走り回る小さな影もあった。
「どうか、安らかに。」
それらの影に八神が声をかけ、
「それも偽善か?」
何気なく、七春がツッコむ。
まさかそこをツッコまれるとは思っていなかった八神は、少し驚いた顔した。
それからその表情を、すぐにひっこめる。
「今のは無意識でした。」
ふてくされた顔で正直に八神が答えて、
「じゃあ、お前も優しい。」
と七春は笑った。
その横顔が誰かに似ていたような気がして、思いだせないまますぐ消える。
誰かの影をまだ追っているような、それでいて掴めないでいるような、もの寂しい感覚がした。
胸のあたりを、すきま風が通り抜ける。冷たい風だ。
神妙な顔つきで胸を押さえていた八神に七春が、
「八神くん、あれ。」
と声をかける。
顔をあげて、天井付近の壁を見上げた。
影が上に、のぼっていた。
直立したまま、まるで糸でつり上げられたかのように、壁にうつる人影は上に向かって飛んでいた。
霊杖の光やペンライトの光が届く範囲は限られていて、上っていく影のいきつく先はわからない。
線香からのぼる煙に、興味深そうに寄ってくる影。しばらく煙に寄り添って、それから一緒にのぼっていく。
向かいの壁にうつる影も、同じように直立のまま、ヒュウッと上にのぼる。部屋の中心で霊杖をたてている二人をとり囲むように、背後でも横でも影が動く。
闇の中、交差するライトの光と霊杖の光が幻想的な空間を作り出す中で、ひたすら上にむかっていく煙と魂。
未知の光景だ。
まるで小劇場のように、壁のスクリーンにうつる、どこか愛嬌のある黒い影。
「すごい……ホントにのぼるんだ。」
思わず口にでた。
なんか物理的にのぼっている。
そして七春のすぐ傍にも、小さな影が寄ってきた。体は見えないが、ペタンペタンと裸足の足音だけが聞こえる。
ずっと、七春のすぐ後ろをついてきていた霊だ。線香の煙に寄り添いながら、霊杖の光の中をのぞきこむような、影だけがうつっている。
「お前ももう逝くの?」
ずっと恐怖の対象だったものも、別れ際になるといとおしくなるという、幽霊マジック。
七春に声をかけられたのが嬉しかったのか、背の低い影は両手をあげてピョコピョコ跳ねた。
それから、ふいに腕をおろして、他の影と同じように地上を離れる。
たくさんの霊が、地上を離れていく。
暗い森をさ迷っていた行き場なき者たちが、これから長い眠りにつく。
(こんな風にたくさんの魂を救えるやつが、人なんか殺すのかよ。)
思って、八神に視線を送る。
大きな欠伸。
緊張感のなさからしても、八神には無理だろう。
「八神くん、八神くん。」
上昇気流の中心に立つような光景の中、七春は八神の背中をつっついた。
つつかれた八神は、
「にゃんですか?」
と眠そうな声のまま答える。
「さっきのハナシの、ちょっとだけ続き。手伝うからな、俺。怪しものを集めるの。」
周囲の様子に気を配りながら、七春が言った。
言われて八神は、ちっとも本気にしていない声で、からかうように短く返す。
「それ、死亡フラグです。」
「あ、うん。そこは八神くんが頑張って俺を守る方向で。」
「他力本願……」
居心地のいい沈黙が、ほんの一瞬、二人を包む。
「まぁ、一人よりはいいだろ?」
「俺はべつに、センパイを危ない目に合わせたくて、さっきの話をしたんじゃないですよ?」
「だから、そこはお前が俺を守れって。なんか、ますます八神くんを一人にしておけなくなったからさ。」
あまり細かいことは考えていない七春さん。ザックリした考えで、ユルユルと生きている。
「でも、」
「問答無用。そばにいるから。」
ユルユル断言した七春に、八神は真っ直ぐに目を向けた。
不機嫌そうな目だ。
「それで七春センパイに何かあっても、俺は責任はとりませんからねっ。」
「はは。キビシイね。」
「無理に俺の近くにいなくていいんですよ?」
