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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
汚名返上とシリカの命運
26/137

シリカの命運

 目を覚ました時、そこは建物の中だった。

 床に直に寝ているらしい。畳の香りが、部屋いっぱいに広がっている。

(ここはどこ。)

 仰向けの状態から、寝返りをうつ。

 部屋は縦に長い方形のつくりで、かなり広い。

 部屋を囲む襖が見える。金箔をはり、鳥や花、不恰好な木など、自然物がそれぞれ描かれていた。

 豪華絢爛で、それでいて落ち着いた空気がある、不思議な部屋だった。

 部屋。

 そう、ここは部屋だ。畳の間だ。

 決して渡り廊下でも体育館でもなく、心霊ロケとは縁も所縁もなさそうな場所。

 何故、自分はこのような場所にいるのか。

(落ち着きなさいシリカ。貴方はこんなことで狼狽えてちゃダメ。)

 そう、心の中で自分を叱咤した。彼女の名前はシリカ。日本に滞在中の霊能力者だ。

 たった今まで田舎の街で、数人の声優と戯れていた。心霊スポットと呼ばれている場所に立ち、その場所で心霊現象をカメラにおさめようという、霊の類いが見えるシリカにとっては、簡単な仕事だったばずだ。

 だが、

(体育館で見た……。あの、大きな黒い影。)

 ずんぐりと丸い、大きな黒い影。その影に襲われ、空間のゆがみのようなものの中へ、引き込まれた。

 そこまで思い出せるのに、ここがどこだがわからない。奇妙な感覚だ。一体、自分はどうなってしまったのか。

「そこで何をしているのです。」

 声をかけられ、驚いて跳ね起きる。

 寝そべっていたシリカの背後の襖を開けて、巫女服を着た少女が立っていた。長い黒髪に、白い肌。ちょうどシリカと同じくらいの年頃だ。

 金髪に、レースをあしらった黒のドレスというシリカの格好に、巫女は一瞬目を見張る。

 それからすぐに気を取り直して、部屋の中へ入ってくると、シリカの傍にかがみこんだ。

「あぁ、こちらにいらしたのですね。探しました。」

「は?」

「怪しものの討伐の手伝いに呼ばれた、海外の霊能力者さまがいらしていると、話は聞いておりました。さあ、こちらです。」

 何の勘違いなのか、そのまま少女はシリカの手を引いて立たせて歩かせる。

 畳の上を土足で歩きながら、事態を確認するため、シリカはあわてて質問した。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!ここはドコ?貴方は誰なの。」

「私は久遠院雪解と申します。時の流れの違う魔女さん。」

 言われて、息を飲んだ。

 彼女は何かに気がついているようだった。きっと、シリカよりも、ずっと強い力を持っているのだろう。誰よりも、いい目を持っている。

「とりあえず、詳しい話は後で伺いますので、今は私に合わせてください。」

「え、ちょ、う……」

 されるがままに、雪解に手を引かれ、畳の間を出て、幅の広い廊下を走る。

 廊下は庭に面していて、美しい石庭に、背の低い庭木が濃い緑をつけていた。

 廊下の先は騒がしく、悲鳴や指示の声が飛びかっている。複数の足音が反響していた。

「この騒ぎは何?」

「この世界には怪しものという、強い力を持つ道具がたくさんあります。それが人に害を成さないよう、戦うのが私の役目です。」

「急に何を…。」

「今、まさにその交戦中です。貴方はたった今こちらに来られたようなので、説明を。」

「………。………ありがとう。貴方の言い方から察して、私はどうにかなっちゃったのね。」

 角を曲がると、装束を着た数人の若者が、刀や薙刀を構えて立ってた。

 さらにその奥では煙が上がり、襖が燃えているのが見える。

「貴方はおそらく、神域に落ちたのでしょう。同じような人を見たことがあります。神域は、どこに繋がっているのかわからないものなので。」

 言われて思い出す。村の怪奇現象の原因と思わしき巻物とともに、黒い大きな影によって引き込まれた空間のゆがみ。

「あれが神域……?」

「事情は詳しくわかりませんが、必ずお力になります故、今しばらくお待ちを。」

 やけに丁寧な言葉で、雪解はそう言った。

「ええ、結構よ。貴方も、今は何か取り込み中なのね?」

 それでも、ついていた方だ。神域に落ちた先が、雪解の言うように、どこに繋がるかわからないものなら。生きていたことだけでも、奇跡に近い。

 周囲の人間が話す言語等をきいていると、よく聞き知った言葉に間違いはない。

(ここは日本で、年代もそう変わらないのね。大袈裟に異世界とかに繋がってなくて、よかった。) 

