フーフーする係
地図の上で何処にあるのかも、正確な今の時間もわからないまま、ダンジョン攻略に勤しむ二人の男。
職業は、どちらも声優。武器は薙刀と巻物。
ダンジョン名称は火葬場。見取り図もないまま、二人は炉前ロビーと収骨室を目指している。
二人の背後には、いつ敵にまわるかわからない、そもそも初めから味方ではない、たくさんのアンデットタイプの方々が同行している。
はたしてこの大型パーティーは無事に目的の部屋へたどり着けるのか、眠さと疲労と戦いながらのスタートである。
「七春センパイ、そんなにくっつかないで。歩きにくいですよ。」
廊下の明かりの電源がどこにあるやらわからないので、ペンライトを持っている八神が先頭に進む。
「やだ!こわい!」
と上着を掴んでついてくるのが七春。
歳上だし先輩だけど、怖いのも痛いのも嫌な七春さん。いざとなったら守ってもらう気満々の七春さん。
役立たずポジ。
「さっきから後ろすごい人の気配すんだよ…。」
早速愚痴る七春さんの耳にきこえてくるのは、廊下の壁に反響する無数の足音と、人の話し声だった。
あきらかに、この場の二人がたてられる量の騒音ではない。
さらに、
「あとなんか、すごい話しかけられてる気がする。」
「それは俺もずっときこえています。話しかけられたり、名前を呼ばれたりするなら、やはり救いを求めているのだと。」
耳元でなにかを囁きかけてくる声。
それはハッキリとは聞き取れない小さな声で喋りかけてくる。ただのうめき声に、聞こえなくもない。
否応なく恐怖心を煽られるものの、心拍が早くなったりしないのは、慣れだろうか。
こういう環境下に置かれることに、七春は徐々に慣れてきている。
(八神くんもいるから大丈夫だよね?)
という安易な考え。
侵入した窓のあるトイレから廊下を半分ほど進んだところで、一階に続く階段が姿を現した。
階段の幅は広く、さらに、そこを境に一階は生ぬるい空気が淀んでいる。
階段は数段降りたところで踊り場があり、さらにそこから続いていた。
「止まって。」
その踊り場で、八神が足を止めた。同時に手で後続の七春を制し、止まるよう指示する。
「何が…、」
言いかけて、八神が口元にのばした指をあてていることに気がつく。静かに、の合図だ。
階段の上ではまだ足音や人の気配がしているが、二人は階下へと神経を集中させた。
ぽたん ぽたん
と、水の滴る音がする。
それは空気の流れに混じって、確かに聴こえていた。
「聴こえます? 水が落ちる音。」
言われて、七春はカクンと頷いた。
音は一定の感覚をあけて、連続で続く。もの悲しげに響く、水滴が落ちて、砕け散る音。
「もともとこの建物の中には、俺たちが外から連れてきた霊以外にも、霊がいたのかもしれません。」
「ここってホントにまだ使っているところなんだよな?」
「それも怪しくなってきましたね。廃墟ではないと思うんだけどなぁ。」
七春を踊り場に置いたまま、八神はさらに階段を下りる。その先をライトで照らすと、広い空間になっていた。
外に面して透明の扉。どうやら、ここが最初に外から覗きこんでいた入口ホールらしい。
ライトの光が床を撫でていくと、その先には扉がいくつか並んでいる。
無機質な白い扉だ。
一旦、踊り場まで戻ってきて階段の上の様子をうかがってから、八神は薙刀を壁にたてかけた。
それから、パンと手をあわせる。
「うつしよから妖しものをお頼み申す我が名は、神木を奉じ境界の巫女の命を継ぐ者なり。」
手の隙間からこぼれる淡い光。
「神命に於いて疾く成しませ。」
取り出したのは、霊杖だった。棺桶の霊と対峙した際に、水の上に光の結界を張った怪しものだ。
守護する力があると、八神が言っていたのを、七春はボンヤリ思い返す。
「持っていてください。」
ぞんざいに一言だけ言って、八神はそれを七春に手渡した。
握ると手のひらに吸いついてくるような、金色の錫杖。動かすたびに、金色の飾りがシャリンシャリンと綺麗な音をたてる。
じんわりとあたたかいそれを握って、七春が口を開いた。
「持ってたらいいの?」
「俺は下に行って様子を見て来ます。それを地面についてたてれば、七春センパイをしばらくは守ってくれますから。」
「ここで、待ってろってこと?」
七春の目が、罠にかかったウサギのようにウルウルする。
