一階、火葬炉。
森の中を車で彷徨うこと数十分。
ようやく建物の屋根らしきものが見えて、二人は車を停めた。
時刻が正確にわからないが、二人の疲れと眠さは限界に達している。疲労メーターが一周回って、ハイテンションだ。
なんか近頃、こんなことが多い。
「なんかあるー。八神くーん。」
「降りますか降りますかー。」
無意味にテンションの高い二人。カメラが回っているわけでも、収録しているわけでもないけど、なんとなくトークが弾む。
車を降りると、下は草地。建物付近には舗装された道があるようだ。どうやら二人が通ってきたのは使われなくなった道らしい。
「なんか、あっちの道キレイですね。」
闇の中に浮かび上がる白いすじを指差して八神が言った。
「あ、ほんとだ。あっちから通ってくれば良かったなあ。」
まるで二人でドライブにでも来ていたような感覚で、通常運転の七春が言った。
「まあ、でも、この古い道を通ってきたのは、センパイの意志じゃないですけどね。」
「そうだよな!とり憑かれていたから俺の責任ではないな!」
「そうですよー。あははははは」
「だよなー。あははははは」
笑い合う二人。
その笑い声が、薄暗い森に怪しく響きわたる。
「とりあえず、建物の傍まで……んっ?」
言いかけて、何かに気がついた七春が声をあげた。
その様子に気がついた八神が、七春の方へ視線をなげる。
「どうかしましたか?」
「八神くん……今、このへん何かいるの?」
問いかけた七春は、気配を探るようにあたりを見回す。が、七春の目では何も見えない。
手は、腰につけたペットボトルホルダーの中の怪しもの、巻物のマッキーに触れていた。
「言うとセンパイが怖がるかなと思ったので、何も言わなかったのですが、実は結構集まってきています。……でも、よく気がつきましたね!」
サラッと恐ろしいことを言う八神。
それに対し七春は、「言えよ!」と素早くツッコんだ。それから、
「いや、俺が気がついたわけじゃないんだけど、マッキーが……。なんか突然震え始めたんだけど。」
「怪しもののマッキーですか?」
「うん。」
音はたてずに、マッキーは小刻みに振動していた。それはちょうど、携帯電話のバイブレーションによく似ている動きだ。非常に紛らわしい。
「電話きたのかと思った……」
庶民的な感想を述べる七春。
八神と行動を共にしていると、巻物が震えようが啼こうが、もはや驚かない耐性がついてくる。慣れって怖い。
「マッキーは賢いですね。」
その現象を観察していた八神が、感心した様子で言った。
「おそらく、先の棺桶の霊の一件で、七春センパイがよくよく霊の接近に無頓着だということに気がついて、マッキーなりに危険を知らせてくれようとしたんですよ。マッキーは神域に入ってませんから。」
通常、八神の扱う怪しものは、神域という空間に安置されているものらしい。
「前々から気にはなってたんだが……。神域って具体的にどういうもんなわけ?」
「説明してませんでしたっけ?」
「チラッと聞いた気もするけど。」
イマイチ理解していない顔の七春に、上着の下からペンライトを取り出しながら、八神が説明する。
「あらゆる土地には土地神がいて、それにつく境界の巫女がいます。神域というのは、その土地神が造る空間のこと。異空間というか、部屋みたいなものだと思ってください。」
「シリカさんはその部屋に落ちたの?」
「いえ……」
周囲の気配を探っていたのか、八神は生返事。七春も、あたりを見回す。
「いえ、あの、増えてきました。……それで、シリカさんは、正確には神域の中に落ちたのではないと思います。俺も神域に落ちたことがあるわけじゃないんで、聞きかじった話しなんですが。」
「待って、増えてきたの?」
「神域は神の造る世界。神に侵入を許可されていないものが入ると、弾き出されるらしいです。いや、聞いた話しですけど。……その弾き出される先が、どこに繋がっているかわからないそうですよ。」
「いいよ、もう行こう!」
急かして七春が、八神の背中をバシバシ叩いた。集まってくるものが、見えないから余計に怖い。
「神域に落ちて、弾き出された。過去に落ちたか、未来へ飛んだか。それとも別の世界とかに行っちゃうんですかね?俺も落ちたことないんで、なんとも……」
「いいから、いいから、いいから。行って!行って!」
叩いて、八神を歩かせる。歩きながらライトをつけると、小さな丸い光が宙に浮いた。
「まだ……まわりの霊も近寄ってくる感じではないかな。マッキーもいるから心強いですけど。」
言って、八神は先へ進む。
建物は、二人が立つ場所から少し先に、木々に隠れるように建っていた。
それはトッピングのないチョコレートケーキのように真っ黒なシルエットなので、細部まではよくわからない。