「心外な。お前こそ勝手に俺から遠くに行くなよ。」
そう言った七春の後ろで、大きく手を振りながら黒い影が天井付近へのぼっていく。
光のあたる範囲から外へ出て、その先はどこへ行くのかわからない。
その影に気がつき、呑気に手を振り返す七春。と、その様子をながめている八神。
二人の周りでは、次々に壁にうつる影が上に向かって流れている。
数が多い。逆流する流星群だ。
その中で、八神は見えない天井を見上げた。
前髪が横に流れて顔を隠す。
動く影に遮られ、照らす光が不安定に揺れた。
「……じゃあ、センパイは死なないでくださいね。誰が死んでも俺はもう泣けない。」
やっと真剣な声色になって、八神が言った。
「物騒だなあ、八神くん。俺は死ぬくらいならお前を盾にして逃げるよ?」
「それもちょっと……どうなんですか、人として。」
「道徳でメシは食えねぇんだよ。」
「名言ですね。」
言ってから、遅れて少しだけ微笑んで、八神は気だるそうに体を揺らした。
「みゃ~、でもぉ、七春センパイって誰にでも優しくするんでしょぉ~。」
ふざけた八神に逆戻りする。
照れ隠しだ。
「なんで急に『男の軽はずみな優しさには私騙されないっ!でもちょっと期待してるんだからね』的なノリになるの?」
「ツッコミ長いですね。」
「そこで、『そんなことはないさ、俺が優しくするのはお前だけだよ』、って返すの正答だと思う?」
「俺ならそう言われた時点で、偽善者か布教目的か、俺って優しいって思いたいだけの知能の低い男の自己満足だと思って、距離とりますね。」
「どんだけ辛辣なの。」
八神の毒舌が絶好調なあたり、相当機嫌がいいらしい。
それだけ機嫌がいいなら、あながち七春の申し出もまんざらでもない感じだろう。
(素直じゃない……)
心の中だけで、ツッコむ七春。
視線を、室内へ戻す。
残りの影ももう数人だ。
線香のすぐ傍らに腰かけている格好の霊が見える。あと少しすれば、のぼっていくだろう。
どうやらあれが八神の言っていた、もともとこの場所にいた霊らしい。軽く八神に、会釈を返すような動きをする。
それから、まだ警戒しているのか、部屋の隅に固まっている二つの人形。そっちは、七春がおいでおいでと手招きして、どうにか線香の煙に乗せた。
部屋中を走り回っている小さな影は、八神に『早く逝きなさい』と急かされて、しぶしぶ線香の近くに寄る。
やがて、やはり直立のポーズのまま、無造作に上がっていく。
一人一人クセのある霊たち。
やがて、一人残らず逝った。
「おっと、これで全員か?」
視えない七春が言って、
「えと……はい、全員逝きました。」
視える八神が、素早く部屋を見回してから返す。
もう、ライトと霊杖が照らし出す光の中には、二人の声優以外の影はない。
「そっか、よかった。……みんな、ホントによかったな。」
部屋は再び二人だけの空間になり、清浄な光だけが、その様子を照らしていた。
室内の全体の空気が、軽くなっている。
こうして影しか見えない霊たちを全て線香の煙に乗せたことで、八神流浮遊霊ホイホイの儀は終了したらしい。
「これで俺たちも帰れますね……!」
疲れをまとめて吐き出すみたいに、ため息まじりに八神が言った。
しんみりする空気。
一仕事終えた後の達成感のような、たくさんの人とたった今別れた後の、虚無感のような。
そして、毎度お約束のことながら、事態が片付くと、現実に頭が帰ってくる。
「はーっ。しんどっ。……今何時?」
腰に手をあて、七春が言った。
「え。」
あまりに唐突に現実に放り出されて、八神は戸惑い返事が遅れる。
普段は一人で行動している八神は、いつもなんとなく帰宅準備に入って、なんとなく帰り道で携帯を起動して、時間を確認してなんとなく一人現実に帰ってくるのだが。
即座に、七春は自分の携帯をとりだした。
