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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
霊獣と黒い棺
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すげぇけど地味!

 最近、夜闇に目が慣れてきたなーと思う。

 それはごく最近のことで、原因も、なんとなく自覚している。夜、特に暗いところで活動することが増えているからだろう。

 そんな時、いつも彼が傍にいる。

「八神くんといると、常識的な睡眠時間を失うのよ。」

 泥水がたまり沼のようになった道路で、車の屋根に避難している声優ラジオのパーソナリティ、七春解。

「じゃあ、もう、寝てたらいいじゃないですか。」

 その七春に冷たく切り返すシビアなツッコミ。後輩声優の八神夜行だ。

「お前、俺にどんだけ興味ないの…。」

「うつしよから妖しものをお頼み申す我が名は、神木を奉じ境界の巫女の命を継ぐ者なり。」

「え、無視?」

 七春を大胆にスルーして、八神がパチンと手を合わせた。再三きいた言葉を唱え、手を開くと、また掌から何か突き出ている。

 金色にみがきあげられた細い棒。

「棒?」

 素直に七春がきく。そろそろ水面が近くなってきた。

「と、みせかけてー。」

 どこに見せ掛ける必要があったのかわからないが、楽しそうに言って、八神がスポッと掌から棒を引き抜いた。

 長さは八神の背丈より少し短いくらい。棒の先には金色の輪を組み合わせたような飾りがついている。

「実は霊杖でしたー!はい、拍手ー!」

 なけなしの拍手をぺちぺちと七春がおくる。無表情。

「別に驚かない。」

「何故。」

「手から何か出すのは、一度みてるし。」

 ぐらり。

 と地面が傾く。二人がくだらない雑談をしている間に、どうやら七春の車は大変なことになってしまったらしい。

 フロントガラスとサヨナラをして、屋根もいよいよ消えていく。

「沈むっ……」

 身構えた七春の足が、泥水の中に沈む前に、八神が杖を水面にさした。淡い光が、杖を中心に畳み一畳分の広さに水面にひろがる。

 その光の上に、二人は立っていた。

 光の上はひんやり冷たくて、絨毯のように波打っている。水面に浮いていた花も、足下に転がっていた。

「霊杖『昼出』と言って、護りの力がある怪しものです。水と俺達の間に結界をはったので、しばらくはこれで沈まないで、水の上に立っていられます。」

「すげぇ!すげぇけど地味!」

「地味とか言いますか…!」

「あと範囲狭い!」

 ダメだしする七春をプシプシ叩いて、八神が光の範囲外へ突き落とす。

「ぎゃう!」

 突き落とされた七春は、泥水の中に背面ダイブした。水しぶきがあがり、白い花が踊る。

 泥水の中でモタモタと手を動かす七春。光の届かない場所では、水の上に立っていられないらしい。

 光のふちに手をかけてなんとか水没を免れた七春が、よくよく周囲にひろがる泥沼を観察する。

 大量の花が浮いていることと、水が濁っていることで、底が見えない。道路の上にたまった水で車が沈むほどの深さは考えにくいのだが、もはや物理的法則すら通用しないのか。

 落ちた七春を放置していた八神は、札から逃げ出した霊獣が走り去った方へと視線をおくる。

「わかっていたけど…、落ちたくらいでは、助けに戻っては来ないんだな。」

 こぼすように、八神が呟く。

 沼に浸かった状態で、下からその様子を見上げながら、

(いや、落ちたの俺だし。八神くんは突き落としてたし。)

 と心の中だけでツッコミを入れる七春。

「やっぱり気にしてるじゃん。逃げた奴は後回しにして、こっちを先に片付けるんじゃなかった?」

 声にだしてツッコむと、八神はカクリと頷いた。

「じゃあ、早くあの棺桶をなんとかしよーよ。祓うより得意分野だって言ってたじゃん。」

「はい。」

「よし、いない奴のこと考えるのは後!一匹逃げたくらいで何だ!お前の使い魔は俺だ!」

 凹んだ八神を励ますように、七春が断言した。半分泥に浸かっているのでキマらなかったが、

「……ありがとうございます。よーし、頑張ろ!」

 気合いを入れ直し、八神は拳を握った。



 T字路からだいぶ離れた位置で、泥沼は突然終わりを告げていた。ここまでくると、あの白い花も見かけない。

 安全な道路。無事に、信号や横断歩道の白線が見える。歩道も、ガードレールも健在だ。悪霊がいないってスバラシイ。

 その道路に亜来を下ろして、京助は鼻先をグリグリ擦り付けた。単純に好意をしめしただけだが、今やニメートル近い背丈になった京助にグリグリされると、亜来はあっけなく後ろに転がってしまう。

「あう。」

 はしたなく足を開いたまま、亜来は路上に転がった。そのまま、夜空を見上げる。

 星のない夜空だ。真っ黒だった棺を思いだす。そして、その中から溢れていた白い花。

「あれって多分、棺に入れてもらった花だよね。それを吐き出して、生きている人を引きずり込む水をためるなんて。いくら事故にあったとはいえ、人間のすることかなあ。」

 仰向けに寝たまま、亜来が言った。

 京助は、その亜来を見下ろして、目を細める。

 声や容姿は全然違うけれど、考え方はどことなく、昔の八神に似ていると思った。まだ純粋に、少し霊感が強いだけだった頃の、平凡な八神に。巫女の後ろにくっついて、チョロチョロしていた時の八神に。