階下には謎の物音、階段の上からはアンデットタイプの方々が次々に下りてくるようなところで、一人にされた方が危険だ。
しかし八神は残酷にも、
「待っててください。」
と言いやった。
自分はライトと薙刀を持って下の階へ下りていく。
「待って待って。無理無理やめようヤバイって。可哀想だろ!俺が!」
しつこく絡み付く七春に、
「僕はもう、立ち止まらないって決めたから! 通天閣は僕が守るよ!」
ふいにアニメ声になって謎の言葉を言い放つ八神。
収録中アニメ『できなくてもなんとかしろよ、魔法少女だろ!』第十話、一人で悪に立ち向かう決意をした魔法少女の台詞である。
なんでここで言ったのかわからないが。
言われた七春はまな板にあげられた生魚のように目を白くした。
「も、もうダメだ……。終焉は梅田駅前まで迫ってるぜ…。」
同じくアニメ第十話、魔法少女に置き去りにされる使い魔の台詞である。
ここで言ったことに意味はない。
「今からゆっくり三十数えて、俺が戻って来なかったら、電気をつけっぱなしにしている二階のトイレまで戻ってください。窓から外に出て、車のところまで行って、そのまま来た道を引き返して。」
「お前どうすんだよ。」
「置いていってください。それから、霊杖が消えたりした時も同様の処置を。」
言い終えると、八神は乱暴に七春の手を振り払った。それから、駆け足に階段を下り一階のホールへ消える。
「ちょ、八神くん!」
呼びかけるが、階下へ下りてまで追いかける勇気はない。八神の着る白いシャツは、闇に溶けて消え、すぐに見えなくなってしまった。
八神がいなくなった途端心細い気がしてきて、七春は言われた通り霊杖を床にたててみる。
すると、泥沼の上に立った時のように、杖を中心にして優しい光が広がった。いつ見ても、八神の手から溢れる光や怪しものの光は、青白くささやかな光だ。
その光の中に入って杖を支えたまま、七春はその場にしゃがみこんだ。何があってもすぐ逃げ出せるよう、微妙な中腰体勢だ。
杖の光のおかげで踊り場の周囲は明るいが、階段から先は全く見えない。
あと寒い。
黙って耳をすませていると、水の音はやはりまだ続いていた。それに加えて上の階からはパタンパタンと人の歩きまわるような足音もする。
視覚があてにならないので音をきいて気配を探りながら、
「いーち、にーい……」
七春は八神に言われた通り数を数え始めた。
霊がいるとはっきりわかっているような場所で、たった一人で数を数えることになるとは、これまで考えたこともなかった。
「さーん、しーい、ごー…」
ふるえる声でカウントしながら、八神の帰りを待つことにする。
「ろーく…なーな…」
数を数える七春の声が、人気ない火葬場に響く。
火葬場の中の、見えないけれどそこに居る人たちは、じっとその声に耳をすませていた。
そして。
それは、やがて三十に到達した。
「にじゅくー…さんじゅー。」
数えきって、七春はキョロキョロとあたりを見回す。
八神の姿はまだ見えないでいた。
「ちょっと戻って、にじゅご…にじゅろーく」
霊杖にしがみついたまま、また少し戻って数えはじめる七春。現実を認めたくないらしい。
(八神くん、マジで帰ってこねーし…!)
また二十九まで到達してしまって、七春は数えるのを止めた。
周囲の様子はあいかわらず変化はない。
八神が聞こえると言った水音はいつのまにか止まったものの、一階に明かりがつく様子もなければ、階段付近の足音や話し声もやまないままだ。
落ち着かないまま、少しだけ身を乗り出して、下の階へ呼びかける。
「八神くん、まだー?」
少し待つ。
応答はない。
「マジか…。八神くんオバケに食べられちゃったんだ。」
真顔でつぶやく七春。
少し前までの七春なら、これが冗談半分で済んだんだが、今は真剣に深刻だ。
無言で、ナマケモノのようにゆっくりとした動きで再び杖の傍に座り込む。体育座りで、膝の間に顔を埋めた。
仮に、ホントに八神が『オバケに食べられた』と仮定して、不謹慎だが、七春一人では生きて帰れそうにない。
八神から指示された通り、早いうちに車を置いた場所まで戻るべきなのか、それとも下の階へ下りて、八神を探すべきか。
「くそ、何を迷うことがあるんだ。」
逃げたいに決まってるじゃないか!
でも一人じゃ多分逃げられないんだよぅ!