きちんと電源がつくところ、水没したわけではなかったらしい。
霊が大量にいる最中で、電気機器が影響を受けることはよくあるので、それが原因だったのかもしれない。
ともかくも、携帯の待受に表示されているデジタル時計で、時刻を確認する。
「ひん」
驚愕して、五センチ飛び上がる七春。
「やだ、何時、ですか?」
八神が年相応の余裕のない表情を見せた。
それに七春は冷静に返す。
「恐ろしくて言えぬ……。」
「言えぬ!?」
もたもたしていると朝日がのぼってきてしまいそうな時間だった。
「とりあえず、片付けよう。」
言って七春は霊杖を回収し、八神の手のひらにグイグイ押し付ける。
「これしまって、八神くんは電気つけてきてくれる?」
「はい。」
八神の手のひらには再び境界が開き、杖をスポリと飲み込んだ。
便利だ。
「急がないと、すぐに空が明るくなってくるからな。」
「さんらいじんぐですね。」
よくわからない会話をしながら、電気をつけにいく八神と、線香を片付ける七春。
マッキーは、黙って線香に寄りかかられていた。
さらにその前には、棺桶に巻き付けて引っ張ったり、二階へ上がるために思いきり体重をかけたりもした気がするんだが、相変わらず損傷はない。
そのことが、マッキーが普通の巻物でないことを再確認させる。
マッキーを回収してホルダーに戻し、八神が置いて言ったペンライトも拾いあげる。
そして最後に、明かりがついてからザッと室内を確認した。
二人の痕跡が、何も残らないように。
「帰りは表から出ましょう。内側からなら、鍵が開けれますし。」
八神が言って、
「開けれるけど、閉めれないじゃん。」
と七春がツッコんだ。
「開けたままにしとけば、戸締まり忘れたと思い込むんじゃないですか? こっちの業界のことを知らなければ、普通はそう思います。」
こっちの業界。
八神のその不自然な言葉がひっかかる。
こっちの、というのは、怪しものや霊が中心になっている現状のことだろう。
「業界、ね。こっちの世界とか言うのかと思った。」
「世界は厳密にはわかれてませんよ。隣あって重なりあっているもので、扉や穴の類いは色々とありますから。」
言いながら、七春の背中を叩いて、部屋から追い出す。
自分も廊下に出て、八神は後ろ手に扉を閉めた。
この先に戻れば入口ホールがあり、そこの扉から外に出られる。
暗闇にいいかげん目が慣れてきたのか、それとも朝日がのぼってきたのか、廊下は少し明るく見えた。
「これで任務完了ですね。」
全てを締めくくるように、八神が言った。
「お疲れさまでした。七春センパイ。」
棺桶の霊の討伐、からのゲリラミッションは、これで幕をとじた。
きゃあぁぁあ!
という、よくあるホラー効果音的な女性の叫び声。
が、着信音になっている亜来の携帯。
とんでもない趣味である。
そのとんでもない趣味の着信音が、とんでもない時間に、とんでもない音量で鳴り響いたので、
「ほわあぁあ!?」
とベッドの上で目覚めた亜来も、とんでもない勢いで飛び起きた。
そこは住宅街にある一軒の洋風の家。二階にある亜来の自室。
目覚めた亜来は寝ぼけた頭で、ベッドのまわりを見回した。サイドテーブルの上、携帯電話の着信と気がつき、それを手に取る。
通話ボタンを押した。
「もひんもひ!」
寝起きのせいか、呂律がまわらない。
相手もわからずでたその電話は、 しばらくの間沈黙だった。代わりに電話の奥から、すすり泣くような声が聞こえる。
「もひもひ…? 誰なの…?」
不思議に思い、電話の向こうへ問いかける。
目をこすり、眠気を払うように目をパチパチさせる亜来。
そうしてしばらく待っていると、
「誰か…助けて! …誰か出て!」
聞き覚えのある女の子の声がした。
それからまた沈黙したかと思うと、すすり泣くような声にまた戻る。