「きちんと供養されて成仏できるはずだった魂が、突然こんな道草に置き去りになっちまったんだな。さぞ無念だったろう。」

「置き去り…。」

 出棺され、火葬場へ向かう途中、突然、衝撃とともに車が横倒しになった。そして静かに眠っていた魂は、そこで乱暴に叩き起こされる。自分を送り出してくれた遺族が、また涙を流す声がする。暗い箱の中で、身動きがとれないまま、ただ、花の香りだけが鼻についていた。

 その事故現場で、魂は時が止まる。

「恨みや孤独もそうだし、事態を理解できていない焦燥感や不安感も、霊体には残りやすい。悪霊はそういう、負の感情に支配されているんだ。」

「可哀想。」

「怖いか?」

 京助の問いに、体を起こして、亜来はゆるゆると首を振った。

「怖くはないよ。生きている人間にだって、感情に支配されている人は多いもん。でも、なんとかして、止めてあげたいよ。」

「そうか。」

「それに、心霊写真だってホントは撮りたかったし…。」

 あくまで心霊マニアはやめられない亜来。その亜来のタダでは転ばない図々しさに、京助はまるで人間のように、長く息を吐いた。

 それから、くるりと向きをかえて、T字路の方へと帰りはじめる。

「京助どこにいくの? ひょっとして、写真撮ってきてくれるとか?」

 亜来の瞳から、キラキラっとお星さまがこぼれる。

 一瞬、どこの雑誌出版社に送ろうかなという考えが、亜来の頭の中をよぎる。しかもその写真がオカルトの世界ではすごい評価を受けちゃって、それがきっかけでその出版社に就職が決まっちゃって、オカルトの最先端を、常に目にするミステリー記者とかに任命されちゃっている未来まで想像する。