八神を助けにいく選択肢は全くない七春さん。
RPGをやっていたら、一番レベルの高いパーティーメンバーがダンジョンの中で戦闘不能になることがよくある。そいつを欠くと先へ進むのは困難だが、そいつがいないと街まで戻る前に全滅するかもしれない。
アイテムない。
進むも地獄、戻るも地獄。
皆様にはそんな経験はないだろうか。
ないか。
レベルを片寄らせていると、そういうことがあるんだが。話はそれたがそのような状況下で、心から逃げたいが逃げられそうにない七春は、動けないまま踊り場で固まっていた。
「八神くん…。」
ダメもとで呼んでみるが、やはり応答がない。
やはりオバケに食べられてしまったのだろうか。そんな可愛らしいオチならいいが。
棺から甦ったゾンビとかに、火葬炉に押し込まれて焼却されてないか。
それでいい感じに焼けてゾンビの仲間とかになって、ミイラとりがミイラになるパターンで、逆に七春を襲いに来るかもしれない。
すごく嫌だ。
なんか、嫌な想像ばかりしてしまう。
「すげぇ怖ぇよ…!」
顔をふせたまま、七春が口にした。
特に意味はない。ただ、言わずにいれない恐怖だったので。
言ってから、壁に背をあてゆっくりと立ち上がり、たてていた霊杖を床から離した。光が小さくしぼんでいって、やがて消える。
胸のあたりで、ぎゅっと霊杖を両手で握りしめると、シャリンと金の輪の飾りが揺れる音がした。
慎重に足を出す。一階に下りることにした。
「八神くーん、どこー? 生きてたら、返事をしてー?」
呼びかけながら階段を下りていく。明かりがないと階段を踏み外しそうで怖いので、壁に背を預けながら下りる。
「大丈夫、大丈夫、マッキーもいるし、霊杖もあるし、…。」
自分で自分を励ましながらの横向き移動。
そんな七春の後ろから、霊杖の光が無くなったせいか、すぐ後ろまで足音が迫ってくる。
ぺたん、ぺたん、と裸足の足音が、一段二段の距離しか離れていないところできこえてくる。
腰のペットボトルホルダーの中で、マッキーがまた震えだしていた。
危険を、知らせてくれているのだ。
そのバイブレーションすら恐怖を助長して、霊杖を握る手に力がこもった。
「七春センパイ…。」
階段を恐る恐る下りきったところで。
声をかけられ、七春は十五センチほど飛び上がった。
「でたーー!」
叫んだ。
無意味にでかい七春の声が、反響する。
「何がでたんですか?」
宇宙船のようにフラフラ漂いながら、ペンライトの光が近づいてくる。そしてその光を追うように、広い入口ホールの奥から駆け足に八神が戻ってきた。
八神は無事だった。
平然とした顔だ。特に怪我もしていない。
「や、八神くん…!」
その姿を見た途端、安心しすぎて涙がでてくる。
「無事だあああ!よかったあぁー!」
ガバッと両手をひろげて、駆け寄ってきた八神を抱き締める。小柄な八神の体は、スポンと七春の腕の中におさまった。
三秒後。
「バッカたれぇええぇー!」
七春の渾身の頭突きで暗闇のホールに突き飛ばされる八神。
「みゃぐああ!」
と可哀想な悲鳴をあげて、床に転がり後頭部を強打する八神。頭の中で脳味噌が派手に一回転する。
その可哀想な八神に馬乗りになって首を絞め上げる七春さんを、床に転がったペンライトが照らしだした。
ホールの壁には、殺人現場のような、首を絞め上げる七春の影が映しだされる。
「どこ行ってたんだ!なにやってたんだ!毎回毎回ふざけるなよ!」
鬼の形相の七春に絞め上げられて、
「ひょぅ」
と空気を吸い込むような音を最後に、声を発しなくなる八神。
声というか、息もしていない。
かろうじて、平たい床をペスペス叩く。
「三十数えて帰って来なかったら心配するだろうが!」
「かっ……きょきょう…」
「変な声で怖がらそうったってダメだぞ!」
涙目で、八神の短い手が七春のお腹をペスペス叩く。
それでやっと絞め上げていることに気がつく七春さん。
「あ、わり。」
と全く悪びれずに、手を放す。
数回むせこんで、やっと持ち直した八神が、顔を真っ赤にしたまま七春を横に押し倒した。
「……っなんてことするんですか…!」
今度は八神が七春の体の上に乗りあげる。
「一瞬、お花畑が見えましたよ! 知らないおばーちゃんが手招きしてました…!」