 そして落ちた場所に雪解のような、力の持ち主がいたことも運がよかった。

「来るぞ!」

「くそ、火も効かねぇ! 化け物が……」

「下がれ!退避だ、退避!」

 前衛の若者たちが、走る雪解やシリカとすれ違っていく。

 どうやらその先にいるものは、かなり手強いらしい。すれ違う若者たちへ「外へ」と短く避難指示を出し、自分は先へ進む雪解。見かけによらず、勇敢だ。

 手を引いて走らせているシリカを振り返る。

「貴方は、ええと、どうしよ…。表からは出ない方がいいと思います。」

 こんな状況で、異国の服装のシリカが飛び出したら、怪しさMAXで余計な混乱を招いてしまう。

「そうね。いいわ、貴方についていく。放り出されても勝手がわからないし。自分の身くらいは、自分で守れるわ。」

「頼もしい魔女さんですね。」

「貴女もね。」

 二人は互いに視線を合わせて笑いあった。

 廊下の先で暴れている何かが、おそらく、雪解の言う『怪しもの』なのだろう。

 よくわからないが、何かの戦いの最中に飛び込んでしまったらしい。

 燃えた襖を蹴倒して、その怪しものとやらが、姿を現す。

「え…?」

 その姿に、シリカは目を疑う。

 それは、ごく普通の人間だった。

 少年だ。

 まだ、中学生くらいの小柄な少年で、シャツに黒のネクタイ。腰に赤色チェックの上着を巻いている。

 手には丸い銅板のようなものを、抱き抱えるようにして持っていた。磨かれて鈍い光を放っている。鏡のようだ。

 細かな細工が入っている、古そうな品。半分以上に鮮血をかぶり、チョコレートかけドーナツみたいになっている。

「怪しもの…って、人間じゃない。」

「本体は鏡の方なのです。あの鏡は、うつしこんだ相手の能力を奪う怪しもの。すでに三人の巫女が殺され、力を奪われています。」

 雪解が、なんでもない風で、淡々と説明した。

 その瞬間、とんでもないところに飛ばされてしまったということを、シリカは理解する。

「鏡が奪った力を蓄えるために、彼は身体を利用されているのです。」

「じゃあ、あの少年の方は傷つけちゃダメなのね?利用されているだけなら、正気に戻せるかもしれない。」

 シリカの言葉に、雪解は迷いながらも頷いた。それだけで、聞かなくともわかってしまう。戻せるかどうかは、未知だということを。

「私は彼を、やこーくんを、無傷で助けたいのです。」

「あの少年は、貴方の知り合いなの?」

「はい。」

 だとすれば、雪解の心中を思い、シリカは息がつまるのを感じた。自分の敵である怪しものに、知った顔の少年が利用され、人を殺めたなど。

 普通なら、冷静ではいられないと思うが。それでも雪解がここまで落ち着いているのは、日頃の精神統一の成果なのだろう。

 先に外へ逃げた者たちは、各々武装して、火まで使って攻めていたようだった。それでも、少年は怪我一つしていない。

 生半可な攻撃では効かないとなると、無傷で助けるのは難しそうだ。

「やこーくん!聞こえますか? 私です、雪解です!」

 廊下の先に立つ少年に、雪解がよびかける。

 襖を燃やしていた火は床や壁に燃え広がって、勢いを増していた。熱気と煙でそれ以上の接近は困難だ。