 しかし、亜来のその未来予想図を、

「いや、写真は撮らないけど。」

 の一言でバッサリ切り捨てた京助。

「写真は撮らないが、代わりにあの悪霊棺桶は止めてきてやるぜ、亜来。その方が亜来も安心するみたいだからな。」

 その言葉を最後に、京助はまた水の上に立って歩きだした。

 離れていくそのまあるいお尻にむけて、亜来が声をはる。

「気をつけてねー!絶対戻って来ないとダメなんだからね!」

 返事の代わりに、尻尾がパタリと横に振れた。

「京助…。」



 水の上を駆けて、再び京助がT字路に飛び込んだ時、八神はまだ無事だった。

 どうやら、霊杖をさしているらしく、光の加護の上に立っている。その横にはオマケの七春。

 その七春が、腰のペットボトルホルダーから巻物をとりだし、くるくるとひろげる。

 本体を左手に持ち、右手でひろげた紙をグルグル振り回し、投げ縄の要領で投げた。

「これも怪しものだし、霊体に触れられるはずだよね。」

 投げた巻物の先が、グルグルと道路の中心にたつ棺桶に巻きつく。重りなどはつけていないが、七春の意思にそうように、巻物はしっかりと棺桶に巻き付いて捕らえた。

「手繰り寄せてやるから、近くにきたら、ぶった斬りな。お前、あそこまで泳いでいけないだろ。」

 繰り返すようだが、八神は泳げない。

「なんて危なっかしいマネするんですか!」

 七春の後ろで、八神が叫ぶ。が、道路が底知れぬ水溜まりになってしまった今、七春の言うことは正しい。

 縛られたうえに引っ張られた棺桶は泥水を切りながら徐々に近寄ってきていた。

「重いいい!」

 全身全霊で引っ張る七春は、巻物よりも先に腕の神経とか切れそうで怖い。怪しものなだけあって巻物のマッキーの方は頑丈で、破れる心配はなさそうだ。

「俺が同時にだせる怪しものって、二個が限度なんですけど、…」

 言って、八神はまた手を合わせた。言葉を唱えて、手をひらく。

「何とかできそーな何かある?」

 いつか言ったような台詞を、また繰り返す七春。八神の手から出てきたのは、また棒状の何かだ。見ようによっては、柄にも見える。

「プレイ時間をかなりつめて行かないと獲れないエクスカリバーとか、終焉の地に刺さってる魔剣ラグナロクとか、出てきちゃうのか?」

 ちょっと期待した。

「と見せかけて、薙刀でした!」

「剣はー?」

 期待したものは出てこなかった。長い柄の先に反り返った刀身。多少でもリーチが欲しかったのは、やはり、水に近寄りたくないからだろう。

「剣ではないけど、ぶった斬るの得意ですから。もーちょい、引っ張ってください。」

「お前はいっつも楽ばっかりな!自分だけな!」

「照れます。」

「褒めてねーし!」

 やいやい言いながら、腰を落として巻物を引く。もはや扱いが鞭だ。棺桶は重いだけでなく、沈んだ何かに引っ掛かったのか、うまく動かない。

 横目に八神を見ると、薙刀を構えて、すぐ傍にいるのがわかった。風に吹かれて、髪が揺れている。

 霊杖の光は狭く、踏み外せば泥水ダイブなので、足場はあまりよくない。

「八神くんて、こういう状況にも、比較的慣れてるの?」

 思いついて、七春が言った。

 溜池のようになった中に、ぽつんと浮かぶ二人。

「下が水なんて、慣れてるわけないでしょ。相手が棺桶とか、ゾンビとかだったりすることには、慣れてますけど。」

 ごく自然に、八神が答えた。

「あぁ、そう…。」

 七春も、自然と返す。

「ついでにもう一つ聞くけど、悪霊って助けてあげることはできないのか?こう、アンデットタイプに、回復魔法使う的な感じで、楽にしてやるとか。」

「できる人はできます。できない人は切り捨てるしかないです。ちなみに、俺は出来ません。」

「もーいーや。わかた。」

 答えて、七春は黙った。

 何に引っ掛かったのか、七春がマッキーを使って引き寄せていた棺桶は、完全に動かなくなった。

 代わりに、引っ張られた分だけ、横倒しになっていく。

「なんか、……倒れそうですね。」

「あれー?思ったように行かないなあ。」

 思いきり力を込めて、七春がマッキーを引いた。それが余計な引き金となる。


 バシャン!


 と大きな音をたてて、棺桶はいよいよ真横に倒れた。

 そのまま沈むかと思いきや、倒れた勢いで蓋がはずれ、中身が転がり出る。

 白い装束に、禿げ上がった頭。骨組みに張り付いた、薄い皮。かつては老人だったような、ミイラだ。

 それが、棺桶の中から放り出されて、泥の上に転がった。血の通っていない肌に、踏めば折れそうなほど細い腕。

 こちらもやはり、水には沈まず、四つ足の体勢で地面を這った。

「ぎゃわー!」

「おじーちゃんやー!」

 八神と七春が、同時に悲鳴をあげた。

 ただ、こういった系統の敵キャラは、中から何かでてきたり、逆に中に引き込まれるのが御約束ですので、あしからず。

 さらに棺桶から転がりでたおじいちゃんは、棺桶に這いよると、からまっていたマッキーを逆に引っ張った。

 細くてか弱い見た目に反して、たった一度引いただけで、七春は逆に引っ張られて、光の外に引き落とされる。

「ぎゃ」

 本日、二回目のダイブだ。今度は顔から落ちた。

「くそっ…。」

 泥の中でもがく。足がつかない。

「八神くん、それ貸して!」

「え?」

「薙刀!このまま、あそこまでいける。」

 逆に引っ張られたまま、棺桶のところまでたどりつくつもりらしい。そのままそこで闘うつもりなのだ。

「センパイにそんなコトさせられません!」

 霊杖がつくりだす光の上から、八神が手を伸ばした。薙刀を持っていない方だ。

 その手を振り払って、七春が再度呼び掛ける。

「いいから、よこせ!」

 言いながら、泥につかった七春は、T字路の中心であり、溜池の中央へと引き寄せられていく。

 どうやら棺桶を持ち上げる力はなかったらしく、倒れた棺桶はそのままにして、老人のミイラはマッキーを引き続けた。

「殺されるだろーが!早くよこせ!」

「どうなっても知りませんから!」

「そしたら、お前を末代まで祟るからな!」

 八神が投げた薙刀を、手につかむ。武器としては、少し重たかった。

 水につけないように持ち変えるだけでも、苦労する。


 おいで~、おいで~


 耳元まで口が裂け、にんまり笑って、老人が言った。

 優しい声だ。お菓子とかくれそうな感じの。だが、騙されてはいけない。

「うう、あんなご老体を斬るとか、罪悪感が…。」

 今更になって決意が鈍る。

 どんどんと引き寄せられていく七春の後ろ姿を横目に、八神は一人安全な場所で立ち尽くしていた。

「こういう時になんか、センパイを助けられるようなものとか、なんか、補助できる的なもの、なんか、……なんかないかな。」

 とりあえず、上着の下をガサガサ探る。

 思うようなものはでてこない。

「塩は距離が足りないし、怪しは二個しか出せないし、あとは札とか?」

 思いついて取り出した札を、高々と掲げる。しかし、よくよく考えて。

「召符っ……あ、今いないんだった。もう!」

 上げた札を取り下げる。

「どうしよ。今まで一人でやってたから、補助系ってないぞ?」

 昔は、大切な人と、一緒に闘っていて、彼女をいつでも助けられるように、色々と考えて立ち回っていたような気がする。

 それが一人で怪しものを集めるようになってから一人で立ち回るスタンドプレイが多くなって、いつの間にかその感覚も無くしていた。

「雪解が生きていた頃って、どうしてたのかなぁ。」

 情けなくも、一人呟いた八神の傍に、いつの間にか、京助が戻ってきていた。

 ふいに月明かりが遮られたことに気がつき、八神が振り返る。

「荒天鼬…?」

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