腰につけたホルダーの中でプルプルしているマッキーを撫でて落ち着かせながら、七春は八神の背中を追いかけた。
靄のかかる森の中、月明かりとペンライトの明かりを頼りに進む。ライトは先を歩く八神が持ち、その八神の腰にまいた上着の端を七春がつかんで歩く。
無言のまま、二人が踏みしめる草や枝の音だけが響いた。
土が剥き出しの道はやがて、舗装された道路と合流した。随分歩きやすくなるが、バタバタと足音の響く音が大きくなる。
「や、八神くん八神くん!なんか、足音多くない……?」
明らかに、二人分以上の足音がしている。
靴音が響くだけでなく、ペタペタと駆け足についてくる裸足の足音もした。それも一人や二人ではない。足音の軽いのは子供だろうか。
「ついてきてます。振り返らないで。」
優しい声で諭されたので、従うべきと判断。黙ってカクカク頷いて、七春は言われた通り振り返らないで歩いた。
やがて建物の前の広い駐車スペースにたどり着く。看板を、八神がライトで照らした。
「やっぱり火葬場ですね。中に入れれば使えるんですけど。」
「使える?」
上着の端を掴んだまま、七春が問い返す。
建物自体は、比較的新しいようで小綺麗だった。透明な硝子扉の向こうにホールが見える。丸い柱がいくつか並んでいた。
八神が中をライトで照らすが、肝心の扉は開かない。
「ここはたくさんの人が最後のお別れをして、死者の冥福を祈る場所です。だから祈りに満ちているし、霊が救いを求めて集まる。」
「なのに、あの霊たちは救われねーの?」
「はい。彼等の為の祈りではないので。」
「ふーん。」
平凡な返事をしつつ、考える。
外にさ迷う霊のためにも、誰か一人くらい祈ってやればいいのに、と。それからすぐに、自分の大切な誰かの為に祈る時に、他人の霊のことまで考えれる余裕なんて普通はないよな、とも思いつく。
「………可哀想だな。せっかく集まるのに?」
深く考えずに、思ったことをそのまま口にすると、八神にまた呆れた目で見られた。
「ほんとセンパイって、誰にでも簡単に同情しますよね。」
「べつにいいじゃん。」
「あんまり人に優しくしてると、自分が損しますよ?」
「いいもん。」
拗ねた子供のように返事をする七春を、八神はため息まじりに見つめ返す。
そして何も言わないまま、視線を扉に戻した。
「霊にとり憑かれてここまで誘われたのも、その性格のせいだと思いますよ。あの棺桶の霊を斬る時も、『助けられないのか』とか言ってたし。」
かねてより、下手な同情をしていると、とり憑かれますよと八神から警告されていた。
それはもう、春先に公園のトイレで女の霊に出会った時から言われていた。
だいぶ前だ。
そんなに前から警告されていたのに、結局言われていた通りの惨状を招いている。しかも、別の霊に遭遇した帰りがけという、最悪のタイミングで。
「お陰様で疲労が絶えません。」
「す、すごく、ごめんね……」
素直に謝って大人しくなった七春に、八神はかすかに笑った。困ったような笑い顔だ。その表情が、「もう、仕方ない人だなあ」と語っている。
「中に入れたら、彼等の為に送り火を焚いてあげようかなと思ったんですが。俺には祓ったりするのはできないけど、この場所の力と怪しものの力を足せば、送ってあげられそうなので……」
言いながら扉に手をかけるが、内側から鍵がかかっているのか、こじ開けることはできなかった。
「もう!」
とヤケクソになった八神が扉を叩く。
「後ろからあんなに期待の眼差しを向けられると、引くに引けません……。」
悲しげに呟く八神。
なんか、霊たちには期待されちゃっているらしい。
「俺には見えないのよね……。」
幽霊の期待の眼差しとか、どんな感じになるのか、すっごく気になる七春だが。硝子の扉には、当然のことながら、八神と七春の二人の姿しか映っていない。
「そういえば、センパイって怪しものに名前はつけられるのに、霊は見えないですよね。不思議。」
ライトで照らして中の様子をうかがいながら、八神が思いついて口を開く。
「神域が使えないのは、センパイには土地神がついていないからだと思うけど、なんで霊は見えないんだろ。」
「霊感ないからじゃね?」
「霊感ないけど巫女の力だけ後付けされたみたいですよね。なんでだろ。能力の上書きみたい。」
言いながら、八神が移動を開始した。建物外周に沿って歩きだす。
開いている窓を探すつもりらしい。
「な、なぁ、窓から入ると不法侵入じゃねぇの。」
「べつに何処から入ろうと不法侵入ですが?」
言えてる。
右手側からまわり、開いている窓が見つからないまま、反対側まで歩いた。
建物はどうやらまだ上があるらしい。二階建てだ。白い壁に、ライトの小さな明かりがウロウロと動き回る。
これだけ木々のしげる中、冬でもないのに、虫も鳥も一切鳴かない。二人の疲れきったダラダラという効果音だけが、世界を支配していた。