かなりカオス状況だ。
その八神をさらに突き飛ばし、体を起こして七春が反撃する。
「お前が帰ってこないからだろ!なにやってたんだよ!」
「事務室見つけて、お菓子が戸棚にしまってあったからくすねてただけです!」
「ホントに何やってんの!?」
「せっかく、センパイもお腹空いてると思って持って帰ってきたのに! 踊り場で待ってろって言ったじゃないですか!」
そう言う八神の腰に巻いている上着の下からは、確かに持ち上げると沢山のお菓子の包みが落ちてきた。
チョコレートやキャンディの個包装だ。
床の上に散らばったそれらを一生懸命かき集めて、八神はそれを七春に差し出す。
「疲れてるから怒りっぽくなるんです。糖分を摂取してください。」
渡されたそれを受け取って、七春はもう、何も言えない。
脱力感が、恐怖を追い越してしまって、怒りも置き去りにされる。
「お菓子なんか、あとでもいいだろ!」
「だって疲れてたんですもん。」
八神はなんでも簡単そうにやってのけるので分かりにくいが、怪しものを何度も出し入れするのには、かなり力を消費するのかもしれない。
なんか無駄な疲れ方をして、ぐったりと前屈みになり、膝に手をつく七春。
八神が無事だったことはよかったが。
「そういえばお前、薙刀は? てか、水音の原因は掴んだのかよ?」
「薙刀は一回しまいました。危険ではなさそうと判断したので。それに、ここからは別の怪しを使わないといけませんし。」
ということは、八神は水音の原因を掴んだのだ。
「危険ではない、の根拠は。」
「水音をたてていたのは、やはりもともとこの火葬場にいた霊でした。少し古い霊で、自分も送って欲しいという想いで、俺たちにアピールしてたみたいです。音は火葬炉の方からしてたので、場所だけ押さえてきました。」
そういうことは早いのに、お菓子を漁っていて、三十秒以内に帰って来られなかった八神。そういうところが、残念だ。
何にしても、場所さえわかればあとは簡単。具体的にどうするのかはわからないが、八神に霊たちをあの世に送ってもらえば、事態は片付く。
霊がいなくなれば、迷うことなく、外の森も抜けられるだろう。そうすれば、家に帰れる。
「じゃあ、もう、さっさと行っちゃおう。言いたくないけど、皆さんちゃんとついてきてるようだから。」
すぐ後ろに感じている、たくさんの人の気配。そして、腰でふるえる怪しもののマッキー。
「マッキーも、そこでふるえていられると落ち着かないし。」
「あはは。じゃあ、行きますか。」
こっちです、と先導する八神に、お菓子の包みを開けながらついていく七春。
頼りの八神に危険ではない宣言をされた途端、緊張が緩む。
「具体的にどーするんだ?」
固形チョコレートを口に放り込みながら、七春がたずねた。すると先を行く八神から、「火をたくんです」と短い返事が返ってくる。
「祈りを糧に霊を送る炎。送り火。普段は使えないんですが、ここならきっとよく燃えてくれると思います。」
「ふんふん、それを使うのな。」
なんとなく、キャンプファイアー的な感じを連想する七春。
多分、そのまわりを霊が手をつないでクルクル回ったりして、八神や七春も飲めや歌え的な感じに盛り上がって、そうこうして盛り上がったテンションのまま、霊が勢いで大往生する的な感じだろう。
なんだか、とっても素敵だ。
頭の中の妄想でホンワホンワした気持ちになる七春に、次の瞬間、八神が予想もしていなかったことを告げる。
「火をつけたら、霊たちは煙とともに天へ昇ります。煙がでないと意味がないっていうか、本来は煙がメインといっても過言ではないので。七春センパイは霊の渦の中でフーフーする係ですよ。」
「フーフー?」
「フーフーして火を大きくして、煙が上に行くように調節する係りです。」
七春のキャンプファイアーのイメージが音をたてて崩壊し、キャンプでカレーを作った時の火をたく係に描き変わる。
「Oh!」
うちわとかあればよかったのにねーっていう。
さくさく先へ進みながら、
「霊の渦に入る時は霊杖をうまく使ってくださいねー。」
とか呑気にアドバイスする八神。
の、後ろで、七春の意識は学生時代の野外学習あたりをさまよっていた。
火をたくコツってなんだろう。
次回は、火をたきます。