「その鏡は怪しものです!手を離してください。」

「そうよ!危ないわ!」

 その火の勢いに負けないように叫び返す。

 充血した瞳、楽しげに微笑む口元、頬や喉にまで、返り血が飛んでいる。少年のシャツも上着も、赤黒い色で汚れていた。

「あははは…。」

 乾いた笑いが口から漏れる。

「なんでこんなアッサリみんな死んじゃうわけ?巫女の力ってそんなすごいの。」

 手に持つ鏡を見下ろす少年。二人の声は、届いていない。

「やこーくん、今まで何やってたの? 怪しものをはなして!」

 もう一度、雪解が叫んだ。

 ようやく声が届いたのか、少年がおもむろに顔をあげる。自分の今の状況を全く理解できていないのか、二人の姿を認識するのに時間がかかった。

「ゆ……き……?」

 確認するように、少年が名前を呼んだ。雪解のゆきだ。名前を呼ばれた雪解が、大きな声で、それに答える。

「やこーくん!私がわかる? その怪しものに、どこで憑かれたの?」

「ゆきか…。そうか…。」

 話の通じない様子で、少年は手に持つ鏡を胸の高さにまで掲げた。それを、左右に揺り動かす。

「神命に於いて疾く成しませ。」

 少年が、小さな声で囁いた。

 その声に、空気中に飽和していた光が反応する。蛍のような小さな光が、鏡の前へと集まりはじめ、ものの数秒でゴルフボールほどの大きさの光の玉ができた。

 最後に少年が大きく鏡を揺らして、光は鏡を離れる。光の玉は弾丸のような勢いで廊下を進むと、雪解の腕にあたって霧散した。

「きゃっ!」

 弾かれたように後ろへ倒れる雪解。白い着物の袖が、散る花のように揺れる。

「……っ貴方! 大丈夫?」

 すぐに駆け寄って、シリカが抱き起こす。出血は見られないが、雪解は腕を押さえていた。着物に、少し焦げたような跡が残っている。

「こんな攻撃…。やっぱり、やこーくんの霊力と巫女の力が合わさると、強いですね。」

「見てらんないわ。」

 二つにくくった金髪を触りながら、シリカが短く言った。

 黒いドレスのスカートを、端をつかんで持ち上げる。生白い肌が覗く。

「要するに、あの鏡だけ壊せばいいってことなのね? シヤナ、アシャナ、行って!」

 シリカの呼び掛けで、スカートの中から二匹の蝙蝠が飛び出した。翼だけが、いやに大きい。

「きゃ-っ!イヤー!蝙蝠ー!」

 雪解が凄まじい勢いで後退する。蝙蝠は苦手らしい。廊下の端の柱の影に、ヒュッと隠れて見えなくなる。

 ちなみに、ちゃんと訓練されている蝙蝠だから咬んだりはしません。

 シリカが放った蝙蝠は、彼女の指示通り鏡めがけて飛んだ。天井付近まで飛び上がってから、二匹並んで急降下する。

 凶悪な顔の半分ほどまで開く口。そこからのぞく鋭い牙。

「うぅ…。かわいくない…。」

 雪解が柱の影から悲しげな声をだす。

 鏡めがけて飛んできた蝙蝠の前に、少年は腕を伸ばした。半身を反らし、鏡をかばうように立つ。

 二匹の蝙蝠は、目の前に振り上げられた腕に、叩き落とされまいと食い付いた。黄ばんだ鋭い牙が、柔らかい腕に食い込む。傷口から鮮血がほとばしり、少年の頬と、壁に飛び散った。