不謹慎だが、七春がふわふわと欠伸をしている。
「眠たいですか?」
八神に問いかけられ、
「だいじょぶ。」
と返事をした。それから、
「眠たいけど、一人で車に戻るの怖いから頑張る。」
と付け足す。正直だ。
それからすぐに、
「止めて。」
とライトを動かす八神の手を握る。
小さなライトの明かりは、二回の窓を照らして止まった。
少し、開いている。
「八神くん、これ持ってあそこ入れる?」
巻物を取り出して、七春が言った。それを八神に渡して、自分は少し屈んで壁に手をつく。
「あぁ、……でも俺、重いですよ。」
意味を理解して、八神が言った。
「大丈夫。車に積んだ時はそうでもなかった。」
七春が短く返事を返し、それならと、八神は持っていたライトを口でくわえる。
そして、七春の背を踏み台にして、二階の窓枠へ手をかけた。
それから、足をジタバタさせて、窓の向こうへ侵入していく。
一階の屋根の高さと窓の位置を考えて、八神の身長で降りられないことはないと思うが。
「ふううう。腹筋が………。」
頼りない声をだす八神に、
「腹筋は関係なくね?頑張れー。」
となんの足しにもならないエールを送る。
力尽きてダランと窓枠にひっかかたまま動かなくなる八神を、下から木の枝でつついたりして、なんとか二階の窓の向こうに押し込んだ。
八神が屋内に落っこちる音がして、しばらく待つと、窓の向こうに明かりがつく。
「八神くーん、大丈夫ー?」
声をかけると、二階の窓から八神がピョコンと顔をだした。
「ここ女子トイレでした。」
「あらそう。」
「これ結んだんで、つかまってください。」
八神の言葉に続いて、二階の窓から、のばした巻物がシュルシュルと垂れ下がってくる。
本来、こういうことに使うものではないのだが。
「ごめんな、マッキー。」
一応謝っておいてから、マッキーをつたって七春は壁を登りはじめた。
上からくわえたライトで照らしながら、八神もマッキーを引っ張る。
「こ、これを登りきればまだ若いと言えなくもないか。」
なんか足がガクガクしてるが。
「センパイはまだ若いですよ。ほら頑張って。」
八神の言った通り、そこはトイレの中だった。個室が三つ並んでいる。外へ出ると長い廊下で、少し進んだところで突き当たっていた。
手前に階段。奥には大きな扉。壁にかかったプレートを八神がライトで照らす。どうやらそこは休憩室らしい。
「二階は休憩室が並んでますね。建物の構造からして火葬炉は一階かな。」
仕掛けたマッキーを回収する七春に、八神が降りましょうと呼び掛けた。
「火を焚くのは、炉前ホールか、収骨室がいいと思うんです。」
「は!?」
マッキーを巻き戻して片付けた七春が、声をあげる。
正直、八神が挙げたどちらの候補も、足を踏み入れたくはない。
八神と行動を共にしているおかげで、夜の建物に侵入したことに対する恐怖はないが、とても奥まで進もうとは思えない。
「宿直の人に怒られない?」
「人の気配なんかします?」
「しません?」
「しません。」
淡々と返され、言葉を失い七春は立ち尽くした。
その七春に、ライトを駆使して廊下へ出ながら、八神が飄々として言いはなった。
「そこで待っていてくれても構いませんよ?ただ、霊たちは俺等についてきているので、」
そこで一度言葉を切って、今二人が侵入してきた窓を照らす。
「その窓からどんどん入ってきてますけど。」
瞬間、
「ええええ、ちょちょちょちょ、もー!やだー!」
悲鳴をあげて、七春が八神に抱きついた。その七春を受け止めて、八神はニヤリと意地の悪い笑みを見せる。
「一人で車に戻るか、ここで一人で待つか、好きにしてください。でも俺と一緒に来てくれるなら、守ってあげますから。」
その笑みに、七春はひたすら歯ぎしりする。
「八神くんって、サイコーにサイテー…」
いつか言った台詞を繰り返す。
「誰のまいた種ですか?」
「俺。」
「行きますか。」
そういうわけで、時間帯もハッキリしない真夜中の火葬場に、潜ることになった。
手をあわせ、詠唱をして、八神はまた手のひらから薙刀を取り出す。
その八神の上着を掴む七春。
全く見えないが、その二人の後ろには、一体何人くらいの生きてない人がついてきているのだろうか。
「よかったですねセンパイ。センパイの大好きなゲームネタで行くと、これだけアンデットタイプを大人数連れていれば、俺たち最強ですよ。」
いつの間にかパーティーになっている。
七春は耳をふさいで「聞こえない聞こえない」を繰り返していた。
薙刀を構える八神と、その八神にくっついてくる七春。さらにその後ろに、いるけれど見えないパーティーがついて、かつてない異様なパーティーが廊下を進む。
目指すは一階、火葬炉。