電話をかけてきた誰かは、泣きながら救いを求めてきているらしい。
「あ、誰だっけこの声。」
つぶやく亜来。
その声に気がついたのか、電話の向こうの声がはねあがる。
「亜来ちゃん? やった!やっと誰かと繋がったよ! 私だよ、若菜だよ!」
「あぁ、若ちゃん、おはよー!って、まだ夜だよ?」
電話の相手はクラスメイトの藤開若菜だった。
こんな常識外の時間に電話をかけてくるのは初めてだ。
震える声に、すすり泣く音。
どうやら非常事態らしいことがうかがえる。
「大丈夫? 悪い夢でも見た?」
電話の向こうに優しく問いかけながら、亜来はベッドを下りた。
床に座り込んで、ベッドの下から逆さまにした麦わら帽子をとりだす。
その帽子の中には、霊獣の京助が入っていた。
大音量の着信音で起きてしまったらしく、落ち着かないふうでコソコソ動いている。
「そうなの、すっごく悪い夢。鬼が家中に何体も隠れてて、襲いかかってくる夢。…でも、夢じゃなくて、目が覚めてるのに鬼が見えるの…!」
「おに?」
寝ぼけ頭のせいで、理解するのに少し時間がかかる。
鬼というと、頭に角が生えていて、赤とか青とかカラーリング豊富なアレのことだろうか。
「夢から覚めたのに、カーテンの向こうに鬼のシルエットが見えて、あわてて部屋をでたら廊下にも…! 家の中にたくさんいるの! ホントにホントだよ!」
「ナニソレすごくステキ!」
不謹慎なことだが、目をキラッキラさせる亜来。
眠気とかぶっ飛んだ。
しかしその不謹慎な態度が、かえって恐怖をやわらげたらしく、若菜は少し笑う。
「もう、亜来ちゃんは相変わらずだなあ。」
「えへへ…、ごめん。それで? 今もその鬼から逃げてるの?」
「ううん。今は大丈夫。家の外の物置にいるから。実は昨日もこうだったんだ。寝ぼけて見間違えたんだって思うことにしたんだけど、二日連続じゃ言い訳できないよ。」
震える声で話す若菜。
虚言をしているようには聞こえない。どうやら本気のようだ。
「どうするの?」
「朝まで隠れとく。…変な時間に電話しちゃってゴメンね。でも、誰かに話さないと怖くて…。」
それに、オカルトダイスキーな亜来くらいでないと、真面目にとりあってくれそうにもない。
床に座って帽子を抱え込んだ姿勢で、亜来はふるふる首を振った。
「ううん!むしろこっちこそ! 素敵な目撃情報ありがとう! 待って、絶対、なんとかするから!物置から出ちゃダメだよ!」
「なんとか? どうやって?」
「任せて!私、ミステリー研究会だよ?」
というか、オカルトマニアである。
「朝までそこに隠れていて、朝になったら鞄と制服とってすぐ家出る!オーケー?」
「どうするの?」
「企業秘密!でも絶対、大丈夫だからね。」
亜来が力強く言った。
その断言に若菜はやっと少し落ち着いたらしく、数回のやりとりの後、通信は切れた。
短く息をはいて、持っていた携帯電話を下ろす。亜来の部屋は再び平穏を取り戻した。
時計の針が音をたてる。
四時二十七分。
大きなくまのぬいぐるみが、亜来の背中を見守っている。
「鬼か…。」
うっとりしながら呟いて、それから大きく欠伸する。
変な時間に起きてしまった。
帽子の中の京助を見下ろす。
「京助はどう思う? 悪い夢を見せたり、家に潜んで人を襲う鬼だってー。怖いねー。」
怖いねー。といいつつ、亜来の目からはキラキラ星が散っている。
亜来のその話を聞いた京助は、ハナをヒクンヒクンさせながら、眠そうに答えた。
「夜行には向かない案件だなあ…。」
そして、おもむろに腰を上げて、すみかにしていた帽子から外へ出る。
「で、なんとかするってぇ、どうするんだ?」
念のため聞いた。
そして、予想通りの返事が返ってくる。
「お願い、京助。様子見てきてあげて欲しいの…。」
か弱い乙女にすがられて、悪い気はしない。
「やれやれ、夜警の出番だぜ。」