「腕を…? 自分を犠牲にしてまで鏡を守るの…?」

「そういうように、操られているのです!」

 柱の後ろから雪解が叫んだ。

 その雪解と、少年の視線が交わる。

「雪解….。お前もその力、俺によこせ。」

 腕に食い付いた蝙蝠を振り払い、少年は再び鏡を構えた。

 散った蝙蝠は、一体は空中で宙返りしてまた戦闘体制に入り、一体は壁に衝突して床に落ちた。羽がよくわからない方向をむいている。

「やこーくん……っ」

 柱の影から覗きこむ、雪解の姿が鏡に映った。乱れた髪が、顔にかかっている。光に弾かれた方の腕は、下にダランとたれていた。

 あまり映りのよくない鏡の中、映る雪解の姿がボンヤリと青い光に包まれる。

「あれは……なに?」

 気がついたシリカが、声をあげた。

「貰った。雪解、これでお前も、もう戦わなくていいからな。」

 優しい瞳で、少年が言った。

 鏡の中の雪解の体から、何かが抜ける。それと同時に、柱の影にたつ現実の雪解も、力が抜けたように、床に座りこんだ。

「……っ!?」

 その表情は、驚きと恐怖にゆがんでいる。

「どうしたの!?」

 問いかけたシリカが、その瞬間、煙を大きく吸ってむせこんだ。

 廊下の先、少年の立つ後ろから、黒い煙がどんどん押し寄せてきている。

 煙を吸わないよう口元を押さえながら、シリカは雪解の傍へかがみこんだ。体に特に異変はないようだが、本人だけが、事態を把握していた。

「わたし……力を、とられた……」

 床に手をつき、茫然として雪解が答えた。顔の前に、掌をかざす。その手からは、力が一切感じられない。雪解が、生まれながら持っていた、巫女の力が。

「いや……! 嘘? やだ!」

 生まれた時から、自然に備わっていた力。それを初めて失って、雪解はかなり動揺してしまっているらしい。

「いやです!いやです!嘘!やだ!」

 悲鳴に近い声をあげ、首を振り振り、雪解が後ずさりする。

「落ち着きなさい。」

 肩をつかんで、シリカが雪解を揺さぶる。

 これまで、当たり前に自分に備わっていたものを失うということは、体の機能をひとつ失うことに変わりない。

 動揺する気持ちもわかるが。

「落ち着いて? 何をされたの?」

「力がとられちゃったのです!か、鏡を取り返さないと!やこーくんに、力を取り込まれる前に!取り戻さないとです!」

「鏡ね。」

 ここまで錯乱されると、出会ったばかりの他人とはいえ、見ていられない。

「シヤナ、アシャナ!」

 雪解を庇うようにかがんだまま、シリカが大きく手を振った。

 バタバタと慌ただしい羽音をたてて、二匹の蝙蝠が再び少年の頭上を旋回する。

「行って!でも殺しちゃダメよ!」

 シリカの指示で、二匹の蝙蝠が、右側と正面の二方向から仕掛ける。

 羽音と、キイキイと耳障りな声が、廊下にひろがった。

 拡散する攻撃。

 抵抗する少年の腕が、空振りして空を斬る。

「……っの。邪魔だ。」

 くるくる回りながら腕を振り回していた少年が、一匹の蝙蝠を鷲掴みにした。

 イギッと声をたて、掴まれた蝙蝠は口を大きく開く。羽と足をビクビクと動かすが、逃れられずに動かなくなった。

 その隙に、もう一匹の蝙蝠が、少年の胸元に飛び込む。

「アシャナ!鏡よ!」

 鋭い爪が鏡を引っかけて、弾きとばした。

 カーンと澄んだ音がして、鏡が回転しながら空中を舞うのが、スローモーションで見える。

「……っ!」

 少年が手をのばす。

「させない!」

 叫びながら、床に手をついた状態で身を乗りだし、シリカも手を伸ばした。

 その二人の上から、映した光を乱反射させながら、鏡がゆっくりと落ちてくる。

「取ってー!!」

 全力で、雪解が叫んだ。

「くうううん!」

 限界まで伸ばしたシリカの手が、鏡を掴むその前に、

「くっ……!」

 少年の手が、鏡を弾いた。

 ほんの一瞬にして鏡が方向転換したので、その場にいた全員が、鏡を弾いた少年自らまで、その行方を見失う。

 弾かれて、鏡がどっかに飛んだ。

 雪解の霊力を秘めたまま、鏡がどっかに飛んだ。

 一瞬にして視界から消えてしまうと、真後ろだろうと真横だろうと、目で追えずに見失うことはある。

「あっ…?」

 ごく当然の反応として、シリカはあたりをキョロキョロと見回した。あまりに突然、標的を見失ったので、頭の中が真っ白になる。

 それは少年も同じだったようで、シリカと同じようにキョドっていた。

 その中で、誰よりも早く事態を把握し、誰よりも早くたち直した雪解が、すかさず少年のもとへ走り寄っていた。

 そのまま抱きついて、勢いを殺さず少年を押し倒す。

「お願いします!やこーくん、もとに戻って!」

 その時、燃焼していた木の柱が、限界に達して倒れこんだ。

 雪解と、その下に倒れている少年の上に。




 ドーン、と大きな音がしたので、何事かと振り返る。

 すぐ傍の神社で、火災が発生しているらしい。人がたくさん集まっていた。

 中で何が起きているのかわからないが、何か緊迫した空気が、現場に流れている。

 それを横目に走っていると、どこからか固い何かが飛んできて、後頭部に直撃した。

「あでっ!」

 飛んできた何かはそのまま足下に落ちて、割れる。

 ということは、割れ物だ。足下を見ると、古めかしい鏡が、粉々になってしまって落ちている。

 この時代を感じさせる品は、ひょっとしてこの神社から飛んできたのだろうか。なんのはずみでそうなったのか、わからないが。

 落ちた鏡の破片は細かく散って、道の上に散らばっていた。

 その破片のひとつひとつから、熱い風が吹き上げて、体を撫でるように通り抜けていく。

 あたたかい何かが、体に染み込んだような気がした。

「七春さん、何やってんの!」

 仕事仲間に呼ばれて、我に返る。

「あ、や、なんか飛んできたのよ。」

「は? 危ないから、早く行こう。時間もないんだから、早く早く! 早く早く!」

「そんな急かすなよ詩織くん…。」

 急かされて、七春は足早にその場を後にした。



 それらは全て、四年前の出来事だった。

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